魔女との遭遇

白玉しらす

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「ラナ!前へ行くな!」
 グレンの叫び声は無視して、私はフィルが一太刀浴びせたディモルプトルに向かって走り出した。
 転がり雄叫びをあげる巨大な魔獣に、フィルは追撃を食らわせている。振り回されるしっぽと噛み付こうと大きく開けられた口を避けつつ、フィルが魔獣のお腹に剣を突き立てる。

「フィル、私も行く!」
「ラナは危ないよー」
 キレのある動きに反してのんきな声で、フィルも私を止める。
「ラナ!危ないだろうが!」
 後ろの方でグレンが喚いている。
「大丈夫ー!」
 大声で叫んだ瞬間、ディモルプトルの巨大なしっぽが私めがけて叩きつけられた。
 パリンとガラスが割れるように、グレンの防御魔法が発動してキラキラとした光が砕け散る。ディモルプトルのしっぽが反動で吹っ飛ぶのが見えた。

「グレンの魔法が守ってくれるからー!」
「防御魔法は万能じゃないんだぞ!」
「食べられちゃったらおしまいだからね」
 グレンの小言の後で、フィルがいつもの調子で私を抱え、迫りくる大きな口を避けるように飛び退いた。
「接近戦はちゃんと避けられるようになってからにしたら?」
 呆れた声でそれだけ言うと、フィルは私をディモルプトルのお腹の前で降ろした。
 フィルはそのままディモルプトルのお腹の上に飛び乗ると、背中に向かって駆け上がっていく。相変わらず凄い身体能力だ。
 私は愛用の杖を構えると、ディモルプトルのお腹に押し付けた。
「瞬発、方位角2243、射角0、3発、エクスプロージョン!」
 私の詠唱が終わると、目の前の巨体からドコドコと爆発音が聞こえ、それに合わせて身体が膨らんだ。
 断末魔を最後に、ディモルプトルは沈黙した。


「三発も打ち込んでかわいそー」
 フィルがあまりかわいそうな感じのしない口調で言いながら、ディモルプトルのお腹を滑り降りてきた。
「爆発に巻き込まれなかった?」
「ラナのトンチキな詠唱が聞こえたから、ちゃんと避けといたよ」
「トンチキじゃない。私のは実用的なの」
「よくあんなので魔法が発動するよね」
「ラナ!」
 戦いに勝利し、のどかに談笑していると、グレンが怒鳴り込んできた。
「はい、ごめんなさい」
 戦闘後にグレンに説教されるのはいつもの事なので、説教される前から謝っておく。

「悪いと思うなら接近戦は止めろ。魔法使いは後衛って昨日も言っただろ。もうお前は初等教育からやり直せ」
「ゼロ距離詠唱は男のロマンだから」
「ラナは女だろうが」
「男心が分かる、いい女を目指しているんだよ」
「そもそもゼロ距離詠唱なんてラナぐらいしかやろうとしないからな。男のロマンでも何でもない」
「でもほら、遠距離からだと威力が落ちるし、内部爆発は外からの攻撃より殺傷力高いし」
「防御の概念が無いくせに敵に突っ込むなと言ってるんだ」
「防御の概念はあるよ。攻撃は最大の防御なりって、ふがが」
 反論の途中で鼻をつままれてしまった。

「グレン、いつもの無駄な小言はそれぐらいにして、さっさと素材採取しよう」
 フィルの助け舟に、グレンは鼻をつまんでいた手を引っ張るようにして離すと、フィルの方を向いた。
「お前が甘やかすのも良くないんだからな」
「確かにラナは真っ直ぐ敵に向かう事しかできないイノシシだけど、本当に危ない時はちゃんと待てもできるから」
 助け舟の割になんか馬鹿にされてる気がするのは気のせいだろうか。
「今までラナが待てをした事があるか?」
「うーん、僕がいる限り危ない事はないから、ないかもね」
「相変わらず凄い自信だな」
「守る自信がなかったら、ラナとパーティー組んでないよ。それにグレンもいるしね」
「だから、防御魔法は万能じゃない」
「元魔法科主席の防御魔法だよ。もっと自信持ちなよ」
「自信ならある」
「じゃあもうちょっとラナを信じてあげたら?」
「……」
 グレンは苦虫を噛み潰したような顔で私を見ている。
「私だって二人がいるから無茶できるって分かってるから。いつも守ってくれてありがとう」
「分かってるならいい……でも少しは自重しろ」
 グレンはそれだけ言うとディモルプトルの方を向いた。お説教はもうおしまいらしい。
 フィルも私の頭をポンポン叩くとグレンの隣に行き、私もそれに続いた。


 私とグレンは魔法科の同級生だった。実技だけは一番の成績だった私に、主席のグレンは何かと言うと小言を言ってきた。

 そのおかしな詠唱は威力が半減するからやめろ。
 それだけの魔法が使えてなぜ理論が伴わない。
 魔法使いのくせに先陣切って突っ込むな。
 杖を手近な物を引き寄せるのに使うな。
 スカートで高いところによじ登るな。
 ハンカチぐらい常に持ち歩け。
 野菜ももっとちゃんと食え。

 お母さんでもそこまで言わないよと言うぐらい細かい小言に、最初はうんざりしていたけど、すぐに慣れてしまった。
 グレンも私を心配して言ってくれているんだろう。小言はありがたく聞き流す事にした。
 フィルは剣術科の主席で、主席同士行事のたびに顔を合わせる内にグレンと仲良くなったらしい。
 いつの間にか私達三人はよくつるむようになり、卒業後も自然とパーティーを組む事になった。
 学校を卒業してから一年。私達は冒険者としてのランクも上がり、大した問題もなく日々楽しく暮らしていた。


 三人で素材採取について相談していると、突然ディモルプトルのお腹の上に人影が現れた。
「やだ~。私のディモちゃん、倒されちゃった~」
 胸元が大きく開いて、今にも胸がこぼれ出そうな黒色のワンピースを着た美女が、誰に向かってと言う事なく口を開いた。
 ワンピースの裾は片側だけが腰近くまでしかなく、こちらも見えてはいけないものが見えてしまいそうだった。
「私が倒そうと思ってたのに、なんで先に倒しちゃうの?」
 感情の読めない瞳で見下ろされ、私達は固まってしまう。
 魔女だ。
 本能がそう告げていた。

「ねえ、なんで?」
 カールした金髪が風にふわふわ揺れて、その美しさに見とれてしまう。
「あなたの獲物だとは、知らなかった」
 グレンがゆっくりと、間違いのないように答える。
「私、薬を作るためにディモちゃんが必要なんだけど」
「知らずに倒してしまい申し訳ない。このディモルプトルは持っていってもらって構わない」
「ん~、そうねえ」
 魔女はディモルプトルと私達を交互に見比べて何か考えているようだった。
「状態は良さそうだし、今回は許してあげようかな~。どうしよっかな~」
 このディモルプトルは別に魔女の物と言う訳でもないから、その言い分は理不尽この上ない。でも、魔女とはそう言う物だ。
 人の形をしているけど人ではなく、魔法のようで魔法ではない、人智を超えた術を使う。
 気分や機嫌で何をされるか分からない、アンタッチャブルな存在。それが魔女だ。


「ん~、そこのあなた」
 急に目の前に魔女が来て、私はゴクリとつばを飲んだ。
 魔女は妖艶な微笑みを浮かべて私の顎を掴むとじっと私の顔を覗き込んだ。金色の瞳の中に映る私の顔が引きつった笑みを浮かべている。
「人間にしてはかわいい顔をしてるのね」
「うっ……」
 胸を鷲掴みにされて、思わず声が出てしまった。私の装備は魔法使い用の黒いローブだ。物理攻撃には極めて弱い。
「や~ん、柔らか~い。揉み心地も最高ね」
 どうしたらいいか分からず、目でグレンとフィルに助けを求めると、二人共困惑した顔で固まっていた。二人もどうしたらいいか分からないんだろう。

「いっぱい、してる?」
 胸を揉みながら尋ねられても、なんの事か頭が回らなかった。
「何を、ですか?」
「えっち」
 一音一音区切るように言われても、意味が分からない。
「ええと、それは……」
「だから、セックス。いっぱいしてる?」
「……し、てません」
「もったいな~い。まさか生娘なんて事はないわよね?」
 突っ込んだ質問に返事もできないでいると、握り潰す勢いで胸を掴まれた。
「痛っ……すみません、そう言う経験は、ないです」
「あなた、それはだめよ」
 魔女は胸を掴んでいた手を離すと、やれやれと言った感じで首を振った。

「あなた達」
 魔女がグレンとフィルの方を向いたので、私はほっとしてしまう。これ以上の辱めは勘弁して欲しかった。
「なんでやらないの?」
「……彼女とはそう言う仲ではない」
「やりたくないの?」
 魔女は返事をしたグレンに近づくと、じっと顔を覗き込んだ。
「そう言う目で見た事は……」
「ふうん、じゃあ、あの子をオカズにした事もないの?」
 魔女はグレンの返事にかぶせるように質問を重ねた。
「オカズって……」
「ほら、こうやって」
 なんか右手で輪っかを作って上下に動かしているけど、なんの動きかは考えてはいけない。どう考えてもアレな動きだけど、分からない事にしておこう。

「……ない」
「私ウソをつくのは好きだけど、つかれるのは嫌いなの」
 魔女がグレンに背を向けるのと同時に、ポンッと軽快な音がしてグレンの頭に耳が生えた。
 グレンの黒髪から飛び出ているそれは、黒くて肉厚でふさふさしていて、どう見ても犬耳だった。
 グレンが不安そうな顔で頭を触るたび、犬耳がひょこひょこ動く。とんでもなく可愛い。
 いや、待って。嘘をつかれるのは嫌いと言う事は、グレンは私を……いやいや、これは深く考えてはいけない。
 犬耳を押さえたままのグレンと目が合うと、グレンは頬を赤く染めて目を逸した。
 だから、そう言う反応をすると疑惑が確定されちゃうから、やめて。

「駄犬はメスの身体でもペロペロしてなさい」
 フィルの前に立った魔女が、グレンを見る事なく言うと、グレンが私に飛びかかってきた。
「え、何?あ、ちょっと……ひっ」
 グレンは私を押し倒すと、首筋に顔をうずめスンスン臭いを嗅いでからペロリと舐めた。
 良く言えば自然派、普通に言えば無頓着な私はきっと汗臭い。
 反してグレンからは、石けんなのか洗剤なのか香水なのか、なんだか爽やかないい香りがした。
「い、や……ほんと、だめ……」
 抱きつくようにペロペロ舐められて、非常に恥ずかしい。
「あなたはどうなの?」
「ラナに手を出すほど相手に困ってないんで」
 魔女とフィルは私にはお構いなしに話をすすめている。

「や、やめて……」
 私はと言うと、グレンにローブの胸元を引っ張られ、クンクン臭いを嗅がれて涙目だ。谷間は汗が溜まりやすいんだから、やめて。
「じゃあ、抜いた事もないのかしら?」
「それはまあ普通にありますが、グレンとは意味が違うと思います」
 普通ってなんだろう。意味が違うって、そんな色んな意味があるんだろうか。
 とか、フィルと魔女のやり取りに気を取られていたら、グレンが私のスカートの中に潜り込んできた。
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