君のハートに☆五寸釘!

鯨井イルカ

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そんな方がいるのならば

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 月見野様から、この近くに来て下さっているという連絡をいただきました。
 ご足労いただいたわけですから、早く向かわないといけないと思い、急いで身支度を調えたわけですが……
 今更になって、緊張からなのか呼吸が苦しくなってきました。今、過呼吸をおこしている場合ではないのに……
 そうだ、昨日、葉河瀨さんに教えていただいた呼吸法を試してみましょう。

 四秒かけて息を吸って……

 二秒止めて……

 四秒かけて吐いて……

 呼吸を繰り返すうちに、段々と緊張感が和らいできました。あとは、何か飲み物を飲んで、気持ちを落ち着かせましょう。たしか、冷蔵庫に昨日作った麦茶が入っていたはず。
 そういえば、昨日は冷蔵庫の中に三輪先輩が出現して驚いてしまいましたが……さすがに今日はいらっしゃらないですよね。
 そんなことを考えながら冷蔵庫の扉を開けると……

「あ、姫ちゃん!」

 至近距離で三輪先輩と目が合い……

「きゃぁっ!?」

 思わず悲鳴を上げてしまい……

「きゃっ!?」

 三輪先輩にも悲鳴を上げられてしまいました。
 再び乱れてしまった呼吸を整えていると、三輪先輩がキョロキョロと目を動かしました。

「え、どうしたの!?何か、悲鳴を上げる事態が発生した!?」

 三輪先輩は、心配そうにそう言っていますが……
 冷蔵庫に女性の生首が現れるというのは、悲鳴を上げる事態の筆頭格ではないでしょうか?
 いえ、今そんなことを疑問に思っている場合ではないですよね。

「すみません……急に三輪先輩がいらっしゃったので、ビックリしてしまって……」

 私が答えると、三輪先輩はバツの悪そうな表情を浮かべて、頭を軽く横に傾けました。

「あ、そうか。ごめん、ごめん!いきなり冷蔵庫に出現したら、取り乱す人もいるよね」

 三輪先輩は苦笑を浮かべながらそう言いましたが……冷蔵庫に生首が出現して、取り乱さない方なんているのでしょうか?
 もしも、そんな方がいるのならば、怪奇現象よりよっぽど恐ろしいような気が……
 そんなことを疑問に思っていると、三輪先輩が心配そうな表情をこちらに向けていました。

「ところで姫ちゃん。さっき、製品開発部に書類を届けに行ったら、葉河瀨部長がスマートフォン握りしめたまま、ストレスのたまった猫みたいなかんじでウロウロしてたんだけど……何かあったの?」

 えーと、葉河瀨さんを猫にたとえるのはどうかと思うのですが……その光景が、ありありと思い浮かんでしまいました。言われてみると、雰囲気がどことなく猫っぽいような気がするかもしれません。
 などと、感心している場合ではなく。

「ご心配をおかけしてしまって、すみません。ちょっと、体調が悪くて、意識を失っていたみたいで……」

 私が答えると、三輪先輩は大きな目をカッと見開きました。

「えぇ!?ちょっと、大丈夫!?昨日、日神課長に何かされた影響なら、今から文句を言いに行ってくるけど!」

「あ、いえいえ!そうではないので、大丈夫ですよ!」

 慌てて否定すると、三輪先輩は安心した表情で、そっか、と呟きました。
 むしろ、日神課長は……葉河瀨さんが改造した蛍光灯のせいで目眩をおこしたりしているので、この件ではかなり被害に遭っている方ですよね……
 
 あれ?でも……
 何故、葉河瀨さんが改造した蛍光灯のスイッチを入れる事態になったのでしょうか?
 その直前に、どんなお話をしていたんでしたっけ……?

「姫ちゃん、大丈夫?何か、もの凄く顔色が悪いよ?」

 昨日のことを上手く思い出せずに悩んでいると、不安げな三輪先輩の声が耳に入りました。

「あ、いえ。少しフラフラはしますが、大丈夫ですよ」

 笑顔で答えると、三輪先輩は訝しげな表情を浮かべながらも、そっか、と呟きました。
 ひとまず今は体調が落ち着いているわけですから、あまりご心配をかけてはいけませんよね。
 
 ああ、そうだ。

 葉河瀨さんからも着信があったのに、まだ連絡を入れていませんでした。
 夢の中でやり取りをしていたので、すっかりと連絡が済んだ気になっていました……
 山本社長が斃れたというのは月見野様から伺いましたが、葉河瀨さんがご無事かどうかはまだ不明なままなんですよね……
 三輪先輩のお話では、命に別状がある事態にはなっていないと思いますが……

「あ、あの、三輪先輩、一つ質問があるのですが……」

「ん?どうしたの姫ちゃん」

 恐る恐る声をかけると、三輪先輩は軽く頭を傾けました。

「えーと、その……今、弊社と御社でイザコザとしていますが……葉河瀨部長は、ご無事ですか?」

「葉河瀨部長?うん、取りあえず不安そうな顔してた以外は、大丈夫そうだけ……」

 三輪先輩はそこで言葉を止めると、何かに気づいた表情を浮かべました。そして、すぐさま不敵な笑みを浮かべ……

「ふーん。葉河瀨部長は姫ちゃんを心配して、姫ちゃんは葉河瀨部長を心配する、か。つまり、姫ちゃんと葉河瀨部長は、晴れて相思相愛ってことなんだね?」

 ……予想外の言葉を口にしました。

「そ、そんな!違いますよ!?」

 慌てて否定すると、三輪先輩はキョトンとした表情で首を傾けました。

「え、違うの?昨日も言ったけど、葉河瀨部長は、確実に姫ちゃんのこと好きだと思うんだけど?」

「それは、えーと……」

 たしかに、昨日の夕方に思いを伝えていただきましたけれども……

「葉河瀨部長みたいなタイプは、姫ちゃんの好みじゃないとか?」

「いえ、そう言うわけでもなく……」

 むしろ、第一印象と違って凄く優しい方ですし、お付き合いできたら幸せなのかもしれませんが……

「なら、YOU達付き合っちゃいなよ!」

 戸惑っていると、ウインクをしながら、三輪先輩はおどけた口調でそう言い放ちました。どことなく、山口課長を彷彿とさせる気が……いえ、そんなことを気にしている場合じゃなく。

「三輪先輩、茶化さないで下さいよ……葉河瀨さんには、明日お別れを告げようとしているんですから……」

 私がそう言うと、三輪先輩は再び目を見開きました。

「え!?なんで、そんな話になってるの!?」

「今回の件で、皆さんに多大なるご迷惑をおかけしてしまいましたし……」

 問いかけに答えると、三輪先輩は唇を尖らせて不服そうな表情を浮かべました。

「えー、でも、もう終わったことでしょ?」

「そうなのかもしれませんが……葉河瀨さん個人にも、かなりご迷惑をおかけしてしまっていますし……」

 迷惑をかけているどころか、気持ちを踏みにじるようなこともしてしまっていますし……

「それは、大丈夫だと思うよ!葉河瀨部長は、気に入った相手に手を焼かされることを楽しむタイプだから!仕事でも、色々と難しいプロジェクトを進めてるときの方が生き生きした顔してるし!」

 三輪先輩は何故か得意げな表情で、そうい言い放ちました。たしかに、仕事はそうなのかもしれませんが……

「むしろ、気に入った相手が急にいなくなったりする方が、ダメージを受けるタイプと思うよ。あまり顔には出さないけど、喫煙所にいる時間が増えたり、いつも以上にやる気がなさそうな表情になったりしてたし!」

 三輪先輩は自信に満ちあふれた表情で、そう言いました。
 なんだか例えの行動が具体的なのは、何故でしょうか?
 以前、気に入った相手という方がいなくなったことがある、とか?

「だ・か・ら!特に嫌悪感を抱いていないのに、一方的にお別れを切り出すなんて、やめてあげなさい!葉河瀨部長が可哀想でしょ!」

 疑問に思っていると、三輪先輩はとてつもない剣幕でそう言い放ちました。

「は、はい!かし……こまりま……した?」

 気圧されながらも返事をすると、三輪先輩は勝ち誇ったような表情を浮かべて、よろしい、と口にしました。

「別に嫌いと言うわけじゃないなら、取りあえず付き合ってみて、無理なら事情を説明して別れればいいんだよ!」

 三輪先輩は勝ち誇った表情のまま、そう口にしました。えーと、それはそれで、失礼な気もしますが……男女のお付き合い等のは、そう簡単に割り切れるもの……なのでしょうか?

「あ……でも、葉河瀨部長も日神課長と違うベクトルで面倒くさいから、そんな事になったら……傷心の果てに、乱心して、渾身の新製品を作り出し……やがては、世界を混沌に陥れるかも」

 混乱していると、三輪先輩が困惑した表情でそう呟きました。
 葉河瀨さん、世界を危機に陥れるような物も作ることができるのですね……
 いえ、感心している場合ではなくてですね。

「なんでお付き合いのイザコザが、世界の危機にまで発展するんですか!?あと、なんでちょっと韻を踏んでいるんですか!?」

 思わず声を荒らげて尋ねると、三輪先輩は苦笑しながら、ごめんごめん、と口にしました。

「今ちょっと、ラップがマイブームだったから。それはともかく、ツッコミを入れられる元気は出たみたいだね」

 三輪先輩はそう言うと、安心したように微笑みました。
 私としたことが凄くお世話になっていた先輩に向かって、声を荒らげてしまうなんて……

「す、すみません!出すぎた発言をしてしまって!」

 咄嗟に頭を下げて謝ると、頭上から軽快な笑い声が聞こえ来ました。

「あははは!いいのいいの!先に冗談を言ったのは、こっちなんだから!」

 恐る恐る頭を上げると、三輪先輩は声に違わず楽しそうに笑っています。

「それと、姫ちゃんが言ったとおり、なにがしかのイザコザがあったとしても、世界の危機が訪れるわけじゃないんだから、あんまり気に病まないようにね!」

「は、はい……ありがとう、ござ……いま……す?」

 勢いに任せたフォローに混乱していると、三輪先輩は再び満足げな表情を浮かべました。

「よろしい!では、私はこれで業務に戻るけど、あんまり色んなことを思い詰めないでね!」

「はい……気を付けます……」

 私が返事をすると、三輪先輩は二、三度頷きました。そして、棚板に吸い込まれるようにして、去って行きました。それから、冷蔵庫の扉を閉じて再び開いてみましたが、三輪先輩の姿はどこにもありませんでした。
 
 えーと、三輪先輩は何をしにいらしたのでしょうか……?
 管理部の方から、私の様子を監視してこい、と言われた?
 ……いえ。
 三輪先輩のことですから、きっと、本当に、ただ心配になったから来てくれたのでしょうね。
 少し脱力感が湧き起こりましたが、おかげで緊張はかなり和らぎました。
 この気持ちのまま、月見野様に連絡を入れて、約束の場所まで向かうことにしましょう。
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