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27. 悪夢と殿下の温もり
しおりを挟む─────どうして、私が死ななくてはいけないの?
過去3度、私は死ぬ寸前にいつもこう思った。
そう思った所で何も変わらなかったけれど。
そして、18年の生涯を閉じた。
たまにその時の事を夢に見る事がある。
それは、最初の人生での時あったり2度目や3度目だったりとその時で違うけれど。
どの場合でも悪夢でしかない事に変わりはない。
そして今もまた────
「嫌ぁぁぁぁぁ!!」
「っ! フィオーラ!?」
泣き叫びながら、私は目を覚ました。
2度目の人生から、悪夢を見た後に目覚める時はいつもこうだった。
そして目覚めて生きている事を実感しながらも孤独に苛まれる。
だけど、今は……今の目覚めだけはいつもと違っていた。
「フィオーラ……」
泣き叫びながら目を覚ました私に優しく語りかける声がする。
そして、手に感じる温もり。
……あぁ、ずっと手を握ってくれていたのね。
私は空いてる手で涙を拭い、そっと身体を起こしながら口を開く。
「……レインヴァルト……様……?」
「気が付いたか?」
「ここは?」
「医務室。俺が運んだ。……倒れた事、覚えてるか?」
そう問いかけるレインヴァルト様の顔が苦しそうなのは気の所為では無いだろう。
心配をかけてしまった。
「はい……覚えています」
だけど、私もそれ以上の言葉が出て来ない。
『貴女が幸せになる未来なんてやって来ない! どんな結末を迎えたとしてもフィオーラ様は確実に1年以内に死ぬ運命にあるんだから!!』
メイリン男爵令嬢に言われた言葉が頭の中を駆け巡っては何度も繰り返される。
まるで、それが呪いの言葉のように私を蝕んでいく。
だからこそ、弱気な発言が私から飛び出してしまった。
「…………やっぱり、私はもうすぐ死ぬ運命なのでしょうか」
そんな私の小さな呟きに、レインヴァルト様の眉がピクリと反応した。
「フィオーラ」
「!?」
名前を呼ばれたと思ったら、レインヴァルト様は私の頬を両手で掴んで上を向かせ、やや強引にそのまま唇を重ねて来た。
「…………っ!?」
それはいつもより、荒々しい口付けだった。甘さなど欠けらも無い。
まるでこれ以上、その発言は許さないとでも言われているようだった。
「お前はこうして生きている。俺が絶対に死なせねぇ」
「……」
ようやく唇が解放されたと思ったら、開口一番にそう言われた。
「俺と生きるんだろ?」
コクリ
私は無言で頷く。
そうだ。
私は、レインヴァルト様とこの先の人生を共に生きていきたい……生きていく。
そう決めて誓った。
だからこんな事で弱気になってはいけない。強くならなくちゃ。
私の言いたい事が伝わったのか、レインヴァルト様の顔が近付いて来て、もう一度唇が重なる。
今度は優しい口付けだった。
「あの女の言う事は気にするな。全部でたらめに過ぎない」
「で、でも……」
分かってはいるけど、心が追いつかない。
それに、彼女の発言は単にでたらめと言うよりもどこか────
「予言のように聞こえたんだろ?」
「!!」
「確かに、あの様子は異常だったと俺も思う。まるで未来を知ってるかのような口振りだったな」
レインヴァルト様が静かに語り出す。
「最初は俺達のように、あの女も過去の記憶を維持しているのかとも思った。だけど、どこか違う」
「……」
私も頷く。私もあの時そう思ったから。
「そうだな……強いて言うなら……俺が時を戻す前……それも最初の人生の、俺が時を戻す前のその先の未来を語っているみたいだと思った」
「え?」
「俺も他の3人のように、あの女に夢中になるはずだって言ってただろ? そんな可能性のあった未来は最初の人生の時だけだ」
最初の人生のその先の未来──
それがあの時、私の感じた彼女の頭の中にあると思えた“こうあるべき世界”なのだろうか。
メイリン男爵令嬢の思う“こうあるべき世界”とは。
私は処刑されていて。メイリン男爵令嬢がレインヴァルト様達、4人にちやほやされて愛される世界……
何て歪な世界だろう。それは本当に幸せなのだろうか?
「後は、意味不明な言葉を乱雑させてたな」
「そうですね。まるで……この世界の全てが自分のものーー全て自分の思い通りになる世界だと思っているかのような発言でした」
「……同感だ」
レインヴァルト様が、ため息を吐きながら同意した。
一体、メイリン男爵令嬢は何者なんだろう。
彼女は拘束されたのに不安が消えないのは、あの不気味さ故なのだろうか。
「……彼女はどうなるのです?」
「目撃者も多い中で、フィオーラや俺に対してあれだけ好き勝手に言いたい放題だったからな。もはや言い逃れは出来ない。それ相応の処罰がくだされる」
「…………」
「そしてロイやハリクス、ラルゴの3人も事情聴取する事になった」
「え?」
「あの女が堂々と関係を暴露していただろ? これでアイツらは、今世もあの女と深く関わっていた事が証明されたからな。これで嘘の噂を広めた件も追求出来るはずだ」
「あ……」
死の予言にばかり気を取られてしまっていたけれど、確かにそうだった。
これは紛れもなく彼らを追い詰めるチャンスとなったんだ……
過去2回、どうする事も出来なかったという冤罪事件の風向きが変わった……?
これは確実に未来が変わってきているのだろうか。
そんな事をぐるぐると頭の中で考えていたら、
「フィオーラ……本当に悪かった」
そう言ってレインヴァルト様が突然謝りながら、私を優しく抱き締めた。
「え……?」
「……さっき、泣き叫びながら目を覚ましただろ? お前、夢に見てるんだな……そうだよな、俺のせいで何度も何度もお前は…………ごめん」
顔は見えないけど分かる。レインヴァルト様の声は辛そうだ。
自分を責めているのだろう。
私に、3度も死ぬという体験させてしまったから。
「……夢は……見ます。その時はいつも寝覚めがとても悪くて……本当に本当に辛いんですけど……」
「……」
私の言葉にレインヴァルト様の抱き締める力が更に強くなった。
「でも、さっき目が覚めてレインヴァルト様の温もりを感じたら……ホッとして、とても安心出来て」
「フィオーラ……」
「ですから、私がまた夢を見たらこうして抱き締めてくれませんか?」
さらに私を抱き締める力が強くなった。
ちょっと苦しいくらいだった。そこにレインヴァルト様の想いを感じる。
「もちろんだ! 少しでも気持ちが安らいで貰えるなら、俺は毎朝だろうといつでもフィオーラを抱き締める!」
「……家族の前では遠慮してくださいね?」
「ワガママだな……まぁ、いい。結婚したら、むしろお前が悪夢を見ないように毎晩抱き締めて眠る事にしよう」
「え?」
その発言にびっくりして、思わず身体を離してしばし見つめ合う。
思わず想像して顔が赤くなってしまった。
「……そんな可愛い顔するな。今すぐ王宮に連れて帰りたくなるだろ?」
「なっ!」
「本気だ。冗談言ってるわけじゃねぇぞ?」
「ま、まだ早い……」
「早くない。可能ならむしろ、俺は今すぐにでもお前と結婚したいくらいだ」
「レインヴァルト様……」
そう言ったレインヴァルト様の顔が近付いてくる。
私はそっと目を閉じた。
程なくして、レインヴァルト様の唇が私の唇に触れ、優しくて甘い口付けが降ってきた。
私はギュッとレインヴァルト様の腕にしがみつきながら思った。
まだまだ問題は解決していない。
それでもこの温もりと暖かさがあれば私は大丈夫。これからも生きていける。
──例えこの先、何があっても。
そう思った。
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