歌姫ギルと黄金竜

青樹加奈

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第2章 黄金竜

11.灰色狼ヴォル

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「ねえ、ここって、おかしくない? 竜の住処にしては、人間くさいっていうか……」
「以前人が住んでいたからでしょう。食器とかロウソクとか、日用品がたくさん残っているの」
 竜が住み着く前は人が住んでいたのではないかとセイラさんは言う。
 その夜、食事の席で私は皆に「明日の夜、竜が眠った後、歌会を開きます」と言った。私は竜の為ではなく、ここにいる人達の為に歌いたかった。しかし、皆、無表情な顔で私を見るだけで、ほとんど反応がない。姫君の一人が言った。
「あなたの歌なら聞き飽きたわ。あなた、一日中歌ってるじゃない。もう十分よ」
 私はがっかりした。がっかりしたが、それでも、無視されるよりはいい。
「あの、でも、明日はここで一度も歌ってない歌を歌います。あの、あの、良ければ聞きに来て下さい」
「あ、じゃあ、私、聞きに行くわ」
 セイラさんが慰めるように言ってくれた。
「働いて働いて、疲れ切って、眠りだけが救いなのに。その眠りを削ってまで、散々聞いた歌をまた聞くの? 物好きね」
 他の人からも非難の声や、嘲笑が上がった。皆、口々に言いたい事を言いながら、テーブルから離れて行く。セイラさんだけが、最後まで残って私を慰めてくれた。
 私はきっと、うぬぼれていたのだと思う。ケルサの街でたくさんの人に褒められて、みんな私の歌を聞きたがるものだと思い上がっていたのだ。竜にさらわれ、閉じ込められ、人生を諦めた人達に、私の歌など何の慰めにもならないのだ。
 誰も来なくてもいい。一人でも、歌会を開こう。自分自身の為に歌会を開こう。明日はちゃんとしたドレスを着て、舞台を作って歌おう……。
 私は魔女様の夢が気になったので、一応、手作りのチケットを作った。しかし、結局、破って捨てた。仮に、魔女様の所にチケットが届いても、どうして魔女様がここに来られるだろう。私はもう一度、ため息をついた。
 翌日、夕食の後、竜が眠ってから私は、舞台用のドレスに着替えて上の空き地に行った。セイラさんと数人が聞きに来てくれた。みな、無表情のままだ。私は昼間の内に敷物を敷いておいた。クッションを並べて客席にする。舞台は小さな切り株だ。その上に立って歌おうと思った。伴奏がないのが残念だ。
 私は歌会を始めようと切り株の上に立った。
「えーっと、今日は聞きに来て下さってありがとうございます。では、始めます」
 私はお辞儀をして歌い始めた。歌い始めると、何もかも忘れた。歌はどんな時でも私に勇気をくれる。空には満天の星。竜に囚われていても、幸福感が私の胸を満たした。
 予定していた曲を総て歌い終えて、私はお辞儀をした。セイラさんが拍手をしてくれた。でも、私は知っている。セイラさんが途中、こっくりこっくり居眠りをしていたのを。他の人達もそうだ。そして、皆、無表情のまま、戻って行った。私の歌は、絶望した人々の心には届かなかった。心を込めて歌ったつもりだったのに、何が足りなかったのだろう。
 その夜、私は疲れた心を抱いてベッドに潜り込んだ。少なくともここでは、飢える事も、地面に眠る事も、戦に怯える事も、重税に喘ぐ事も無い。だが、それだけなのだ。人によっては、それで十分という人もいるだろう。私は皆が虚ろな表情をするのがわかった。ここでは、ただ、生きているだけなのだ。
 希望がない。ここには希望がないんだわ……。
 私も一生、ここで生きて行くの?
 寝返りをうちながら思った。
 いいえ、諦めない。私は、諦めない、絶対に……。
 私は泣いた。泣きながら眠った。


 深夜、私は誰かに呼ばれたような気がして目が覚めた。
 ドアを引っ掻く音がする。
「誰?」
「……」
 私はベッドから出て、上着を引っ掛けるとそっとドアを開けた。
 すると大きな灰色狼がドアの前に立っていた。ぎょっとして、私はドアを閉めようとした。狼は前足と鼻面をドアの間に入れて来る。頭の中に声がした。
「ギルベルタさん、入れて下さい。話があるんです。噛みついたりしません」
「あなたは誰?」
 私は唖然として言った。
「しっ、部屋に入れて下さい。竜に見つかったらやっかいです」
「本当にかまない?」
「決してかんだり危害をくわえたりしませんから、早く入れて下さい」
 私は怖かったが、この狼が竜に見つかるのは物凄くまずいというのはわかった。私は狼を部屋に入れドアを閉めた。
「ギルベルタさん、お元気そうで良かったです」
 狼がほっとしたように言う。
「僕はヴォル。覚えていませんか? あなたは七つ森で僕に歌を歌ってくれた」
「七つ森? 七つ森って」
 私は記憶をたぐった。七つ森には魔女様の家があるけれど……。
「ああ、あの時の狼? 魔女様の帰り道で会った?」
「しっ、小さな声で話して下さい」
 私は慌てて口を押さえた。
「そうです、あの森で僕らは会った。あなたは木に登って、僕に歌を歌ってくれた」
「じゃあ、あなたは七つ森から来たの? 一体どうやって?」
「僕は、山を登って道を探しました。最初はわからなかった。だけど、あなたの歌声が切れ切れに聞こえてきて。あなたが生きてると思うと僕は嬉しくて! あなたの歌を便りに探したんです。随分手間取ったけど、なんとか、辿り着きました」
「でも、セイラさんが、大きな割れ目があるって言ってたわ」
「割れ目はあります。でも、飛び越えられなくはない。さ、すぐに出発しましょう」
「そんな、無理よ。私には飛び越えられない……」
「大丈夫です。僕があなたを背中に乗せて飛びます。ね、逃げましょう」
「今、すぐ? ううん、駄目よ。私一人助かるなんて! 他の人も助けられない?」
「他の人間など知らない。僕に歌を歌ってくれたギルベルタさん、あなたを助けたいだけだ。あなたの歌はこう、なんていうかな、元気が出るんだ。また、七つ森で歌ってほしい。ね、僕はあなたを助けたいんだ……」
「ヴォル……」
 私は嬉しかった。ここにいる人達から聞き飽きたと言われた私の歌。ところが、ヴォルは私の歌が好きだと、もっと聞きたいと言う。私は見失った希望を見つけたように思った。
「あなたが海辺の劇場で歌っていた歌。あの歌は、七つ森まで切れ切れに届いたんだ。僕は毎晩、こっそり、劇場の近くまで聞きに行っていた。僕はあなたが竜にさらわれる所も見ていた。すぐに竜の後を追ってここまできたんだ。さあ、行こう」
「いいえ、駄目よ。あなたに助けられても、竜はきっと私達を襲うわ。あなた、殺されるわ」
「やってみなければわからないでしょう」
「でも、でも……、逃げてどこに行くの?」
「七つ森に! 七つ森は深い森だ。あそこに逃げ込めば、竜は探せない」
「街には戻れないの?」
「七つ森に隠れて竜が諦めるのを待って街に戻ればいい。さ、行きましょう」
 私は迷った。竜から自由になれるチャンスなのだ。
「いいえ、やっぱり、駄目よ。今日はもう遅いわ。すぐに夜が明ける。夜が明けたら竜が追ってくる」
「……確かにもうすぐ夜明けですね。逃げるなら、竜が飛ばない夜がいい。では、明日の夜にしましょう。明日、竜が眠ったら上の空き地に来て下さい。僕は林の奥に隠れていますから。ああ、それと、逃げ出す話は絶対に言わないで下さい。誰にもですよ。いいですね」
 私はこくこくと頷いた。
 ヴォルは私が約束すると、部屋から出て行った。
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