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第12話 殿下の帰国
(うーーん? やっぱりサマンサ嬢は追撃する気持ちは無いのかしら?)
それからも今日こそはやって来るのでは?
と、毎日身構えていたものの結局、サマンサ嬢が再びわたくしの元に現れることはなく───
「ただいま、戻りました」
「おかえりなさいませ、コンラッド殿下」
最長一ヶ月はかかるかもと言われていた公務を、コンラッド殿下は最短の半月で終わらせて帰って来た。
❋❋❋
「まあ! 殿下!」
部屋の扉がノックされたのでそちらに顔を向けるとそこに居たのはコンラッド殿下本人。
殿下は爽やかな笑顔でわたくしに微笑みかけた。
「ただいま! クラリッサ王女」
「お、お帰りなさいませ……」
どうにか言葉を返したものの、わたくしは内心とても驚いていた。
無事のお帰りを王族の皆様とお出迎えしたのがつい先程のこと。
その後、仕事の報告を終えた後は旅の疲れを取るために、てっきり部屋でお休みするものだとばかり思っていたのに……
(まさか、真っ直ぐわたくしのところに来るなんて)
そんな驚きのせいで言葉を発せずにいたら、殿下の目線がわたくしの頭に向かう。
そしてある一点を見つめると破顔した。
その目線の先には───
「つけてくれているんだね、ありがとう───思った通りだ! とても似合っている!」
「っ!」
(そんな嬉しそうな笑顔を見せてくれるなんて……ずるいわ)
せっかくなのだからつけてお出迎えしたら喜んでくれるかしら?
確かにそう思った。
だけど、そこまでの嬉しそうな笑顔は……
「───反則、よ」
わたくしの頬がカッと熱を持つ。
殿下はそんなわたくしの反応を不思議に思ったのか……首を傾げながら訊ねた。
「反則? うん? 何が?」
「な、なんでもありませんわ!」
「……王女の顔は赤いけど?」
「き、気のせいですわ! へ、部屋が熱いんですの!」
恥ずかしくなってきたわたくしが、プイッと顔を逸らすと、殿下はますますおかしそうに笑った。
「ははは、そっか! 熱いんだ?」
「……」
絶対に嘘だとバレているのに嘘だとは言わない。
本当にこの方といると調子が狂う。
全く……と思いながらわたくしはこっそり髪飾りに手を触れる。
(似合っている……そう言ってくれた……嬉しい)
文句を思いつつもわたくしの胸は嬉しさでいっぱいになった。
❋
そして──気を取り直して、お茶を飲みながら話をすることになったわたくし達。
(あ、今日のお茶は、殿下のお好きなお茶だわ……)
一口飲んだわたくしは、そのことにホッとしながらカップを戻すと殿下に訊ねる。
「本当にお疲れ様でございました。最短のお帰りでしたけれど……仕事は順調に終わりましたの?」
「そうだね。急いで終わらせて来た…………一日でも早く戻りたかったからね」
「あぁ、それは───」
(サマンサ嬢に……会いた……)
コンラッド殿下は手を伸ばすと、テーブルの上にあったわたくしの手の上に自分の手を重ねる。
そして、じっとわたくしの目を見つめる。
「!?」
「クラリッサ王女───いや、クラリッサ、君に会いたかったから」
その言葉にドックンとわたくしの胸が大きく跳ねた。
(手、手、手、手ーーーー!)
「…………っ」
「……クラリッサ」
「!」
ギュッ……
なぜかそのまま強く手を握りこまれた。しかも……
「な、名前……」
「だって、私が戻って来たあとのお願い……約束しただろう? 嫌ではないと言ってくれたじゃないか」
「そ、れは……」
「だから、クラリッサも」
「~~~っ」
出発の時を思い出す。
あの時、コンラッド殿下はわたくしにこう言った。
───戻って来たら、君を王女ではなく“クラリッサ”と呼びたい。
王女も私のことは“コンラッド”と呼んでくれないかな?
思い出すだけで頬が赤くなってしまう。
そして、わたくしの頭の中で警告が聞こえる。
(───これからお別れするのに名前で呼び合うほど、仲を深めてどうするの?)
出発の時はサマンサ嬢のことを知らなかったから、恥ずかしかったけれど頷いた。
これから夫婦となって共に歩むのだから、と。
でも、今は────
「そ、それよりも、コンラッド殿下が手紙で書いていた“大事な話”とはなんですの? 奇遇ですわね! 実はわたくしも殿下にお話が──」
「もちろん、これも大事な話の一つだよ、クラリッサ」
「っ!」
(ゆ、指が! 今度はわたくしの指と殿下の指が、か、絡んでますわ!)
せっかく話を変えて誤魔化そうとしたのに、変わるどころかますます何かを煽ってしまう結果となった。
「ん? ……あぁ、そうか」
「?」
何かに気付いた殿下が部屋の奥に視線を向けた。
そこにはプリシラを始めとしたわたくしの侍女が控えている。チラリと目線を送ると彼女たちの顔も突然のこの展開に明らかに動揺しているようだった。
(当然よね……)
サマンサ嬢と相思相愛のはずのコンラッド殿下が、邪魔者のはずのわたくしを……
まるで、く、く、口説いているような形になっているんですもの!
わたくしも絶賛、動揺中でしてよ……
「──すまないけど、クラリッサと二人にしてくれないかな?」
「……!?」
「二人っきりで彼女と話がしたいんだ」
(二人っきりですってーーーー!?)
殿下は戸惑いを見せて顔を見合わせる侍女たちににっこりと笑顔を見せて畳み掛けるように言う。
「もちろん話をするだけだ。でも、そんなに気になるならドアは完全に閉めなくても構わない」
「……で、ですが……」
「……」
「……っっっ」
(む、無言の圧力……)
殿下の顔はニコニコと笑顔なのに……圧力が凄い。
こんなの侍女が勝てるはずがない。
なので、あっさり敗北した彼女たちは明らかに動揺した顔のまま頭を下げて部屋から出て行く。
(あぁ……)
きっと、ここから妙な噂が広がっていくのよ……
これでは、ドロドロのズブズブの泥沼展開まっしぐらではないの!
(コンラッド殿下とサマンサ嬢の相思相愛を応援している人たちからすれば、邪魔者王女が王子を誘惑した……とかになるのかしら?)
こうして噂には色んな尾ひれがついて面白おかしく広がっていくことをわたくしはよーーく知っている。
やはり、わたくしは悪評と共に生きる運命……
───いいえ! もう、そんなのごめんですわよ!
なので、わたくしはキッとコンラッド殿下を睨んで声を上げた。
「殿下! ───あなたはバカなんですの!?」
「……バカ?」
殿下は、わたくしにバカと言われているのに、怒りもせずに不思議そうに首を傾げている。
「ええ、バカですわ、おバカもおバカの大バカ者ですわ!」
「……」
殿下は大変びっくりした顔でわたくしの顔を凝視している。
もはや完全な暴言で失礼な行為だけれど、身を引くと決めたわたくしにはむしろ丁度いいかもしれない。
このまま嫌われてしまう方が話はさくさく進むかもしれないものね!
「どうして女心がわからないんですの? あなたの大事なサマンサ嬢が傷つきますわよ! いえ、もう傷ついてます!」
「は?」
殿下が目を丸くしている。
「話は聞いているでしょう!? あなたの恋人、サマンサ・ステヴィアン公爵令嬢ですわ!」
「こ……クラリッサ……ちょっ……」
ますます目を大きく見開いた殿下が何かを言いかけるけれど、わたくしは止まらない。
「彼女は、このわたくしに喧嘩を売ろうと身の程知らずにも乗り込んで来て、鼻で笑ってしまうくらいの陳腐で愚策な行動をするほど傷ついているのですよ!?」
「ク、クラリッサ……君……?」
「…………」
あら? 昔の癖でちょっとおかしな言葉が飛び出した気がする。
今更、訂正するのもおかしな話なのでそのまま突き進むことにした。
「と、とにかく! 愛してなどいないわたくしに思わせぶりな発言や頼みごとをして、髪飾りを贈って手を握っている場合では無いんですのよ!」
「クラ……」
「わたくしは偽りの愛なんて不要です! どうぞ、サマンサ嬢との本物の愛を───」
貫き通して下さいませ──
そう言いたかったのに、何故か殿下はガタンッと勢いよく椅子から立ち上がり、わたくしの元に回り込んできた。
そして、そのまま殿下はわたくしを立たせるとギュッと抱きしめた。
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