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20. 間違いだらけの王子
しおりを挟むそう叫ぶシュバルツ殿下に対して、私を抱きしめたままのルーセント様が大きなため息を吐いた。
「だから、フリージアは貴方のではありません。何度言ったら伝わるのでしょうか? 彼女は俺の婚約者です」
「う、る……煩い!! 煩い!! 黙れ!! 貴様!!」
「……」
「フリージアは私の女になると決まって……」
「お言葉ですが、貴方はフリージアの気持ちが自分に向いていないのによくそんな事を言えますね?」
「くっ!」
ルーセント様のその言葉に殿下はますます怒りを募らせる。
「貴様は……本当に貴様は昔から……くそっ! 何故、私の邪魔ばかりするんだ!!」
「昔から?」
「目障りだった“お前”をようやく成敗したはずだったのに“お前”のいない世界など生きている価値も意味も無い……そう言って私の手をすり抜けていった……」
「殿下? 何の話をしているのです?」
シュバルツ殿下は相当錯乱しているのか、前世の記憶と混同しているような発言を始めた。
「後を追い掛けてようやく再会したと思ったら……また、側には“お前”が居るだと? ……ふざけるな!! 私は何のために憎き男の顔となって生まれたんだ!? 今度こそ愛される為だろう!?」
「?」
シュバルツ殿下の叫んでいる言葉の意味を正しく理解したのは多分、私だけ。
だから、最後は私が応えなくてはいけない。
「違います」
「違う、だと?」
私の言葉にシュバルツ殿下はジロリと私を睨む。
「姿形は重要じゃありません。心です。どれだけ姿形だけを整えようと、心が何も変わらなかった貴方の手を取る事は今後も絶対にありません」
好きだったから。自分に依存して欲しかったから。
そんな幼稚な理由でアマーリエの事を貶し続け、自分だけは分かっている、嫁に貰ってやるなんて言って、アマーリエの心を散々傷付けてきた元婚約者。
(どうしてそれで人の心が手に入ると思ったの?)
「今も昔も貴方が“私”にした事からは何一つ愛情なんて伝わって来ませんでした」
「なんっだと!?」
───実は本当は私の事を心からずっと愛してくれていて、それが上手く表現出来ないだけのただの不器用な人だったんだわ。私ったら何でそれに気付かなかったのかしら?
なんて私が絆されるとでも本当に思っていたの? バカにしないで欲しい!
「シュバルツ殿下。私が一生を添い遂げたいと思っている人は、今も昔もたった一人です。しっかり私の事を見てくれて優しい愛をくれる人…………その相手は貴方ではありません」
「ア……フリージア……」
シュバルツ殿下が、ガクッと膝をつく。
その身体は小刻みに震えていた。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ! 嘘に決まっている! フリージア! お前はそいつに洗脳されているんだよ! 本当は私の事を愛」
「シュバルツ! この愚か者がっ!!」
(!?)
見苦しくもまだ叫ぶ殿下を静止する声が突然聞こえて来た。
誰なのかと声をした方に視線を向けると、
「ち、父上……?」
シュバルツ殿下が弱々しい声を上げる。
(こ、国王陛下!)
国王陛下の登場に私達は慌てて姿勢を正して頭を下げて出迎える。
陛下はコツコツと、靴音を鳴らしながらシュバルツ殿下の元へと向かう。
「……シュバルツ。成長と共に少しは落ち着いた、そう信じていたが甘かったようだ」
「ち、父上! こ、これは違っ」
殿下が、手を伸ばして陛下にすがろうとしている。
しかし、陛下はその手を払い除けた。
「……何が違うと言うのだ! 今のお前は好きな女性に振られた事を認めたくなくて無様に騒いでいるだけのみっともない男にしか見えん! 王子としてのプライドもないのか!」
「ふ、振られた……」
「そうだろう? お前の目は節穴か? 公衆の面前であれだけのラブシーンを繰り広げていたんだぞ? 誰が見てもキャルン侯爵令嬢はディギュム侯爵令息と想い合っているではないか」
陛下の言葉に周囲の人達が大きく頷く。
(む、無我夢中だったから……)
冷静になると自分の行動が恥ずかしくなって来る。
チラリとルーセント様を横目で見るとパチッと目が合った。ニコリと微笑まれた。
(そ、そんなに、甘い顔で微笑まないで!)
でも、ルーセント様が幸せそうに微笑んでくれるから私の胸もポカポカと温かくなり、恥ずかしかったけどいいやって気持ちになった。
「シュバルツ……お前を人前に出したのは失敗だったようだ」
「なっ!?」
「昔から気性が荒く、すぐに癇癪を起こしては人の話も聞かずに何やら妄想めいた事ばかりを口にする。どんなに教育を施しても全く意味が無く王子として人前には出せない、そう判断してずっと理由をつけてお前を表舞台には出さなかった、いや、出せなかったが……」
「ち、父上……そ、そんな」
陛下の話にシュバルツ殿下は打ちのめされたような顔になる。
人々の視線も冷たい。
国王陛下の語るシュバルツ殿下のそれは、やはり前世のローラン様の性格が前に出過ぎてしまっているせいなのかしら? と思った。
(爵位に違いはあれど、貴族令嬢から貴族令嬢に生まれ変わった私と違って伯爵令息から一国の王子に生まれ変わるってよく考えたら全然違うもの)
性格も前世の気性のままと来たら……王家が必死に殿下を隠そうとしたのも分からなくはなかった。
(他の王子王女は、表に出て来ていたのに、シュバルツ殿下だけ表舞台に出て来なかったのはそういう理由だったんだ……)
「お前が必死に学院には行かせてくれ、運命の人がそこで待っている気がする! そう言うから信じてみたが、まさかこんな醜態を人前で晒す事になるとはな」
「違う! フリージアは、本当に、私の……ぽ、僕の、う、運命の人……」
国王陛下はシュバルツ殿下のその訴えを鼻で笑った。
「シュバルツ。残念だがお前の言っているのは“運命”なんかでは無い。ただの独りよがりだ」
「……独りよがり」
陛下のその言葉にシュバルツ殿下はがっくり肩を落として、真っ白になっていた。
────
シュバルツ殿下の誕生日パーティーは急遽中止となり、パーティーそのものは只の王家主催のパーティーへと名を変えてとりあえず続行していた。
人々の視線が少し痛かったので私とルーセント様はそっとバルコニーへと避難していた。
「とんだお騒がせ王子だったな」
「……そうですね」
私の肩を抱き寄せながらルーセント様がそう口にする。
「フリージアは可愛いから惚れる気持ちは分かるけど、何もかも間違いだらけだったな」
「……」
多分、シュバルツ殿下は私ではなく、アマーリエに執着していただけだと思うのだけれど、記憶のないルーセント様には説明出来ない話なのでそういう事にしておく。
(それに、シュバルツ殿下はこの先、二度と表舞台に出る事は無い気がする……)
──それよりも。
今、明らかにしなくてはならない事は……
「殿下の事はもういいです! それよりルーセント様、どうやってお父様達を説得したのですか?」
「うん?」
「私達の婚約の事です」
「あぁ!」
ルーセント様は軽く笑うと、チュッと私の額にキスをしながら説明してくれた。
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