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第15話 “愛”と“幸せ”
しおりを挟む私のその言葉にベルナルド様は「ぐあぁ」と唸り声を上げると、しばらくの間、天を仰いでいた。
やがて落ち着いた後、ポソッと呟く。
「……クローディアのそのとんでもない可愛さはどこから来るのだろう……」
「な、何を言っているのですか??」
「ああ、見た目だけじゃない。クローディアは見た目もすっごくすっごく可愛いんだけれど、もう無理……全部が、存在が可愛い……鼻血出そう……」
「??」
ベルナルド様は両手で顔を覆いながら、ずっとブツブツと何かを呟いている。
「の、悩殺だと? ……俺はもうすでにこんなにクローディアに夢中だと言うのに今更、悩殺か……俺にこれ以上どうしろと言うんだ!? ……それに侍女のこれはわざとだな……絶妙なバランスの物を用意して来ていやがる……なんて計算なんだ、恐ろしい……」
「あ、あの?」
ベルナルド様があまりにも早口で何を言っているのかよく分からない。
困った顔をした私にベルナルド様は優しい微笑みを向けた。
「クローディア……俺は君のことが好きだよ」
「……え?」
(今、なんて?)
私の願望が強すぎて耳がおかしくなったのかもしれないと思った。
「いやいや、クローディアの耳はおかしくなってなんかいないよ」
ベルナルド様が優しく微笑んだままそう口にする。
(私の耳……おかしくなって…………ない?)
「……」
「ずっと……初めて会ったあの夜から俺の心の中にはずっとクローディアがいるんだ」
「初めてあった夜……」
そう言われてあのバルコニーでの出会いの夜を思い出す。
「不審者……」
「あ、あれは! ね、眠れなくて夜の散歩をしていたたけだ!」
ベルナルド様が焦った様に慌てて説明する。
「あれは散歩だったんですね……」
「バレたら怒られるから、こっそり抜け出していたのに。あっさり見つかった上に、まさか王宮に滞在していて俺の顔を知らないなんて言う人がいるなんて思わなかったよ」
「うっ」
そうだった。
あの時の私はベルナルド様の顔を知らなかったから……
(恥ずかしい……穴があったら入りたい)
恥ずかしさと情けなさで俯いていた私は、ベルナルド様の手によって上を向かされる。
「クローディア。俯かないで、その可愛い顔を俺に見せてくれ」
「ベルナルド様……」
その言葉に私の胸がトクンッと高鳴る。
「俺は、可愛いクローディアとずっと一緒にいたい───好きだよ、クローディア」
「ベル……」
ベルナルド様の甘く優しいそんな言葉に心がトロトロに溶かされそうになる。
「……クローディア」
「ベルナルド様?」
ベルナルド様の手が私の顎にかかる。
そして、そのまま熱っぽい目で私を見つめるベルナルド様の顔がゆっくり近付いて来た。
(あ、これは、前にもあった───)
何をされるのか分かった私はそっと目を瞑る。
あの時は邪魔が入ってしまった。
けれど、今は……
今は誰も邪魔する人はいない─────
──チュッ
ベルナルド様の唇がそっと私の唇と重なる。
(甘い……)
初めての触れ合いはそう思ったと同時にすぐに離れてしまう。
(残念。出来ればもう少し……ううん、もっと……)
そっと目を開けた私とベルナルド様は互いに見つめ合う。
気のせいでなければ、ベルナルド様の私を見つめる瞳がまだ熱っぽい気がした。
「……」
「ふっ……クローディアが“もっと”という顔をしている」
「っっ!!」
どうして分かったの!?
私は内心で大きく焦った。
「これは───うん。可愛い可愛い妻の期待には答えないといけないよね?」
「え? あっ……」
そう言ってベルナルド様の顔がもう一度近付いて来た───
「クローディア……君を愛してる」
「……! わ、私も、です」
角度を変えて何度も何度も口付けを交わしながら、合間合間に互いにたくさんの愛を囁く。
そして、何度目かの“愛してる”という言葉をベルナルド様から言われた時だった。
─────パリンッ
「……っ!?」
(な、なに? なんの音??)
何かが盛大に割れる音がした。
そして……
ゾクッ!
何故か私の身体が震えた。
そう。この感じは以前にもあった───
何かが、何かが身体から溢れてくるこの感じ……
(いったい、何かしら?)
「クローディア?」
「え? ん……あっ……」
ベルナルド様に私の気持ちが一瞬だけ他に向いた事が伝わってしまったのか、
「もっと俺を見て?」「俺だけを見て」
そう言われて、再び口を優しい口付けで塞がれた。
───
「……クローディア、今夜はこのまま君と一緒に眠りたい」
「えっ!?」
突然のそのセリフにドキッとする。
私は目を大きく見開いてベルナルド様を見つめる。
(は、早いわ!)
そして、私の戸惑いに気付いたベルナルド様が慌てて言った。
「違っ……へ、変なことはしない! えっと、あっ……へ、変なことって何だ? って思うだろうが……」
「え、え、えっと!?」
「初夜はちゃんとした“初夜の日にする”そう決めている! だ、だから、クローディア……」
「!」
そう言って頬を優しく撫でられて胸がキュンとする。
(“愛してる”という言葉のせい? いつもより手つきが……甘い気がする)
胸が今までにないくらいにドキドキして、今すぐ心臓が爆発しそう。
「こ、今夜は一晩中クローディアを抱きしめて眠りたい。それだけなんだ」
「……抱きしめる……だけ?」
「そうだ」
(本当にそれだけで済むかしら?)
ついそんなことを思ってしまったけれど、離れがたいのは私だって同じ。
それならばと私がコクリと頷いたら、ベルナルド様はとても嬉しそうに笑った。
「……よし、クローディア! 今すぐベッドに向かおう!」
「へ?」
破顔したベルナルド様が弾んだ声でそう宣言したと思ったら、そのまま私を抱き上げてベッドまで運ぼうとする。
(えぇっ!? 何これ、は、恥ずかしい!)
誰も見ていなくても恥ずかしい!
何で私、抱っこされているの??
「ベルナルド様! お、降ろ……」
「ダメ。降ろさない」
「───や、やっぱり、今夜は」
「一緒に眠る。これは、もう絶対に譲らない!」
「!」
そう言い切ったベルナルド様の言葉と瞳はとてもとても力強かった。
────一方、その頃。
荒れる祖国、アピリンツでは……
突然の雷の後は、雨も降り出した。
まるで嵐のように叩きつける雨に人々も戸惑う。
──国王はどうしたんだ! なぜ、この嵐と雷を放っておくんだ?
そんな不満は急遽、招集していた貴族たちの中にも広まっていた。
「陛下はどうしたんだ?」
「分からぬ、ブルーム殿下やナターシャ殿下も姿を見せない……」
貴族たちの話題は当然、アピリンツ国に起きているこの急激な変化について。
「いったい、何があってこんなことになっている?」
「最近、変わったことなどあっただろうか」
そこで貴族たちはふと思い出す。
最近変わったことと言えば───
───王家にはもう一人、王女がいた。
側妃、ロデイナ様の唯一の娘でありながら何の力も発現せず、“出来損ない”“無能”と散々自分たちが罵って来た王女が。
大国のファーレンハイトは緑を操る力を持つナターシャ様を望んだが、貴重な力を持つ王女を手放したくなかった我々貴族たちは、代わりに無能の姫を大国に押しつけた───……
「…………ま、まさか! クローディア様を手放したせいで!?」
「ありえん! “無能の姫”だぞ!?」
「だが、これらの異常はクローディア様が国を出た後に起きている……このタイミング……無関係ではあるまい……!」
「なんてことだ!」
「これは、呼び戻すべきかもしれん!」
「───陛下たちに報告を!!」
様々な思惑と憶測が飛び交うアピリンツ国の王宮。
その矛先は、新しい居場所となった国でようやく“愛”と“幸せ”を知ったクローディアへと向けられていく───
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