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29. さようなら
「みぶ……ん……? イ、イアルバン? お前、何を言っ……」
「何ってそのままの意味ですが?」
理解が追いついていなさそうな父親に向かって兄は淡々と答える。
「むしろこっちが聞きたい。何故、父上は今回の件で自分が何の罰も受けないでいられると思ってました?」
兄がズイッと父親に迫る。
「う……」
「それに───ヴァレリアの見舞いのために戻って来た“だけ”のはずの追い出した息子がなかなか領地に帰ろうとしないことをおかしいと思わなかったんですかね?」
「な、に?」
「ははは、そんなだから足元をすくわれるんですよ」
兄は父親を小馬鹿にするように鼻で笑った。
「───……」
ようやく兄の意図に気づいた父親が真っ赤になり怒鳴った。
「イ、イアルバン! 貴様! まさか……! 自分が当主になるつもりで───」
「ええ、その通り。まあ、今更気付いても遅いですが」
(やっぱりそうだった)
そう。
もともと兄は私の“見舞い”の為に戻って来ていて、その用事だけなら終わったはずなのに領地に帰らなかった、いえ。帰ろうとしなかった理由。
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兄は……兄が本当に戻らなかった理由と目的は……
(当主交代……!)
最初からこの機会を利用して父親を当主の座から引きずり下ろすことを考えていたから、だ。
「……」
長いこと領地に追いやられてからも腐らずに着々と味方を作り、力をつけていた兄。
彼はずっとその機会を窺っていた───
しかし、この父親は“よほどのこと”が起きないと兄がこちらに戻ることを許可しなかった。
だから兄にとって今回のゴタゴタはまたとないチャンスでもあった。
「~~~っ! イアルバン!!」
「そういうことですので、妹たちはあなたの好きにはさせません」
「なっ……」
───妹たち。
私だけじゃなくて、アルレットのことも含んだ言い方。
これは、アルレットが犯した罪をきちんと償って反省するなら……いえ、反省出来たならその時は手助けをする覚悟があるという意味だ。
(……お兄様らしいわ)
あの子にきちんと反省が出来るかは知らないけれど、両親と違ってこの兄なら悪いようにはしないだろう。
「……ヴァレリア」
と、そこまで考えた時、フロリアン様が小さく私の名を呼んだ。
そしてコソッと小声で訊ねてくる。
「イアルバン殿って、あの妹も助けるつもりなのか?」
「お兄様らしいでしょ?」
私が笑って答えるとフロリアン様は腕を組みうーんと眉をひそめた。
納得がいかない……という表情をしている。
「そうだけど、そうじゃないと言うか……」
「ふふ、大丈夫ですよ」
「なにが?」
私はクスッと笑う。
「もちろんアルレットに事前にそんな話はしないし、なによりお兄様が認める基準は厳しいですもの」
「……!」
「アルレットが少しでも甘えたことを口にしようものなら、即蹴飛ばして“さようなら”間違いなしよ」
「あー……」
フロリアン様は、やりかねん……という表情になった。
「それでも両親の“道具”として使われることは無くなるでしょうから、まだマシだと思うわ。まあ、私自身はアルレットに関わるつもりは無いけれど」
「ヴァレリア……」
フロリアン様が私の手を取ってギュッと握ってくれる。
繋いだ手の温もりが優しく、そしてあたたかくて胸がいっぱいになる。
「そこはやっぱり兄妹としての“情”ってやつなのかな?」
「ええ、多分」
私が頷くと、フロリアン様は今度は険しい表情でうーんと首を捻った。
「ダメだ。俺には一切、ビンセントに対しての情がわかない」
「それはそうですよ」
「俺にしたことじゃなく───ヴァレリアにしたことは一生許さない」
「フロリアン様……」
自分の方が長く酷い目に合わされて、死にそうになったり存在を消すことになったりしているのに。
(私のことで怒ってくれるんだ……?)
これが“愛されている”ということなのか……と思ったら、何だか無性に恥ずかしくなった。
「ヴァレリア?」
フロリアン様が私の顔を覗き込む。
「な、何でもありません!」
「……」
照れくさい気持ちで突っぱねるとフロリアン様はクスッと小さく笑った。
きっと彼には私の気持ちなんてお見通しなんだろうな、と思った。
「───そういうわけで、さっさと退いてください」
私たちが和んでいる傍で、兄が両親に容赦ない言葉をぶつける。
「くっ! お、お前……! いつの間にそんなものまで用意していた!?」
「あなたたちはとにかく邪魔なんですよ」
そんなもの───
兄は何やら書類を父親に見せつけているから、きっと当主交代に関する書類か何かなのだと思う。
「じゃ……」
「邪魔……!?」
頬をピクピクさせている二人に向かって兄は冷たく言い放つ。
「あれ? おかしいな。覚えてません? “邪魔”っていうのはあなたたちにかつて言われた言葉のはずですが?」
息を呑んだ両親の顔色が悪くなる。
過去にした仕打ちが今、自分に返ってきたことを実感しているのだと思う。
「ああ、だからと言って領地に行くのは勘弁してもらいます。害虫が来るなんて領民に迷惑だ」
「迷惑……!? 害虫ーー!?」
「イアルバン!?」
そしてまさかの害虫扱い。
(お兄様。相当、鬱憤がたまっていたわね……?)
このままだと、両親は今すぐつまみ出されてポイされそうな勢いなので、今のうちに聞けることは聞いておかないと。
そう思った私は顔を上げた。
「お兄様、ちょっといいかしら? つまみ出す前に私からもこの二人からはっきりさせておきたいことがあるのだけど」
私の声にビクッと身体を震わせる二人。
「ヴァレリア? ああ、構わない」
「ありがとう。────では素直に吐いてもらいましょうか」
兄にお礼を言ってから私はくるりと振り返り両親に顔を向ける。
「……」
「……」
(目も合わせようとしないとか……)
思いっ切り顔を逸らしてくる両親にほとほと呆れた。
「まず、一つ目。マンスール様の誘拐事件の時に私が身に付けていた物はどうしました?」
「……」
二人は無言。
私はふぅ、とため息を吐く。
予想通りとはいえ、本当にがっかりだわ。
「やっぱりとっくに全て処分済みということかしら?」
「……」
「指輪もですけど───ドレスだって私の血ではないと分かっていながら処分した、というわけよね?」
「あ、れは! だっ……第一王子の! 血……かと……」
「ふーん」
(それなら王家に提出すべきだったのでは?)
父親は咄嗟にそう答えたけれど、私からすれば“捨てた”時点で都合の悪いことは見なかったことにして蓋をしたようにしか見えない。
「まあ、ビンセント殿下の怪我の記録は残されていることは間違いないし、我が家も調べればその頃に指輪を買った記録もあるでしょうから捜査は困らないだろうけど。ただ───」
当時、ちゃんと証拠品として提出してくれていたなら。
ビンセント殿下やその周りがあそこまで増長することはなかったかもしれないのに。
「では、もう一つね」
「……っ!」
どちらかといえば、私はこちらの事の方をはっきりさせたい。
「馬車事故───私を道に突き飛ばしたのはアルレットだとあなたたちはアルレットから聞いていたのかしら?」
ウグッと黙り込む両親。
「知ってて黙っていたならそれは隠蔽という名の犯罪よね? まあ、あなたたちはバレなきゃそれでいいと思っていたのかもしれないけど」
「ち、違っ……! た、確かにアルレットは事故のあと……泣きながら色々言っていた……が! アルレットの言うこと……だし、要領を得ない話だったし、どうせいつもの適当な話なのだと……」
どうせいつもの適当な話───
そうは言うけれど、この人たちはアルレットが“何かした”ことを認めたくなかっただけだ。
「それで、フロリアン様が全面的に事故の非を認めてくれたから大喜びで乗っかったわけね?」
(本当に最低!)
この人たちはビンセント殿下の狙いや企みまでは知らなかったけれど、結果的に彼にとっての最高のアシストをしていたわけだ。
最大の誤算は私───
もし、事故のあと私が目を覚まさなかったなら……
もしくは、目を覚ましても性格が戻らず、大人しく言いなりだった私のままで今も記憶喪失のままだったなら……
(きっと、こうはならなかった……)
私は冷たい目で両親を一瞥する。
「そういうことですから、さっさとお兄様に家督を譲って?」
「ヴァ、ヴァレリア……」
「そうそう。事故や事件の件はきちんと包み隠さず証言してくださいね?」
「……!」
何か言いたそうな目で父親は私のことを見る。
でも、もう私にはこれ以上この人と話すことなんてない。
「ああ、分かっているとは思いますけど、少しでも“また”嘘をついたと分かった時は……」
「ひっ!?」
私にジロッと睨まれて小さく悲鳴をあげて縮こまる父親。
寄り添う母親の顔はずっと真っ青だった。
(情けない人たちね───……)
私はクスッと小さく笑ってから、両親だった二人に向かって最後に告げる。
「────どうぞ、あなたたちもお元気で。さようなら」
絶望的な表情になった二人はその場に膝をつくと、まるでこの世の終わりなのようにがっくりと項垂れていた。
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