歌姫ギルと黄金竜

青樹加奈

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第3章 王子と皇女

29.竜王バチスタとエリステ 2

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 陛下が皇女様を放り投げた。
 ええ!
 バサササ!
 投げられた皇女様が空中で赤い竜に変身する。皇女様は皇女様ではなかった。一体、どこで入れ替わったのか、皇女様に変身した竜だったのだ。
 陛下がエリステに飛びかかる。二匹の竜が空の上で絡み合った。青銀の竜と黄金の竜が絡み合って落ちて来る。
 私達は逃げ出した。
 赤い竜が私達をさっと掴むと、舞い上がった。赤い竜は安全な岩場に私達を降ろすや否やすぐさま陛下の元へ戻った。使役の竜は私達について来ていた。
「竜王サマ、怒ッテル、怖イ」
 使役の竜が震えている。レオンが安心させるように竜の首をたたく。
 陛下とエリステの戦いに赤い竜が加わった。赤い竜はエリステの尻尾に噛みつく。陛下はエリステの翼の上にのしかかった。尻尾でエリステの頭を何度も叩きのめす。とうとうエリステは抵抗をやめた。
 陛下の声が響く。
「何故、このような事をした?」
「陛下、申し訳ありません。お許し下さい、どうか、お願いです。出来心だったのです」
 頭を地面に押し付けられたエリステが言う。
「出来心だと! 嘘をつけ! 周到に用意したのであろうが!」
「陛下! あなたが悪いのだ。ファニ姉上を殺した三人を生かしておくから。僕は、ファニ姉上が好きだった。あなたがいなくなれば、僕が次の王だ。そしたら、あの子、歌姫は捕まえて、鳥かごにいれるんだ。死ぬまで歌わせてやる。姉上を倒した二人は殺すんだ。あいつらの国に戦を仕掛けて皆殺しにしてやる!」
 エリステの身勝手な言い訳がバンバン聞こえて来る。
「何故、彼らを殺さなかったか、教えてやろう。憎しみや暴力からは何も生まれないからだ。彼らを殺したら、彼らを知る人々が我ら竜を殺そうと大挙してやってくるだろう。我らは数において彼らにかなわない。ひっそりと返すのが一番なのだ」
「人が数人いなくなったって、誰も気にしない」
「いや、違う。さらわれた歌姫を追いかけて、王族が二人もやってきたのだ。彼らを慕う人間は多かろう。必ず、我らの元に大勢の人々がやってくる。それからでは遅いのだ」
「構うものか!」
「まだ、言うか! そなたに罰を与える」
 竜王様が、呪文を唱えた。空中からに巨大な斧の形をした光が現れた。
「いやだ、それだけはやめてくれ。いっそ、殺してくれ。尻尾を切らないでくれ」
「いや、だめだ」
 陛下が呪文を唱える。エリステの尻尾に向って光の斧が振り下ろされた。
 ギャアアアアアア
 エリステの咆哮があたりに響き渡った。
 陛下は切り落とした尻尾と斧を空中に浮かび上がらせた。陛下が手を振ると、二つの品は夜の闇に吸い込まれるように消えていった。
 二匹の竜の下敷きになっていた黄金竜エリステはみるみる小さくなり、人の姿になった。気絶している。陛下と赤い竜も同時に人の姿になる。
 そこへ、使役の竜に乗った皇女様とガリタヤ、数匹の竜が現れた。ガリタヤと竜達は地上に降り、人の姿になった。皇女様も使役の竜と共に地上に降りたつ。ガリタヤはエリステに縄をかけ捕縛した。
「何故、尾を?」
 皇女様が陛下に聞いた。
「尾を切ると竜体をとれなくなる。ロキセア、皆の者、エリステを連れて帰りなさい。獄に入れておくように」
 赤い竜、ロキセアと呼ばれた竜人は竜に姿を変えるとエリステを掴んで飛び立った。竜達が後に続く。
 私達は、岩陰から出て、皇女様と陛下、ガリタヤの元へ降りて行った。
「ギルベルタ、そなたにはすまない事をした。おいで」
 私は首を振った。私を掴むレオンの手が震えている。
「何もしない。あなたの喉を治すだけだ」
 陛下が私に近づいてくる。陛下の手が私の喉に……。
 暖かい……。
 みるみる痛みが無くなって行く。
「さあ、声を出してご覧」
「あーー」
 声が出る。痛みもない。
「そなたは術をかけられたのだ。エリステが『悲鳴を上げるな』というと、悲鳴を上げるように。そなたにかけられた術は、すでに解かれている。エリステの魔力がなくなったからな。安心してよい」
「あの、私は陛下が、皇女様を運ばれていると思っていました」
「エリステがそなたに、ファニを倒した時の音を覚えているかと訊いたそうだな。ミレーヌ殿が知らせてくれた。最初は、午後の歌会で仕掛けて来るかと思った。私は用心して竜体を取らなかった。案の定、エリステは何もしなかった。
 次にエリステが何かするとしたら、私がそなた達を送って行く途中だろうと思ってな、エリステを罠にかけたのだ。両腕にミレーヌ殿を抱き上げていたら私は戦えない。そなたには悪い事をした」
「いいえ、いいのです、陛下。あのどうして、私が悲鳴をあげても陛下の鱗は粉々にならなかったのですか?」
「竜医師ベツヘレと私は、そなたの悲鳴が何故ファニの鱗を粉々にしたか研究した。映像に写っていたロジーナという姫の言葉がヒントになった。私とベツヘレは実験を繰り返して、そなたが出した声と同じ声を再生してみたのだ。鱗を並べて弾け飛ぶかやってみた。すると一定の時間悲鳴を浴びなければ、鱗は弾け飛ばないという事がわかった」
「ああ、それで……」
「そなたが、あの悲鳴を上げる直前に普通の悲鳴を上げたであろう。エリステは急降下した為だと言った。エリステは失敗した時に備え、そなたが勝手に悲鳴を上げたと言うつもりで、わざわざ、急降下して普通の悲鳴をあげさせたのだろう。だが、あれが警告になった。危なかったが」
「私は、また誰かに術をかけられて悲鳴を上げるのでしょうか?」
「人の世界にいる間は大丈夫だろう。そなたの悲鳴は竜に対して脅威だが、人には影響がないゆえ」
「それを聞いて安心しました。でも、竜の皆様にはもう会わない方がいいのでしょうね。一歩誤ったら、お世話になった皆様を傷つけてしまいます」
 陛下がにっこりと笑われた。
「そなた、まっすぐな心根の持ち主だな。人の姿であれば、そなたに会うのに何の差し障りもない。我が国ではそなたの歌を聞きにブルムランドへ行きたいと願い出る者がこれから増えるであろう。さて、遅くなった。送って行こう」
 陛下が再び、青銀の巨大な竜に変身した。陛下が私を抱き上げる。巨大な翼がはばたいた。ふわりと浮き上がる。レオンと皇女様は使役の竜で飛んでいる。ガリタヤも付いて来ていた。
 こうして、私達は故郷への帰路についた。
 空を飛びながら私は訊いていた。
「あの、陛下」
「なんだ?」
 陛下の声が頭の中に響く。
「あの、ガリタヤが言っていました。陛下に体を治してもらおうと思ったら、閨を共にしないといけないって……。あの、あの、私、陛下とは、出来ません!」
「くくくくく、ガリタヤが意味を間違えているのだ。閨を共にするしないではなく、私の愛情を得られるかどうかなのだ。私はそなたの素晴らしい歌声を愛している。なにより、エリステを倒す為にそなたを利用した。罪を犯さなければ、罰を与えられぬからな。喉を治したのはそなたへの詫びだ。それだけだ」
「陛下……」
「それに、そなたと閨を共にしたらレオンから恨まれるからな。ハッハッハッハ」
 竜の哄笑が頭の中に響き渡った。
 顔が熱く火照る。星空の下、青銀の竜王の腕の中、私は恥ずかしさで身を縮めていた。
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