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26. 不吉な予言

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「フィオーラ様、酷いです!  どうして私にこんな事をするんですか!?」

  食堂に響き渡る大きな声は、おなじみのメイリン男爵令嬢の声。
  今、彼女は床に蹲っている。彼女の目の前には昼食だったと思われる食べ物が散乱していた。

「何の事ですか?  メイリン様」
「とぼけるんですか!?  今、わざと足をかけて私を転ばせたではありませんか!!」
「…………」

  貴女が勝手に転んだのでしょう?
  それも、わざとらしく私の目の前で。

  私は小さくため息をついた。

  予想したように、ここ連日、メイリン男爵令嬢は事ある事に私に突っかかってくるようになった。
  それも毎回わざと周りに見せつけるように、大きな声で騒ぎ立てるのだ。

  嫌がらせの噂を単なる噂だけで終わらせるつもりが無く、実害があるのだとわざと見せつけようとする所が非常に小賢しい。
  これが、レインヴァルト様が言っていた彼女の本性なのだろうか。

  ちなみにそんな彼女は何故か突撃してくる時は何故か1人だ。
  普段、侍らかしているロイ様やハリクス様を連れては来ない。
  その心意気は買うけど、やっぱり面倒臭い。

  そして彼女がこうして突っかかってくると、私の隣にいるレインヴァルト様が、その度に、辺り一帯を凍り付かせるのではないかってくらいの冷気のような物を放ち始めるから、メイリン男爵令嬢にはそろそろ本気で勘弁して欲しい。

「フィオーラ様はこんな風に、ちまちました嫌がらせをして恥ずかしくないんですか?  私のノートや教科書を破いたのも、靴を隠したのもフィオーラ様ですよね?」

  驚いた……本当にちまちました嫌がらせだったわ。

「私ではありません」
「それに、ついに先日は私を裏庭の池に突き落としましたよね?  私、落ちる寸前に赤い髪を見ました!  フィオーラ様の髪の色です!!」
「……私以外にも赤い髪を持つ方はいると思いますけど?」
「いえ!  フィオーラ様です!  フィオーラ様以外有り得ません!!」

  メイリン男爵令嬢は一歩も譲らない姿勢でそう叫ぶ。
  そうまでして私を犯人に仕立て上げようとするのは何故なの……その執念が本当に怖い。

「そもそも私には、貴女に嫌がらせをする理由も時間もありません」

  私はキッパリとそう告げる。

「そんな事ないです!  だってフィオーラ様は私に嫉妬しているんでしょう?」
「嫉妬?」

  私は意味が分からなくて眉を顰める。
  最初の人生のあの時ならまだしも、私が今の彼女の何に嫉妬するというの?

「私が皆に愛される存在だからですよ!」
「え!」

  何故かメイリン男爵令嬢は胸を張ってそう言った。
  その顔はやはり当然でしょ!  といった表情。

「レインヴァルト殿下だって内心は私の魅力に惹かれているはずです。フィオーラ様はその事が悔しくて私の事が気に入らないのでしょう?」
「!?」

  もはや、何を言っているのか……私は頭を抱えたくなった。

  私はメイリン男爵令嬢が怖かった。
  レインヴァルト様の心を再び奪っていくのではないか、と怯えた。
  だけど、今は違う意味で怖い。

  

「そうですよね?  レインヴァルト殿下。そろそろ素直になって下さい!  私は貴方を受け止める準備は出来ていますから」

  そう言ってメイリン男爵令嬢は微笑みながらレインヴァルト様に視線を向ける。
  レインヴァルト様はこれまでずっと黙っていたけど、静かに怒っている事がずっと私には伝わって来ていた。

「……ヒューロニア男爵令嬢。君は私が何に対して素直になれと言っているのかな?」

  レインヴァルト様が口を開いた。王子様モードのはずなのに、その声は冷たい。誰が聞いても怒っていると分かる程の冷たさだった。
  しかし、メイリン男爵令嬢には通じていなかったらしい。
  彼女は笑顔のまま答えた。

「もちろん!  殿下のご自分の気持ちにですよ!」

  その言葉にレインヴァルト様は大きなため息を吐きながら言った。

「自分の気持ちに素直になるもならないも、私は君に好意など一切抱いていない」
「え!?  そ、そんな……嘘……」

  レインヴァルト様の言葉にメイリン男爵令嬢は、明らかに動揺していた。
  この反応はどうしてなの?  あなた、レインヴァルト様からずっとそんな扱い受けていたわよね?
  私はそう思わずにはいられなかった。

「レ、レインヴァルト殿下は、私を見て何とも思わないのですか!?」
「何とも……?  あぁ、強いて言うなら、私の大事な婚約者のフィオーラに付きまとっている迷惑な令嬢だとは思ってるよ」

  レインヴァルト様は、張り付けた笑顔でニッコリと笑い、私の腰を抱き自分の方へと引き寄せながら言った。

「め、迷惑な令嬢!?」
「だって、そうだろう?  事ある事に、ありもしないでっち上げの罪をフィオーラに着せているじゃないか」
「でっち上げなんかじゃありません!!  私は本当に……!」

  メイリン男爵令嬢が、目に涙を浮かべながら訴える。
  見た目がか弱く庇護欲をそそる外見をしている彼女のそんな姿は本来なら絆されたり、好意を抱くものなのだろうけどー……

「君がどこまで知ってるか分からないけど、私とフィオーラは学園内では常に行動を共にしているんだよ。さっきもフィオーラが言ってたけど、どこにそんな時間があるのかな?  クラスどころか学年も違う君のノートや靴に嫌がらせをする時間がね」
「そ、そんなの、直接行わなくても人に命令して行う事だって出来ます!」
「出来ないよ」
「え?  何故ですか?  フィオーラ様には取り巻きのように引き連れているご令嬢がたくさんいらっしゃるでしょう?  その方達に命じてやらせてるんですよ」

  メイリン男爵令嬢は、心底不思議そうな顔をして言った。

  その言葉に私は驚いた。
  どうしてメイリン男爵令嬢はそう思ったの?
  “取り巻きのように引き連れているご令嬢”が私の周りにいたのは最初の人生の時だけ。
  確かに当時、私が行った嫌がらせはその令嬢達を使って行わせたものだった。
  だけど、今は違う。
  今の私はその令嬢達との付き合いは無い。
  なのに、何故その発言が出てくるのだろう?

  そもそも、ちゃんと見ていれば私の周りにはレインヴァルト様以外は誰もいないと分かる事なのに、メイリン男爵令嬢はそう思い込んでいて周りが見えていない様に思う。
  ならば彼女のそのはどこから来るのだろう?

「私の周りには、常に側にいてくださる令嬢はおりませんが、一体誰の事を言っているのですか?  メイリン様」

  私は努めて冷静に言葉を返す。

「え、どうして?  どういう事?  いない?」

  メイリン男爵令嬢は、驚きのためか、目を大きく開けて口をパクパクさせている。
  これは心の底から驚いているように見える。

「いませんよ?  誰も。レインヴァルト様も仰っていたではありませんか。学園内では私とレインヴァルト様が常に行動を共にしていると」
「う、嘘よ……何で?  話が違いすぎる……殿下のルートだけバグってる……?」

  よく分からないけれど、相当ショックだったのか、メイリン男爵令嬢は呆然としたまま何事かブツブツ呟いている。

「そうよ……そもそも出会いイベントに殿下が現れなかった時点でおかしいのよ。狙ったはずなのに……何で現れたのが……フィオーラ様……悪役令嬢だったの……?」
「メイリン様?」

  私の呼び掛けにメイリン男爵令嬢は、ハッとして私を睨む。

「そうよ!  フィオーラ様、貴女が何かしたのでしょう!?」
「は?」
「ここは、私の世界よ?  私が幸せになる世界なの!  ヒロインは私!」
「……何を言っているの?」
「殿下もロイ様もハリクスもラルゴ先生も!  皆、みーんな私に夢中になる世界なのに、きっと貴女が邪魔しているのよ、そうよ……だって殿下以外の3人は私に夢中だもの。間違っていないわ」

  メイリン男爵令嬢の言っている事が、全く分からない。
  ただ、なんとなく彼女の頭の中に“こうあるべき世界”がある事だけは何となく理解した。

「フィオーラ」

  レインヴァルト様の手が私の肩に置かれた。
  私は、そっとレインヴァルト様を見上げる。
  レインヴァルト様の顔も困惑している様子が見て取れて、どうやらレインヴァルト様もメイリン男爵令嬢の様子は異常だと思っているようだ。

  その間も、ずっと何事かをブツブツ呟いていたメイリン男爵令嬢が、さらに私を睨みながら言う。

「ふんっ!  フィオーラ様、貴女が何をしたかは知らないけれど、これだけは言えるわ!」
「?」
「フィオーラ様、貴女が幸せになる未来なんてやって来ない!  どんな結末を迎えたとしてもフィオーラ様は確実に1にあるんだから!!」

「「!?」」

  そのメイリン男爵令嬢の言葉に私とレインヴァルト様が、衝撃を受けて固まった。

  ──1年以内に死ぬ運命

  それは、私の過去の人生全てを指していて。
  どうして、彼女からその言葉が出るのかと驚愕する。


  私は自分の身体が震えている事に気付いた。
  そんな私を腕で抱き抱えるようにした、レインヴァルト様が口を開く。

「……ヒューロニア男爵令嬢。君は自分が何を言っているのか分かっているのか?」

  その言葉からは先程よりも強い怒りが感じられ、メイリン男爵令嬢はさすがに少し怯えた様子を見せた。

「わ、私はあくまでも事実を述べただけです……!  だってどのエンディングを迎えてもフィオーラ様が生きる延びるストーリーはありませんでしたから!」
「何を言ってるのか分からないが、とりあえず、王族である私と私の婚約者に対する侮辱と受け取っていいのだな?」
「ですから、侮辱ではありません!  本当の事です」
「もう良い………ヒューロニア男爵の元には遣いを送らせる。それ相応の処罰を受ける覚悟でいろーーーー連れて行け」
「なっ!  処罰!?」

  処罰と聞いてさすがに動揺を隠せないメイリン男爵令嬢をどこからか現れた学園の警備員達が連れて行く。
  レインヴァルト様はさりげなく待機させていたみたい。

「ちょっ!  ……何なのよ!?  離しなさいよっっ!  私を誰だと思ってるの??  誰か私を助けなさいよー!?」

  どこまでも往生際が悪いメイリン男爵令嬢はそう叫んでいたけれど、この騒ぎに集まっていた野次馬の中にもちろん彼女を助けようとする人など居るはずもなく……
  むしろ冷ややかな視線が注がれていた。


「………………」

  そんな連れて行かれるメイリン男爵令嬢を遠目に見ながら、私の身体はまだ震えていた。


  私が幸せになる未来なんて無い
  1年以内に死ぬ運命


  その言葉が私の頭の中をぐるぐる回る。


「フィオーラ、大丈夫か?」

  レインヴァルト様が優しく、そして酷く心配そうに声をかけてくれる。


   ────大丈夫です。


  そう言いたいのに声が出ない。


  気持ち悪い。目も霞む……


  私は立っていられずその場に崩れ落ちるように倒れた。


「……っ!  フィオーラ!?」


  そんな私を抱きとめて、焦った声を出したレインヴァルト様の声を聞きながら私はそのまま意識を手放した。


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