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第8話
しおりを挟む「いいか? 絶対に守れよ!」
「え、いや、あの……先生?」
「返事は、はい。のみだ。それ以外は聞かない」
「えぇっ!」
その日の先生はとっても強情だった。
そしてここまで頑なに、先生が何を私に約束させようとしているのかと言うと──
「絶対だぞ! 何があっても1人になるな。人気のない所にも行くな!」
「は、はい……」
「放課後も迎えが来るまではいつものように俺が勉強に付き合う! いいな!?」
「は、はい……」
過保護な先生が誕生していたわ。
もちろん先生が急に過保護になったのには理由がある。
──今日、ウォレスの停学が解けるから。
彼は今日から、再び登校してくる……
先生はウォレスを警戒しているから、絶対に一人になるなと言ってくれている。
(分かってるわ。彼のあの様子だとまた逆恨みして何かしようとしてもおかしくないもの)
ウォレスがそんな簡単に反省するはずが無い。
そんな性格だったら初めからあんな事なんてしないもの。
だけど、今後の自分の人生の事を考えて大人しくなってくれるならそれで構わない。
むしろ、そうであって欲しい。
「いいか? 何かあったら俺を呼べ。絶対に助けに行くから」
「!」
先生が真剣な顔でそんな事を言うものだから、私の胸はドキンッと大きく跳ねた。
(そんな顔でそんな言葉……ずるいわ)
最近の私は、先生を見ると鼓動がおかしくなる時があって戸惑う事が増えた気がする。
こんな気持ちは……困るのに。
(ダメ……今は変な事を考える時では無いはずよ!)
刻一刻と近付いてくる卒業試験の日と、ウォレスの事……そして、将来の事。
考えなくてはいけない事はたくさんあるのだから。
(それに、そもそも私と先生は教師と生徒……)
そうして私は、この湧き上がってくる気持ちが何なのかを考えない様にすると決めていた。
「エマ、大丈夫?」
「うん、ケイトもありがとう。おかげさまで今のところ何事も無かったわ。目も合わなかったしね」
すでに放課後。一日が終わろうとしていた。
心配したウォレスだったけど、彼は全く私と目線を合わせようともしない。
どちらかと言えば完全に無視されていた。
「それにしても、ラリー先生って過保護なのね。驚いちゃった」
「……!」
ケイトは先生から、くれぐれも私を1人にさせないで欲しい、と直々に頼まれたらしい。
「皆の前でウォレスから私を庇って恥をかかせてしまったから気にしてくれているのよ」
「……ふーん」
私がそう言うとケイトは、ニヤリと笑った。
「本当にそれだけ? 何かエマの事、特別っぽく無い??」
「と、特別!?」
「そもそも、あの時に助けたのだってそうよ! だって、担任でもない教師がエマの事を気にかけるとか……もう特別な感じしかしないわよ?」
「……!」
──特別?
でも、それはたまたまあの日、私がウォレスに復讐してやる! なんて物騒な言葉を口走ったから危ない事をしないようにって監視してただけで……特別なんかじゃ……ないわ。
「ねぇ、エマ。エマはどうなの?」
「え?」
「え? じゃないわよ。先生の事よ! 私、二人はお似合いだと思うわよ~?」
「…………っ! お似合いも何も……そもそもそんな関係では無いし……それに私と先生には……」
「エマ?」
……そこまで口にして改めて思わされる。
私と先生の間には大きな壁があるという事を。
教師と生徒だけではなく──……
貴族と平民──……
この間も話題になった、決して結ばれない間柄の関係だという事を。
「…………っ」
ずっと考えないようにしてたその事を、改めて突き付けられたような気がして、ショックを受けている自分に愕然とする。
「──! エマ、あなた、まさか本当に……?」
「……」
ケイトがそれまでの茶化す雰囲気から、一変、真面目な顔つきに変わった。
「……ウォレスの野郎よりは断然、オススメなんだけど……ねぇ。こればっかりは」
「分かってるわ」
「ごめんね、エマ……」
ケイトの言いたい事は分かってる。
だから、私もこの湧き上がる気持ちに気付かないフリをして、蓋をしようと決めているのだから。
この気持ちに名前をつけて認めてしまったら、待ってる未来はきっと苦しいだけ。
それは、ウォレスに裏切られた事を知った時より……絶対に辛い。
(それくらい先生はもう私の中で大きな存在となっている証拠でもあるのだけどー……)
なんて事を考えながら、荷物を取る為に教室のドアを開けようとしたら、中から話し声が聞こえて来た。
「誰か教室に残ってるみたいね?」
「そうみたい……入っても大丈夫かしらね」
ケイトとそんな話を入口でしていたら、
「ふざけんなっ!! お前まで何を言い出すんだよ!!」
──と、怒鳴り声が聞こえて来た。
その声が誰なのか思い当たってしまった私は、思わず顔が青くなる。
(今の声はウォレス……?)
ケイトも驚いた顔をしている。
二人でどうしたものか……と躊躇っていると、泣きながらもう一人の声が聞こえて来た。
「ごめんなさい……ウォレス。私、あなたとの未来は諦める……」
「だから、何でだよっ!?」
もう一人はレーナさんの声だった。
「あなたの事、本当に好きだったけど……今のあなたは好きになれない」
「は? 何言ってんだ。俺は俺だろ? 今のってどういう意味だよ!」
ウォレスはレーナさんの言葉の意味が分からないらしい。
本人には変わったなんて自覚は無い。つまり、そういう事なのだと思う。
「……あなた、本当に分かってないの? ラリー先生に向けた言葉だとしても平民をバカにして……それを聞いた私が傷つかないとでも本気で思ってたの?」
「それは……」
「それがあなたの本心だったって事でしょう?」
「……!」
ウォレスが言葉を失った。図星だったのかもしれない。
「愛人なんて不確かな立場で一生を過ごすより、私はちゃんと私だけを見てくれる誠実な人とこれからの人生を……歩みたいの……」
「!!」
レーナさんのその言葉と同時にガンっと机か椅子を蹴るような音が聞こえたので、ビクッと身体が震える。
ウォレスが机か椅子に八つ当たりをしたのかもしれない。
「……くそっ! ふざけるな、レーナ! そんな事を言うお前なんかこっちから願い下げだ! もうお前なんかに用はない! 出てけ!!」
「っっ!」
レーナさんはそのまま勢いよくドアを開けて教室から飛び出し、私達の横をすり抜けて逃げ出すようにしてそのまま駆けて行った。
すれ違う際にレーナさんは私の顔を見て、驚いたような顔をしたように見えたけれど、一瞬だったのでよく分からなかった。
「……」
「……」
──って、ちょっと待って!
いけない!! 私もケイトもあまりの展開に呆然としてしまっていた。
ドアが……開いた。つまり……そこには!
そう思った時には、すでに遅かった。
「へぇ、覗き見かよ。いいご身分だな」
ウォレスが酷く冷たい声で私を見ながら言った。
「エマーソンもレーナも何なんだよ? 二人揃って俺の事をバカにしてんのか?」
「……」
あぁ、駄目だわ。ウォレスは完全に頭に血が上ってしまっている……
これでは何を言っても言わなくても逆上する事は目に見えている。
ケイトを見ると彼女も完全に怯えて言葉を失っていた。
完全にタイミングが悪すぎた。
「なぁ、エマーソン」
ウォレスがニヤリと笑いながら口を開く。
その瞳は暗く光は無い。
「俺が今この場でお前を傷つければさ、俺は責任取ってお前と結婚する事が出来るよなぁ? そしたら俺の未来は安泰だよなぁ?」
「え?」
(何を言っているの!?)
「ならさ? 俺の為に傷物になってくれよ、エマーソン」
「!?」
「な、良いだろ?」
そう言って鬱蒼と笑うウォレスはどこまでもクズで最低な人だった。
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