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30. もう一つの茶番劇
耐え切れなくなった私は、ポカンとしているパターソン伯爵家の面々のことは放ってジョエル様に問いただす。
特にマイルズ様は叩かれて痛がっているけど、知ったことではない。
「ジョエル様っっ……!」
「?」
ジョエル様は顔が強ばっている様子の私を不思議そうな顔で見つめ返してくる。
「い、今の話はなんなのですか!?」
「今の話?」
「す、すっとぼけないでください!」
「すっとぼける?」
ジョエル様の眉間の皺が一瞬で濃くなった。
駄目!
この顔は全く伝わっていない。
「ジョ、ジョエル様が今、口にされたでしょう?」
「今?」
「き、清らかな手を持ち、心地よい声でこの世の全てを浄化する程の天使の微笑みを持つという……」
「セアラだな」
ジョエル様が何の迷いもなくきっぱりと言い切る。
(だーかーら!)
「ど、どこの?」
「どこ?」
「ですから! そ、そんなすごいセアラさんとは、いったいどこの誰を……」
「何を言っている?」
ガシッとジョエル様が私の肩を掴む。
そして私の目を真っ直ぐ見て言い放つ。
「俺の知っている“セアラ”は君一人だ!」
「!」
(ひぇっ……!?)
やっぱり私、私のことなのーー!?
「き、清らかな手?」
私は自分の手のひらをジョエル様の前に突き出して訊ねてみた。
「とても清らかだろう?」
……即答された。
「こ、心地よい声?」
「ああ。心地好い……聞いているだけで幸せになれる」
(ひぇぇっ……!?)
「こ、この世の全てを浄化する天使……の微笑み……?」
「天使だ」
「!」
どれも即答してくるジョエル様。
え? ジョエル様って実は視力が壊滅的とかそういう……
そう思った私は、ジョエル様の前に突き出していた手のひらの指の本数を変えてみる。
「ジョエル様、ゆ、指……は何本に見えますか!?」
「三本」
「これは!」
「二本」
「……こ、これは?」
「五本」
(全部正解!)
私はガクッと首と肩を落とす。
──分かってた!
なんとなく答えはこうなるって分かっていたけど!
でも、ここは実はジョエル様の視力が悪かった説に色々と託したかった…………!
だって……
(て、天使……よ? なんで私が天使に……?)
天使ってあれでしょ?
天……天の使い……
私は動揺しすぎてもはや何の考察にもなっていない答えを導き出す。
そうしてジョエル様の中の私───を想像したら、ボンッと顔が一気に熱を持った。
「~~~っっ」
(無理!)
あまりの恥ずかしさに私は自分の顔を両手で覆う。
そんな私の突然の行動を不思議がるジョエル様。
「どうした、セアラ?」
「……」
「暑いのか?」
「……え、えっと」
「そこの訪問客のせいだな? 人が多い………さっさと追い出そう」
「「「ひぃっ!?」」」
パターソン伯爵家御一行の息ピッタリな悲鳴が聞こえた。
(見えなくても分かる……絶対に今、ジョエル様は圧をかけて三人を睨みつけたわ……)
「───さあ、帰れ」
ジョエル様がさっさと彼らを屋敷から叩き出そうとしているのが分かる。
「……っ! セ、セア…………ひっ!?」
マイルズ様が私の名を呼びかけた。
けれど、それは直ぐに情けない小さな悲鳴に変わる。
(さらに鋭い目付きで睨まれたと予想……)
私は、パターソン伯爵御一行が馬車に乗って去っていくまで顔から手を離せなかった。
「───セアラさん、大丈夫? お花畑家族は帰ったわよ?」
「あ、はい!」
侯爵夫人に声をかけられて、ようやく私は手を離して顔を上げる。
すると、真っ先にジョエル様の顔が目に入った。
怒りの表情はすっかり消えていて、いつもの無表情のジョエル様───
(なんで? 胸がドキドキする……)
キュッとなる胸を押さえていると、夫人がやれやれとため息と共に言った。
「なんの捻りもない浮気の言い訳満載のつまらない茶番劇だったわねぇ?」
「は、はい……」
「退屈過ぎて欠伸が出てしまったわよ」
「見えていました……」
(……そして、釣られました)
夫人は、あらそうだったの? とコロコロと笑った。
「あの茶番劇の中で唯一、ドキドキしてスリルがあったのは……そうね、セアラさんの演技だったわ」
「うっ!」
やっぱり……
私は胸を押さえた。
「こっちはハラハラしたけれど、自分に酔っている人って全然気付かないものなのねぇ」
夫人の言葉に侯爵様とジョエル様がそっくりな顔で頷いている。
侯爵夫人はふふっと笑った。
「素直───そこがセアラさんのいい所でもあるから、あまり弄りたくはないのだけれど、“次”のことを考えたら、ね。少し特訓しましょうか」
「……!」
───“次”
そうだ、まだ終わりじゃない。
私の家族との対決が残っている───……
「シビルさんは、涙も巧みに操ってくるでしょうからね」
「はい……お姉様はきっと全力で“悲劇のヒロイン”になると思います……」
「ええ、あの人はそうでしょうね」
だからこそ分かる。
慰謝料請求をすれば両親は必ず渋ってくる。
───シビルも可哀想なことになったんだから、とか言って。
そして必ずこの婚約を……
あの人たちの考えそうなことを想像して私はギュッと拳を握りしめた。
「───では、そろそろこちらからの攻撃といきましょうか?」
「!」
「次の茶番劇こそ楽しみね?」
侯爵夫人はゾッとするくらい美しい微笑みでそう言った。
✤✤✤✤✤
(ああ、退屈……)
セアラの結婚式当日に新郎マイルズ様を奪って駆け落ち計画をしたものの、まさかの失敗した私。
本性が最低だったと判明したあの男に屋敷前で降ろされて無事に家に戻ったわけだけど……
「あぁぁ、もう! 有り得ない、有り得ない、有り得ない!」
帰宅してみれば、シクシクメソメソしているとばかり思った妹セアラがどこにもいない。
聞けば、私の代わりにあの顔だけ薄情男の婚約者になったと言う。
「慰謝料の件は分かるけど! なんでたった数日でそんなことになってるわけ!? 早くない?」
ギリッ……
イライラした私は爪をかじりながら文句を言う。
「セアラにあの最低男を返して、私は当初の予定通りに侯爵夫人になる計画が……」
そうなるためにも、お父様、お母様……そしてセアラにも今回の駆け落ち計画は私が被害者なのだと周知させなくてはならなかった。
元から私を溺愛して可愛がる両親は簡単。
セアラもバカ素直で単純な子だから、私が涙をちょちょいと流しておけば……
『お、お姉様……』
『うぅ……ごめんなさいね、セアラ……私がもっとマイルズ様からの誘いを強く拒めてさえいれば……』
『お姉様は悪くないわ! 悪いのはマイルズ様よ!』
と、なった所で私のさらなる渾身の演技であの最低男を持ち上げてセアラに押し付ける計画だったのに!
そして侯爵家は……
あそこはお見合い失敗が続き、息子の婚約者がなかなか決まらないと嘆いていたのを私は知っている。
そこにようやく現れた私。
侯爵家からすれば私は救世主だったはず。
だから、私が全力で被害者アピールすればきっと……
「チッ! なんでセアラが……!」
これは急いで計画を練り直さないといけない。
「しかし、あの五語男……セアラなんかでも良かったってことは……自分と婚約して結婚してくれる女性なら誰でも良かったってことよね?」
あれだけ無愛想で無口なんだもの。
何考えてるかさっぱりだし。
そんな彼がセアラとコミュニケーションが取れているとも思えない。
だから、セアラはきっと今頃、侯爵家で相当肩身の狭い思いをしているはず。
そう思うと胸がスッとした。
(ふふ、ついでにセアラの中で、やっぱりマイルズ様が恋しい……! とかなってくれていたら最高なんだけど)
「誰でもいいなら、セアラなんかより数倍可愛い私の方が断然いいと思うし」
そうなると、やはり侯爵家を訪問して───
私が新たな計画を練りながらフフッと笑った時だった。
「───シビル! 大変だ!」
「!?」
バーンッとお父様とお母様が部屋に駆け込んで来る。
駆け落ちの件は、全面的に私が被害者だという主張をあっさり信じた激甘両親。
ほとぼりが冷めるまで社交界への出入りは禁止されちゃったけど!
「お父様ったら。そんな顔してどうしたの?」
「~~~っ! どうしたもこうしたも……セアラ……」
「え?」
今、セアラと言った?
「やはり、セアラなんかにシビルの代わりは無理だったんだ!」
「え?」
(いけない! 思わず声が弾んでしまったわ?)
私は慌てて緩みそうになる口元を手で隠した。
すると、お父様の代わりにお母さまが嘆く。
「セアラが代わりに婚約したから……侯爵家との慰謝料請求は回避出来たと思ったのに!」
「……」
これは、まさか……もしかしてもしかする?
「たった今……ギルモア侯爵家から慰謝料請求書が届いたのよーー!」
「セアラだ……セアラが何か粗相して侯爵家を怒らせたに違いない……」
「……」
私は口元を手で隠しながらニヤリと笑う。
(これこれこれこれ! この展開、最高!)
やっぱり、セアラより私の方が求められているってことね?
そう思った私は、悲しげな表情を作って両親を慰める。
もちろん涙を一筋流すのも忘れない。
「お父様、お母様……セアラもね? きっと侯爵家で一生懸命頑張っていたはずよ? だから責めないであげて?」
「シビル……」
「ただ、ほら……ジョエル様って気難しいから……」
「確かに……あの男は手荒だったな」
お父様が苦々しい顔でそう言った。
(……何かあったのかしら? ま、いっか!)
私はお父様の手をギュッと握り、優しく微笑む。
「セアラで駄目なら私がいるわ、お父様」
「シビル……だが! あんな野蛮な男に……お前を……傷付いているお前と……もう一度というのは……」
(野蛮? 無口無表情で薄情なのは分かるけど……?)
疑問に思ったけどここはそのまま続ける。
「大丈夫よ、お父様……! 私のことは心配要らないわ!」
「シビル……!!」
「あなたって子は……!」
私はもう一度両親に向かって微笑む。
(ふふ、ぜーんぶ、元に戻せばね? 上手くいくのよ────)
─────ギルモア侯爵夫人が見たら、膝を叩いて大笑いしそうな茶番劇がワイアット伯爵邸では繰り広げられていた。
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