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3. 夫との対面
しおりを挟む「───奥様、お待たせいたしました」
扉がノックされたと思ったら、メイドがお茶の用意を持って戻って来た所だった。
「ありが…………!?」
顔を向けてお礼を言いかけた私は途中で言葉を失う。
なぜなら、なんと戻って来たメイドは一人では無かったから。
(えっ───カ、カイザル様!?)
なんと、メイドと共に部屋に入ってきたのは、昨日、夫となったばかりのカイザル様だった。
「え? あ、な、んで……」
カイザル様の登場に動揺する私を見たメイドがティーポットを抱えたまま説明してくれる。
「ご主人様は、ちょうど奥様の様子を見に行こうとされていたようでして、私が戻ったら、ちょうど扉の前で…………あっ、す、すみません。急いでお茶の支度をしますね」
「……?」
なぜかメイドが不自然な所で言葉を切ってしまった。
そして、そそくさと逃げるようにお茶を淹れる準備に取り掛かってしまう。
(今、何を言いかけたのかしら? そ、それよりも───)
私はチラッとカイザル様に視線を向ける。
「……!」
カイザル様は、黙ったまま私の顔をじっと見ていた。
そのせいで私たちの目がパチッと合ってしまう。
「……っ」
「……」
(目が合ったのに、な、なんで無言なの……!)
カイザル様は無言だった。
しっかりばっちり目が合ったのに何も言ってくれない。
だからと言って、私から声をかけようにも何て口を開くのが正解なのかよく分からない。
一応、夫になった人だけれど、まだ全然、交流のない人だから。
そこで私は思い出した。
そういえば、小説の中で初夜にコレットの部屋を訪ねてきたカイザル様は挨拶すら返さず、しばらく無言だった。
あれは、「他に好きな女性がいる」「君を愛することは出来ない」という最低な話を伝えなくてはいけないと思っていたから緊張していたのだとすぐに明かしていたけれど……
ならば! 今はなぜなの? なぜ無言なの!?
(はっ……! ま、まさか、今、この場で初夜に言えなかったそのセリフを私に言う気?)
よくよく考えると、私が階段落下事故を起こしたことで、昨夜迎えるはずだった、『夫からの最低な話』(注:サブタイトル)がマルっと無くなってしまった。
その修正分が今やって来たとしても決しておかしな話ではない?
だとしても、さすがに今は無いだろうと思いつつ、一応、警戒したその時、ついにカイザル様が口を開いた!
「───大丈夫か?」
「…………」
ダイジョウブカ?
ごくごく普通に心配そうに訊ねられたので思わず拍子抜けする。
「どうした? 頭が痛むのか? それとも身体か? 医者を呼び戻すか?」
「……あ、いえ! 大丈夫、です……」
「そうか……ならいい」
咄嗟に反応出来なかったことが、まだ頭やら身体やらが痛いのだと解釈してしまったらしいカイザル様が眉をひそめて険しい顔になってしまった。なので、私は慌てて否定した。
(び、びっくりしたわ! まさか、心配されるなんて思わなかったわ)
「……」
「……」
しかし、それ以上の言葉は互いに続かずまた無言になってしまう。
私はまたチラッと旦那様となったカイザル様の顔を見る。
サラッとした手触り良さそうな黒髪に、すっと通った鼻筋、涼やかな目元……
どれをとっても小説で描写されていたカイザル様そのもの。
鏡を見ていないから分からないけれど、きっと私も小説で描写されていたのと同じ顔をしているのでしょうね。
(何だか変な気分)
前世の記憶を取り戻してここが小説の世界だと知らなければ、今頃、私は新婚夫が新妻の怪我を心配して様子を見に来てくれた、と素直に喜ぶことが出来たのに……
あの最低発言がチラチラ頭をよぎってしまって、全然そんな気持ちになれない。
「───お待たせしました。奥様、お茶を淹れました」
「あ、ありがとう……」
さすがにそろそろ間が持たなくなってきたと思ったその時、ちょうどいいタイミングでメイドがお茶を持って来てくれた。
(ナイスタイミングだわ!)
私はそっと身体を起こしてお茶を受け取った。
ちょうどいい濃さと温かさのお茶を飲みながら、私はこれからのことを考える。
カイザル様は仕事を優先にしていたし、結婚に至る状況から私がお飾り妻なのは間違いない。
その宣言をいつされるかについては覚悟を決めておくとして、やはり今後よ今後。
小説内のコレットの行動が分からないので、私が考えるしかない。
(そもそもとして、いったいその女性の登場はいつなの?)
その女性が登場して私が離縁されるのは、数ヶ月後なのかはたまた年単位なのか……
やっぱり年単位かしら?
あまり早すぎても周りが煩いでしょうし。
私と白い結婚を貫いて“子供ができない”を理由にすればさすがに周りも納得するし自然だもの。
「……となると、(離縁まで)ここは三年くらいが妥当なのかしらね」
「───三年? 何か言ったか?」
「……え!」
私はカップを持ったまま固まる。
どうやら、最後の最後を口に出してしまっていたらしい。
カイザル様がじっと私の目を見つめてくる。
「い、いえ……な、なんでもありません!」
「……だが今、三年……と」
「あ……」
どうやらばっちり聞かれていた!
(どうしましょう、どうしましょう……)
まさかまだ何も宣言されていないのに、こっちから、“あなたから離縁を言い渡される予定までの年月です!” などとはさすがに言えない!
「じ、実は! 私……庭いじりが趣味でして!」
「……?」
突然の趣味話に、カイザル様が不思議……いえ、怪訝そうな顔をする。
「そ、それでですね! も、もし許されるならディバイン伯爵家でも何か植えられたらいいな、と考えてしまいました!」
「……」
「そ、それで、もしも一から始めるとなったら三年くらいはかかりそうかしら……なんて……思いまし、て」
我ながらめちゃくちゃな言い訳しているわね、と思いつつ、私はとにかく笑顔を浮かべる。
ここはもう笑顔で乗り切るしかないわ!
「……」
「……」
また、無言の時間が続く。
(お願い! 何か言ってちょうだい!!)
「……」
「……」
「庭…………考えておく」
「え?」
聞き間違いでなければ、すごーーーく小さな声だったけれど、考えておくと言われた。
私がびっくりした顔でカイザル様の顔を見つめていると、彼はそのまま椅子から立ち上がった。
「どうやら思っていたよりも元気そうなので…………仕事に戻る」
「は、はい……」
そうしてカイザル様はご自分の部屋へと戻って行った。
(とりあえず……乗り切った?)
怪我を負って安静を言い渡されておきながら、庭いじりの妄想している変な女だと思われたような気もするけれど、とりあえず怪しまれた様子はなさそうでホッとした。
(それにしても、まさか様子を見に来るなんて……)
さすがに結婚式の夜に花嫁が事故死したなんてことになったら、寝覚めが悪いから一応、様子を見に来た……そんなところに違いない。
あの最低発言をまだ言われていないせいなのか、カイザル様は小説での最低な印象とは違ったようにも見えたけれど、どうせそんなのは少しの誤差の範囲だろうと思った。
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