23 / 34
23. 天国と地獄
しおりを挟む王宮を出た俺が馬車に乗り込むなり王都から離れた街に行くようにと命じたので御者はなぜ? という顔をしたが、とにかく頼むと言って押し通した。
下手に父上に連絡なんてしたら全力で止めに入って来そうなのでこのまま向かう。
「……」
ガタゴト揺れる馬車の中から窓の外を見ながら俺はひとり呟く。
「まさか、あのハワードの口からすまないという言葉が聞けるとはな」
皆が知ったら驚くだろう。
とくに陛下なんて腰を抜かすのではないだろうか。
まぁ、ハワードは意地っ張りなのでこっそり俺を呼び出して謝ったことなんて皆の前では絶対に認めないだろうけど。
「……」
でも、まさか呼び出しの目的がマーゴットに関する最重要な手がかりに関する話だったとは。
しかも、治療施設の名前を耳にした後に調べた上で俺に話を持ってきた。
きっとあの誰も信じていない噂の話を持ち出したり、マーゴットを悪女だの悪妻だの言ったのも俺の反応を確かめていたんだと思う。
「全く、分かりづらいな……」
王家はハワードのしたことを公にしないようにと、呪いの事実を伏せたりと我が家に圧力をかけていたから、きっと、ハワードなりに思うことがあったということなのだろう……
これをきっかけにハワードが人として成長してくれれば嬉しいと思う。
「───だけど、もし次に同じことがあっても、もう庇える気がしないな」
俺はマーゴットが自分の身を犠牲にしてでも救ってくれようとしたこの命を決して無駄にはしたくないから。
街が近づいて来ると俺の心は一気に不安になった。
(本当にマーゴット……なんだろうか?)
マーゴットであってほしいと強く願う。
父上たちの会話に出ていた施設。
しかも、我が家とも関わったことがある施設。
そして、何より最近現れたという治癒能力持ちの女性。
その全てがマーゴットに繋がっているように感じる。
────ナイジェル様、私は自分の授かった力を最大限に使うことに決めたのです。
もしも、本当にその治療施設にいるのがマーゴットなら、あの手紙に書かれていた通りじゃないか。
……とにかくマーゴットらしい、そんな思いしか浮かばないが。
だが、そうなると別の心配が浮かんでくる。
(封印解いたはずのマーゴットの身体は大丈夫なのだろうか?)
その治療施設で力を使っているなら、マーゴットへの負担は大きいはずだ。
それとも俺の思い違いでマーゴットは封印を解いていない?
解呪者は別にいる?
そんな考えが一瞬頭をよぎるも、やっぱり俺の中ではマーゴット以外にはありえない……という思いが強くなるだけだった。
そうして辿り着いた治療施設。
静かに馬車から降りて施設内に足を踏み入れる。
「……」
大きく深呼吸を二度三度繰り返して息を整えてから、俺は建物の受付へと向かった。
「フィ、フィルポット公爵令息様……!?」
受付応対に出て来た女性が声をひっくり返して驚いている。
「え? ここ、な、なぜ、こ、このような場所に……?」
「突然、押しかけて申し訳ない」
俺が頭を下げるとますますその女性は動揺した。
「頭、上げてください……! あ、もしかして、き、騎士団の任務でこの地に? それでお怪我を?」
「いや、そうではない」
「ええ? で、ではなぜ……ここは細々と経営する小さな治療施設で……」
「────人を探している」
かなり混乱しているようだったので用件に入ることにした。
「ひ、人探し……ですか?」
「年齢は二十代前半、髪色は亜麻色で少しくせっ毛のある髪をした小柄な女性なんだが」
もし、件の女性がマーゴットだとしても、名前をどう名乗っているかは分からないので下手に名前は出せない。
「え……それって……」
「!」
もう少し、マーゴットの特徴を伝えた方がいいのかもしれないと思ったが、その反応を見るに思い当たる人がいるようだった。
「心当たりがあるのか?」
「え、ええ、まぁ、いないこともないかと」
「……おそらく、最近こちらにやって来たばかりだと思われる」
「!」
受付応対の女性がゴクリと唾を飲み込んだ。
「失礼ですが、ご関係は?」
「────家族、だ」
今もまだそう言っていいのかは正直、分からないが現状、マーゴットはまだ、俺の妻だ。
「家族───あ! ではお迎えに?」
「え?」
「……そうですよね。絶対に探している人いますよね……そう思っていました」
「?」
「平民ではないことは、当然、分かっていましたが、まさかフィルポット公爵家の方だったなんて」
その女性は何か納得したような顔でウンウンと頷いているが、話が見えない。
だが、お迎えや、探している人がいる……この言葉が意味するのは───
「誰かに頼まれたのか、院長が突然、連れて来たんです。今日からここで働きますって」
「……」
「何か深い事情があるのだろうと私たちも思いましたが───」
女性の話を聞きながら俺は確信する。
(マーゴットだ。絶対にマーゴットに違いない)
無事……だったんだ。
最悪、命はどうにか繋ぎ止められていたとしても深い眠りについている……
そういう事態も想像していた。
だが、この様子だとそういうことは無さそうだ。
「あの……今、彼女は……?」
「今は院長と一緒に外へとお使いに出ています。もうすぐ戻って来るはずです」
「!」
もうすぐ会える!
そのことに俺の胸は高鳴った。
だが、絶対にマーゴットは驚くし、探さないでと言ったのにと俺に拒否反応を示す可能性が高い。
そんなことも想像して会えたら最初に何を言おうかとたくさん考えた。
考えて、考えて───
「あの! ……ですが、その」
「?」
(……なんだ?)
だけど、その女性は何かを言いづらそうにしている。
その様子になんだかすごく嫌な予感がした。
「彼女は今───」
「マリィさん! ただいま戻りました!」
「っ!」
彼女が口を開きかけた時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向かなくても分かる。
この声は間違いない。
ずっとずっと一年間、そばで俺を励まし続けていてくれた声。
(──マーゴットの声だ!)
「あら? お客さんですか?」
そんなマーゴットの声につられるように俺は振り返る。
緊張で今すぐ心臓が飛び出しそうだった。
そして───
(マーゴット!)
振り返ったそこには見覚えのあるマーゴットの姿。
やっぱり彼女だった。そして無事だった。
見ただけでは分からないが、元気そうに見える。
「……」
マーゴットも突然の俺の登場に戸惑っているのか、何も言わずに俺の顔を見ていた。
やはり、驚かせてしまったかと思い口を開きかけたその時。
「……えっと、はじめまして? どちら様ですか?」
マーゴットの口から発せられたその言葉に、ガンッと鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
(……はじめまして? どちら様ですか?)
もしかして、マーゴットは初対面のフリを?
そう思ったが、マーゴットの顔を見てそうではないとすぐに分かった。
俺が受付応対してくれていた女性に視線を向けると彼女は沈んだ様子で俺に言った。
「……彼女、ここに来るまでの記憶が無いそうなんです」
「……!」
俺はこの瞬間、天国と地獄を同時に味わった。
❋
(───なんだろう? 私、この人のことを知っている気がする)
院長先生とお使いに出て治療施設に戻って来た私は、入口の受付に見慣れない男の人がいることに気付いた。
誰かしらと思いながらお客さんですか? と、声をかけたらその男の人が振り返った。
(うっわぁ……かっこいい人)
しかも見るからに貴族の男性なのは間違いない。
ここは小さな治療施設なのに珍しいなぁって思った。
そして、不躾にじっと見つめてしまったことに気付いて、私は慌てて挨拶をすることにした。
───はじめまして、と。
でも、その人の表情が強ばったのを見て私は自分が失敗したことに気が付いた。
それと同時になんだか懐かしい気持ちと、“この人だ”という想いが胸の奥に湧き上がってくるのを感じていた。
273
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました
有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。
魔力が弱い私には、価値がないという現実。
泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。
そこで目覚めた彼は、私を見て言った。
「やっと見つけた。私の番よ」
彼の前でだけ、私の魔力は輝く。
奪われた尊厳、歪められた運命。
すべてを取り戻した先にあるのは……
【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。
櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。
生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。
このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。
運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。
ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。
【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!
こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。
そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。
婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。
・・・だったら、婚約解消すれば良くない?
それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。
結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。
「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」
これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。
そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。
※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。
※本編完結しました。
※後日談を更新中です。
婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました
春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。
名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。
姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。
――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。
相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。
40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。
(……なぜ私が?)
けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。
大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」
「サム、もちろん私も愛しているわ」
伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。
告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。
泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。
リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。
どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。
【完結】真面目系眼鏡女子は、軽薄騎士の求愛から逃げ出したい。
たまこ
恋愛
真面目が信条の眼鏡女子カレンは、昔からちょっかいを掛けてくる、軽薄な近衛騎士ウィリアムの事が大嫌い。いつも令嬢に囲まれているウィリアムを苦々しく思っていたのに、ウィリアムと一夜を共にしてしまい、嫌々ながら婚約を結ぶことに•••。
ウィリアムが仕える王太子や、カレンの友人である公爵令嬢を巻き込みながら、何故か求愛してくるウィリアムと、ウィリアムの真意が分からないカレン。追いかけっこラブストーリー!
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる