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14. 4度目の3年生が始まる
しおりを挟むレインヴァルト様も私と同じで記憶を持っているのではないか?
そんな疑惑を抱きながらも、私は彼に確認出来ずにいた。
自分自身がよく分かっていない事なので、うまく言葉に出来ないのもあるし、反応が怖い、というのもある。
『ちゃんと聞く』
前にそう言って貰えたのに、私はどこかで、まだレインヴァルト様を信じきれていないのだろうかー……。
そんな中、あのお出かけの後レインヴァルト様は私に一つお願いをしてきた。
あの日のみ限定だったはずの名前呼び。これからもそうして欲しい、と。
何でそんな事を要求されるのか分からなかったけど、断る事は出来ないので承諾するしか無かった。
最初の人生から今までずっと“殿下”と呼んでいたので正直落ち着かない。
それに、殿下という敬称を取っ払ってしまうと、随分と距離が近付いたような気がしてさらに戸惑いを覚えてしまう。
───……
そんな日々を過ごしていたけれど。
時が過ぎるのは無情なもので……明日は3年生に進級する日だ。
ついに運命の日がやって来る。
ただひたすら苦しかった最初の人生での1年間。
そして再び苦しみながら2度目と3度目の人生を過ごしたあの1年間。
ついに私が3年生となる時が。
メイリン男爵令嬢が現れる時が──
レインヴァルト様は暇さえあれば、私をからかったり、時には甘いセリフを吐いて翻弄したりと、こっちの調子はいつも崩されてばかり。
いったいどこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からず、私は困っていた。
そう。困っている。
ちょっと意地悪な事を言われても、本当は優しい事も知ってしまったから。
(きっと最初の人生の私はこんな風にレインヴァルト様と過ごしたかった)
自分でも無意識の内に押し殺していた気持ち。
多分、私はずっとこの気持ちを捨て切れていなかった。
そんな心の奥底にあった願望が何故か今、叶えられている。
だからこそ、今のレインヴァルト様にこの先、過去のように裏切られたら、きっと私はもう今度こそ壊れてしまう気がする。
だから、怖い。
あの男爵令嬢が、私の……いいえ、レインヴァルト様の前に現れる明日が怖くて仕方ない。
──それは、彼女が現れる事で、やってもいない罪を着せられ再びレインヴァルト様から婚約破棄されて処分を受ける事だけを恐れているのか、それともレインヴァルト様が別の女性に惹かれてしまう事そのものを怖がっているだけなのか。
こんな風に考えてしまう事自体がもう答えのようなものだったけど、どちらの場合も行き着く先に待っているのは私の死なのはきっと変わらない。
そんな日が来なければいいのに。
彼女が現れない……なんて事はきっと有り得ない。
「こんな気持ち、気付かなければ良かった……気付きたくなかった……」
前日の夜は、情けない事にずっとこうして一人嘆いて過ごしてしまった。
****
「お嬢様! そろそろ起きてくださいませ。今日から最終学年です。初日から寝坊するおつもりですか?」
「……マリア」
マリアのこの声で目覚める最終学年進級初日の朝。
私は過去2度この言葉で目覚めたのだった。
今はどこか懐かしささえ感じる。
──とうとう始まる。あの1年間が。
そう考えるだけで身体が硬直したように動かない。
「お嬢様? 具合でも悪いのですか?」
マリアが心配そうに声をかけてくる。
いっその事、欠席してしまおうか。
そうすればレインヴァルト様とメイリン男爵令嬢、2人の出会いを見なくてすむ。
そんなぐるぐるした思考に囚われていたら、何やら階下が騒がしかった。
「どうしたのかしら?」
「ちょっと様子を見てきますね。お嬢様もご自分で出来るお支度はしておいて下さいませ」
そう言ってマリアは部屋を出て行った。
残された私は仕方なく朝の準備を進める事にした。
ーー数分後
「お、お、お嬢様ーー大変ですー!」
マリアが焦った顔で戻って来た。
私は何事かとぎょっとする。
「あぁ、お着替えは済んでますね? 良かったです」
「そ、それよりも何があったのかしら?」
この慌てようだ。よっぼどの深刻な問題が起きたに違いない。
「そうです、そうです、そうでした! お嬢様、落ち着いて聞いて下さい!」
ゴクリ
私は、落ち着くのはマリアの方よ?
と、思いながらもマリアの言葉を聞く為、姿勢を正して話を聞く体勢を取った。
そんな私を見てマリアもキリッと表情を引き締め、口を開いた。
「何とですね! レインヴァルト殿下がもうお迎えに来てるんですよーー!」
「…………は?」
マリアの言葉に耳を疑う。
そして、思わず時計を見上げて時刻を確認した。
うん。いつもより1時間は早い。
「はあ!?」
運命の日の始まりは、相変わらずのレインヴァルト様のおかげで令嬢らしさの欠けらも無い叫び声からスタートした。
****
急いで身支度を整え階下へと降りたそこには、本当にレインヴァルト様がいた。
「お、おはようございます、レインヴァルト様……」
「あぁ、おはよう、フィオーラ。ちょっと急ぎたい用事が出来て早く迎えに来てしまったんだ。急がせたよね? 本当に申し訳ない」
「いえ……」
キラッキラの笑顔で謝る(王子様モードの)レインヴァルト様。
これ、この顔。多分悪いとは思っていないでしょう?
おかげさまでそんな事まで分かるようになってしまった。
「準備が大丈夫なら行こうか」
そう言って、私に手を差し出すレインヴァルト様。
私も差し出された手に自分の手を重ねる。
こんなやり取りを2年間、毎朝繰り返していれば、こんな事もお馴染みとなりすっかり慣れてしまっていた。
ガタゴトと馬車は学園に向かって行く。
そういえば、3年生への進級初日にレインヴァルト様とこうして馬車で向かっている事からしてもう過去とは違う始まりとなっている。
それにしても分からないのはこの登校時間……
こんなに早く学園に着いたら、以前のように馬車を降りた時に迷子になっているメイリン男爵令嬢を私もレインヴァルト様も見かける事にならない。いいのだろうか?
「何を考えてる?」
向かい側に座っているレインヴァルト様に問いかけられる。
その表情にどこか憂いを感じるのは気の所為だろうか。
「いえ、早いものでもう最終学年なのだな、と思いまして」
「あぁ、そうだな」
私の言葉に同調するように呟いたレインヴァルト様は、やはりどこか物憂げだった。
けれど、すぐに何かを決心したかのように力強い眼差しになり私を見た。
「フィオーラ」
「は、はい」
突然、固い声で呼ばれて肩がビクリと跳ね上がるも、私はどうにか返事を返す。
「俺はここにいる」
「え?」
「いいから、俺はここにお前の側にいる。それを忘れるな」
またしてもわけが分からない事を言う。
この2年、4度目の人生を送ることになってから、レインヴァルト様はずっとこんな感じだ。
何か考えがあって行動しているようにも感じるのに目的が全く不明。
何も見えて来ないのだ。
「わ、分かりました……」
私がそう答えるとレインヴァルト様は安心したように笑って私をそっと抱き締める。
「!?」
突然の行動に私が動揺していると、耳元で囁かれた。
「少しだけこうさせてくれ……今はお前の温もりを感じていたい」
「~~!?」
もはや、驚きすぎて私は口も開けない。
どうして、今世のレインヴァルト様はこんなにスキンシップが多いの?
それに毎度毎度翻弄されている私って……そう思うとため息しか出なかった。
ただ、私を抱き締めているレインヴァルト様の身体はどこか震えている気がした。
「……」
どれくらいそうしていたのか。
馬車が止まり、学園に着いた事が分かる。
レインヴァルト様は名残惜しそうに私から離れた。
「レインヴァルト、様……」
何だか私の方が寂しくなってしまい、思わず声をかけていた。
「フィオーラ……」
どこか切なく甘く私の名前を呼んだかと思うと、レインヴァルト様の顔が近づいて来て、チュッと私の額に口付けた。
「……っ!」
私が動揺して驚き固まっている内に、レインヴァルト様はさっさと降りる準備をしている。
「もたもたすんな! 行くぞ!」
言葉とは裏腹に差し出された手はとても優しかった。
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