【完結】記憶も婚約者も失くしましたが私は幸せです ~貴方のことは忘れました~

Rohdea

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7. 深まる謎 ②

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 ズキンズキン……

(素性がよく分からない……?)

 それは、いったい……
 そう聞きたかったけれど頭が痛くて喋るのも億劫だった。

「えー?  何それ怪しい!  ビンセント様?  それはいったいどういうことなんですか?」

 見事に私の代わりにアルレットがその件について訊ねてくれた。
 今だけアルレットの存在が便利……と思いつつそのまま二人の会話に耳を傾ける。

「え?  ……あれ?  フロリアン・ルフェーブルが伯爵家を継いだ時、社交界では噂になっていなかったかい?」
「えー?  そうでした?」

 アルレットは不思議そうに首を傾げる。
 そんなアルレットの様子に父親はたまらず声を上げた。

「───アルレット!  前々からもっとそういうことにはしっかり耳を傾けて興味を持つようにとあれほど言っていただろう!?  ……それに今のお前は──王子の妃になっ」
「はいはいお父さま。今はそれよりビンセント様の話の続きを聞きましょう?」
「……ぅぐっ」

 アルレットに流されて父親は悔しそうに唇を噛んでいた。
 私は呆れながらその様子を黙って聞いていた。

「えっと、続けていい……かな?  フロリアン・ルフェーブルは正式にルフェーブル伯爵家の籍に入っていることは間違いないし、前伯爵からも正式に爵位を譲られている───でも」
「でも?」
「爵位を継ぐまで───“それまでの彼”を知る人間が居ないんだよ」
「え~?」

(それまでの彼を知る人が……いない!?)

「ルフェーブル伯爵家は長年跡継ぎがいないと思われていた…………それが突然、あの男!  フロリアンが現れてちゃっかり後継者になっていたんだ!」
「……」

 ───ズキンッ

「っ!」

 殿下のその発言と同時に頭が強く痛んだ。

(なに……?)

 私は頭を押さえる。
 この痛み……怪我での痛みとはどこか違う気がする───……

「え~?  何だかすっごく怪しいわね?」
「うん……まぁ、ね。でも、跡継ぎの為に遠縁の息子を引き取るのも珍しい話ではないんだけどね。ただ、それにしても彼は……」
「ビンセント様?」

 そこで不自然に言葉を切った殿下の顔をアルレットが覗き込んでいる。

「……」

(───……なるほど、ね)

 フロリアン・ルフェーブル伯爵……彼はきっと後継者として現れるまで、周りに知られていない人物だったんだわ。
 殿下の言うように跡継ぎの為に遠縁の息子を引き取ったのなら、引き取られる前の家で過ごしていた頃の情報くらいあるはず。
 そう……“貴族”なら。
 しかし、彼にそれが無いと言うのは……

(ルフェーブル家の血は継いでいるけど……元々は平民───とかなのかもしれない)

 憶測でものを言うべきではないと思いつつも、殿下や父親のどこか嫌悪していそうな反応から二人もそう思っていることは窺えた。
 アルレットは、いまいち分かっていないのか、なんで黙ってしまうの~?  と殿下に詰め寄っている。

(本当にそうだったとしても事情は不明だし、正式に迎え入れられているなら構わないでしょうに───)

「あ、でも……そういえば、ヴァレリアはどこかで会ったことでもあったのかな、“彼”のこと知っていたのかも」
「!?」

 ビンセント殿下のその言葉にギョッとした。

「え~?  お姉さまが?」

 うん、と頷いた殿下は確か……と首を捻りながら語る。

「伯爵が初めて公の場に現れた時のパーティーだったかなぁ……僕はヴァレリアと一緒に参加していたんだけど……ヴァレリアはフロリアン・ルフェーブルのことを妙に気にしていたように見えたよ?  それに今思えばその後くらいからだよ、ヴァレリアが……」
「───殿下!」

 父親が焦ったように殿下の言葉を止めた。
 殿下もハッとしたように口元を押さえた。

(……な、に?)

「え?  なになに?  二人ともどうしちゃったの?」

 アルレットは不思議そうに父親と殿下の顔を交互に見ている。
 そんな彼らの様子を見つめながら私はギュッと拳を握りしめた。

 今、明らかに何かを隠された。
 そして改めて思う。

 ───やっぱり、この人たちは信用出来ない。

 フロリアン・ルフェーブル伯爵……伯爵様のことに関しても気にならないと言えば嘘になる。
 でも……
 “ヴァレリア”が本当に“彼”のことを知っていたのなら……
 あの初めて会った気がしないという感覚は間違っていなかったことになる。
 なら、初対面というのは伯爵様のついた嘘……?

(……分からない)

 それでも、この人たちよりは信用出来る……

(私は自分のこの直感を信じたい!)



 ようやく話が終わって皆が部屋から出て行った後、一人になった私は考えた。

 記憶を失くす前の自分は誰かに狙われたのかもしれない───
 そんな疑惑が出て来てしまった。
 今が絶対に安心だとは言い切れないものの、まずは療養に専念して怪我を治すことを最優先にしなくては。
 そうでないと、いざという時に逃げられない。

(犯人だってさすがにこんなところで何かしてくることはないはず───)

 事故を装って消そうとしていたのだから、そんなあからさまなことはして来ない。
 …………今はまだ。
 けれど、時間が経てばそうも言ってられなくなる。

 私は顔を上げた。

「───私は新しい私で生きていく……そう決めたの。だから、消されるなんて勘弁よ!!」



✻✻✻



「まだ外出許可までは出せませんが、屋敷内や庭の中まで歩き回るくらいなら大丈夫でしょう」
「!」

 医師のその言葉に、内心でやったー!  という声を上げる。

「本当ですか!?」
「はい。身体の傷は良くなったようですし。まぁ、頭の方はまだ心配ですが」
「……」

 私は目を伏せる。
 あの時、伯爵様の話を聞いた時のような変な痛みは起こらないけれど、記憶も戻ってはいない……

(それでも、許可は許可!)

 なんであれようやくベッドから出る許可が出た。
 つまり……

(やっと、やっと……アルレットを王宮に帰せる!)

 あれから、アルレットは何度説得しても絶対に首を縦に振らなかった。
 頑なに「ここにいる!  お姉さまの面倒を見る!」と言い張った。
 そのせいで、会いたいとも思えないのに毎日毎日、ビンセント殿下の顔を見る羽目にもなってしまっていた。

 数日間、耐えた甲斐があったわ。
 遂にそんな苦痛の日々ともさよならよーーーー!

「……」
「あの?  何か?」

 私が内心で大喜びしていたら医師がじっと私の顔を見ていることに気がついた。

「あ……いえ、ヴァレリア様がお元気になられて良かったな、と」
「ええ、先生のおかげです」

 にっこり笑顔でそう言うと、医師は躊躇う様子を見せた。

「……そうではなく」
「え?」
「記憶が無いからでしょうか。今の元気そうなヴァレリア様を見ていると昔を思い出します」
「昔?」
「私はヴァレリア様たちが幼い頃からこの家に医師として仕えていますので」

 そう言われて思った。
 先生も私が失った過去を見ていた人なんだ、と。

「特に事故に遭われる寸前の頃のヴァレリア様のご様子といったら……」
「!」

 私はハッと息を呑む。
 これはすごく重要な話では?

「あの!  それはどういう意味ですか!?  事故に遭う前の私って───」
「しまった……も、申し訳ございません。このことは旦那様からまだヴァレリア様には言わないようにと……」
「ち……お父様が?」

 医師がとても気まずそうに頷く。
 あの父親……やっぱり口止めしていたことがあったんだわ!

「先生!  お願いです。教えてください」
「うっ……」

 私は必死に頼み込む。

「ですが、旦那様が……」
「ち、お父様は関係ありません!  これは“私”のことです。私のことは私こそが知る権利がある───ですよね?」
「……っ」

 先生はうっと唸った。
 これはもう一押し、いける!
 そう確信し、私は更に畳み掛ける。

「お父様には、先生から聞いたとは絶対に言いません!  ですから……」
「ヴァレリア様……」
「お願いします!  少しでも前の私……“ヴァレリア”のことが知りたいんです!」
「……」

 それから先生はしばらく難しい顔で悩んだ後、そっと口を開いてくれた。

「じ、実は…………事故に遭われる前のヴァレリア様は────」


─────


「……ぜんっぜん、結婚式を目前に控えて幸せそうな様子の花嫁の姿じゃなかったんだけど!?」

 医師が帰ったあと私は一人で憤る。

 ───その……何かショックなことがあったらしく、酷く憔悴していたんです。

「幸せな花嫁は憔悴なんてしないでしょ!?」

 先生はそんな様子の私を診察していたと言う。
 しかし……

 ───ただ、何があったのかは何度聞いても一切、話してくれることはありませんでした。

「あぁぁぁ、ちょっと私!  何があったのよ!  それが消されそうになった理由なんじゃないの!?」

 私は自分な突っ込みを入れながら頭を抱えた。

「うぅ……一番に考えられることと言えば……いや、うん。前々から薄らと思ってはいたけど、殿下とアルレットが結婚前から関係があって私がそれを知ってしまったとか?  それで結婚したかった二人にとって邪魔な私を消そうとした……?」

 それなら、結婚式を中止せずに無理やり花嫁だけを替えた話も納得がいく。
 でも……と目を伏せる。

「もし、本当にそうなら、それって普通に殿下と私が話し合って婚約解消すればよかった話よね……?  え?  もしかして私が納得しなかったとか?  まさか私……そんなにあの王子のことを好きだったの!?」

 自分でそう口しながら身体が思いっきりブルブル震えた。
 だって、もしも本当にそうだったとしたら────……

「そんなの────私、見る目がなさすぎるわ!!」

 再び、うわぁぁと頭を抱えた。



 そして、一通りベッドの上で転げ回った後、気持ちを落ち着かせるためにふぅ、と息を吐いた。
 少々、取り乱してしまった。
 けれど……

「でも……なんだか話はそんな単純なことじゃない気がする───勘だけど」

 起き上がって顔を上げた私は部屋の中を見回す。

「そうよ!  やっと動けるようになったんだもの…………少し部屋の中を調べてみてもいいわよね」

 おそるおそるベッドから降りた私は、自分の部屋の中を物色しようとゆっくり歩き出した。
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