イセカイ召命譚

すいせーむし

文字の大きさ
3 / 28
序章 異世界召喚

二話 不安と安堵の境目

しおりを挟む
 洞窟の出口にて。
 大声を出した反動で、少し息が切れる。
 それでも、俺の中でようやく拒絶していたい現実を受け入れることができた気がした。

 ——ここは、異世界だ。

 確信とともに訪れたのは、安堵と恐怖。見知らぬ世界に逃がされたような、放り出されたような、そんな不安定な感覚に胸がざわめく。
 ただ、良かった。こんな見ず知らずの俺を助けてくれる少女がこの異世界で初めて会う人物で、俺は救われた。
 そう思って、ソフィアの方へと目を向ける。彼女は真剣な眼差しでこちらを見ていた。なんというか、その視線は俺を非難するようであり、突き刺さるように痛かった。

「えっと、急に大きな声出してごめん。驚かせたよな……」

 俺が言い訳めいた言葉を紡ぐと、ソフィアは静かに首を横に振った。

「ううん、それは平気。ただ……レン。今、なんて言った?」

「え? いや……異世界召喚、って言ったけど……」

「異世界、召喚……」

 その言葉を彼女はゆっくりと、まるで重さを量るように繰り返した。

 沈黙。
 その数秒後、彼女は口を開いた。

「……そのこと、私以外には言わない方がいいかも」

「えっ? なんで?」

 俺から漏れ出たのは、問いかけだった。
 異世界召喚されたって言葉は確かに素っ頓狂で、言ったところで誰も信じてくれないような話だ。きっとそれはこの世界でもそうなんだと思う。だから、口にするのは控えた方がいいって意見なら納得できる。
 しかし、どうして隠さなきゃいけないんだ。

 疑問を抱えた俺に、ソフィアは真剣な表情のまま目を逸らさずに答えた。

「それはきっと"魔法"だから」

「魔法……?」

 どうやら、この世界には魔法も存在するらしい。そりゃ、スライムがいてドラゴンがいるんだ。魔法くらい普通かもしれない。
 だが、彼女の言葉には何か含みがあった。それはまるで、魔法が悪いモノだとでも言うようで……

「魔法だったら、何か問題があるのか?」

 彼女は難しそうな顔をする。

「魔法そのものに問題があるわけじゃない。薬草を育てるための水魔法とか、簡単な治癒なんかは、ある程度認められてる。道具を使って、制御できる範囲なら"人の知恵"だって」

「……なら、俺が召喚されたのも大丈夫じゃないか?」

「違うの」

 ソフィアの声が少しだけ強くなった。
 彼女は一度、視線を逸らして、それから静かに、言葉を紡ぐ。

「魔法は魔法でも、魔物の扱うものは別」

「魔物……さっきのスライムとかだよな?」

 彼女は頷く。

「魔物は"マナ・コア"っていう魔法を扱うために必要な核みたいなモノを体内に宿している。だから、直接魔法を扱えるの」

「へぇ……」

 つまり、先程のスライムも魔法を扱えたということだろうか。だとすると、それを使われる前にソフィアが助けてくれて本当に良かった。
 しかし、人間も道具を扱って魔法を唱えることができるのだとすれば、魔物が扱う魔法との違いとは何なのか。
 彼女はその疑問を俺が聞かずとも答えてくれた。

「魔物の魔法は、規模も威力も人のものとは全くの別物なの。それで人間に襲いかかってきたら……危険でしょ?」

「まぁ、確かに」

 俺は納得する。
 ソフィアがワイバーンと呼んでいたあの魔物が、例えば炎の魔法なんかで街を襲う……なんてことがあれば、俺の想像の中では太刀打ちできない。
 現代日本であれば、スライムですら脅威だ。

「だから、"機神マキナ教団"は魔物を"根絶すべき悪"として認定している」

「マキナ教団……?」

「あぁ、そっか。"機神マキナ教団"も分からないよね」

「そう、だな……」

「"機神マキナ教団"っていうのは、マキナっていう神様を信仰していて、魔物を倒す教団」

「魔物を倒す……」

「そう! 魔物に対抗するために、古代の遺物から武装機式を編み出して……」

 彼女はペラペラとマキナ教団というものについて語る。
 次から次へと押し寄せる異世界の常識に、俺の脳みそは悲鳴を上げていた。

 もう、何もわからねぇ。

 そうして、上の空になった俺をソフィアは心配する。

「だっ、大丈夫!? と、とりあえず! 機神マキナ教団についてはその内ゆっくり説明するよ」

「すまない、助かる」

 面目ないがキャパオーバーだ。その内がいつくるのかは分からないが、今はその何とか教団については置いておいてもらおう。

「え、えぇっと! それで、君の言ってた異世界召喚について何だけれど」

 そして、本題に戻る。

「それは、人でも魔法を扱える道具"魔具"なんかでできることじゃない。……きっと、"魔女"の仕業」

「魔女……」

 今度は、聞き覚えのある言葉。
 魔女。それは魔法を扱う事のできる人の総称。俺の世界での常識だ。

「でもさ、魔女って人間だろ? なんで魔物の話になるんだ?」

 彼女の表情が陰る。

「異世界から来た君は知らないかもしれないけれど、"魔女は魔物"なの」

「魔物って……どういう意味だ?」

 俺の知る魔女は人間だった。童話に出てくるような、帽子をかぶって箒に乗って空を飛ぶ存在。人間と同じで、時には善人だったり悪人だったりする存在。
 それを魔物と呼ぶのは、何となく気が引ける。しかし、ソフィアは魔女は魔物だと断定した。

「魔物の定義についてはさっき話したよね。"マナ・コア"が体内にあって、魔法を魔具なしで扱えるのが、魔物って」

「あぁ、言っていたな……って、あ」

 気づいた俺に、彼女は頷く。

「そう。魔女の体内には"マナ・コア"がある。そうして、魔具なしで魔法も扱える」

「だから……魔物?」

「うん。人と同じ姿で人と同じように考えて行動をしていても、魔女は魔物」

 それが世界の常識である、と彼女は言った。

「なんか、納得いかないな……」

 彼女は俺のそんな発言に怒るわけでも肯定するわけでもなく、一言。

「人は、自分にない力を本能的に恐れるものだから」

 その言葉は俺の胸に酷く突き刺さった。
 現代も異世界も、人間の醜い部分は変わらない。なんというか、もどかしい。

「今の時代、例え人間でも"魔女の関係者"ってだけで殺されることもある」

「つまり、俺が魔女に召喚された存在だってバレたら……」

「うん。多分、魔女の使い魔かなにかってことで必ず処刑される」

 ソフィアはそう、断言した。

 処刑。

 その言葉があまりにも重く、鋭く、俺の胸に突き刺さる。
 俺には遠く無縁な話題が……死がこんなにも近いなんてと身震いする。
 ここは異世界。俺の常識は今のところ、軍手くらいしか通じない。法律も、文化も、価値観も全く異なる。

 俺は生きてゆけるのだろうか……?

 つい、悲哀の表情を浮かべてしまった。そんな俺の情けない顔を見てか、彼女は口を開く

「あ、勿論、私は君が異世界から来たなんてバラすつもりなんてないよ! レンが悪い人には見えないもの!」

「それは、ありがとう」

 もしも、ソフィアが俺みたいな人間を庇っていることがその教団とやらにバレてしまっては、彼女もただでは済まないだろう。
 それなのに、悪い人に見えないからという理由だけで内緒にしてくれるなんて……恩人が恩人すぎる。

「異世界で最初に会えたのが君で良かったよ、ソフィア」

 彼女は顔を真っ赤にして「大袈裟だよ」なんて言って笑っている。

「……でも、秘密にしておいた方がいい理由は分かったよね?」

「あぁ、よく分かったよ」

 俺は自身の置かれている状況をしっかりと理解した。

「そっか」

 彼女はただ一言、そう口にした。
 長い話を終えたあとの沈黙は、どこか気まずいけれど、同時に心地よかった。
 空は少しずつオレンジに染まり始めていて、どうやら夕方が近いらしい。

「ねえ、レン。これから、どうするの?」

 ふいに、ソフィアが問いかけてきた。

 どうする、か。考えてすらいなかった。
 右も左も分からない俺に"これから"なんて計画を立てられるはずもない。
 しかし、そうだな……と俺は腕を組み、視線を宙に漂わせた。

「せっかく、異世界に来たんだし……観光でもしようかな……いや、でも帰れるのなら帰りたいような、帰りたくないような……うーん」

 これは、かなり楽観的な思考だ。
 しかし、真剣に考えようとすれば浮上する、処刑の可能性と無知の世界への恐怖。今、俺は金すら持っていない。
 あれ、もしかして俺、割と詰んでる……?
 青ざめた俺に、ソフィアは話す。

「もし、帰りたいのなら……君を召喚したであろう"魔女"を探す必要があると思う」

「なるほど。まぁ、確かに召喚できたのなら返す手段も知っているかもしれないしな」

「そういう事。ただ、それはとっても大変だと思う」

「"魔女"に魔法を使わせようとするなら、"機神マキナ教団"に狙われる事になるだろうし……召喚した魔女の目的が分からない以上、もし会えたとしても君が召喚した魔女に殺される……なんて事もあるかもしれない」

 帰ろうとすれば、八方塞がりだ。
 ならば、観光を……と言っても俺には土地勘がない。もし、迷子になって魔物に襲われればひとたまりもないだろう。
 二人して腕を組んで頭を悩ます。そして、ソフィアがハッと顔を上げる。

「そうだ! レン、歳はいくつ?」

「え? 急だな……えぇっと、17かな?」

「わっ、同い年だ!」

 彼女は感嘆の声を上げる。

「私、ここの近くの孤児院で暮らしていて、成人の18歳までは面倒見てくれるからさ。レンもしばらくそこに身を置いてみない?」

「孤児院……?」

「うん。そこで、知識や力を得れば、きっとレンのやりたい事に近づけると思う」

 ようやく受け入れ始めた異世界の現実は、俺の想像以上に過酷で、重く、逃げ道もなかった。

 けれど、その中で差し伸べられた手が、あまりに暖かくて。その優しさで目頭が熱くなる。

「願ってもない話だ。ありがとう、ソフィア」

 彼女は笑う。

「ふふっ、なら決まりだね。まぁ、元々薬草を運ぶのを手伝ってもらうつもりだったから孤児院までは来てもらう予定だったんだけど、君みたいな優しい人が来てくれたらみんな喜ぶよ」

「だったら嬉しいけどな」

 彼女は嬉しそうに「絶対にみんな喜んでくれるよ!」なんて言っている。
 そして、突然ハッと何かに気づいたかのような表情を浮かべたかと思うと、困った顔をする。
 表情のコロコロ変わる人だな……なんて考えながら彼女のことを見ていると、こんなことを口にした。

「君と私の秘密……隠そうにも、一人だけバレちゃいそうな人がいるの……」

「へぇ、そんな目敏い子もいるのか」

 彼女は首を横に振る。

「孤児院の子達じゃなくて……孤児院を運営してる、教会のシスターさん」

 俺はその言葉で、彼女がなぜあんなに教団について熱弁していたのか、何となく理解した。

          ◇

「で、そのシスターの"デルタ"さんって方が厄介って話でいいか?」

「うん……」

 ソフィアは頷く。
 彼女から一通り話を聞いて、俺は次のようなことを理解した。
 デルタさんという方が、孤児院に隣接している"機神マキナ教団"の教会のシスターであり、孤児院の運営を行っていること。
 シスター・デルタは物心ついた頃から両親のいないソフィアにとって母親代わりであったこと。
 そして、そんな彼女にソフィアは上手く隠し事ができる自信がないということ。

「なるほどな」 

 先程の話の中、これは口に出せなかったが、両親がいないという点に少しだけシンパシーを感じた。……おばあちゃん、俺がいなくなってしまって苦しんではいないだろうか。
 現代に想いを馳せていると、隣から呻き声が聞こえてくる。

「ゔー! どうしよう! ……もう、いっそ話しちゃう? って、無理無理! デルタさんなんて、一番バレちゃいけない人だよー! だって、デルタさんは教団の敬虔な信者だよ!!! もー!!!」

 ソフィアは頭をブンブンと振り回す。

「あの、無理に孤児院に連れて行かなくても大丈夫だぞ? それ以外にも、どうにかする手段はあるだろうし……」

「いや、私がそうしたいの!」

 彼女は力強く口にする。それは幼子のような主張であるが、彼女の瞳は真剣そのものであり絶対に引かないという意志が感じられた。

「ねぇ、レン。何かいい案ない?」

 頼まれると、弱い。

「そうだな……」

 俺は腕を組んで、目を細めた。
 教団に見つかるのはマズい。かといって、今さらソフィアの好意と頼みを無下にして放浪する選択肢は俺の中にない。

 ならば、今重要なのは、デルタさんという方に俺の"出自"をうまくごまかすことだ。

 ……そう、俺がどこから来たのか、周りには分からないようにしてしまえばいい。
 俺は彼女に提案する。

「記憶喪失ってことにするのは、どうかな?」

 ソフィアはきょとんと目を丸くする。

「記憶喪失?」

「あぁ。異世界から来たとか、召喚されたとか、その経緯を記憶喪失だってことにして上書きする。そうすれば、まぁ多少怪しくても処刑までは行かないと思う」

 どう足掻いたって怪しいのは変わりない。そこで元からこの世界の住人だったことにすれば、絶対に何処かでボロを出す。
 だからこその、記憶喪失。それは、真実を偽るための苦肉の策だった。
 ソフィアは頷く。

「うん……それ、いいかもしれない」

 彼女の瞳には、どこか不安と希望が入り混じったような色が浮かんでいた。

「じゃあ、そういう設定で話を合わせよう。レンは"気が付いたら洞窟の中にいて、自分の名前以外の記憶がない"ってことにしよう!」

「分かった」

 これから先、俺は"記憶喪失の少年レン"を演じて過ごすことになるだろう。その、覚悟を今決めた。

「うん! ……じゃあ、そろそろ行こっか。孤児院はこっちだよ」

 そうして、俺とソフィアは一つの小さな嘘を胸に抱えて、この場所を後にした。

          ◇

 洞窟の出口から、遠くに見えていた建築物の方へと向かって進む。
 そうして、俺たちは森の中へと入った。

 鬱蒼とした森の中を進む。枝葉が風に揺れ、その擦れ合う音が耳にまとわりつく。まるで、木々そのものが何かを囁いているかのようだった。
 空を見上げれば、濃い橙色が梢のすき間から覗き、影は細長くのびて俺たちの足元に重なっている。木々の影がまるで生き物のように、静かに、だが確実に背後から追いすがってくる。

 少し、不気味だ。

 胸の奥にじわりと広がるのは、不安という名の冷たい感覚。ここが異世界だからなのか、それとも夕暮れの森のせいなのか、どこか現実感が薄く、足取りが自然と慎重になる。

 そんな時、隣にいたソフィアがぽつりと口を開いた。

「……レン、ちょっと走ろっか」 

「え? あっ、ちょっ!」

 彼女は俺が返事するよりも早く、駆け出していた。

「何だよいきなり……って足速!!!」

「ふふっ、早くしないと置いてっちゃうよ!」

 俺も彼女を追いかけて走る。今までの事もあったから、体力はもう限界に近い。しかし、彼女に置いて行かれないよう、必死で走った。

 そして、夕焼けに照らされながら俺たちは森を抜けた。

「はぁ……はぁっ……。ソフィア、何で急に走り……」
「見て!」

 息を切らす俺にソフィアはそう口にした。

「え?」

 俺は、彼女に言われた通り、周囲を見渡す。
 そこには木でできた小さな門があり、その向こう側には素朴ながらも活気のある村が広がっていた。
 石造りの家屋に、畑と井戸。小さな家々の合間に人々の姿がちらほら見える。家の前で子どもたちが遊んでいたり、店先で賑やかに買い物をする人々。
 異世界でありながらどこか懐かしいような、温かい風景。

「ようこそ、私達の村"ルミナ"へ!」

 俺の前を走っていたソフィアが振り返って、無邪気に笑った。

          ◇

 異世界で初めて訪れる人の住む場所"ルミナ"。
 それは、今までの話から想像していた殺伐とした世界観とは打って変わって長閑な場所であった。
 胸の中に安堵が押し寄せる。ここでなら、上手くやっていけるのではないか、と。

「じゃあ、レン。行こっ! 孤児院は村の外れだから!」

「分かったよ」

 息を整えて、また彼女の後ろをついて歩く。そうして、村の入り口で、突然声をかけられた。

「おう、戻ったか! ソフィアちゃん!」

 あまりにも馬鹿でかい声量に、俺はびっくりしてそちらを見やる。
 声の主人は、門の近くに置かれた木箱に腰掛ける、屈強な体つきの中年の男。
 日に焼けた肌と額に刻まれた皺、目元には穏やかな優しさがある。そして、何より印象的なのは、彼の身長が俺の半分ほどであるという事。

「エドさん! 家で待っていてくれてもよかったのに!」
 
 ソフィアはそのおじさんに気さくに話しかける。

「いやいや! オレん代わりに薬草取りに行ってもらってんだ! 家でゆっくり待ってるなんて出来ねぇよ!」

 エドさんとソフィアが呼んだそのおじさんは、そう言ってニカっと笑みを浮かべる。
 そして、俺とおじさんは目が合った。

「んん? 見ねぇ顔だな、にいちゃん。どちらさんだ?」

 おじさんは、訝しげな目を俺に向ける。
 その言葉を聞いたソフィアが、慌てた様子で俺とおじさんの間を遮るように前に出る。

「え、えっと、この人は......!」

 彼女は両手を振り回しながら、言葉に詰まっている様子だ。きっと、嘘なんてついたことがないのだろう。そんな彼女の慌てふためく姿を見て、笑ってしまいそうになる。
 しかし、今は和んでいる場合ではない。俺が異世界召喚者だと知られたら……殺される。
 深呼吸をして腹を括る。

「初めまして。俺は……レン。気がついたら、森の中の洞窟にいて、それ以前のことは何も覚えてないんです。名前だけが、かろうじて……」

 慎重に言葉を選びながら、静かに頭を下げる。

「そ、そうなの! でね! 私が見つけて、連れてきて!!!」

「......ふむ」

 エドと呼ばれた小柄な男は、胡散臭そうに眉を寄せながら、俺をじっと見つめてくる。

 やっぱり……ダメか?

「記憶喪失なぁ……おい、ソフィアちゃん。コイツ、頭でも打った形跡はあったか?」

「え? あっ、うん! あったあった! 大きなたんこぶが!」

 ソフィアは必死にフォローしてくれているが、何というか……まずい気がする。
 彼女は嘘が、下手くそすぎる。
 もうダメか、と思ったところでおじさんが「なるほどな……」と腕を組んだ。

「事情は分かった。そりゃ災難だったなぁ、にいちゃん!」

 おじさんは立ち上がり、俺の肩を強く叩く。

「オレはエド! 見ての通り、ドワーフ族だ! この村で何でも屋をやらせてもらってる!」

 エドはそう名乗りをあげた。
 その発言の中、引っかかる言葉があった。

「ドワーフ族……」

 これも、聞いたことがある言葉。ファンタジー世界に登場する、小柄な種族だ。
 確かに言われてみれば、彼の見た目は俺のイメージするドワーフそのもので……呆気に取られてしまう。

「おぉ? ドワーフ族のことまで忘れちまったか? それとも、知らなかったか? まぁ、どっちにしたってかまわねぇがな! ガハハ!」

 彼は豪快に笑う。

「エドさん、今腰をやっちゃっていてね……だから、代わりに私が薬草をとりに行っていたの」

 ソフィアはそう言って、薬草のいっぱい入ったカゴをエドさんに差し出す。俺も彼にカゴを手渡した。

「にいちゃんも手伝ってくれたみてぇだな! ありがとよ!」

 再度、肩を強く叩かれる。正直、痛い。しかし、彼の手からは温かみを感じられた。

「じゃあ、お駄賃だ」

 エドさんはそう言って、俺とソフィアの掌に何かを渡す。

「これは……?」

 そっと手を開くと、そこには夕陽の光を反射してキラキラと光る、五枚の銀貨が乗っていた。
 銀貨の表面には、誰かの横顔が彫られている。

「わっ、いつもより多い!」

 ソフィアがぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに声をあげる。

「これは、お金……でいいんだよな?」

 初めて触れる異世界の通貨。そのひんやりとした感触が、現実の重みとして手のひらに伝わってくる。
 そんな俺を見て、ソフィアがこちらへと寄ってくる。

「レン! これだけあれば、ちょっとした武機くらいなら買えちゃうよ!」

「おう! 渡したオレが言うのもなんだが、ウチでなんか買ってくか?」

 エドさんは悪い笑みを浮かべる。

「武機……かっこいいし、俺も欲しくはあるけど……っ」

 ただ、この金を今ここで使えば先ほどまでの無一文に逆戻りだ。好奇心をグッと抑える。

「いや、今はとりあえず大丈夫……っ」

「全く大丈夫ではなさそうだが、そうかい。で、にいちゃん……えぇっと、レンっつったか? アンタ、これからどうすんだ?」

「レンは今日から孤児院で世話になる予定なの。デルタさんには私から話しておくつもり」

「ほぉ……なら安心だ」

 エドさんは腕を組み直し、少し目を細めて俺を見つめた。

「ま、慣れないことも多いだろうが——しっかり食って、しっかり寝てりゃなんとかなるもんさ」

 ぽん、とまた肩を叩かれる。やっぱり、ちょっと痛い。

「村の暮らしは悪くねえぞ! 困ったときゃ、周りを頼っていい!」

 エドさんの表情が、ぐっと親しみのあるものになる。

「なんかあったら、ウチに来い! 仕事でも買い物でも、何でもあてがってやろう! 何せオレはなんでも屋だからな!」

 エドさんはそう言って、すぐ近くの家を指差す。きっと、そこがエドさんの家であり、お店なんだろう。

「ありがとうございます」

 俺は彼に頭を下げる。
 ソフィアの話を聞いて酷い世界だと思っていた俺だったが、彼やソフィアを見ていると、現実よりも愛おしく思えた。

「じゃあ、エドさん! またねー!」

「おう!」

 俺とソフィアは彼に手を振って村の入り口を後にする。
 そして、彼が見えなくなった頃。

「さて、と」

 ソフィアは俺の手を握って、引っ張る。

「孤児院はすぐそこだよ」

 俺と彼女は土のまま踏み固められた道を進む。夕焼けが、二人の影を引き延ばす。

 異世界という非現実の中、それでも確かにある温もりに触れて、俺の足は軽やかになった気がした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

短い話

すいせーむし
ライト文芸
短編集。 特に繋がりもない、短い物語の群れです。 気が向いたらぜひ読んで頂けると嬉しいです。 まぁ、もしかしたら、他のお話と繋がりはあるのかもしれない。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

追放料理人とJKの異世界グルメ無双珍道中〜ネットスーパーは最強です〜

音無響一
ファンタジー
わーい、異世界来ちゃった! スキルスキル〜何かな何かな〜 ネットスーパー……? これチートでしょ!? 当たりだよね!? なになに…… 注文できるのは、食材と調味料だけ? 完成品は? カップ麺は? え、私料理できないんだけど。 ──詰みじゃん。 と思ったら、追放された料理人に拾われました。 素材しか買えない転移JK 追放された料理人 完成品ゼロ 便利アイテムなし あるのは、調味料。 焼くだけなのに泣く。 塩で革命。 ソースで敗北。 そしてなぜかペンギンもいる。 今日も異世界で、 調味料無双しちゃいます!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...