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第3章 王子と皇女
23.星空の下
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それから、私は温泉三昧だった。治療に専念出来る平和な毎日だ。
レオンは竜王様に会って、手紙を出したいと頼んだという。
「陛下、何卒故郷の者達に無事であると伝える事をお許し下さい」
「確かにそなた達の立場を考えると伝えた方が良いだろう」
陛下はしばらく考えられた後、レオンに指示を与えた。
「そなた達は、森の民に助けられたとするように。竜に助けられたとは決して書いてはいけない。気球は底なし沼に沈み、危うい所を森の民に助けられ、命に別状はないと。恐らく七日か十日程でイシュリーズ湖に戻れるだろうと書くように」
「と、申しますと?」
「イシュリーズ湖まで我々が送って行こう。言うまでもないが、王子、ここで見た事聞いた事を決して誰にも話してはいけない。それが、そなた達を送って行く条件だ。良いな」
「陛下、ありがとうございます。もちろん、ここでの出来事、決して誰にも話しません。名誉にかけて誓いましょう」
私はレオンからこの話を聞いて、ほっとした。気球で飛んで来る時に見た険しい山々。あの山を徒歩で越えなければならないとしたら……。私は到底無理だと思っていた。しかし、竜人達が送ってくれるという。私達は竜王様に深く感謝した。
レオンは、剣の練習に没頭している。
手紙の件で竜王様に会った時、竜王様に剣を習いたいとレオンは願ったのだと言う。竜王様の見事な剣に惚れ込んだのだそうだ。竜王様もまた快く引き受けてくれたという。レオンは筋がいいので、教えるのが楽しいと竜王様が話していた。レオンは練習方法を教えてもらうと、黙々と練習に励んだ。竜王様とレオンはいつのまにか、「レオン」「バチスタ殿」と名前を呼び合う仲になっていた。
皇女様も竜王様から剣を学ぼうとしたが、竜王様に止められた。
「私の宮殿にいる間はあなたに剣を持たせませんよ。さ、今日も良い天気です。湖の岸辺を散歩しましょう」
皇女様はとても残念そうだった。それでも、竜王様が散歩やお茶に誘うと素直に従った。
竜王様から皇女様への贈り物は凄かった。ドレスやアクセサリーが山のように届いた。
むろん、殿下や私にも贈り物は届いたが、皇女様のそれが特別な物だというのは一目でわかった。
夜毎、竜王様は皇女様をダンスに誘った。皇女様は、客人として竜王様の誘いを断らなかったし、竜王様もまた、皇女様を丁寧に扱われた。お二人は、似合いの一組だった。
薬を飲み始めて五日。竜医師のベツヘレは私の喉を見て難しい顔をした。
「一つ、大きな血の固まりがあります。あれがとれたら治るのですが……。大きすぎて無理かもしれません。あれが取れなくても、声は出るでしょう。恐らく……。後二日、薬を飲んで様子を見ましょう」
私はベツヘレさんの話に暗い気分になった。声が出ても、きっとひどい声なのだろう。
温泉に浸かって、一人悶々としていると、皇女様がやって来た。
あれ? この時間、皇女様は陛下とお散歩の最中じゃあ?
皇女様は、さらさらと服を脱ぎ、ざっとお湯を体にかけた。玉のような肌に温泉の粒が流れ落ちて行く。皇女様は湯船に入るとぼーっと見上げている私の側にやってきた。
「お湯に浸かりたくなったのです」
なんだか、ちょっと、ぶっきらぼう。どうしたんだろう、皇女様らしくない。
「剣の練習は出来ないし……。わかっているのです。ここは竜王様の宮殿。失礼な態度を取ってはいけないとわかっているのです……。でも、私にも息抜きが必要ですから」
私はなんの事かわからなかった。
その時、若い女性の笑い声が響いて来た。洞窟には、所々、穴があいている。声のする方の穴から覗いてみると、竜達が浸かっている広い露天風呂が見えた。
きゃあーーー。女の子が、裸で泳いでる!
変身した竜達だ。
私は少し羨ましかった。あんなふうに青空の下で、裸で泳げたら楽しいだろうなと思った。
侯爵夫人や女官長のカペル夫人が聞いたら目を回すだろうな。はしたないって思わないといけないんだろうけど。
「楽しそうですね」
皇女様も同じ気持ちだったらしい。
私は砂に書いた。「今夜、こっそり、泳ぎに来ませんか? 夜なら裸で泳いでも見えないと思います」
「ギル、そなたは時々、突飛な事を言うのですね。そうですね、こっそり来ましょう」
私達は目を見合わせて笑った。
晩餐が終わり、レオンが寝室に引き上げた後、私は寝室を抜け出した。皇女様の扉を叩く。皇女様が目を輝かせて出て来られた。皇女様と私は、道案内の杖を便りに宮殿の中を忍び足で歩いて行った。外に出ると、月明かりで道がよく見えた。露天風呂を透かしてみると、竜はいないようだ。私達は服を脱ぐと裸になって露天風呂に飛び込んだ。ぬるま湯の中、思いっきり手足をのばして泳ぐ。
思った通りだわ。気持ちいい! ああ、歌いたい! 歌いたいなあ!
「ギル、気持ちいいですね。星空の下で裸になるのがこんなに気持ちいいとは思いませんでした」
私はこくこくとうなずいた。
満天の星空をバックに皇女様の美しい体が浮かび上がる。水に濡れた赤い髪。均整の取れた肢体。戦いの女神そのものだ。
露天風呂は竜が入るだけあって、もの凄く広かった。場所によってはかなり深そうだ。
皇女様はバシャバシャと抜き手で泳いで行く。速い!皇女様は剣だけでなく泳ぎも得意のようだ。
私は露天風呂の真ん中で浮かんだ。仰向けになって、ぼーっと、夜空を見上げる。
私の喉は良くなるんだろうか? 話せるようにはなるらしいけど。
元の声に戻らなくてもいい。声が出たらいい。どんな声でも、声さえ出たら歌える。
スルッ
何かが足に触った。
なんだろう。気のせいかな?
スルッ、スルッ
な、何かいる!
「きゃあーー、ギル! 何かいます! 早く上がって!」
私は皇女様の声に焦った。水をかく。腕を振り回す。足をばたつかせた。
ピキッ!
いたたた! 足が! 足がつった!
ゴボッ! ゴボボボ!
お、溺れる!! 誰か、助けて!
ザバァー
何かが温泉の中から現れた。
レオンは竜王様に会って、手紙を出したいと頼んだという。
「陛下、何卒故郷の者達に無事であると伝える事をお許し下さい」
「確かにそなた達の立場を考えると伝えた方が良いだろう」
陛下はしばらく考えられた後、レオンに指示を与えた。
「そなた達は、森の民に助けられたとするように。竜に助けられたとは決して書いてはいけない。気球は底なし沼に沈み、危うい所を森の民に助けられ、命に別状はないと。恐らく七日か十日程でイシュリーズ湖に戻れるだろうと書くように」
「と、申しますと?」
「イシュリーズ湖まで我々が送って行こう。言うまでもないが、王子、ここで見た事聞いた事を決して誰にも話してはいけない。それが、そなた達を送って行く条件だ。良いな」
「陛下、ありがとうございます。もちろん、ここでの出来事、決して誰にも話しません。名誉にかけて誓いましょう」
私はレオンからこの話を聞いて、ほっとした。気球で飛んで来る時に見た険しい山々。あの山を徒歩で越えなければならないとしたら……。私は到底無理だと思っていた。しかし、竜人達が送ってくれるという。私達は竜王様に深く感謝した。
レオンは、剣の練習に没頭している。
手紙の件で竜王様に会った時、竜王様に剣を習いたいとレオンは願ったのだと言う。竜王様の見事な剣に惚れ込んだのだそうだ。竜王様もまた快く引き受けてくれたという。レオンは筋がいいので、教えるのが楽しいと竜王様が話していた。レオンは練習方法を教えてもらうと、黙々と練習に励んだ。竜王様とレオンはいつのまにか、「レオン」「バチスタ殿」と名前を呼び合う仲になっていた。
皇女様も竜王様から剣を学ぼうとしたが、竜王様に止められた。
「私の宮殿にいる間はあなたに剣を持たせませんよ。さ、今日も良い天気です。湖の岸辺を散歩しましょう」
皇女様はとても残念そうだった。それでも、竜王様が散歩やお茶に誘うと素直に従った。
竜王様から皇女様への贈り物は凄かった。ドレスやアクセサリーが山のように届いた。
むろん、殿下や私にも贈り物は届いたが、皇女様のそれが特別な物だというのは一目でわかった。
夜毎、竜王様は皇女様をダンスに誘った。皇女様は、客人として竜王様の誘いを断らなかったし、竜王様もまた、皇女様を丁寧に扱われた。お二人は、似合いの一組だった。
薬を飲み始めて五日。竜医師のベツヘレは私の喉を見て難しい顔をした。
「一つ、大きな血の固まりがあります。あれがとれたら治るのですが……。大きすぎて無理かもしれません。あれが取れなくても、声は出るでしょう。恐らく……。後二日、薬を飲んで様子を見ましょう」
私はベツヘレさんの話に暗い気分になった。声が出ても、きっとひどい声なのだろう。
温泉に浸かって、一人悶々としていると、皇女様がやって来た。
あれ? この時間、皇女様は陛下とお散歩の最中じゃあ?
皇女様は、さらさらと服を脱ぎ、ざっとお湯を体にかけた。玉のような肌に温泉の粒が流れ落ちて行く。皇女様は湯船に入るとぼーっと見上げている私の側にやってきた。
「お湯に浸かりたくなったのです」
なんだか、ちょっと、ぶっきらぼう。どうしたんだろう、皇女様らしくない。
「剣の練習は出来ないし……。わかっているのです。ここは竜王様の宮殿。失礼な態度を取ってはいけないとわかっているのです……。でも、私にも息抜きが必要ですから」
私はなんの事かわからなかった。
その時、若い女性の笑い声が響いて来た。洞窟には、所々、穴があいている。声のする方の穴から覗いてみると、竜達が浸かっている広い露天風呂が見えた。
きゃあーーー。女の子が、裸で泳いでる!
変身した竜達だ。
私は少し羨ましかった。あんなふうに青空の下で、裸で泳げたら楽しいだろうなと思った。
侯爵夫人や女官長のカペル夫人が聞いたら目を回すだろうな。はしたないって思わないといけないんだろうけど。
「楽しそうですね」
皇女様も同じ気持ちだったらしい。
私は砂に書いた。「今夜、こっそり、泳ぎに来ませんか? 夜なら裸で泳いでも見えないと思います」
「ギル、そなたは時々、突飛な事を言うのですね。そうですね、こっそり来ましょう」
私達は目を見合わせて笑った。
晩餐が終わり、レオンが寝室に引き上げた後、私は寝室を抜け出した。皇女様の扉を叩く。皇女様が目を輝かせて出て来られた。皇女様と私は、道案内の杖を便りに宮殿の中を忍び足で歩いて行った。外に出ると、月明かりで道がよく見えた。露天風呂を透かしてみると、竜はいないようだ。私達は服を脱ぐと裸になって露天風呂に飛び込んだ。ぬるま湯の中、思いっきり手足をのばして泳ぐ。
思った通りだわ。気持ちいい! ああ、歌いたい! 歌いたいなあ!
「ギル、気持ちいいですね。星空の下で裸になるのがこんなに気持ちいいとは思いませんでした」
私はこくこくとうなずいた。
満天の星空をバックに皇女様の美しい体が浮かび上がる。水に濡れた赤い髪。均整の取れた肢体。戦いの女神そのものだ。
露天風呂は竜が入るだけあって、もの凄く広かった。場所によってはかなり深そうだ。
皇女様はバシャバシャと抜き手で泳いで行く。速い!皇女様は剣だけでなく泳ぎも得意のようだ。
私は露天風呂の真ん中で浮かんだ。仰向けになって、ぼーっと、夜空を見上げる。
私の喉は良くなるんだろうか? 話せるようにはなるらしいけど。
元の声に戻らなくてもいい。声が出たらいい。どんな声でも、声さえ出たら歌える。
スルッ
何かが足に触った。
なんだろう。気のせいかな?
スルッ、スルッ
な、何かいる!
「きゃあーー、ギル! 何かいます! 早く上がって!」
私は皇女様の声に焦った。水をかく。腕を振り回す。足をばたつかせた。
ピキッ!
いたたた! 足が! 足がつった!
ゴボッ! ゴボボボ!
お、溺れる!! 誰か、助けて!
ザバァー
何かが温泉の中から現れた。
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