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足場
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ようやく、一条さんと連絡を取ることができた。
ここまで来てくれるという話になったけど、電話越しの声は本調子ではなさそうだったから、少し心配だ。それに、さっきの通話で、一条さんが最後に呟いた言葉も気がかりだ。
「でも、良かった」
「……良かった、というのは?」
「煩わしい年寄りが、当面動けなくなったのですから」
一条さんの言葉に、思わず耳を疑った。
いや、今までのことを考えると、驚くべきことではないのかもしれない。それでも、心のどこかで、あの子が呪いに関わっているなんて何かの間違いだ、という思いを捨て切れていなかった。
「お前の頭の中は、花畑か何かか?」
不意に、山口課長から昔かけられた言葉を思い出した。辛辣な言葉だったが、その当時の僕には言葉を返すことができなかった。たしか、その言葉をかけられたのも、今と同じ季節だったな。
父と母に縁を切ると宣言した日、家に到着しても京子は沈んだ表情でうつむいたままだった。居間の中には、京子が声を殺して鳴く声と、時計の針の音だけが響いていた。
「あの二人の言うことなんて、気にしなくていい。この家の住所は知られているけど、すぐに引っ越してしまおう。もしも、その間に母さんがこっちに来ても、無視していいから」
気まずい空気を打ち破るために、ソファーの隣に座る京子の肩を抱き寄せながら声をかけた。すると、震えた、そうですか、という声が返ってきた。それから、京子は二、三度まばたきをすると、ゆっくりと顔を上げた。
「……和順さん。少し、お話ししたいことがあるのですが、聞いていただけますか?」
京子は涙を浮かべた目をこちらに向けて、震えた声のまま僕に問いかけた。
「ああ。構わないよ」
きっと、父と母に対する恨み言がこぼれるのだろう。
でも、あんなことを言われたのだから、それも当然だ。
そんなことを考えながら頷いてみせると、京子は安心したように軽く微笑んだ。
「ありがとうございます。和順さん、私の家が呪い事を生業としているのは、もうご存知ですよね?」
京子の口から出たのは、意外にも恨み言ではなかった。たしかに、父と母が家系に難があるなどと口にしていたけど、そのときは、何故そんな話が今出るのか、と疑問に思った。
「あ、うん。父と母から、それとなく聞いてたから」
「それでは、私がどんな呪い事の技術を持っているかは?」
「そこまでは、聞いていないよ。僕は、君の家柄がどうとか、技術がどうとかじゃなくて、京子本人に惹かれて一緒になりたいと思ったんだから」
それに、僕が一緒にいる限り京子に人を呪わせたさせないから、そんな気恥ずかしい言葉も口を突いて出そうだった。それでも、京子の話を遮ってしまいそうだから、ぐっと堪えてみせた。そうしていると、京子はどこか淋しげに微笑んだ。
「ありがとうございます。私も、和順さんの負担にならないように、聞かれるまでは黙っていようと思ったのですが……」
京子はそこで言葉を止めると、自分のお腹をそっとなでた。
「このままだと、この子まで巻き込んでしまいそうなので」
「大丈夫、二人とも絶対に僕が守るから」
悲痛な面持ちを浮かべながらお腹をさする京子に、そんな青臭いセリフを吐いた。すると、京子は再び淋しげに微笑んだ。
「ありがとうございます。期待していますよ」
気を紛らわせるためなのか、京子はどこかおどけた口調でそう言った。
「ああ。大いに期待してくれ、大丈夫だよ」
僕もおどけた口調でそう返すと、京子は安心したように微笑んだ。それから、京子は意を決したように、深く息を吸い込んでから吐き出した。呼吸が整うと、京子は真剣な表情で僕の目を見つめた。
「私が持つ呪い事の技術というのは……側にいる者の不幸を代わりに請け、自分が得るはずだった幸福を側にいる者に与える、というものなんです」
京子の言葉に、足場が音を立てて崩れていくような気持ちになった。
京子と結婚してから、仕事は順調すぎるほど順調だった。
ということは……
「京子、もしも僕に対してその技術をつかっているのなら、今すぐに止めるんだ!」
思わず声を荒らげると、京子は苦笑を浮かべて首を横に振った。
「それが、自分でも止められないのですよ。これは、技術というよりも呪いに近いものですから」
それから、京子は淡々とした口調で自分の技術と生い立ちについて、僕に教えてくれた。
戸籍上の母親とは、血がつながっていないということ。
元々は、呪い事の技術者としての才はなかったということ。
それらが原因で、家族の中では疎まれていたということ。
その結果、鍛錬と称して祖母から先ほど口にした呪いを施されたこと。
その呪いのおかげで、烏ノ森家は呪い事の需要が減ってきた時代でも、それなりに裕福だったこと。
ただし、彼女にどんな不幸が降りかかっていたかは、詳しく教えてはくれなかった。
「大丈夫ですよ、ちょっとした刺し傷、が増えたくらいですから。それに、和順さんと出会ってからは、そういった傷を負うことも、以前よりずっと減りましたし」
そう答えていたけれど、出会った頃の表情を思い出すと、辛い思いをし続けていたのだろう。
「ただ、この技術にも欠点があって、私が請ける不幸が限界に達すると、今までとは逆に回りの者に不幸を振りまくようになるそうです。それと、その限界というのがいつ来るのか、私にも分からないのですよ」
京子はそう言うと、再びお腹に視線を落とした。
「今までは、少し嫌なことがあっても、和順さんが幸せならそれで良いと思っていました。それに、この子も幸せになってくれる、と思ったのですが……」
京子はそこで言葉を止めると、お腹をさする手を放した。
「今日のお義母様達とのお話を考えると、不幸というのは私の中にいるこの子にも降りかかってしまうみたいですから……」
そして、悲しそうな表情で僕の袖を握りしめた。
「和順さん……私に何かあったとしても、この子を守ってくれますか?」
「……さっきも言ったろ?二人とも、必ず守るって」
そう言いながら抱きしめた京子の肩は、小さく震えていた。そして、消え入りそうな、ありがとうございます、という声が聞こえた。
その翌日、昼休み中に不動産屋に駆け込んで、転居先を見つけた。幸運なことに、それまで住んでいた家よりも間取りは狭かったけど、手頃な物件がすぐに見つかった。ただ、物件が見つかったからといって、すぐに引っ越せるわけでもない。
諸々の手続きをしている間に、母がまたやって来るかもしれない。京子には対応しなくて良いと言っているけど、母のことだから、扉を開けるまで玄関に居座るなんてこともあり得る。どうしたものかと頭を抱えながら社屋に戻ると、昼食から戻って来た山口課長に出くわした。そのときは、髪の毛をワンレングスに切りそろえて、肩が強調されたタイトなスーツを着ていたことを覚えている。
「ありゃ?つきみん、不動明王みたいな表情になってるけど、どうしたなりか?」
どうやら、気づかないうちに鬼気迫った表情をしてしまっていたらしい。
「すみません。ちょっと、家の方でトラブルがあって」
慌てて苦笑を浮かべながら答えると、山口課長は、ふーん、と言いながら僕の顔をしげしげと見た。それから、ニヤリと口の端を吊り上げると、小首を傾げた。
「月見野、だいぶ厄介なことになってるみたいだな?」
そして、いつもよりも低い落ち着いた声で、僕にそう問いかけた。
「え!?わ、分かるのですか!?」
思わぬ言葉に慌てながら問い返すと、山口課長はケラケラと笑い出した。
「あったり前なり★アタシを誰だと思ってるなりか!?それより、大変なら手を貸すなりよ!?」
山口課長はおどけた口調に戻ると、僕の肩をバシバシと叩いた。当時から、山口課長、それと信田部長が、呪い事に関して、詳しいということは知っていた。時折、彼女達の「仕事」の手伝いも、していたくらいだから。
でも、個人的なことに会社の人間を巻き込むのは、少し気が引けるとも思った。
答えあぐねていると、山口課長はニコリと微笑んで僕の頭をポンポンと叩いた。
「変な遠慮は必要ないなりよ★アタシも部長も、多分だけど社長も、家族を大事にする奴はほっとけないタイプなんだから★」
山口課長はそう言うと、楽しげにウインクをした。
申し訳ないとは思ったけど、藁にも縋りたい気持ちなのも確かだった。
「なら……お言葉に甘えても、よろしいですか?」
「おっけー!それなら、部長にも相談するから……よっと!」
そう言うや否や、山口課長は僕を両手で抱え上げた。
「うわぁ!?や、山口課長!?」
突然のことに慌てていると、山口課長は再びウインクをした。
「今から、管理部の執務室に強制連行するなり★」
山口課長はそう言うと、僕を抱えたまま社屋に入り、颯爽と階段を上っていった。そして、管理部の執務室の扉を開け……
「部長!つきみんが悩んでるみたいだから、強制連行してきたなり★」
「ちょっと、慧!なんで、月見野君をさらってきてるのよ!?」
……信田部長に、叱りつけられた。
「すみません、信田部長。ちょっと、家のことで悩んでると言ったら、山口課長が相談してくれるというお話になって」
山口課長の腕から降りながら、信田部長に簡単な事情の説明をした。すると、信田部長は困惑した表情を浮かべてから、深いため息を吐いた。
「そうだったの。月見野君にはいつも世話をかけてるから……また慧が、何かに巻き込んだのかと思ったわ」
「あー!そんな言い方するなんて、ひどいなりー!アタシ泣いちゃうんだからね!」
山口課長はそう言うと、顔を覆って、えーん、と声を上げながら、泣きまねを始めた。信田部長はそんな山口課長を一瞥すると、僕に苦笑を向けた。
「騒がしくてごめんなさいね、月見野君。それで、悩み事って言うのは?私達で良ければ、できる限り協力するわよ」
信田部長の言葉に、思わず目頭が熱くなるのを感じた。
あのときは、これで京子も子供も確実に守ることができる、なんて思ったっけ……
昔のことを思い出していると、テーブルの上で携帯談話が震えていることに気がついた。確認すると、一条さんからのメールを受信していた。
えーと、今から家を出るのであと十分くらいでここに着きます、か。
昔のことを思い出して、少し不安になったけれど……ここで気弱になっているわけにはいかないね。
なんとしても、あの子への説得を成功させよう。
社長達が受注したという「鬼退治」の仕事が本格的に始まってしまう前に。
ここまで来てくれるという話になったけど、電話越しの声は本調子ではなさそうだったから、少し心配だ。それに、さっきの通話で、一条さんが最後に呟いた言葉も気がかりだ。
「でも、良かった」
「……良かった、というのは?」
「煩わしい年寄りが、当面動けなくなったのですから」
一条さんの言葉に、思わず耳を疑った。
いや、今までのことを考えると、驚くべきことではないのかもしれない。それでも、心のどこかで、あの子が呪いに関わっているなんて何かの間違いだ、という思いを捨て切れていなかった。
「お前の頭の中は、花畑か何かか?」
不意に、山口課長から昔かけられた言葉を思い出した。辛辣な言葉だったが、その当時の僕には言葉を返すことができなかった。たしか、その言葉をかけられたのも、今と同じ季節だったな。
父と母に縁を切ると宣言した日、家に到着しても京子は沈んだ表情でうつむいたままだった。居間の中には、京子が声を殺して鳴く声と、時計の針の音だけが響いていた。
「あの二人の言うことなんて、気にしなくていい。この家の住所は知られているけど、すぐに引っ越してしまおう。もしも、その間に母さんがこっちに来ても、無視していいから」
気まずい空気を打ち破るために、ソファーの隣に座る京子の肩を抱き寄せながら声をかけた。すると、震えた、そうですか、という声が返ってきた。それから、京子は二、三度まばたきをすると、ゆっくりと顔を上げた。
「……和順さん。少し、お話ししたいことがあるのですが、聞いていただけますか?」
京子は涙を浮かべた目をこちらに向けて、震えた声のまま僕に問いかけた。
「ああ。構わないよ」
きっと、父と母に対する恨み言がこぼれるのだろう。
でも、あんなことを言われたのだから、それも当然だ。
そんなことを考えながら頷いてみせると、京子は安心したように軽く微笑んだ。
「ありがとうございます。和順さん、私の家が呪い事を生業としているのは、もうご存知ですよね?」
京子の口から出たのは、意外にも恨み言ではなかった。たしかに、父と母が家系に難があるなどと口にしていたけど、そのときは、何故そんな話が今出るのか、と疑問に思った。
「あ、うん。父と母から、それとなく聞いてたから」
「それでは、私がどんな呪い事の技術を持っているかは?」
「そこまでは、聞いていないよ。僕は、君の家柄がどうとか、技術がどうとかじゃなくて、京子本人に惹かれて一緒になりたいと思ったんだから」
それに、僕が一緒にいる限り京子に人を呪わせたさせないから、そんな気恥ずかしい言葉も口を突いて出そうだった。それでも、京子の話を遮ってしまいそうだから、ぐっと堪えてみせた。そうしていると、京子はどこか淋しげに微笑んだ。
「ありがとうございます。私も、和順さんの負担にならないように、聞かれるまでは黙っていようと思ったのですが……」
京子はそこで言葉を止めると、自分のお腹をそっとなでた。
「このままだと、この子まで巻き込んでしまいそうなので」
「大丈夫、二人とも絶対に僕が守るから」
悲痛な面持ちを浮かべながらお腹をさする京子に、そんな青臭いセリフを吐いた。すると、京子は再び淋しげに微笑んだ。
「ありがとうございます。期待していますよ」
気を紛らわせるためなのか、京子はどこかおどけた口調でそう言った。
「ああ。大いに期待してくれ、大丈夫だよ」
僕もおどけた口調でそう返すと、京子は安心したように微笑んだ。それから、京子は意を決したように、深く息を吸い込んでから吐き出した。呼吸が整うと、京子は真剣な表情で僕の目を見つめた。
「私が持つ呪い事の技術というのは……側にいる者の不幸を代わりに請け、自分が得るはずだった幸福を側にいる者に与える、というものなんです」
京子の言葉に、足場が音を立てて崩れていくような気持ちになった。
京子と結婚してから、仕事は順調すぎるほど順調だった。
ということは……
「京子、もしも僕に対してその技術をつかっているのなら、今すぐに止めるんだ!」
思わず声を荒らげると、京子は苦笑を浮かべて首を横に振った。
「それが、自分でも止められないのですよ。これは、技術というよりも呪いに近いものですから」
それから、京子は淡々とした口調で自分の技術と生い立ちについて、僕に教えてくれた。
戸籍上の母親とは、血がつながっていないということ。
元々は、呪い事の技術者としての才はなかったということ。
それらが原因で、家族の中では疎まれていたということ。
その結果、鍛錬と称して祖母から先ほど口にした呪いを施されたこと。
その呪いのおかげで、烏ノ森家は呪い事の需要が減ってきた時代でも、それなりに裕福だったこと。
ただし、彼女にどんな不幸が降りかかっていたかは、詳しく教えてはくれなかった。
「大丈夫ですよ、ちょっとした刺し傷、が増えたくらいですから。それに、和順さんと出会ってからは、そういった傷を負うことも、以前よりずっと減りましたし」
そう答えていたけれど、出会った頃の表情を思い出すと、辛い思いをし続けていたのだろう。
「ただ、この技術にも欠点があって、私が請ける不幸が限界に達すると、今までとは逆に回りの者に不幸を振りまくようになるそうです。それと、その限界というのがいつ来るのか、私にも分からないのですよ」
京子はそう言うと、再びお腹に視線を落とした。
「今までは、少し嫌なことがあっても、和順さんが幸せならそれで良いと思っていました。それに、この子も幸せになってくれる、と思ったのですが……」
京子はそこで言葉を止めると、お腹をさする手を放した。
「今日のお義母様達とのお話を考えると、不幸というのは私の中にいるこの子にも降りかかってしまうみたいですから……」
そして、悲しそうな表情で僕の袖を握りしめた。
「和順さん……私に何かあったとしても、この子を守ってくれますか?」
「……さっきも言ったろ?二人とも、必ず守るって」
そう言いながら抱きしめた京子の肩は、小さく震えていた。そして、消え入りそうな、ありがとうございます、という声が聞こえた。
その翌日、昼休み中に不動産屋に駆け込んで、転居先を見つけた。幸運なことに、それまで住んでいた家よりも間取りは狭かったけど、手頃な物件がすぐに見つかった。ただ、物件が見つかったからといって、すぐに引っ越せるわけでもない。
諸々の手続きをしている間に、母がまたやって来るかもしれない。京子には対応しなくて良いと言っているけど、母のことだから、扉を開けるまで玄関に居座るなんてこともあり得る。どうしたものかと頭を抱えながら社屋に戻ると、昼食から戻って来た山口課長に出くわした。そのときは、髪の毛をワンレングスに切りそろえて、肩が強調されたタイトなスーツを着ていたことを覚えている。
「ありゃ?つきみん、不動明王みたいな表情になってるけど、どうしたなりか?」
どうやら、気づかないうちに鬼気迫った表情をしてしまっていたらしい。
「すみません。ちょっと、家の方でトラブルがあって」
慌てて苦笑を浮かべながら答えると、山口課長は、ふーん、と言いながら僕の顔をしげしげと見た。それから、ニヤリと口の端を吊り上げると、小首を傾げた。
「月見野、だいぶ厄介なことになってるみたいだな?」
そして、いつもよりも低い落ち着いた声で、僕にそう問いかけた。
「え!?わ、分かるのですか!?」
思わぬ言葉に慌てながら問い返すと、山口課長はケラケラと笑い出した。
「あったり前なり★アタシを誰だと思ってるなりか!?それより、大変なら手を貸すなりよ!?」
山口課長はおどけた口調に戻ると、僕の肩をバシバシと叩いた。当時から、山口課長、それと信田部長が、呪い事に関して、詳しいということは知っていた。時折、彼女達の「仕事」の手伝いも、していたくらいだから。
でも、個人的なことに会社の人間を巻き込むのは、少し気が引けるとも思った。
答えあぐねていると、山口課長はニコリと微笑んで僕の頭をポンポンと叩いた。
「変な遠慮は必要ないなりよ★アタシも部長も、多分だけど社長も、家族を大事にする奴はほっとけないタイプなんだから★」
山口課長はそう言うと、楽しげにウインクをした。
申し訳ないとは思ったけど、藁にも縋りたい気持ちなのも確かだった。
「なら……お言葉に甘えても、よろしいですか?」
「おっけー!それなら、部長にも相談するから……よっと!」
そう言うや否や、山口課長は僕を両手で抱え上げた。
「うわぁ!?や、山口課長!?」
突然のことに慌てていると、山口課長は再びウインクをした。
「今から、管理部の執務室に強制連行するなり★」
山口課長はそう言うと、僕を抱えたまま社屋に入り、颯爽と階段を上っていった。そして、管理部の執務室の扉を開け……
「部長!つきみんが悩んでるみたいだから、強制連行してきたなり★」
「ちょっと、慧!なんで、月見野君をさらってきてるのよ!?」
……信田部長に、叱りつけられた。
「すみません、信田部長。ちょっと、家のことで悩んでると言ったら、山口課長が相談してくれるというお話になって」
山口課長の腕から降りながら、信田部長に簡単な事情の説明をした。すると、信田部長は困惑した表情を浮かべてから、深いため息を吐いた。
「そうだったの。月見野君にはいつも世話をかけてるから……また慧が、何かに巻き込んだのかと思ったわ」
「あー!そんな言い方するなんて、ひどいなりー!アタシ泣いちゃうんだからね!」
山口課長はそう言うと、顔を覆って、えーん、と声を上げながら、泣きまねを始めた。信田部長はそんな山口課長を一瞥すると、僕に苦笑を向けた。
「騒がしくてごめんなさいね、月見野君。それで、悩み事って言うのは?私達で良ければ、できる限り協力するわよ」
信田部長の言葉に、思わず目頭が熱くなるのを感じた。
あのときは、これで京子も子供も確実に守ることができる、なんて思ったっけ……
昔のことを思い出していると、テーブルの上で携帯談話が震えていることに気がついた。確認すると、一条さんからのメールを受信していた。
えーと、今から家を出るのであと十分くらいでここに着きます、か。
昔のことを思い出して、少し不安になったけれど……ここで気弱になっているわけにはいかないね。
なんとしても、あの子への説得を成功させよう。
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