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序章 異世界召喚
三話 シスター・デルタ
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村の外れに立つ二軒の建物。俺達はその目の前まで辿り着いた。
片方は村で見た石造りの民家とは打って変わって木造の家。もう片方はいかにも教会といった風貌の白い建造物だ。
「さぁ、レン。ここが私達の住んでいる孤児院"カーリスの家"だよ!」
「カーリスの家、か」
どうやら、それがこれから過ごすこととなるであろう孤児院の名前らしい。
中からは、楽しげな子ども達の声が聞こえてくる。
「うん! みんな元気で良い子たちなんだ。さ、じゃあ、とりあえずデルタさんに……」
彼女が何か言おうとした瞬間「バーン!」と盛大な音を立てて、孤児院の扉が開かれた。
そして、扉から5人の子どもが飛び出した。
「ソフィアお姉ちゃんが帰ってきた!」
「わー! ソフィアお姉ちゃんおかえりー!」
「お姉ちゃん今日は薬草いっぱい採れたー?」
「魔物いっぱい倒したー?」
「おみやげはー?」
子ども達はソフィアに群がり、口々に好き勝手なことをまくし立てた。その様子に、ソフィアは少し困ったように笑いながらも、誰ひとり突き放すことなく応じていく。
「ちょっと、ちょっと! 一人ずつね! 薬草はちゃんと採れたし、魔物は、まぁ、そこそこかな。おみやげは……ごめんね、今日はないんだ」
その言葉に「えー!」と一斉に不満の声が上がるが、どこか楽しそうだ。
俺は、その光景をただ黙って眺めている。
にぎやかで、温かくて、心地いい。
ただ、自分がそこに踏み入れていいのかどうか、迷ってしまう。
そんな戸惑いを心に抱えた瞬間、子どもたちの視線が一斉にこちらへ向いた。そうして、彼らの興味は俺に向く。
「お兄ちゃん誰ー?」
「変な服ー!」
「ふ、ふしんしゃ……!? こわーい!」
「もしかして、魔物!? やっつけてやる!」
「なんでおみやげないのー!」
「ちょっ、待っ——」
次の瞬間、俺の腕や服の裾に子どもたちが群がる。無遠慮な手がジャージの袖を引っ張り、頭を覗き込まれ、挙句の果てに腰のあたりをつつかれた。
「ねぇー、誰なのー?」
「黒い髪、珍しいー!」
「くらえ!斬断式ー!」
皆、好き勝手に質問やら攻撃やらを飛ばしてくる。
中でも、棒切れを剣に見立てて振り回していた小さな男の子が、俺の膝に思い切り突撃してきた。
「ぐっ……!?」
予想外の衝撃に、思わずよろける。
その拍子にもう一人の子どもがぶつかってきて、あわや尻もちをつきそうになる。
未知の来訪者に、子ども達は興奮しているのだろう。なんとか宥めなくてはならないが、俺が何か口にしても逆効果だ。
ソフィアも「み、みんなー! ダメだよー!」と声をかけているが歯止めは効かない様子である。
「もう一発、おらー! 貫突式ー!」
棒切れを振り回していた少年が叫び、俺にもう一撃を加えようとした、その時だった。
「皆さん、どうしたのですか?」
凛とした声が、周囲に響く。その声は、教会の側から聞こえてきた。
俺は反射的にそちらを見る。
そこには、修道服に身を包んだ柔らかい雰囲気を漂わせている、20代くらいの白髪の女性が立っていた。白銀の髪には、まるで折り紙で折られたような歪な髪飾りがそっと添えられており、その不均整な形がかえって彼女の美しさを際立たせていた。
子ども達はその女性を目にすると、皆嬉しそうに声を上げた。
「あ!!!」
「シスター!」
「デルタさんー!」
好き放題していた子ども達は俺から離れて、彼女の方へと駆け寄っていく。彼女は「あらあら」と口にして、子ども達一人一人の頭を優しい手つきで撫でている。
彼女がソフィアの言っていたシスターのデルタさん……聞いた通りの聖人と言った印象を受ける。しかし、若過ぎないだろうか。ソフィアの話ならば、デルタさんは彼女の親とも呼べる存在だ。
もしかして、エドさんと同じように彼女も俺達とは異なる種族なのだろうか。
流石、異世界……と言っていいのか。俺が頭を悩ませていると、ソフィアが子ども達の一歩後ろから、彼女に声をかける。
「デルタさん、ただいま!」
「ソフィア、おかえりなさい。無事で何よりです」
デルタさんはソフィアに優しく微笑みかける。そして、俺の方へと視線を向ける。
「そちらの方は?」
デルタさんは穏やかな声音で尋ねた。けれどその目は、笑ってはいなかった。
先ほどまでの柔らかさがふと消え、まるで空気の温度が一度だけ下がったように感じる。
「あ、あぁ……ええっとね……」
ソフィアは言い淀む。俺もその雰囲気に気圧されて、ただ黙っていた。
数秒の沈黙。
俺達のそんな姿に見兼ねたのか、デルタさんは「ふぅ」と軽く息を吐く。
「何やら事情があるようですね、ソフィア。分かりました。こちらでゆっくりとお話お聞かせください」
彼女は教会を指し示す。
あまり管理が行き届いていないのかくすんだ白壁のあちこちを蔦や雑草が這い上がり、緑に浸食されつつある教会。
そして、目を引くのは屋根の上に据えられた、十字架——いや、それは十字架ではない。先入観により勘違いしてしまった。そこにあったのは、金色に輝く歯車の装飾。
これが"機神教団"の教会。
デルタさんは子ども達に「家に戻っていなさい」と言って、教会へと入っていく。
「えー!」
「つまんなーい!」
「お兄さんは誰なのー!」
子ども達は皆、不満気だ。そんな、彼らをソフィアはあやす。
「じゃあ、みんな。私達はデルタさんと大事な話があるからまたあとでね」
彼女の言葉で子ども達は渋々カーリスの家へと戻っていく。
そんな彼らを目で追っていると、カーリスの家の中から睨むようにしてこちらを見ている少年の人影の存在に気づいた。
先程まで戯れていた子達とは別の少年だ。先程の5人で全員ではなかったのか、と考えているとその少年と目が合った。彼はより一層目つきを鋭くする。
敵意を剥き出しにした眼。
その眼光が気になって、ソフィアの後ろを一瞬離れる。
「どうしたの、レン? ほら、デルタさんについていこ」
「え?あぁ、うん」
俺の様子を気にかけてくれた彼女に声をかけられて一瞬、カーリスの家から目を逸らす。そうして、視線を元に戻した。もう、そこには誰もいなかった。
見間違い……ではないだろう。彼は確かにそこにいた。しかし、今それを確認している暇はない。
俺たちはデルタさんの後を追って、教会の中へと入っていった。
◇
教会の扉は重く、きしむ音とともに俺たちを迎え入れた。
中は時間が止まったかのように静かで、古びてはいたが厳かな雰囲気が漂っていた。陽の光はステンドグラスを通して柔らかく差し込み、床には歯車や翼の模様を描き出している。
教会とはいえ、どこか機械工学的な構造美が感じられる装飾が壁や柱に施されている。
「こちらへどうぞ」
デルタさんの案内で、俺たちは奥の小部屋へと通された。そこには丸テーブルと木椅子が数脚、それから古びた本棚が並んでいる。
「ソフィアも……アナタもおかけになって」
俺たちはデルタさんに言われた通り椅子に腰掛ける。
隣に座ったソフィアを見れば、一目で分かるほど緊張している。
俺がなんとかするしかない。でも、どうやって話せばいいのだろうか。エドさんの時のように、上手くいく気が一切しない。
俺はこれから、尋問でもされるのだろうか……いや、ここは教会だから懺悔を話すことになるかもしれない。
もしも、ここで俺が異世界から来たとバレてしまったら、俺は殺されてしまうのだろうか? 先のことを考えて、息苦しくなる。
そんな俺達の様子を見てか、デルタさんが口を開く。
「まずはお茶を淹れましょうか。落ち着いた方が、話しやすいですからね」
デルタさんは一度部屋から立ち去る。
「ねぇ、レン」
「な、なんだ」
「どうしよう」
そんなの、こっちが聞きたいよ! と叫びたくなるが、ソフィアの真っ青にした顔を見て、何も言えなくなる。
しかし、ここで失敗して俺が殺されでもしたら、恩人のトラウマになることは確定だろう。
何せ、"助けようとした俺"の命の引き金を"母親代わりのデルタさん"が引くことになるのだ。
そんな光景、見せるわけにはいかない。俺は不安を払拭し、ポーカーフェイスを意識する。
そして、一言。
「……なんとかする」
そう、ソフィアに伝えた。俺の言葉を聞いたソフィアはただ、こくこくと頷く。
1分も経たずに、デルタさんは部屋に戻ってきた。
「どうぞ、こちらは幽月茶です。飲めば心を落ち着かせられますよ」
そう言って、俺たちの前に差し出されたのは透き通るような淡い金色のお茶だった。
ソフィアはその茶の名前を聞いて、目を丸くする。そうして、俺にしか聞こえないくらいの声でこう口にする。
「これ、すごく高いやつ……茶葉は見たことあったけど、デルタさんが淹れたの初めて見た……」
なんで、怪しい俺にそんなものを? と首を傾げる。もしかしたら、自白剤なんかが入っているんじゃ、と警戒したくなるが、出されたものを疑うのはなんとなく気分が悪い。
「いただきます」
俺はそう言って、一口啜る。
「おいしい……」
口に含むと僅かに甘く、舌の奥にほのかな苦味が残る。なんというか、上品な味だ。それでいて……優しく、温かい。
その味わいは不思議と心の中にあった不安を溶かしていった。
そんな俺を見ていたソフィアも隣でゴクゴクとお茶を飲み干す。そうして、目を輝かせて「えっ! 美味しい!」と喜んでいる。
「さて」
デルタさんは俺たちの向かい側の椅子に腰掛ける。
「それでは……アナタが何者で、どういった経緯でソフィアとここに来たのか。お聞かせいただけますか?」
本題。
「......はい」
俺は深く息を吸い、言葉を選びながらゆっくりと語り始めた。ソフィアは黙って隣に座り、俺の横顔を見つめている。
「俺は……記憶が曖昧なんです。目が覚めたときには洞窟の中で倒れていて、自分が誰なのかも、なぜそこにいたのかも分からなくて」
「記憶喪失、ということですか?」
デルタさんが穏やかに問い返す。声の調子は変わらず柔らかいが、言葉の裏に確かな探りの気配を感じた。
「たぶん、そうです。名前は"レン"ということだけは、かろうじて思い出せたんですけど」
「レンさん、ですね。続けてください」
デルタさんは手元の湯呑みに口をつけながら促す。
その仕草には余裕があったが、こちらの一挙一動を決して見逃してはいないことがわかる。
「洞窟でスライムに襲われていたところをソフィアに助けていただきました」
「え! えっと、うん! えへへ」
ソフィアが照れたように口を挟んだが、デルタさんはそっと目を細めた。
「なるほど、ソフィアは優しい子ですからね」
「それで、身寄りのない俺をソフィアがここまで連れ来てくれて、今に至ります」
我ながら、素晴らしいポーカーフェイスだったと思う。これなら、いけるかも。
「理解しました。それは災難でしたね」
その言葉に、俺とソフィアは胸を撫で下ろす。よかったと、安堵したのも束の間。
「——しかし、嘘はいけません。スライムの件とここに来た経緯については事実だと理解いたしましたが、それ以外は偽りですね」
周囲の空気が凍りつく。
エドさんを騙せた嘘は、呆気なくバレた。いや、実はエドさんも気づいていたのかもしれない。
しかし、今回は偽りであると断言された。
「是非、真実をお聞かせ願います」
デルタさんのその言葉が俺の喉元に突き刺さる。
あぁ、短い異世界での時間……悪くはなかったなぁ。と、そんな事を思っている場合ではない。
あぁ、考えなくては。ソフィアが苦しまない方法を。
そう、俺が思考を巡らせていると、隣に座っていたソフィアが突然、口を開く。
「ごめんなさい!!! デルタさん! ちょっと……」
勢いよく喋り出した彼女の声は、すぐに弱々しいものになる。
「待って、ソフィア」
「え?」
俺は絞り出した答えをデルタさんに話す。
「……俺は"異世界から来ました"。でも、彼女は……ソフィアは何にも知りません」
俺はまた、嘘をついた。どうせバレる嘘だ。それでも、デルタさんがソフィアの味方なのであればこの嘘は都合のいい嘘であるはずだ。嘘だとしても、ソフィアは俺の共犯者ではないと俺が言うことに意味がある。
絶望の表情を浮かべるソフィアを見たが、それを無視して俺は続ける。
「俺が騙したんです、すいません。良心に漬け込みました」
隣で小さく息を呑んだ気配がする。テーブルの上に置かれた茶器の湯気が静かに揺れ、空気の冷たさを際立たせた。
俺は顔を上げられなかった。デルタさんの視線が、まっすぐ俺に突き刺さっているのを感じていた。
「俺はここから消えます。だから、貴方達は俺なんかと会っていない。そういう事にしていただけませんか」
きっと、俺がデルタさんのせいで死んではソフィアが悲しむ。ならば、知らぬ場所でのたれ死んだ方がマシだ。いや、あわよくば生き延びてやりたくはあるのだが、希望は希薄だ。
頭を深く下げる。床に視線を落としたまま、心臓がどくんどくんと騒がしく脈打っているのを感じる。
これが最後の言葉になるかもしれない、と思った。そうなってしまわないことを願うばかりだ。
長い沈黙。
耳鳴りのような静けさの中、デルタさんの小さなため息が聞こえた。
「レンさん」
その声は、静かで優しく、それでいて凛とした強さを孕んでいた。
「ワタクシは"教え"を信じています。魔を持つ者は、厄を招く。そのため、ワタクシ達は魔を退ける」
静かに立ち上がったデルタさんは、俺の前に歩み寄る。
「しかし、その教えが全てを拒むことを意味していると、ワタクシは考えておりません」
その言葉を聞いて、顔を上げる。
デルタさんは、まっすぐ俺を見つめていた。そこには、もう先ほどのような探る目も、疑う目もない。ただ、真剣な光だけが宿っていた。
「例え、アナタが魔の者に招かれた使いだとしても、その心に光を宿すのであれば……アナタの存在が否定されることはあってはならない」
「……」
魔女に招かれた存在である自覚が俺にはないが、彼女の言葉はきっとこの世界では異質なのだと思う。
でも、その異質な言葉はまっすぐと俺の胸に届く。
「優しい嘘をつくアナタは、誰かを思いやれる方なのだと……ワタクシは思いました」
「優しい……嘘?」
「えぇ。ソフィアを遠ざけようとしてくれたのでしょう? 自分の出自がよくないものだと知ったから。それこそ、アナタが心に光を宿している証明です」
俺は言葉を失った。
だから、赦すというのか。
俺のしたことはただのごまかしで、臆病な逃げで、粗雑な自己犠牲だった。それを優しい嘘と言われてしまうと、むず痒い。
その後、デルタさんはソフィアの方に体を向けて、彼女の頭を軽く撫でる。
「ソフィアも、レンさんを庇おうとしたのでしょう? 本当にいい子に育ちましたね」
その一言に、ソフィアは小さく肩を揺らした。そして、目に涙を浮かべながら嬉しそうにこちらを見る。彼女は笑っていた。
「さぁ、レンさん。もう一度、お聞かせください。アナタはこれから、どうしたいですか?」
言葉が緊張の糸をほぐしていく。そうして、俺は本音に気づく。
「……俺は、気づいたらこんな世界にいて、見栄を張って、心だけは強くいようと振る舞ってた。でも、本当は怖かったんだ……」
声が震える。
ソフィアに助けてもらって、俺の常識の通じない世界に恐怖していた。それを彼女に気づかれないように、必死だった。
「俺は……生きたい。この世界で居場所といえる場所が、安心して帰ることのできる場所が欲しいです」
帰りたいとかは、正直言って分からない。だから、今、精一杯の望みがこれだ。
それを聞いたデルタさんは「ふふっ」と優しい笑みを浮かべる。
「たとえ何も持っていなくても、帰ることのできる"居場所"があるだけで人は生きていける」
「今日からここが、アナタにとって帰ることのできる居場所になることを願っています」
「ここは迷える子羊達の安寧の場"カーリスの家"。ワタクシはアナタを歓迎します」
その言葉によって、"カーリスの家"は俺の異世界でいてもいい居場所になった。
◇
「そういえば、名前を名乗っていませんでしたね。ご存知かもしれませんが、ワタクシは『シスター・デルタ』。これからよろしくお願いしますね、レン」
デルタさんはソフィアに向けていたように、俺に微笑みかける。
敬称のなくなった呼び名に親しみを感じる。そこで、本当に自分はここにいていいのだと実感できた気がした。
俺はぎこちなく笑って、応える。
「こちらこそ、よろしくお願いします。シスター・デルタさん。俺の名前は"加藤 蓮"です」
「……なるほど、本当に異世界から来たようですね」
やはり、この世界で俺の名前は普通じゃないようだ。俺が異世界から来たことを知らない人物には、ただ、レンと名乗るべきであろう。
「はぁ~、よかったぁ~……」
俺とデルタさんの会話を聞いていた、ソフィアが息を吐き、肩の力を抜いた。
「ありがとう! デルタさん!」
ソフィアは嬉しそうに感謝を述べる。それに続いて、俺も一礼する。
「ふふ、構いませんよ。むしろ、レン。アナタを試したような形になってしまい申し訳ありません」
そう言って、デルタさんは俺に頭を下げた。彼女の予想外の行動に、一瞬言葉を失う。
「え……えっと、いや、俺、不審者そのものでしたし。デルタさんは子ども達を守らなきゃいけない訳ですから。だから、頭をあげてください」
「そういう訳にもいきません。シスターであるワタクシはアナタの力になるという選択肢しか持ち合わせておりません」
デルタさんは静かにそう告げて、なおも頭を下げ続けていた。
「気づいたときには見知らぬ地に放り出されて、助けを求めるあてもソフィアしかいなかったはず。そんなアナタをワタクシは追い込んでしまった」
その言葉はまるで懺悔のようだった。シスターが俺なんかに謝る必要はないと思うが、彼女の姿勢から本気の謝意であることは感じ取れた。
「デルタさん、すっごくいい人で、すっごく真面目で頑固なの」
ソフィアが耳元でそう口にする。
なるほど。これはソフィアが、嘘をつけない子に育ったことも頷ける。こんな人が親代わりだったのであれば、嘘なんてつけないはずだ。
俺は相変わらず修道服の帽子の頂点を俺に向けているデルタさんに話しかける。
「……顔を上げてください、デルタさん」
彼女は姿勢を崩さない。
「確かに嘘がバレた時は焦ったけど……デルタさんのおかげで俺はこの世界で生きていけると、そう思えたんです」
「見て見ぬ振りをしていた不安と恐怖に向き合わせてもらった。帰る場所を作ってくれた……だから」
俺は告げる。
「——ありがとうございます」
デルタさんはようやく顔を上げると、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「ふふ。本当に優しい子なのですね」
「そーなんだよ! レンは優しいの!」
何故か自慢げなソフィアを見て、小っ恥ずかしくなる。
その時、外の方から「ガタッ」と何かの音が聞こえてきた。
「……今の音、なんだ?」
どうやら、俺にしか聞こえていなかったようでソフィアとデルタさんは顔を合わせて首を傾げている。
外に誰か居たのかと思ったが気のせいだったと考えていると、デルタさんが懐中時計を取り出して口を開く。
「おっと、そろそろ夕飯の時間ですね。丁度いい、レンのことはそこで紹介いたしましょう」
その言葉にソフィアがパッと顔を輝かせた。
「賛成! きっと、みんなもレンのこと気になってると思うし!」
思わず苦笑してしまった。
あの元気いっぱいの子ども達のことを思い出すと、正直、胃が痛くなる。
でも、それと同じくらい、少しだけ……楽しみでもあった。
「じゃあ、行きましょうか」
俺がそう答えると、ソフィアが嬉しそうに頷き、俺の腕を軽く引いた。
さっきまでの重苦しさは、もうそこにはない。
小さな安堵と、わずかな期待を胸に抱きながら俺達は教会の外へ出た。
片方は村で見た石造りの民家とは打って変わって木造の家。もう片方はいかにも教会といった風貌の白い建造物だ。
「さぁ、レン。ここが私達の住んでいる孤児院"カーリスの家"だよ!」
「カーリスの家、か」
どうやら、それがこれから過ごすこととなるであろう孤児院の名前らしい。
中からは、楽しげな子ども達の声が聞こえてくる。
「うん! みんな元気で良い子たちなんだ。さ、じゃあ、とりあえずデルタさんに……」
彼女が何か言おうとした瞬間「バーン!」と盛大な音を立てて、孤児院の扉が開かれた。
そして、扉から5人の子どもが飛び出した。
「ソフィアお姉ちゃんが帰ってきた!」
「わー! ソフィアお姉ちゃんおかえりー!」
「お姉ちゃん今日は薬草いっぱい採れたー?」
「魔物いっぱい倒したー?」
「おみやげはー?」
子ども達はソフィアに群がり、口々に好き勝手なことをまくし立てた。その様子に、ソフィアは少し困ったように笑いながらも、誰ひとり突き放すことなく応じていく。
「ちょっと、ちょっと! 一人ずつね! 薬草はちゃんと採れたし、魔物は、まぁ、そこそこかな。おみやげは……ごめんね、今日はないんだ」
その言葉に「えー!」と一斉に不満の声が上がるが、どこか楽しそうだ。
俺は、その光景をただ黙って眺めている。
にぎやかで、温かくて、心地いい。
ただ、自分がそこに踏み入れていいのかどうか、迷ってしまう。
そんな戸惑いを心に抱えた瞬間、子どもたちの視線が一斉にこちらへ向いた。そうして、彼らの興味は俺に向く。
「お兄ちゃん誰ー?」
「変な服ー!」
「ふ、ふしんしゃ……!? こわーい!」
「もしかして、魔物!? やっつけてやる!」
「なんでおみやげないのー!」
「ちょっ、待っ——」
次の瞬間、俺の腕や服の裾に子どもたちが群がる。無遠慮な手がジャージの袖を引っ張り、頭を覗き込まれ、挙句の果てに腰のあたりをつつかれた。
「ねぇー、誰なのー?」
「黒い髪、珍しいー!」
「くらえ!斬断式ー!」
皆、好き勝手に質問やら攻撃やらを飛ばしてくる。
中でも、棒切れを剣に見立てて振り回していた小さな男の子が、俺の膝に思い切り突撃してきた。
「ぐっ……!?」
予想外の衝撃に、思わずよろける。
その拍子にもう一人の子どもがぶつかってきて、あわや尻もちをつきそうになる。
未知の来訪者に、子ども達は興奮しているのだろう。なんとか宥めなくてはならないが、俺が何か口にしても逆効果だ。
ソフィアも「み、みんなー! ダメだよー!」と声をかけているが歯止めは効かない様子である。
「もう一発、おらー! 貫突式ー!」
棒切れを振り回していた少年が叫び、俺にもう一撃を加えようとした、その時だった。
「皆さん、どうしたのですか?」
凛とした声が、周囲に響く。その声は、教会の側から聞こえてきた。
俺は反射的にそちらを見る。
そこには、修道服に身を包んだ柔らかい雰囲気を漂わせている、20代くらいの白髪の女性が立っていた。白銀の髪には、まるで折り紙で折られたような歪な髪飾りがそっと添えられており、その不均整な形がかえって彼女の美しさを際立たせていた。
子ども達はその女性を目にすると、皆嬉しそうに声を上げた。
「あ!!!」
「シスター!」
「デルタさんー!」
好き放題していた子ども達は俺から離れて、彼女の方へと駆け寄っていく。彼女は「あらあら」と口にして、子ども達一人一人の頭を優しい手つきで撫でている。
彼女がソフィアの言っていたシスターのデルタさん……聞いた通りの聖人と言った印象を受ける。しかし、若過ぎないだろうか。ソフィアの話ならば、デルタさんは彼女の親とも呼べる存在だ。
もしかして、エドさんと同じように彼女も俺達とは異なる種族なのだろうか。
流石、異世界……と言っていいのか。俺が頭を悩ませていると、ソフィアが子ども達の一歩後ろから、彼女に声をかける。
「デルタさん、ただいま!」
「ソフィア、おかえりなさい。無事で何よりです」
デルタさんはソフィアに優しく微笑みかける。そして、俺の方へと視線を向ける。
「そちらの方は?」
デルタさんは穏やかな声音で尋ねた。けれどその目は、笑ってはいなかった。
先ほどまでの柔らかさがふと消え、まるで空気の温度が一度だけ下がったように感じる。
「あ、あぁ……ええっとね……」
ソフィアは言い淀む。俺もその雰囲気に気圧されて、ただ黙っていた。
数秒の沈黙。
俺達のそんな姿に見兼ねたのか、デルタさんは「ふぅ」と軽く息を吐く。
「何やら事情があるようですね、ソフィア。分かりました。こちらでゆっくりとお話お聞かせください」
彼女は教会を指し示す。
あまり管理が行き届いていないのかくすんだ白壁のあちこちを蔦や雑草が這い上がり、緑に浸食されつつある教会。
そして、目を引くのは屋根の上に据えられた、十字架——いや、それは十字架ではない。先入観により勘違いしてしまった。そこにあったのは、金色に輝く歯車の装飾。
これが"機神教団"の教会。
デルタさんは子ども達に「家に戻っていなさい」と言って、教会へと入っていく。
「えー!」
「つまんなーい!」
「お兄さんは誰なのー!」
子ども達は皆、不満気だ。そんな、彼らをソフィアはあやす。
「じゃあ、みんな。私達はデルタさんと大事な話があるからまたあとでね」
彼女の言葉で子ども達は渋々カーリスの家へと戻っていく。
そんな彼らを目で追っていると、カーリスの家の中から睨むようにしてこちらを見ている少年の人影の存在に気づいた。
先程まで戯れていた子達とは別の少年だ。先程の5人で全員ではなかったのか、と考えているとその少年と目が合った。彼はより一層目つきを鋭くする。
敵意を剥き出しにした眼。
その眼光が気になって、ソフィアの後ろを一瞬離れる。
「どうしたの、レン? ほら、デルタさんについていこ」
「え?あぁ、うん」
俺の様子を気にかけてくれた彼女に声をかけられて一瞬、カーリスの家から目を逸らす。そうして、視線を元に戻した。もう、そこには誰もいなかった。
見間違い……ではないだろう。彼は確かにそこにいた。しかし、今それを確認している暇はない。
俺たちはデルタさんの後を追って、教会の中へと入っていった。
◇
教会の扉は重く、きしむ音とともに俺たちを迎え入れた。
中は時間が止まったかのように静かで、古びてはいたが厳かな雰囲気が漂っていた。陽の光はステンドグラスを通して柔らかく差し込み、床には歯車や翼の模様を描き出している。
教会とはいえ、どこか機械工学的な構造美が感じられる装飾が壁や柱に施されている。
「こちらへどうぞ」
デルタさんの案内で、俺たちは奥の小部屋へと通された。そこには丸テーブルと木椅子が数脚、それから古びた本棚が並んでいる。
「ソフィアも……アナタもおかけになって」
俺たちはデルタさんに言われた通り椅子に腰掛ける。
隣に座ったソフィアを見れば、一目で分かるほど緊張している。
俺がなんとかするしかない。でも、どうやって話せばいいのだろうか。エドさんの時のように、上手くいく気が一切しない。
俺はこれから、尋問でもされるのだろうか……いや、ここは教会だから懺悔を話すことになるかもしれない。
もしも、ここで俺が異世界から来たとバレてしまったら、俺は殺されてしまうのだろうか? 先のことを考えて、息苦しくなる。
そんな俺達の様子を見てか、デルタさんが口を開く。
「まずはお茶を淹れましょうか。落ち着いた方が、話しやすいですからね」
デルタさんは一度部屋から立ち去る。
「ねぇ、レン」
「な、なんだ」
「どうしよう」
そんなの、こっちが聞きたいよ! と叫びたくなるが、ソフィアの真っ青にした顔を見て、何も言えなくなる。
しかし、ここで失敗して俺が殺されでもしたら、恩人のトラウマになることは確定だろう。
何せ、"助けようとした俺"の命の引き金を"母親代わりのデルタさん"が引くことになるのだ。
そんな光景、見せるわけにはいかない。俺は不安を払拭し、ポーカーフェイスを意識する。
そして、一言。
「……なんとかする」
そう、ソフィアに伝えた。俺の言葉を聞いたソフィアはただ、こくこくと頷く。
1分も経たずに、デルタさんは部屋に戻ってきた。
「どうぞ、こちらは幽月茶です。飲めば心を落ち着かせられますよ」
そう言って、俺たちの前に差し出されたのは透き通るような淡い金色のお茶だった。
ソフィアはその茶の名前を聞いて、目を丸くする。そうして、俺にしか聞こえないくらいの声でこう口にする。
「これ、すごく高いやつ……茶葉は見たことあったけど、デルタさんが淹れたの初めて見た……」
なんで、怪しい俺にそんなものを? と首を傾げる。もしかしたら、自白剤なんかが入っているんじゃ、と警戒したくなるが、出されたものを疑うのはなんとなく気分が悪い。
「いただきます」
俺はそう言って、一口啜る。
「おいしい……」
口に含むと僅かに甘く、舌の奥にほのかな苦味が残る。なんというか、上品な味だ。それでいて……優しく、温かい。
その味わいは不思議と心の中にあった不安を溶かしていった。
そんな俺を見ていたソフィアも隣でゴクゴクとお茶を飲み干す。そうして、目を輝かせて「えっ! 美味しい!」と喜んでいる。
「さて」
デルタさんは俺たちの向かい側の椅子に腰掛ける。
「それでは……アナタが何者で、どういった経緯でソフィアとここに来たのか。お聞かせいただけますか?」
本題。
「......はい」
俺は深く息を吸い、言葉を選びながらゆっくりと語り始めた。ソフィアは黙って隣に座り、俺の横顔を見つめている。
「俺は……記憶が曖昧なんです。目が覚めたときには洞窟の中で倒れていて、自分が誰なのかも、なぜそこにいたのかも分からなくて」
「記憶喪失、ということですか?」
デルタさんが穏やかに問い返す。声の調子は変わらず柔らかいが、言葉の裏に確かな探りの気配を感じた。
「たぶん、そうです。名前は"レン"ということだけは、かろうじて思い出せたんですけど」
「レンさん、ですね。続けてください」
デルタさんは手元の湯呑みに口をつけながら促す。
その仕草には余裕があったが、こちらの一挙一動を決して見逃してはいないことがわかる。
「洞窟でスライムに襲われていたところをソフィアに助けていただきました」
「え! えっと、うん! えへへ」
ソフィアが照れたように口を挟んだが、デルタさんはそっと目を細めた。
「なるほど、ソフィアは優しい子ですからね」
「それで、身寄りのない俺をソフィアがここまで連れ来てくれて、今に至ります」
我ながら、素晴らしいポーカーフェイスだったと思う。これなら、いけるかも。
「理解しました。それは災難でしたね」
その言葉に、俺とソフィアは胸を撫で下ろす。よかったと、安堵したのも束の間。
「——しかし、嘘はいけません。スライムの件とここに来た経緯については事実だと理解いたしましたが、それ以外は偽りですね」
周囲の空気が凍りつく。
エドさんを騙せた嘘は、呆気なくバレた。いや、実はエドさんも気づいていたのかもしれない。
しかし、今回は偽りであると断言された。
「是非、真実をお聞かせ願います」
デルタさんのその言葉が俺の喉元に突き刺さる。
あぁ、短い異世界での時間……悪くはなかったなぁ。と、そんな事を思っている場合ではない。
あぁ、考えなくては。ソフィアが苦しまない方法を。
そう、俺が思考を巡らせていると、隣に座っていたソフィアが突然、口を開く。
「ごめんなさい!!! デルタさん! ちょっと……」
勢いよく喋り出した彼女の声は、すぐに弱々しいものになる。
「待って、ソフィア」
「え?」
俺は絞り出した答えをデルタさんに話す。
「……俺は"異世界から来ました"。でも、彼女は……ソフィアは何にも知りません」
俺はまた、嘘をついた。どうせバレる嘘だ。それでも、デルタさんがソフィアの味方なのであればこの嘘は都合のいい嘘であるはずだ。嘘だとしても、ソフィアは俺の共犯者ではないと俺が言うことに意味がある。
絶望の表情を浮かべるソフィアを見たが、それを無視して俺は続ける。
「俺が騙したんです、すいません。良心に漬け込みました」
隣で小さく息を呑んだ気配がする。テーブルの上に置かれた茶器の湯気が静かに揺れ、空気の冷たさを際立たせた。
俺は顔を上げられなかった。デルタさんの視線が、まっすぐ俺に突き刺さっているのを感じていた。
「俺はここから消えます。だから、貴方達は俺なんかと会っていない。そういう事にしていただけませんか」
きっと、俺がデルタさんのせいで死んではソフィアが悲しむ。ならば、知らぬ場所でのたれ死んだ方がマシだ。いや、あわよくば生き延びてやりたくはあるのだが、希望は希薄だ。
頭を深く下げる。床に視線を落としたまま、心臓がどくんどくんと騒がしく脈打っているのを感じる。
これが最後の言葉になるかもしれない、と思った。そうなってしまわないことを願うばかりだ。
長い沈黙。
耳鳴りのような静けさの中、デルタさんの小さなため息が聞こえた。
「レンさん」
その声は、静かで優しく、それでいて凛とした強さを孕んでいた。
「ワタクシは"教え"を信じています。魔を持つ者は、厄を招く。そのため、ワタクシ達は魔を退ける」
静かに立ち上がったデルタさんは、俺の前に歩み寄る。
「しかし、その教えが全てを拒むことを意味していると、ワタクシは考えておりません」
その言葉を聞いて、顔を上げる。
デルタさんは、まっすぐ俺を見つめていた。そこには、もう先ほどのような探る目も、疑う目もない。ただ、真剣な光だけが宿っていた。
「例え、アナタが魔の者に招かれた使いだとしても、その心に光を宿すのであれば……アナタの存在が否定されることはあってはならない」
「……」
魔女に招かれた存在である自覚が俺にはないが、彼女の言葉はきっとこの世界では異質なのだと思う。
でも、その異質な言葉はまっすぐと俺の胸に届く。
「優しい嘘をつくアナタは、誰かを思いやれる方なのだと……ワタクシは思いました」
「優しい……嘘?」
「えぇ。ソフィアを遠ざけようとしてくれたのでしょう? 自分の出自がよくないものだと知ったから。それこそ、アナタが心に光を宿している証明です」
俺は言葉を失った。
だから、赦すというのか。
俺のしたことはただのごまかしで、臆病な逃げで、粗雑な自己犠牲だった。それを優しい嘘と言われてしまうと、むず痒い。
その後、デルタさんはソフィアの方に体を向けて、彼女の頭を軽く撫でる。
「ソフィアも、レンさんを庇おうとしたのでしょう? 本当にいい子に育ちましたね」
その一言に、ソフィアは小さく肩を揺らした。そして、目に涙を浮かべながら嬉しそうにこちらを見る。彼女は笑っていた。
「さぁ、レンさん。もう一度、お聞かせください。アナタはこれから、どうしたいですか?」
言葉が緊張の糸をほぐしていく。そうして、俺は本音に気づく。
「……俺は、気づいたらこんな世界にいて、見栄を張って、心だけは強くいようと振る舞ってた。でも、本当は怖かったんだ……」
声が震える。
ソフィアに助けてもらって、俺の常識の通じない世界に恐怖していた。それを彼女に気づかれないように、必死だった。
「俺は……生きたい。この世界で居場所といえる場所が、安心して帰ることのできる場所が欲しいです」
帰りたいとかは、正直言って分からない。だから、今、精一杯の望みがこれだ。
それを聞いたデルタさんは「ふふっ」と優しい笑みを浮かべる。
「たとえ何も持っていなくても、帰ることのできる"居場所"があるだけで人は生きていける」
「今日からここが、アナタにとって帰ることのできる居場所になることを願っています」
「ここは迷える子羊達の安寧の場"カーリスの家"。ワタクシはアナタを歓迎します」
その言葉によって、"カーリスの家"は俺の異世界でいてもいい居場所になった。
◇
「そういえば、名前を名乗っていませんでしたね。ご存知かもしれませんが、ワタクシは『シスター・デルタ』。これからよろしくお願いしますね、レン」
デルタさんはソフィアに向けていたように、俺に微笑みかける。
敬称のなくなった呼び名に親しみを感じる。そこで、本当に自分はここにいていいのだと実感できた気がした。
俺はぎこちなく笑って、応える。
「こちらこそ、よろしくお願いします。シスター・デルタさん。俺の名前は"加藤 蓮"です」
「……なるほど、本当に異世界から来たようですね」
やはり、この世界で俺の名前は普通じゃないようだ。俺が異世界から来たことを知らない人物には、ただ、レンと名乗るべきであろう。
「はぁ~、よかったぁ~……」
俺とデルタさんの会話を聞いていた、ソフィアが息を吐き、肩の力を抜いた。
「ありがとう! デルタさん!」
ソフィアは嬉しそうに感謝を述べる。それに続いて、俺も一礼する。
「ふふ、構いませんよ。むしろ、レン。アナタを試したような形になってしまい申し訳ありません」
そう言って、デルタさんは俺に頭を下げた。彼女の予想外の行動に、一瞬言葉を失う。
「え……えっと、いや、俺、不審者そのものでしたし。デルタさんは子ども達を守らなきゃいけない訳ですから。だから、頭をあげてください」
「そういう訳にもいきません。シスターであるワタクシはアナタの力になるという選択肢しか持ち合わせておりません」
デルタさんは静かにそう告げて、なおも頭を下げ続けていた。
「気づいたときには見知らぬ地に放り出されて、助けを求めるあてもソフィアしかいなかったはず。そんなアナタをワタクシは追い込んでしまった」
その言葉はまるで懺悔のようだった。シスターが俺なんかに謝る必要はないと思うが、彼女の姿勢から本気の謝意であることは感じ取れた。
「デルタさん、すっごくいい人で、すっごく真面目で頑固なの」
ソフィアが耳元でそう口にする。
なるほど。これはソフィアが、嘘をつけない子に育ったことも頷ける。こんな人が親代わりだったのであれば、嘘なんてつけないはずだ。
俺は相変わらず修道服の帽子の頂点を俺に向けているデルタさんに話しかける。
「……顔を上げてください、デルタさん」
彼女は姿勢を崩さない。
「確かに嘘がバレた時は焦ったけど……デルタさんのおかげで俺はこの世界で生きていけると、そう思えたんです」
「見て見ぬ振りをしていた不安と恐怖に向き合わせてもらった。帰る場所を作ってくれた……だから」
俺は告げる。
「——ありがとうございます」
デルタさんはようやく顔を上げると、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「ふふ。本当に優しい子なのですね」
「そーなんだよ! レンは優しいの!」
何故か自慢げなソフィアを見て、小っ恥ずかしくなる。
その時、外の方から「ガタッ」と何かの音が聞こえてきた。
「……今の音、なんだ?」
どうやら、俺にしか聞こえていなかったようでソフィアとデルタさんは顔を合わせて首を傾げている。
外に誰か居たのかと思ったが気のせいだったと考えていると、デルタさんが懐中時計を取り出して口を開く。
「おっと、そろそろ夕飯の時間ですね。丁度いい、レンのことはそこで紹介いたしましょう」
その言葉にソフィアがパッと顔を輝かせた。
「賛成! きっと、みんなもレンのこと気になってると思うし!」
思わず苦笑してしまった。
あの元気いっぱいの子ども達のことを思い出すと、正直、胃が痛くなる。
でも、それと同じくらい、少しだけ……楽しみでもあった。
「じゃあ、行きましょうか」
俺がそう答えると、ソフィアが嬉しそうに頷き、俺の腕を軽く引いた。
さっきまでの重苦しさは、もうそこにはない。
小さな安堵と、わずかな期待を胸に抱きながら俺達は教会の外へ出た。
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