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第39話 今さら後悔しても
───本当のことしか言っていない。
───好きだよ、リーファ。僕は君のことを愛してる
そんなカイン様の言葉が私の頭の中でずっとグルグルしている。
(これって……これって……)
胸の奥が熱い。
私の自惚れなんかじゃない?
私はこのゴタゴタした騒動が片付いた後もカイン様の側にいてもいい?
「……っ! カイン様、それって……」
「ま、待て! …………ふ、ふざけるなーー!!」
「!」
せっかく続きを聞こうとしたのに、ティモンの叫び声が邪魔をしてきた。
「お、お前たち……よ、よくも俺の目の前で、こ、こ、こんな……!」
「……リーファのくせに……この私がこんな目で見られているというのに……なんで……」
見苦しく喚き叫ぶティモンとその横で青白い顔のままブツブツと呟くローゼ。
諸々の後始末があるから、今はまだ無理な事だと分かってはいても、正直、もうこれ以上この二人とは関わりを持ちたくない。それくらい二人の纏う空気は異様だった。
「……カイン様」
不安になってしまって思わずカイン様に呼びかける。
すると、カイン様は、はぁぁぁ……と深ーーいため息を吐くと、そっと私の頭を撫でた。
今はそんな仕草ですら胸がキュンとしてしまう。
そして、それは、いつもの“大丈夫”の意味だと分かって荒れ気味だった私の心は落ち着いていく。
「……リーファ。続きは屋敷に戻ってから話そう………………もちろん二人っきりで」
「ふたっ!!」
最後の“二人っきり”という部分は、顔を寄せられ耳元で小さく囁かれた。
(こ、こ、声が色っぽ……)
カイン様のことを意識してしまったせいで私の頬が一気に熱を持つ。
「あ……リーファが今すぐこの場から連れ帰りたくなるくらい可愛い顔になった」
「え! あ、……こ、これは……! へ、変なことを言わないでください!」
私が慌てるとカイン様はクスリと笑う。そして、またまた私の耳元で小さく囁いた。
「……そんなところも好きだよ」
「~~!!」
(無理! 耳が溶けそう!)
……前にも思ったけれど、カイン様はやっぱり、私を殺しにかかって来ている気がする。
そんな事を思った私の顔はさらに真っ赤になっていった。
───
「……いい加減に静かにしてくれないか?」
「う、うるさい! こ、これが黙ってなどいられるか!」
「────愛しくて可愛い自分の婚約者との語らいをなぜ、お前のような者に邪魔されなければならない?」
カイン様は、私へと向けていた甘くて蕩けそうな瞳から一転して、凄く冷えた目でティモンとローゼに視線を向ける。
「そんなに羨ましければ、お前もそこの女とたくさん愛を語り合えばいいだろう? これまでみたいに」
「「なっ!」」
ティモンとローゼは同時に声を上げる。
「冗談じゃない! 誰がこんな男好き女を!」
「そうよ! 絶対に嫌よ! こんな無能男!」
「お前たちはいい加減、現実を受け止めろ!」
ビクッ!
カイン様の荒らげた声に二人の身体が震えた。
「ティモン・モズレー、リーファはお前なんか眼中に無い! リーファの中でのお前は虫以下だ!」
「む、虫以下!?」
「気持ち悪いとあれだけ連呼されていただろう?」
「……ぐっ!」
「あれだけの酷い事をしておいて、よくも“俺に惚れている”などと言える。それでよく官僚になろうと思ったな」
カイン様は、たとえ二次試験を通過していたとしても、その愚かさで結局、面接で落ちただろうと追い打ちをかけていた。
その言葉に話を聞いていた周りの人達からは失笑がもれる。
「それから、お前はリーファが垢抜けて綺麗になった……と言ったな? リーファは変わっていない。初めからずっと綺麗だ。ただお前が何も見えていなかっただけ。どんなに今さら後悔して追いすがってももう遅い……全部今さらだ!」
「いま、さら……」
ティモンはショックを受けた顔をしてそのまま黙り込んだ。
続けてカイン様はローゼに向かって口を開く。
「フェルド男爵令嬢。君は、大出世間違い無しの官僚の妻になるのではなかったか?」
「……わ、私は……そこの無能男に騙されただけで……ひ、被害者なんです……」
ローゼが目に涙を浮かべてカイン様に縋ろうとする。
けれど、カイン様は今日もあっさりそれを払い除けた。
「そんな顔しても無駄だ。どの口がそれを言う? それから、君の家にも慰謝料の請求はさせてもらう」
「え……」
「当たり前だろう? フェルド男爵家がどう出るのか楽しみにしているよ」
「あ……」
「君が、散々見下して来たリーファは僕がこの手で幸せにする。醜聞が広まっていくばかりの君では決して永遠に手の入れることの叶わない幸せだ」
「リーファが幸せ……」
「そうだ。黙って指を加えて大人しく見ているといい」
「あ……」
ローゼがガクッと項垂れた。
慰謝料の支払いを請求されたら、フェルド男爵家はもう存続出来ない可能性が高い。
そうでなくてもローゼはもう貴族令嬢として当たり前に嫁ぐことは難しく、絶対に人並みの幸せは望めない。
ようやく今になってその事が現実としてのしかかって来たのかもしれない。
(過去に関係を持ったらしい人達もどうやら関わりたくない様子だし、ティモンも何故か嫌がってるものね……)
ローゼも今さら後悔したってもう遅い。
カイン様は最後にモズレー伯爵に視線を向けた。
伯爵は、ティモンがおかしな事を言い出した時、心の底から驚いていた。
こんなことになって、ようやく自分が甘やかしてきたティモンの危うさを理解したのかもしれない。
(これも、今さらだけども)
「モズレー伯爵。これがあなたが息子を散々甘やかして好きにさせてきた結果ですよ?」
「……」
「あなたの責任も重い」
カイン様は最後にそう念を押した。
伯爵はもう若造が……! などと言ってカイン様をバカにすることはせず、ただ項垂れていた。
(これで、ようやく一旦、終わる……)
ティモンが気持ち悪い事を言い出した時はどうしようかと思ったけれど、ここで出来ることはこれで終わったはず。
カイン様は何事かと集まって来ていた王宮の関係者に事情を説明し、三人を引き渡す。
ティモンとローゼには、これから私への暴力行為に関する取り調べが始まる……
そうして、カイン様は最後に集まっていた人達にお騒がせしましたと謝罪し、ようやくこの場はお開きになった。
────
「リーファ、大丈夫?」
「大丈夫……です」
「眠っても平気だよ? 着いたら起こすから」
「……は、い。ありがとう……ございます」
帰りの馬車の中、力が抜けてしまった私は、ずっとカイン様にもたれかかっていた。
すると、疲れもあってか眠気に襲われる。
(ドキドキと眠気がすごい……)
話したい事はたくさんあるのに……
だけど、今は眠気の方が強い気がする。そのせいで、私の瞼がだんだんと重たくなっていく。
「……リーファ。愛してるよ」
(はい……私も……です)
夢の世界に旅立つ寸前、頭を撫でられた感触とカイン様の甘くて優しい声が聞こえた気がした。
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