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序章 異世界召喚
一話 そこは、異世界。
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俺は夜道をぶらぶらと歩いていた。
学校にも行かなくなり、気づけば夜行性になった俺はこうして毎日、相棒とも呼べる青いジャージを身に纏って夜を散策するのが日課になっていた。
何も買う訳でもないのにコンビニを出入りし、道に倒れ込む酔っ払いを介抱し、男女の喧嘩の仲裁に入る。
それが俺の日常で、捨てるに捨てられない無意味でちっぽけな世界だった。
さて、そろそろ帰らねば祖母にバレてしまう。
何度かの人との別れの末、心をすり減らした俺に優しくしてくれた祖母だ。これ以上心配はかけられない。
俺が帰路につく道中、やけに眩しい看板の光に目がやられた。その瞬間だった。
『助けて』
そう、確かに微かな悲鳴を聞いた。女性の声だった。何処かから聞こえてくるそれは幻聴だったのかもしれない。しかし、もう……後悔はしたくなかった。
俺は微かに聞こえる声を頼りに、喧しいほど明るい繁華街の路地裏を縫って、終着点へと辿り着く。
そこには誰もいなかった。いないはずなのに。俺はそうする事が自然であるという風にそちらへと手を伸ばす。そうして……。
『ごめんなさい』
そんな、消え入るような声を聞いた。
◆
突然、世界は暗転した。
あまりにも突然の出来事に、俺の頭はついていけなかった。何が起きているのか、まるで理解できない。
その直後、思考を遮るような強烈な不快感が襲ってきた。まるで全身の臓器が裏返されたかのような異様な感覚。重力も空気も、さらには自分がどこにいるのかという感覚すら、一瞬にして奪われてしまった。
「……っ、ゔっ……おぇ……」
不快感に耐え切れず、胃の底から湧き上がる拒絶感が口を突いて溢れ出す。ビチャビチャと音を立てて床に散らばる吐瀉物が、生々しく現実を突きつける。
息が詰まり、喉が焼けるように熱い。ふらりと倒れそうになるのを、意識の底でかろうじて踏みとどまる。
五感がじわじわと戻り始め、俺は理解する。
——これは、夢なんかじゃない。
暗闇の中、わずかに感じる湿った空気。足元は冷たくざらついていて、コンクリートのような感触がする。
目が暗闇に慣れてきて、周囲の輪郭が掴めてきた。
周囲の壁は、自然に削られた岩肌。まるで洞窟の内壁のようにごつごつとしていて、ところどころに水滴が滴り落ち、ひやりとした空気が肌を刺す。
また、誰かがここで暮らしていたのか、机や椅子、棚があることも理解できる。
「なんなんだ、ここ?」
俺はなんとなく棚に手を伸ばす。そこには、複数冊の本が並べられていると分かった。それを一つ手に取って、ペラペラとページを捲る。
暗闇の中だ。当然、それらを読むことは叶わない。
「とりあえずは、ここから出ることを考えなきゃだな……」
俺はその本を放って、再度周囲を物色する。そして、棚の後ろに扉を発見した。
俺は棚を無理矢理退かして、迷いなく扉を開いた。扉の奥には細い道が続いていた。相変わらず、日の光一つ入らないこの空間で進む道はここしかない。
「行くしかないか」
俺は暗闇の中を突き進んだ。
◇
いくつかの分かれ道を超え、大岩を退かし、俺は日の当たる広い場所に出た。もう先程までいた所に戻ることは難しいだろう。しかし、日の光を見てどこか達成感を感じている俺にはそんなことはどうでも良かった。
「ちょっと、眩しいな」
天井に大穴の空いたこの空間の中心に立ち、そんな独り言を呟く。
光に慣れてきた目で周囲を見渡す。そこは大自然の成した洞窟のオアシスといった雰囲気の場所であった。
天井に空いた穴から差し込む陽光が岩肌に覆われた空間を柔らかく照らし、苔や見たこともない小さな草花がちらほらと自生している。壁際には湧き水のような小さな水源もあり、どこか神聖な雰囲気すら漂っていた。
その風景に心が洗われるようで、俺の中に渦巻いていた不安や不快感は薄れていく。
しかし、疑問が消えてなくなるわけではない。
「本当に、なんで俺はこんな所にいるんだ……」
思い当たる節がないわけではない。きっとあの声だ。助けを求めて、謝罪の言葉を口にした声の主。
彼女を見つければ何かわかるかもしれない。そう、考え至った瞬間、背後にあった水場から「チャポン」という音が聞こえた。
俺は咄嗟に振り返る。しかし、そこには何もない。
「だっ、誰かいるのか?」
返答はない。
きっと、水面に石ころか何かが落ちただけだったのだろう。
ふぅ、と一息吐く。
そういえば、喉乾いたな……。
先程の嘔吐の件もある、水分補給は大事だろう。
しかし、これ……飲んで大丈夫な水だろうか。いかにも、湧水といった雰囲気の水であるが……毒とか、ないよな?
後のことを考えると、これを飲むのは得策ではない。ただ、考え始めると止まらない。喉が、喉が渇いて仕方がない。
……ええい! 考えていても何も始まらない!
俺は「パシャ」と両の手で水を汲み、それを口元へと運ぶ。
「……うま」
それほどまでに渇していたのだろう。ただの水がこんなにも美味しい。
味があるわけでも、舌に刺激があったわけでもないことから、これはただの水であると推定して俺はジャージの袖を濡らしながら「バシャバシャ」と音を立てながら水を飲んだ。
これが悪手であった。
それは水に毒があったからでも、俺の体が異常をきたしたからでもない。
水中から突然何かが飛び出して、俺の腹に激突したためであった。
「いっ!!!」
声を上げて、俺は後方へと転がる。
何が起きたのか理解できなかった。しかし、このまま寝転がったままではまずいと状態を起き上がらせ、水場の方へと目を向けた。
そこには、ぐにゅりぐにゅりと得体の知れない何かが蠢いていた。
半透明の不定形で俺に威嚇でもするかのように脈打っている。その震える物体はゼリーのように柔らかそうでありながら、確かな質量を感じさせる。
「これは……スライム、か?」
思わずそんな言葉が口からこぼれ落ちた。
スライム。
RPGゲームなどでよく見る、最弱と名高いモンスター。推定それが今、目の前に姿を現して最初に抱いた感情は"恐怖"だ。
得体の知れない何かと対峙する恐怖に、身が竦む。
しかし、俺の中で理性が叫ぶ。
ファンタジーモノならスライムは雑魚だと。であれば立ち向かい、倒すべきだと。
スライムはジリジリとこちらへとにじり寄ってくる。
素手……は流石にまずいか。と、俺は周囲を観察する。武器になりそうな物は特にない。強いていうなら、石ころくらいだろうか。
仕方ない。俺が石ころを拾おうとしゃがみ込んだ瞬間、スライムは体を縮めて勢いよく跳ねた。
「っ! うおっ!」
俺は咄嗟の判断で横に飛び退く。さっきの一撃よりも、はるかに鋭く速い突撃が先程まで俺のいた場所を通過して、石壁を貫く。
あれ、当たってたら致命傷だよな……。どうやら、現実には"スライム=雑魚"なんて概念は存在しないらしい。
「クソッ!!!」
俺は必死でその場に落ちていた石ころをスライムに投げつける。そうして、何個かの石ころはヒットしたが「ぼちゃん」と音を鳴らすばかりでスライムにはなんの影響も及ぼしていない。
「打撃は無効ってか!?」
壁にめり込んだスライムが地面に剥がれ落ちる。そうして、再度流動を始めてこちらへとにじり寄ってきた。
再度、あの突進を躱せる自信はない。こちらの攻撃は無効。逃走の手段も攻撃の手段も持たぬ俺には打つ手なし。
そうして、スライムは飛び跳ねる。
あぁ、短い人生だった。後悔だらけでどうしようもない人生……死ぬにはまだまだやらねばならないことがたくさんある。死にたくない!
「誰か、助け……」
掠れた声で一言。
誰かが来るはずなんてない。そんな都合のいい話、ある訳ない。
その瞬間だった。
「——《斬断式:波月》!」
遠くから聞こえたそんな声と共に、何かがスライムを真っ二つに裂いた。
それは"斬撃"であった。
スライムの周囲には誰もいない。目に見えてわかることだが、この異常な状態ではその目すら疑わしくなる。
空中で切り捨てられたスライムは地面に落ち、水風船が割れるみたいに飛び散った。
液体は地面へと染み込む。そして、砕け散った結晶のようなもののみが地面に残った。
一体、何が起こったというのであろうか。理解が追いつかない。
唖然としている俺の耳に「たったった」と何かの足音が聞こえて来る。
思考がまだ現実に戻りきらない中で、俺は反射的にそちらへと視線を向けた。
——そこに現れたのは、一人の少女だった。
目を奪うほど綺麗な藤色の髪に金色の瞳と翠色の瞳のオッドアイ。どこか西洋的な雰囲気を漂わせる、薄くて軽やかな布地の装束と肩にかけられた大きめの鞄。そして何より目を引くのは、右手に携えられた"奇妙な剣"。
麗しさと異質さを兼ね備えた彼女に俺は見惚れる。そうして、彼女と目があった。
彼女はこちらに駆け寄り、口を開く。
「君、無事?」
その声は"波月"と叫んでいた声であり、"助けを求めていたあの声"にやけに似ているような気がした。
◇
「君、無事?」
数秒の静寂の後、彼女は首を傾げた。その動作を目で見て、やっと俺は何を聞かれたのかを理解する。
「え? あ、あぁ。無事だよ。えーっと……ほら、こんなに元気!」
俺はマッスルポーズを取る。そんな俺を見る目の前の少女はくすりと笑みをこぼす。
「見たところ、大きな怪我はなさそうだね。よかったよかった」
そう言って、ふわりとした動作で剣を背負った鞘に収めた。
剣を持っている様子からして、先程の斬撃はきっと彼女によるものだ。だとしたら彼女は命の恩人ということになる。
「えっと……君が助けてくれたんだよな? ありがとう」
頭を下げる俺に彼女は屈託のない笑顔み向ける。
「丁度、君がスライムに襲われているのが見えたから、当然のことをしたまでだよ! いやー、無事でなにより」
彼女の言葉から、やはり先程の生物はスライムだったのだと分かる。本当に……どうしたことか。
現状に理解が追いついていないことは確かだが、まぁ彼女に助けられたという事だけは分かっている。
「君は俺の命の恩人だ。なにか、お礼をさせてくれないか」
「命の恩人なんて、大袈裟だなあ……でも、うん。その気持ちは素直に嬉しいし、手伝ってもらおうかな」
彼女は鞄に手をかけて、ハッとした表情を浮かべて、僕の方へと向き直る。
「まだ名乗って無かったね。私は"ソフィア"。君は?」
彼女は俺に向かって、片手を差し出した。握手を求めているようだ。
不思議なことに、彼女は流暢な日本語を話していた。どうやら海外の出身らしいが……ハーフなのかもしれない。
そんな疑問よりも先に、まずは礼を尽くすべきだろう。命を救ってくれた相手が名乗ってくれたのだ。俺が名乗らないわけにはいかない。
「俺の名前は"加藤 蓮"だよ。えっと、よろしくね、ソフィアさん」
そう言って、彼女と握手を交わす。
「カトウ レン……珍しい名前だね」
俺は首を傾げる。
「え? いや、割とありふれた名前だと思うけれど……」
「そうかな?」
「うん。それに、その服装……初めて見たよ」
「え? ジャージを?」
「じゃーじっていうの? その作業着みたいな服」
「……まじか」
俺からすれば、そのオッドアイの目や西洋風の服の方が物珍しい。なんだ、そのヒラヒラのローブは……コスプレでしか見たことがない。
価値観の相違。
やはり、これは所謂"アレ"なのではないのだろうか……いや、まさか。そんな訳ない。
俺は感じた違和感を払拭する。
そうして、彼女は俺に問いかける。
「それにしてもレンはこんなところで何してたの?」
答えにくい質問を投げかけてくるなぁ……。
でも、その疑問は仕方がない。こんな洞窟の中で、化け物に襲われていた俺は彼女から見れば被害者であり、不審者なのだろう。
俺は嘘をつくのが下手くそだ。致し方ない、恩人に不信感を募らせるのは気が引けるが、正直に話すとするか。
「いや、俺も分からないっていうか……気づいたらここにいて」
「気づいたら?」
「うん……いや、変な話だとは思うんだけれど……俺、さっきまで外を散歩していたはずなんだよ。で、誰かの声が聞こえてそっちに走って行ったら、気づいたらここにいたんだ」
「なるほど……」
俺の話を聞いた彼女は訝しむような目でこちらを見ている。その視線が俺には痛い。
そして、彼女は考え込みながら、小さな声で独り言を呟いていた。なんだか「魔女」だとか「魔法」といった単語が聞こえてきた気がするが、それは聞かなかったことにした。
「うん、色々あったみたいだね。私にもよく分からないけれど……お疲れ様だよ」
そう口にする彼女を見て、俺は一瞬、何も言えなかった。こんな状況なのに、彼女は俺の事情を受け入れて、否定することも疑うこともなく、ただ「お疲れ様」と声をかけてくれた。それが、どれだけ心に染みたか。
「……ありがとう」
自然と、そんな言葉が口から漏れた。
「え?」
「いや、その……変な話を信じてくれてありがとう。何もわからなくて、訳も分からずここにいて、俺さ……正直、すげー怖かったんだ」
「それで、化け物に襲われてもうダメだって思った。だけど、ソフィアさんが来てくれて、助けてくれて……それだけじゃなく、ちゃんと俺の話を聞いてくれて……だから、ありがとう」
最後の方はうまく言葉がまとまらなかったけど、それでも俺の気持ちは本物だ。
彼女は一瞬驚いた顔をしてから、優しく頷いた。
「ふふ、どういたしまして。そう言ってもらえると、助けた甲斐があるってもんだよ」
「それで、まぁ、俺は命の恩人であるソフィアさんの力になりたいんだけれど……」
「ソフィアでいいよ!」
「え? あぁ、うん。じゃあ……ソフィア」
女性を下の名前で呼び捨てにしたのは初めてだ。なんだか、気恥ずかしい。しかし、満足げな彼女を見て安心する。
「えっと、それでお礼の件だけれど、俺は何をしたらいいかな?」
「あぁ、そうだったね!」
彼女はそう言って、鞄の中から何かを取り出す。
「それ、軍手?」
「うん、そうだよ!」
彼女は頷く。ジャージは伝わらないのに軍手は伝わるんだな……なんて思っていたら、彼女は左手に軍手をして片割れを俺に手渡してきた。
俺はそれを受け取って、彼女がそうしたように右手にする。
「えーっと、軍手はしたけど、これから何をするんだ?」
彼女は「ふふふ……」と笑う。
「私がここに来たのはね、そこに生えている薬草を採取するためだったんだ。ここ、環境がいいのかよく採れるからさ!」
「うん」
「だから、君にはその薬草採取を手伝ってもらいたいんだ!」
「なるほど」
そんなことで恩人の力になれるのであれば、喜んで手伝おう。
「で、人によってはかぶれちゃうから、君にも軍手を渡した訳だけれど……結構、肉体労働だから無理しなくても大丈夫だけれど……」
俺は首を横に振った。
「任せてくれ! 結構、肉体労働には自信があるんだ!」
「そっか、よかった! じゃあ、2人で頑張ろっか!」
「おう!」
彼女はまた鞄の中から何かを取り出す。それは2つの折りたたみ式のカゴのようであり、そこに薬草を入れるのであろう。
よし、やるか。
意を決して、俺達は日の当たる場所に生えた薬草の採取を開始した。
◇
数十分後。俺は「ぜぇ……はぁ……」と息を切らしていた。
「ふぅ。なかなか採れたね! ありがとう」
そう言って笑う彼女は整った呼吸をしており、隣には山盛りの薬草がある。
「ぜぇ……いや、礼には及ばないよ……ふぅ……」
そう口にする俺の隣には彼女のよりも小さな山があった。本当に礼には及ばない。
先程の言葉は嘘ではなかった。
不登校な俺ではあったが、外出は夜中にこっそりしていたし、筋トレだって人並みにはしていた。
俺にとって老婆を背負って歩くことは容易だし、引っ越しの手伝いだって得意だ。
それでも、しゃがみ込みながらソフィアに教えて貰いつつ薬草を見極めての採取は、しんどかった。
しかし、彼女はそれを平然とやってのけた。
きっと、俺が弱いのではなく、彼女が強いのだ。
先程、スライムから助けられた時点で気づいていたことではあったが、ソフィアは強い。その事実を再認識していると、彼女は「よしっ」と言って山盛りのカゴを片手に抱えて立ち上がる。
「じゃあ、とりあえず採取した薬草を外に運び出そうか」
「わ……分かった」
カゴを抱え、俺はふらつく足取りで立ち上がる。
ソフィアはすでに軽々と薬草の詰まったカゴを持ち上げ、出口の方へと歩き出していた。どこにそんな力があるのか、細い腕からは想像もつかないが、彼女の背中からは不思議と頼もしさが滲み出ている。
出口へ続く道は来た時とは違い、もう少し整備された小道のようだった。おそらく、彼女がいつも通っているルートなのだろう。俺は彼女の背を追いながら、背負った剣を眺める。
やはり、なんとも奇妙な剣だ。
ロングソードのような剣だが、何やら機械構造のようなものが付いている。また、鞘に納められており分からないが、刃も配線のようなものが付いていたように見えた。
「ねぇ、ソフィア」
俺は彼女の名前を呼ぶ。
「ん、どうしたのー?」
俺の方へと振り返った彼女に、俺は自然と問いかける。
「その剣ってさ、なんというか……特殊だよな?」
俺の言葉に彼女は首を傾げる。そうして、問いかけの意味を理解したようで驚きの表情を浮かべた。
「もしかして、ぶきを知らないの!?」
「えっと、流石に武器くらいは知ってるぜ……?」
「あぁ、いや、違くて……ただの武器じゃなくて、"武装機式"用の"武機"!」
「武装機式用の.....武機?」
聞き慣れない言葉に、俺は反射的にオウム返ししてしまう。
「"武機"を知らないなんて……レンは本当に何処から来たの?」
「えーっと、日本って場所なんだけれど、知らない?」
「ニホン? うーん、聞いたことないなぁ……」
今、君が喋っている言語を使っている国だよ! とツッコミたくなるのを必死で抑える。
これは、もう……絶対に"アレ"だ。しかし、そんな体験受け入れ難いと、まだ目を逸らす。
「で、"武装機式"っていうのはね、簡単に言うと古代文明が作り上げた機械の力を用いた"武機"とその扱い方のことかな」
そう言って、ソフィアは背中の剣——いや、"武機"を軽く叩いた。
「私の"武機"は『薄霞銀刀』っていって、"斬断式"に特化した武機なんだ」
「は、はぁ……」
せっかく説明をしてくれたところ申し訳ないが、俺にはさっぱり理解できなかった。しかし、なんだかかっこいい。
「それはさ、俺にもできたりするのかな?」
彼女は「うーん」と頭を悩ませる。
「まず、武機がないと武装機式は扱えないのと……訓練が必要、かなぁ?」
「訓練か……」
しかし、あのように斬撃を飛ばせるというのは、ロマンだ。その訓練とやらを受けるのも悪くないだろう。
そのように考えながら道を進んでいると、向こう側から光が差し込む。
「そろそろ出口だよ!」
彼女はそう口にして走り出した。
あの体のどこにそんな体力があるのだろうかと思いながら、疲労を飲み込んで俺も走る。
暗闇から出た反動で、一瞬目を細めてしまう。
それでも一歩、まばゆい光の向こう側へと足を踏み出すと、そこには一面の草原が広がっていた。
広大な大地。空は高く、雲はゆっくりと流れている。遠くには山々が連なり、かすかに小さな建物が点在しているのが見えた。
「……すごい」
思わず感嘆の声を上げる。
そんな俺を横目に、ソフィアは眩しそうに空を見上げながら、笑顔で言った。
「やっぱり、外の空気は気持ちいいね!」
「あ、あぁ。そうだな」
俺がそう口にした瞬間、再度世界が暗闇に包まれる。それは一瞬の出来事で、すぐに世界は光に包まれる。
それは何かが俺達と日の光の間を遮り、影を生み出したためだった。
俺は影を生み出した巨大な何かを目で追う。
そして、俺の目に映ったのは……空を駆ける大きな竜。
「わぁ、でっかいワイバーン……。ここら辺には生息していないはずなのに」
彼女は呆然としながらそんな言葉を漏らす。
俺は彼女とは全く異なるベクトルで衝撃を受け、声も出せなかった。
薄々……いや、最初からずっと強く感じてはいたことである。しかし、あまりに馬鹿げていると頭の中で潰した可能性。
俺はその馬鹿げた可能性に、どうやら目を向けられならなくなったらしい。
"スライム"に"剣を持った少女"に"大きなドラゴン"。ここまで来ると、もう"アレ"以外考えられない。限界だ。
俺は思い切り叫んだ。
「俺、やっぱり異世界召喚されてるじゃねーか!!!!!」
「うひぁあ!?」
俺の絶叫に、彼女は飛び跳ねる。
——こうして、俺の異世界での日々は幕を開けた。
学校にも行かなくなり、気づけば夜行性になった俺はこうして毎日、相棒とも呼べる青いジャージを身に纏って夜を散策するのが日課になっていた。
何も買う訳でもないのにコンビニを出入りし、道に倒れ込む酔っ払いを介抱し、男女の喧嘩の仲裁に入る。
それが俺の日常で、捨てるに捨てられない無意味でちっぽけな世界だった。
さて、そろそろ帰らねば祖母にバレてしまう。
何度かの人との別れの末、心をすり減らした俺に優しくしてくれた祖母だ。これ以上心配はかけられない。
俺が帰路につく道中、やけに眩しい看板の光に目がやられた。その瞬間だった。
『助けて』
そう、確かに微かな悲鳴を聞いた。女性の声だった。何処かから聞こえてくるそれは幻聴だったのかもしれない。しかし、もう……後悔はしたくなかった。
俺は微かに聞こえる声を頼りに、喧しいほど明るい繁華街の路地裏を縫って、終着点へと辿り着く。
そこには誰もいなかった。いないはずなのに。俺はそうする事が自然であるという風にそちらへと手を伸ばす。そうして……。
『ごめんなさい』
そんな、消え入るような声を聞いた。
◆
突然、世界は暗転した。
あまりにも突然の出来事に、俺の頭はついていけなかった。何が起きているのか、まるで理解できない。
その直後、思考を遮るような強烈な不快感が襲ってきた。まるで全身の臓器が裏返されたかのような異様な感覚。重力も空気も、さらには自分がどこにいるのかという感覚すら、一瞬にして奪われてしまった。
「……っ、ゔっ……おぇ……」
不快感に耐え切れず、胃の底から湧き上がる拒絶感が口を突いて溢れ出す。ビチャビチャと音を立てて床に散らばる吐瀉物が、生々しく現実を突きつける。
息が詰まり、喉が焼けるように熱い。ふらりと倒れそうになるのを、意識の底でかろうじて踏みとどまる。
五感がじわじわと戻り始め、俺は理解する。
——これは、夢なんかじゃない。
暗闇の中、わずかに感じる湿った空気。足元は冷たくざらついていて、コンクリートのような感触がする。
目が暗闇に慣れてきて、周囲の輪郭が掴めてきた。
周囲の壁は、自然に削られた岩肌。まるで洞窟の内壁のようにごつごつとしていて、ところどころに水滴が滴り落ち、ひやりとした空気が肌を刺す。
また、誰かがここで暮らしていたのか、机や椅子、棚があることも理解できる。
「なんなんだ、ここ?」
俺はなんとなく棚に手を伸ばす。そこには、複数冊の本が並べられていると分かった。それを一つ手に取って、ペラペラとページを捲る。
暗闇の中だ。当然、それらを読むことは叶わない。
「とりあえずは、ここから出ることを考えなきゃだな……」
俺はその本を放って、再度周囲を物色する。そして、棚の後ろに扉を発見した。
俺は棚を無理矢理退かして、迷いなく扉を開いた。扉の奥には細い道が続いていた。相変わらず、日の光一つ入らないこの空間で進む道はここしかない。
「行くしかないか」
俺は暗闇の中を突き進んだ。
◇
いくつかの分かれ道を超え、大岩を退かし、俺は日の当たる広い場所に出た。もう先程までいた所に戻ることは難しいだろう。しかし、日の光を見てどこか達成感を感じている俺にはそんなことはどうでも良かった。
「ちょっと、眩しいな」
天井に大穴の空いたこの空間の中心に立ち、そんな独り言を呟く。
光に慣れてきた目で周囲を見渡す。そこは大自然の成した洞窟のオアシスといった雰囲気の場所であった。
天井に空いた穴から差し込む陽光が岩肌に覆われた空間を柔らかく照らし、苔や見たこともない小さな草花がちらほらと自生している。壁際には湧き水のような小さな水源もあり、どこか神聖な雰囲気すら漂っていた。
その風景に心が洗われるようで、俺の中に渦巻いていた不安や不快感は薄れていく。
しかし、疑問が消えてなくなるわけではない。
「本当に、なんで俺はこんな所にいるんだ……」
思い当たる節がないわけではない。きっとあの声だ。助けを求めて、謝罪の言葉を口にした声の主。
彼女を見つければ何かわかるかもしれない。そう、考え至った瞬間、背後にあった水場から「チャポン」という音が聞こえた。
俺は咄嗟に振り返る。しかし、そこには何もない。
「だっ、誰かいるのか?」
返答はない。
きっと、水面に石ころか何かが落ちただけだったのだろう。
ふぅ、と一息吐く。
そういえば、喉乾いたな……。
先程の嘔吐の件もある、水分補給は大事だろう。
しかし、これ……飲んで大丈夫な水だろうか。いかにも、湧水といった雰囲気の水であるが……毒とか、ないよな?
後のことを考えると、これを飲むのは得策ではない。ただ、考え始めると止まらない。喉が、喉が渇いて仕方がない。
……ええい! 考えていても何も始まらない!
俺は「パシャ」と両の手で水を汲み、それを口元へと運ぶ。
「……うま」
それほどまでに渇していたのだろう。ただの水がこんなにも美味しい。
味があるわけでも、舌に刺激があったわけでもないことから、これはただの水であると推定して俺はジャージの袖を濡らしながら「バシャバシャ」と音を立てながら水を飲んだ。
これが悪手であった。
それは水に毒があったからでも、俺の体が異常をきたしたからでもない。
水中から突然何かが飛び出して、俺の腹に激突したためであった。
「いっ!!!」
声を上げて、俺は後方へと転がる。
何が起きたのか理解できなかった。しかし、このまま寝転がったままではまずいと状態を起き上がらせ、水場の方へと目を向けた。
そこには、ぐにゅりぐにゅりと得体の知れない何かが蠢いていた。
半透明の不定形で俺に威嚇でもするかのように脈打っている。その震える物体はゼリーのように柔らかそうでありながら、確かな質量を感じさせる。
「これは……スライム、か?」
思わずそんな言葉が口からこぼれ落ちた。
スライム。
RPGゲームなどでよく見る、最弱と名高いモンスター。推定それが今、目の前に姿を現して最初に抱いた感情は"恐怖"だ。
得体の知れない何かと対峙する恐怖に、身が竦む。
しかし、俺の中で理性が叫ぶ。
ファンタジーモノならスライムは雑魚だと。であれば立ち向かい、倒すべきだと。
スライムはジリジリとこちらへとにじり寄ってくる。
素手……は流石にまずいか。と、俺は周囲を観察する。武器になりそうな物は特にない。強いていうなら、石ころくらいだろうか。
仕方ない。俺が石ころを拾おうとしゃがみ込んだ瞬間、スライムは体を縮めて勢いよく跳ねた。
「っ! うおっ!」
俺は咄嗟の判断で横に飛び退く。さっきの一撃よりも、はるかに鋭く速い突撃が先程まで俺のいた場所を通過して、石壁を貫く。
あれ、当たってたら致命傷だよな……。どうやら、現実には"スライム=雑魚"なんて概念は存在しないらしい。
「クソッ!!!」
俺は必死でその場に落ちていた石ころをスライムに投げつける。そうして、何個かの石ころはヒットしたが「ぼちゃん」と音を鳴らすばかりでスライムにはなんの影響も及ぼしていない。
「打撃は無効ってか!?」
壁にめり込んだスライムが地面に剥がれ落ちる。そうして、再度流動を始めてこちらへとにじり寄ってきた。
再度、あの突進を躱せる自信はない。こちらの攻撃は無効。逃走の手段も攻撃の手段も持たぬ俺には打つ手なし。
そうして、スライムは飛び跳ねる。
あぁ、短い人生だった。後悔だらけでどうしようもない人生……死ぬにはまだまだやらねばならないことがたくさんある。死にたくない!
「誰か、助け……」
掠れた声で一言。
誰かが来るはずなんてない。そんな都合のいい話、ある訳ない。
その瞬間だった。
「——《斬断式:波月》!」
遠くから聞こえたそんな声と共に、何かがスライムを真っ二つに裂いた。
それは"斬撃"であった。
スライムの周囲には誰もいない。目に見えてわかることだが、この異常な状態ではその目すら疑わしくなる。
空中で切り捨てられたスライムは地面に落ち、水風船が割れるみたいに飛び散った。
液体は地面へと染み込む。そして、砕け散った結晶のようなもののみが地面に残った。
一体、何が起こったというのであろうか。理解が追いつかない。
唖然としている俺の耳に「たったった」と何かの足音が聞こえて来る。
思考がまだ現実に戻りきらない中で、俺は反射的にそちらへと視線を向けた。
——そこに現れたのは、一人の少女だった。
目を奪うほど綺麗な藤色の髪に金色の瞳と翠色の瞳のオッドアイ。どこか西洋的な雰囲気を漂わせる、薄くて軽やかな布地の装束と肩にかけられた大きめの鞄。そして何より目を引くのは、右手に携えられた"奇妙な剣"。
麗しさと異質さを兼ね備えた彼女に俺は見惚れる。そうして、彼女と目があった。
彼女はこちらに駆け寄り、口を開く。
「君、無事?」
その声は"波月"と叫んでいた声であり、"助けを求めていたあの声"にやけに似ているような気がした。
◇
「君、無事?」
数秒の静寂の後、彼女は首を傾げた。その動作を目で見て、やっと俺は何を聞かれたのかを理解する。
「え? あ、あぁ。無事だよ。えーっと……ほら、こんなに元気!」
俺はマッスルポーズを取る。そんな俺を見る目の前の少女はくすりと笑みをこぼす。
「見たところ、大きな怪我はなさそうだね。よかったよかった」
そう言って、ふわりとした動作で剣を背負った鞘に収めた。
剣を持っている様子からして、先程の斬撃はきっと彼女によるものだ。だとしたら彼女は命の恩人ということになる。
「えっと……君が助けてくれたんだよな? ありがとう」
頭を下げる俺に彼女は屈託のない笑顔み向ける。
「丁度、君がスライムに襲われているのが見えたから、当然のことをしたまでだよ! いやー、無事でなにより」
彼女の言葉から、やはり先程の生物はスライムだったのだと分かる。本当に……どうしたことか。
現状に理解が追いついていないことは確かだが、まぁ彼女に助けられたという事だけは分かっている。
「君は俺の命の恩人だ。なにか、お礼をさせてくれないか」
「命の恩人なんて、大袈裟だなあ……でも、うん。その気持ちは素直に嬉しいし、手伝ってもらおうかな」
彼女は鞄に手をかけて、ハッとした表情を浮かべて、僕の方へと向き直る。
「まだ名乗って無かったね。私は"ソフィア"。君は?」
彼女は俺に向かって、片手を差し出した。握手を求めているようだ。
不思議なことに、彼女は流暢な日本語を話していた。どうやら海外の出身らしいが……ハーフなのかもしれない。
そんな疑問よりも先に、まずは礼を尽くすべきだろう。命を救ってくれた相手が名乗ってくれたのだ。俺が名乗らないわけにはいかない。
「俺の名前は"加藤 蓮"だよ。えっと、よろしくね、ソフィアさん」
そう言って、彼女と握手を交わす。
「カトウ レン……珍しい名前だね」
俺は首を傾げる。
「え? いや、割とありふれた名前だと思うけれど……」
「そうかな?」
「うん。それに、その服装……初めて見たよ」
「え? ジャージを?」
「じゃーじっていうの? その作業着みたいな服」
「……まじか」
俺からすれば、そのオッドアイの目や西洋風の服の方が物珍しい。なんだ、そのヒラヒラのローブは……コスプレでしか見たことがない。
価値観の相違。
やはり、これは所謂"アレ"なのではないのだろうか……いや、まさか。そんな訳ない。
俺は感じた違和感を払拭する。
そうして、彼女は俺に問いかける。
「それにしてもレンはこんなところで何してたの?」
答えにくい質問を投げかけてくるなぁ……。
でも、その疑問は仕方がない。こんな洞窟の中で、化け物に襲われていた俺は彼女から見れば被害者であり、不審者なのだろう。
俺は嘘をつくのが下手くそだ。致し方ない、恩人に不信感を募らせるのは気が引けるが、正直に話すとするか。
「いや、俺も分からないっていうか……気づいたらここにいて」
「気づいたら?」
「うん……いや、変な話だとは思うんだけれど……俺、さっきまで外を散歩していたはずなんだよ。で、誰かの声が聞こえてそっちに走って行ったら、気づいたらここにいたんだ」
「なるほど……」
俺の話を聞いた彼女は訝しむような目でこちらを見ている。その視線が俺には痛い。
そして、彼女は考え込みながら、小さな声で独り言を呟いていた。なんだか「魔女」だとか「魔法」といった単語が聞こえてきた気がするが、それは聞かなかったことにした。
「うん、色々あったみたいだね。私にもよく分からないけれど……お疲れ様だよ」
そう口にする彼女を見て、俺は一瞬、何も言えなかった。こんな状況なのに、彼女は俺の事情を受け入れて、否定することも疑うこともなく、ただ「お疲れ様」と声をかけてくれた。それが、どれだけ心に染みたか。
「……ありがとう」
自然と、そんな言葉が口から漏れた。
「え?」
「いや、その……変な話を信じてくれてありがとう。何もわからなくて、訳も分からずここにいて、俺さ……正直、すげー怖かったんだ」
「それで、化け物に襲われてもうダメだって思った。だけど、ソフィアさんが来てくれて、助けてくれて……それだけじゃなく、ちゃんと俺の話を聞いてくれて……だから、ありがとう」
最後の方はうまく言葉がまとまらなかったけど、それでも俺の気持ちは本物だ。
彼女は一瞬驚いた顔をしてから、優しく頷いた。
「ふふ、どういたしまして。そう言ってもらえると、助けた甲斐があるってもんだよ」
「それで、まぁ、俺は命の恩人であるソフィアさんの力になりたいんだけれど……」
「ソフィアでいいよ!」
「え? あぁ、うん。じゃあ……ソフィア」
女性を下の名前で呼び捨てにしたのは初めてだ。なんだか、気恥ずかしい。しかし、満足げな彼女を見て安心する。
「えっと、それでお礼の件だけれど、俺は何をしたらいいかな?」
「あぁ、そうだったね!」
彼女はそう言って、鞄の中から何かを取り出す。
「それ、軍手?」
「うん、そうだよ!」
彼女は頷く。ジャージは伝わらないのに軍手は伝わるんだな……なんて思っていたら、彼女は左手に軍手をして片割れを俺に手渡してきた。
俺はそれを受け取って、彼女がそうしたように右手にする。
「えーっと、軍手はしたけど、これから何をするんだ?」
彼女は「ふふふ……」と笑う。
「私がここに来たのはね、そこに生えている薬草を採取するためだったんだ。ここ、環境がいいのかよく採れるからさ!」
「うん」
「だから、君にはその薬草採取を手伝ってもらいたいんだ!」
「なるほど」
そんなことで恩人の力になれるのであれば、喜んで手伝おう。
「で、人によってはかぶれちゃうから、君にも軍手を渡した訳だけれど……結構、肉体労働だから無理しなくても大丈夫だけれど……」
俺は首を横に振った。
「任せてくれ! 結構、肉体労働には自信があるんだ!」
「そっか、よかった! じゃあ、2人で頑張ろっか!」
「おう!」
彼女はまた鞄の中から何かを取り出す。それは2つの折りたたみ式のカゴのようであり、そこに薬草を入れるのであろう。
よし、やるか。
意を決して、俺達は日の当たる場所に生えた薬草の採取を開始した。
◇
数十分後。俺は「ぜぇ……はぁ……」と息を切らしていた。
「ふぅ。なかなか採れたね! ありがとう」
そう言って笑う彼女は整った呼吸をしており、隣には山盛りの薬草がある。
「ぜぇ……いや、礼には及ばないよ……ふぅ……」
そう口にする俺の隣には彼女のよりも小さな山があった。本当に礼には及ばない。
先程の言葉は嘘ではなかった。
不登校な俺ではあったが、外出は夜中にこっそりしていたし、筋トレだって人並みにはしていた。
俺にとって老婆を背負って歩くことは容易だし、引っ越しの手伝いだって得意だ。
それでも、しゃがみ込みながらソフィアに教えて貰いつつ薬草を見極めての採取は、しんどかった。
しかし、彼女はそれを平然とやってのけた。
きっと、俺が弱いのではなく、彼女が強いのだ。
先程、スライムから助けられた時点で気づいていたことではあったが、ソフィアは強い。その事実を再認識していると、彼女は「よしっ」と言って山盛りのカゴを片手に抱えて立ち上がる。
「じゃあ、とりあえず採取した薬草を外に運び出そうか」
「わ……分かった」
カゴを抱え、俺はふらつく足取りで立ち上がる。
ソフィアはすでに軽々と薬草の詰まったカゴを持ち上げ、出口の方へと歩き出していた。どこにそんな力があるのか、細い腕からは想像もつかないが、彼女の背中からは不思議と頼もしさが滲み出ている。
出口へ続く道は来た時とは違い、もう少し整備された小道のようだった。おそらく、彼女がいつも通っているルートなのだろう。俺は彼女の背を追いながら、背負った剣を眺める。
やはり、なんとも奇妙な剣だ。
ロングソードのような剣だが、何やら機械構造のようなものが付いている。また、鞘に納められており分からないが、刃も配線のようなものが付いていたように見えた。
「ねぇ、ソフィア」
俺は彼女の名前を呼ぶ。
「ん、どうしたのー?」
俺の方へと振り返った彼女に、俺は自然と問いかける。
「その剣ってさ、なんというか……特殊だよな?」
俺の言葉に彼女は首を傾げる。そうして、問いかけの意味を理解したようで驚きの表情を浮かべた。
「もしかして、ぶきを知らないの!?」
「えっと、流石に武器くらいは知ってるぜ……?」
「あぁ、いや、違くて……ただの武器じゃなくて、"武装機式"用の"武機"!」
「武装機式用の.....武機?」
聞き慣れない言葉に、俺は反射的にオウム返ししてしまう。
「"武機"を知らないなんて……レンは本当に何処から来たの?」
「えーっと、日本って場所なんだけれど、知らない?」
「ニホン? うーん、聞いたことないなぁ……」
今、君が喋っている言語を使っている国だよ! とツッコミたくなるのを必死で抑える。
これは、もう……絶対に"アレ"だ。しかし、そんな体験受け入れ難いと、まだ目を逸らす。
「で、"武装機式"っていうのはね、簡単に言うと古代文明が作り上げた機械の力を用いた"武機"とその扱い方のことかな」
そう言って、ソフィアは背中の剣——いや、"武機"を軽く叩いた。
「私の"武機"は『薄霞銀刀』っていって、"斬断式"に特化した武機なんだ」
「は、はぁ……」
せっかく説明をしてくれたところ申し訳ないが、俺にはさっぱり理解できなかった。しかし、なんだかかっこいい。
「それはさ、俺にもできたりするのかな?」
彼女は「うーん」と頭を悩ませる。
「まず、武機がないと武装機式は扱えないのと……訓練が必要、かなぁ?」
「訓練か……」
しかし、あのように斬撃を飛ばせるというのは、ロマンだ。その訓練とやらを受けるのも悪くないだろう。
そのように考えながら道を進んでいると、向こう側から光が差し込む。
「そろそろ出口だよ!」
彼女はそう口にして走り出した。
あの体のどこにそんな体力があるのだろうかと思いながら、疲労を飲み込んで俺も走る。
暗闇から出た反動で、一瞬目を細めてしまう。
それでも一歩、まばゆい光の向こう側へと足を踏み出すと、そこには一面の草原が広がっていた。
広大な大地。空は高く、雲はゆっくりと流れている。遠くには山々が連なり、かすかに小さな建物が点在しているのが見えた。
「……すごい」
思わず感嘆の声を上げる。
そんな俺を横目に、ソフィアは眩しそうに空を見上げながら、笑顔で言った。
「やっぱり、外の空気は気持ちいいね!」
「あ、あぁ。そうだな」
俺がそう口にした瞬間、再度世界が暗闇に包まれる。それは一瞬の出来事で、すぐに世界は光に包まれる。
それは何かが俺達と日の光の間を遮り、影を生み出したためだった。
俺は影を生み出した巨大な何かを目で追う。
そして、俺の目に映ったのは……空を駆ける大きな竜。
「わぁ、でっかいワイバーン……。ここら辺には生息していないはずなのに」
彼女は呆然としながらそんな言葉を漏らす。
俺は彼女とは全く異なるベクトルで衝撃を受け、声も出せなかった。
薄々……いや、最初からずっと強く感じてはいたことである。しかし、あまりに馬鹿げていると頭の中で潰した可能性。
俺はその馬鹿げた可能性に、どうやら目を向けられならなくなったらしい。
"スライム"に"剣を持った少女"に"大きなドラゴン"。ここまで来ると、もう"アレ"以外考えられない。限界だ。
俺は思い切り叫んだ。
「俺、やっぱり異世界召喚されてるじゃねーか!!!!!」
「うひぁあ!?」
俺の絶叫に、彼女は飛び跳ねる。
——こうして、俺の異世界での日々は幕を開けた。
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