【完結】記憶も婚約者も失くしましたが私は幸せです ~貴方のことは忘れました~

Rohdea

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30. かつての私



 全てを終わらせてはっきりさせる───
 そう意気込んで開催した(させた)パーティーを終えたその日の夜、夢を見た。




『喜べヴァレリア!  “お前の憧れの王子様”から婚約の打診が届いたぞ!』
『……私、の憧れ……の王子、様?』

 興奮する父親を前にして“私”が不思議そうに首を傾げている。
 そんな私、ヴァレリアの肩をガシッと掴んで父親はとても愉快そうに笑った。

『はっはっは!  何をすっとぼけた顔をしている!  前に王宮で見かけてから一目惚れして憧れているのだと口癖のように言っていたじゃないか!』
『……一目惚れ……口癖……』
『いいか!  ヴァレリア。これ以上にめでたい事はないんだぞ!  一時はどうなる事かと思ったがな』
『……めでたい、こと』

 俯いた私がポソッと呟くと父親は、さらに豪快に笑った。

『いいか?  この縁談は必ず成立させないといけない!  ビンセント殿下の言うことを常によく聞いて素直に従う。決して出しゃばるな。それで何もかも上手くいく!』
『…………素直に……従う』
『そうだ!  そうしていればお前の“王子様”に愛されること間違いなしだ!』
『愛される…………』

 私は顔を上げると、少し不安そうに父親に訊ねる。

『お父様……とお母様、からも?』
『もちろんだぞ、ヴァレリア!』
『………………!』

 父親のそんな返事を聞いて“私”は目を輝かせると嬉しそうにはにかんだ。


 その後、自分の部屋へと戻った私は、そっと本棚から日記を手に取る。
 それは事件前───記憶を失う前のヴァレリアが書いた“大好きな王子様”のことを綴った日記。
 パラパラと捲りながら静かに呟いた。

『私……が憧れている大好きな王子様……王宮で見かけて一目、惚れ?  それ……なら、この日記は?  …………ゔっ……』

 ズキンッ
 突然、頭に痛みが走ったのか私は苦しそうに頭を押さえる。

『……っ』

 痛みに耐えてフラフラしながら本棚に近付いた私はその日記を隠すかのように奥の奥にしまい込む。
 そして新しく何も書かれていない真っさらなノートを取り出す。

『日記…………今日から、は、新しくこっちに書くこと……にしよ、う』

 あの“日記”のことは考えちゃダメだ。
 だって、お父様やお母様が私に話してくることと違うことばっかり書いてある。
 そして、どうして?  って考えようとするたびに必ず頭が痛くなる。

『だから……もう読まない……全部、忘れる────余計なこと……は考えない』

 そうするのが一番だ。
 だって、そうすればお父様もお母様も……
 そして“憧れの王子様”も私のことを愛してくれるみたいだから。


────


『はじめまして!  婚約の話を受けてくれてありがとう!  僕はビンセントだ』
『は、はじめまして……』

 それから数日後。
 婚約者となったビンセント殿下と顔合わせを行った。
 私は目の前に現れた彼のキラキラ眩しい金色の髪に目を奪われていた。

『……あ、この髪?  これは王族の特徴なんだよ』
『王族の……』


 〇月〇日

 きょう、おしろで男の子にあった。
 見たことがない子。
 キラキラしたかみがキレイだった。
 いっしょにあそぼうってこえをかけた。

 ───ズキッ

『……っ』

 封印したはずの日記の文言が頭の中に流れてくる。
 あれは違う、違う、違う────忘れるって決めた────……

『ヴァレリア嬢?  どうかした?  大丈夫?』
『あ……はい』
『そう?』
『……』

 初めて会ったはずのビンセント殿下はとてもニコニコしていて私に会えて優しそうだった。
 それは私も嬉しい。
 でも……
 そう思うのに……
 思わなくちゃいけないのに─────

 ビンセント殿下にじっと見つめられると……

『……っ!』
『ん?  どうかした?  僕の顔に何かついている?』
『い、いえ……』

 なんでこんなに怖い嫌な気持ちになるの?
 私の心を不安が襲う。

 しかし……
 そんな疑問と漠然とした恐怖は成長と共にだんだんと消えていった。


『おい!  ヴァレリア』
『え……』
『今日の“アレ”はなんだ!』
『…………?』

 それから数年後。
 とあるパーティーの後。
 いつものように私は静かに微笑んでビンセント殿下の隣に並んでいた。
 ───余計なことは口にせず、出しゃばらない。
 そうしていたはずなのに。
 彼は時々、こうして私に冷たい声で怒鳴ってくる。

『挨拶の時だよ!  僕が受けた質問なのに君、何か言いかけていなかったか!?』
『……あ』

 だって殿下が間違った……違う受け答えをしようとしていたから───
 そう言いたかった。
 けれど、上手く言えずに私が口ごもるとビンセント殿下は、やはりな……と言って鼻で笑った。

『君は内心で僕のことバカにしてるんじゃないのか?』
『そ、そんなこと……!』
『ならば、今日の君のその装いはなんだ?  僕はもっと僕の婚約者に相応しくて派手なドレスで来るようにと言ったはずだ!』

 ピシッと指をさしてくる殿下に私は狼狽える。

『皆からもちょっとその装いは未来の王子妃……いや、王太子妃となる身にしては……と呆れられていたぞ』
『……え!  で、でも…………派手すぎる……のは今日のパーティーには……そ、そぐわなく、て……そ、それにアルレットも』
『……アルレット?』

 妹の名を出したらビンセント殿下が眉をひそめた。

『……っ』

 確かに私は当初、ビンセント殿下の要望通りのドレスを着ていた。
 でも……

 ────えー?  何それ。お姉さまには、そんな派手な色じゃなくてもっと落ち着いた色の方が似合うと思うわ!』
 ────そ、そう…………?
 ────地味なお姉さまにそんな派手柄着せても浮いちゃうだけなのに。殿下はセンスがない人なのね。

 アルレットの言葉に多少の引っかかりを感じつつも私もそうかなって思えた。
 ただ、アルレットが次にこれはどう?  と言ってくれたドレスは地味以前の問題だったので、自分で選んで変更してみた。 
 その装いはパーティー参加者には周りには好評だったように思えたけれど─────……
 違った……私の勘違いだったみたい。
  
 ヴァレリア嬢によく似合ってる……そう言われたのは全部世辞だったんだ。
 私はガックリ肩を落とす。

『アルレット───また、妹か!』
『え?  あ……そうじゃな……』
『どうせ、妹がそう言ったからとか言い出すんだろう?』
『ち、違っ……』
『───なあ、ヴァレリア』

 ビンセント殿下は呆れたように大きなため息を吐くと私に言った。

『僕は君にずっと言っていただろう?  君はただ大人しく僕の言うこと素直に聞いていればいいんだよって』
『……殿、下?』
『本当に君は…………こと………て』
『……』

 ほんの一瞬、暗い顔して何か小さく呟いたビンセント殿下。

 ───本当に君はいつも余計なことばかりして

 そう聞こえた気がしたけれど、いつもダメダメな私にもこうやってしっかり指摘してくれる優しい彼がそんなことを言うはずがない。
 これは私の聞き間違い。
 私は必死に自分にそう言い聞かせた……

(大丈夫……このまま彼と結婚して……も、幸せになれる、わ)

 お父様もお母様もとても喜んでくれているし、アルレットもすごーい!  お姉さまが羨ましいわ!  って笑ってくれているから。
 領地に行ってしまったお兄様から届く手紙の返信だけはちょっと怖いけど……

(大丈夫……大丈夫、大丈夫……私は────幸せ)




「────なわけ、あるかーい!」

 パチッと目を開けた私は、ガバッと勢いよくベッドから飛び起きた。
 そして両手で自分の顔を覆うと大きく嘆いた。

「ヴァレリアァァァーー……」

 両親による嘘の洗脳から始まり、私に余計なことを考えさせまいとしていたビンセント殿下……
 私を気遣うフリをしながらも、こっそり陥れようとしていたアルレット……

「どいつもこいつもーーーー!  どんどん“私”から元気が無くなっていってたじゃないの!」

 皆、それぞれにとって都合のいいお人形を作り上げようとしていた。
 それが記憶を失くした空っぽの私────

「うぅぅ……馬車事故に遭う前!  日記を破り捨てたくなった私の気持ちが手に取るように分かる!!」

 私は頭を抱えながら唸った。

「……ダメだ。生ぬるい。これはお兄様にもっとあの人たち全員に罰を与えるようにって進言しておかなくちゃ。取り調べはとことん徹底的に!  めちゃくちゃ厳しくしてこの世の地獄というものを……」
「ヴァレリア!  何やら騒いでいると思って来てみたが────お前は目覚めてすぐなのに何でそんな物騒なことを口にしているんだ!」

(あ!)

 部屋の扉がコンコンとノックされた音で振り返ったら入口に兄が立っていた。
 その顔は心底、呆れている。

「物騒な考えは今すぐやめろ。今のお前だと国の一つや二つくらいは滅ぼしかねん」
「やだ、お兄様ったら大袈裟よ~」

 私がそんなの無理よ、と笑いながら言ったらジロッと睨まれた。

(なんで!)

「……そ、それより何か用?」
「何か、じゃない。お前、随分とのんびりした起床だったが伯爵とのデートの約束はいいのか?」
「デ……」

 私は顔を上げて時計を見る。
 時刻を見て驚いた。

「ひぇっ!?  もうすぐお昼ぅぅ!?」

 フロリアン様との約束の時間が近付いている。

「だからそう言っている」
「なんで誰も起こしに来ていなかったのーー?  メイドは!?」
「お嬢様はきっとお疲れでしょうから……と気を利かしたみたいだな」
「そんな……」

(そこはデート!  デートの方に気を利かせて欲しかったわーーーー)

 私は内心でそう叫びながら慌てて支度を整えた。



────



「なるほど。だから今日のヴァレリアは……」
「!」

 そして、約束の時間。
 時間通りに我が家に現れたフロリアン様が私を見てクツクツと笑っている。

「笑いすぎです!!」
「いや……だって、どこの嵐にでもあったのか、と……クッ……」
「もう!」

 私は爆発気味の髪を自分で撫でながら少しむくれる。
 でも……

(フロリアン様が楽しそうに笑ってくれている……)

 それだけで私の胸の奥は嬉しくてじんわりとあたたかくなった。

「コホンッ……それで昨日の今日────今日はわざわざ何のご用事なのですか?」
「あ、────うん」

 私が訊ねるとフロリアン様は笑うのをやめて、真面目な顔付きになる。
 そしてそっと私の手を取って優しく握りしめながら言った。

「今日は、ヴァレリアに大事な話をしようと思って─────」
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