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31. 動き出したお姉様
ワイアット伯爵家に慰謝料の請求書を送ってから数日。
返事を待つ間、私は侯爵夫人から演技特訓を受けていた。
「セアラさん! はい! そこで高笑いよ!」
「え? こ、ここで高笑い!? ホ、ホホホ?」
私は頬を引き攣らせながら夫人の真似をする。
「違うわ! もっと高らかに! そして歌うように! ホ~ホッホッホッ!」
「ホーホッホッホッ?」
いったいこれを私はどんな場面で使うのかと不思議に思いながらも必死に笑ってみた。
「まだ少し硬いけど、だんだん良くなって来たわね!」
「あ、ありがとうございます?」
夫人によるこの演技指導は、身内との対決───そんな来たるべき時のために向けた特訓ということになっている。
……けれど、私は思う。
(これ、社交界で舐められないようにする為の度胸付けも兼ねている気がする……)
だって社交界にはお姉様みたいな、笑顔の裏で何を考えているのか分からないような人がゴロゴロ……
その度にいちいち萎縮しているわけにはいかない。
「───母上」
「あら、ジョエル? どうかしたの?」
「……」
そんな中、ジョエル様が特訓部屋に現れた。
ジョエル様はじっと母親の侯爵夫人を見つめる。
(ん~? ちょっと不機嫌……?)
なんとなくそう感じた。
「……え? やりすぎ? 清らかなセアラさんに何を仕込んでるんだ? ですって?」
「……」
「人聞きの悪いことをいう息子ね……」
「……」
「だから大丈夫よ。ちゃんと清らかなセアラさんのままだから安心なさい?」
「……ならいい」
ジョエル様はそうか……と納得した。
(いやいやいや! ……清らかなセアラさんって何なの!?)
私は二人の会話(?)を聞きながら悶えた。
この間の“天使”発言といい、実はジョエル様、私の知らないどこかで頭でも打ったんじゃないかと密かに思っている。
「……セアラ」
「は、はい!」
そんなことを考えていたらジョエル様に名前を呼ばれたので顔を上げた。
すると、私たちの目が合う。
「……」
「……?」
しかし、相変わらずのジョエル様はそのまま黙りこんでしまう。
なら私は次の言葉が出てくるのを待つ。
こんなお決まりの会話パターンにもだいぶ慣れてきた。
(不思議だけど、慣れるものなのね……)
初対面で部屋から私を連れ出してくれたのに、どんどん置いていかれた時はどうなることかと思ったのに……
思い出しては小さく笑ってしまう。
「……」
(だからお願いよ……お姉様、どうか大人しくしていて?)
私は、これからもここに居たい。
ジョエル様と一緒にいたいの。
だから邪魔をしないで欲しい。
おそらく無理だと分かってはいるけどそう願ってしまう。
「───茶」
「ちゃ?」
やがてジョエル様が一言だけど口を開いた 。
「───ああ! なるほど。休憩……お茶でも飲んで少し休め……ですね?」
私が笑顔でそう口にすると、コクッと頷くジョエル様。
(当たった!)
内心ではしゃいでいると侯爵夫人がクスクスと笑った。
「セアラさんったら、いつの間にかジョエルの一言だけで、そこまで理解が出来るようになったのね?」
「え……い、いえ、まだまだです」
「謙遜しなくても大丈夫よ、セアラさん。それにそのうち面白いくらい分かるようになる時が来るから」
(そのうち……?)
侯爵夫人は、フフフと意味深に笑って送り出してくれた。
───
「あ、甘い! ジョエル様! 今日のお茶は甘い味がしますよ?」
ジョエル様が私の休憩のためにと用意してくれたお茶は甘い味のするお茶だった。
コクリ。
ジョエル様は無言で頷く。
「なるほど! だから、今日のおやつは塩気の強いお菓子だったんですね?」
「……いつもと同じは飽きる」
「ジョエル様……」
それは、淡々とした口調だったけれど、私のことを色々考えてくれて選んでくれたことが伝わって来て嬉しくなった。
(ふふ! ますますお茶が甘くなった気がするわ!)
嬉しくて微笑みながらもう一度お茶を飲んでいたら強い視線を感じた。
その視線の送り主はもちろん、ジョエル様。
(なに? 圧……圧がすごい……! はしゃぎすぎた!?)
「えっと、ジョエル様? どうしました?」
「……好きか?」
「す……?」
(す、き?)
その唐突な質問に胸がドキッとした。
「え? ……あ、これ、甘い味のお茶のことですか? 好きですよ!」
意味を理解した私はなんとか笑顔で答える。
(…………私、今なんでドキッとしたんだろう……?)
何だか気恥ずかしくなってしまい、ゴクッと勢いよくお茶をもう一度飲み込んだ。
「セアラの……笑顔が増えた」
「え? 笑顔……?」
「───いいことだ」
「!」
そう言ったジョエル様がそっと手を伸ばして、私の頬に触れる。
許可なく触れるなんて駄目だ!
これが口癖のジョエル様にしてはかなり珍しい行動だった。
「ジョ……エル様?」
「……」
そのまま私たちは見つめ合う。
「……」
「……」
(すごく真剣な……目)
何だか甘酸っぱい空気が流れている気がする……そう思った。
「───セアラ、俺は……」
ジョエル様が優しい手付きで私の頬を撫でながら何かを言いかけた時だった。
「し───失礼します! 若君! お邪魔します……お客様がお見えです!」
「!」
「え……」
ノックの音と共に扉が開いて侯爵家の執事が慌てて部屋に飛び込んで来た。
ピタッと私の頬を撫でていた手が止まる。
「……客?」
「若君と特にお約束はしていないとのこと。ですが……」
「約束はない?」
ジョエル様が眉をひそめる。
(そんな約束もせずに強引に押しかけてくるなんて…………まさか!)
この時、私の脳裏に浮かんだ顔はもちろん……お姉……
「───エドゥアルトか」
「左様でございます」
(……ん、んん?)
思い浮かべたお姉様の顔にピシッとヒビが入り、代わりに鼻眼鏡をかけた陽気な男性の顔が私の頭の中に浮かぶ。
「え? え……エドゥ……」
「驚かせたな。すまない、セアラ。これはいつものことだ」
ジョエル様は落ち着き払った様子でそう言った。
(突撃訪問はいつものこと……なんだ?)
これも仲良し故のことなのかな、と考えていたら入口から陽気な声が聞こえてきた。
私は慌てて振り返る。
満面の笑みで部屋に入って来たのは確かにジョエル様の友人、エドゥアルト様。
(さすがに今日は鼻眼鏡は無しなのね……?)
安心したような残念なような……
複雑な気持ちになった。
「やあやあやあ! ジョエル。突然すまない、お邪魔するよ!」
「……」
「ふむ。婚約者と茶の時間だったのか。それは邪魔をしてすまなかった。だからそんなに不機嫌なのか……」
「……」
「ははは、ジョエル。分かった分かった。だからそんな顔をして睨まないでくれ」
「……」
「え? くだらない用事だったら一ヶ月出入り禁止にする? うーん、それは困るぞ」
(パ、パーティーの時も思ったけど……)
エドゥアルト様によるジョエル様理解力が凄すぎて一人で喋っているようにしか聞こえない!
いえ、一人で喋り倒してる!
私が慄いていると、エドゥアルト様は私の方に顔を向けた。
「───やあ! 失礼するよ、セアラ・ワイアット嬢」
「こ、こんにちは」
私が頭を下げるとエドゥアルト様は満足そうに微笑んだ。
「ジョエルと茶の時間を持てる令嬢がいるとは。本当に驚きだ」
「そ、そんなに……驚くほど珍しいのですか?」
私が訊ねるとエドゥアルト様は大きく頷いた。
そして私の前に三本指を立てる。
(さん?)
「僕が知っている限りだが、令嬢の平均は一分半。持って三分だ」
「さ、さんぷん……」
「ちなみに、その三分の記録保持者は君の姉だった」
「え……」
「三分間、ひたすら喋り倒して、結局、何の反応を貰えず泣いて怒って帰って行ったそうだぞ」
(お、お姉様……)
お姉様のその時の様子を想像してしまった。
さぞ嘆いたことだろう。
「ちなみに僕は、五分間喋り倒したがやはり反応を貰えなかった!」
「え!」
堂々と胸を張って笑顔でそう語るエドゥアルト様。
これは笑っていい話? 笑っていいの……よね?
チラッとジョエル様の顔を見たけど彼は相変わらず無言でエドゥアルト様の話を聞いている。
「だからセアラ嬢。やはり君はすごいんだ! ジョエルは本当に君のことを大事にしている」
「!」
───ジョエル様に大事にされている。
そのことはもうずっと……いえ、初めて会った時から感じていた。
それは嬉しくもあり、気恥ずかしくもあり……
(て、照れる……わ)
そう思ったら、自然と私の頬が緩んで胸がキュッとなった。
「今日は、そんなジョエルの大事な君に話がある!」
「え? 私に……ですか?」
これにはジョエル様もピクリと反応した。
エドゥアルト様は微笑みを消すと真面目な口調で語り出す。
「昨日、僕はとある貴族のパーティーに誘われて参加した───……」
「……」
「くっ! ジョエル! そんないつでも暇なんだなお前……みたいな哀れみの目で僕を見ないでくれ!」
「……」
真面目な雰囲気が一気に崩れた。
「コホッ……まあ、いい。そのパーティーで僕は見かけたんだよ」
「見かけた……? 誰をですか?」
エドゥアルト様はふぅ、と息を吐く。
そしてジョエル様と私の顔を交互に見つめた。
「───ジョエルの元婚約者であり、そしてセアラ嬢。君の姉でもあるシビル・ワイアット伯爵令嬢だ」
「…………え? お、お姉様……が?」
さすがに驚いた。
まだ、あの駆け落ちに失敗して出戻りとなってからそんなに日が経っていない。
なのに、もう社交場に出たというの?
(そんなことしたら、注目を集めて笑われるだけなんじゃ……?)
そう思った所でハッと気付いた。
(待って? 注目……?)
ヒソヒソクスクスされたとしても、お姉様には最大の武器がある。
────泣き真似!
「……エドゥアルト様、もしかしてお姉様はそのパーティーで皆の注目を集めながらその場で……泣きましたか?」
私のその質問にエドゥアルト様は静かに頷いた。
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