【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea

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32. 失敗したお姉様



「────それはそれは見事な涙だった」
「!」

 エドゥアルト様はその時のことをそう評した。

「見事?」
「ジョエル……そうなんだよ!」

 怪訝そうに聞き返したジョエル様に身振り手振りでその時の様子を語る。

「大袈裟に泣き喚くわけでもなく、スーッと一筋の涙を流し、口撃を仕掛けた側に罪悪感を抱かせるような泣き方だった」

(お姉様……!)

 お姉様の泣き真似の凄いところは、その時々の状況で涙を巧みに使い分けられること。
 どう泣けば周りの同情が得られるか全て計算されている。

「……涙か。そういえばよく泣いていた……気がする」

 ジョエル様が腕を組みながら思い出したようにポツリと言った。
 その言葉を聞いたエドゥアルト様がハハハと笑った。

「気がするって!  いやいや僕の知ってる限り、ジョエルくらいだよ?」
「何がだ?」
「目の前でシクシク泣かれているのに動揺もせず、かつ彼女に慰めの言葉一つもかけずにただ黙って泣いている姿を見ていた人」
  
(ジョ、ジョエル様ーー!)

 まさかの放置!
 清々しいくらいのジョエル様だった。

「だから、ジョエルの前で泣いている時だけは、彼女の姿は滑稽だったなぁ」
「……そうだったか?」
「向こうも躍起になってたのか、かなりジョエルの前では色々な泣き方を試していたぞ?」
「?」 

 エドゥアルト様のその言葉にジョエル様は眉をひそめて首を捻る。

「泣き方に違いなんてあったか?」
「……あ、うん。ジョエルはそれすらも気付いてなかった、と」

 なるほど……
 お姉様はジョエル様に対して必死にあの手この手を使って様々なパターンでの泣き落としまで披露したのに……無反応。

(“薄情”という言葉にはこのことも含んでいたのかも……)

 ジョエル様がお姉様……泣いている女性──にどう声をかけようか考えているうちに、お姉様の泣き真似がどんどんヒートアップしてしまい、どんどん泥沼状態になっていったことが容易に想像出来た。

(でも……そんな過去より今、気にすべきことは───……)

「エドゥアルト様!  それで昨日のお姉様は周りの同情を買って“悲劇のヒロイン”になれたのでしょうか?」
「え?  あー……」

(ん?) 

 何だか歯切れの悪そうな返事をするエドゥアルト様。

「えっと、セアラ嬢……僕は君の婚約者だったパターソン伯爵令息を悪者にして、彼に騙された……と、泣いている時は別にいっかと黙って聞いてたんだけど」

 お姉様は、やはりマイルズ様に非を全て擦り付けるつもりらしい。
 エドゥアルト様は神妙な顔で続ける。

「だんだん話の雲行きが怪しくなって、セアラ嬢……君の悪口まで始まりそうだった」
「私の……」

 ピクッとジョエル様が反応する。
 漂う空気が怖い……

「あることないこと───ジョエルとセアラ嬢は自分がジョエルの婚約者だった時からすでに怪しい関係だった気がする……とか言い出した」
「なっ……!」 

(完全なる濡れ衣!)

「だからこそ、パターソン伯爵令息も妹との関係に思い悩んだんだと思う、私はそんな彼を放っておけなくて……とさっきまで彼を散々悪者扱いしておきながら今度は彼を持ち上げていた」

(マイルズ様のアップダウンが激しい……)

 今、彼は慰謝料支払いの件で社交界どころじゃなくなったから噂は好き放題流れそう……

「で、このままの流れだと、セアラ嬢まで悪者にされそうだと感じた」
「!」 
「いや、もう、シビル嬢は悪者にしていたかな」

 つまり、昨日のお姉様の発言で今、社交界では……
 ジョエル様と私が以前から不適切な関係で、それがお姉様たちの駆け落ちの理由とされ、私やジョエル様への非難が……?

(お姉様の目的は私たち……いえ、主に私の社交界での評判を落とすこと───……?)

「だから───そこは僕がしゃしゃり出て全て口を出させてもらい、一つ一つ訂正させておいたぞ!」

(ん…………ん?  今、なんて?)

「……え?  しゃしゃ……?」

 私は顔を上げる。
 ハッハッハと笑うエドゥアルト様とばっちり目が合った。

「て、訂正、ですか?」
「そうさ!  だってセアラ嬢は今回の件が起きるまでジョエルとは会って話したこともなかった!」
「は、はい……その通りです」

 エドゥアルト様はうんうんと頷く。

「ジョエルはその不器用な性格上、社交界の噂に疎い!  だから、いつだってジョエルの周りで勝手に着火しようとする火を消すのは昔から僕の役目なのさ!」
「……は?  お、お役目……?」

 不器用なジョエル様の火消し役ですって?

(なんですと?)

 びっくりした私は、ジョエル様とエドゥアルト様の顔を交互に見比べた。



✤✤✤✤✤



「~~~ッッッ!  昨日のあれ!  なっ……んだったのよーーーー!?」

 私は昨夜のパーティーでのことを思い出して部屋で一人頭を抱えて叫んでいた。

(有り得ない、有り得ない、有り得ない!!)

 苛立ちと悔しさでギリギリと唇を噛む。

「私の涙は完壁だった……はず、なのに……」

 そう、完璧だった。 
 “まだ早い”
 渋る両親を説得し、駆け落ちのことを嘲笑われることも分かった上で昨日の私は社交場に復帰した。
 だって、こういう時が一番涙に効果があるから。
 駆け落ちの失敗を逆手にとって上手くやるつもり……だった。

「マイルズ様の評判を地に落として、私……シビル・ワイアットが完全なる被害者だと印象づけるところまでは上手くいっていたのに……」

 そのままの勢いで、セアラの評判も落とそうとした時だった。

 ────エドゥアルト・コックス公爵令息!
 彼が……ジョエル様の友人だというあの公爵令息が……しゃしゃり出て来て……


『え~?  ジョエルが君の妹のセアラ嬢と実はこっそり不適切な関係だった?  ハッハッハ!  寝言は寝て言いたまえ!』
『だって、あのジョエルが不貞?  無理だよ、無理無理』
『そもそも、僕はセアラ嬢とジョエルが二人で話しているところを、先日まで見たことすら無かったよ?  ん~誰か見たことある人いるかい?』


「全部……全部、覆しやがった!!」

 彼の語りは陽気な口調なのに、妙に説得力があった。
 結果、私が白けた目で見られることになってしまった……

「……うっ…………こんなの大大大失敗じゃない……!  なんで?  どうしてこうなったのよ……!?」



✤✤✤✤✤



「え?  つ、つまり……皆、お姉様の言葉には騙されなかった……?」
「そうだよ」

 エドゥアルト様はにっこり笑った。

「さっきも言ったけれど、ジョエルと令嬢が会話出来る平均は一分半。ジョエルの“この性格”は広く知れ渡っている」
「あ……!」
「そんなジョエルが婚約者でもない令嬢と親しくしていれば嫌でも目立つのさ!  噂になることは避けられない」

 それはその通りだと思った。

「だが、そんな噂はこれまでどこからも出て来ていない。シビル嬢がその場で語ったのみで証拠はどこにも無かった。最初からその設定には無理があったんだよ」

 ジョエル様がジョエル様すぎて、火種の種すら存在していなかった……ということね?
 私は納得する。

「そして僕とジョエルが長い付き合いの友人だということも、よーーく知れ渡っている」
「……」
「結果……僕の言い分とシビル嬢の言い分───僕の圧倒的勝利だ!」

 ハッハッハとエドゥアルト様は高らかに笑った。
 めちゃくちゃ嬉しそう。

 昨日のパーティーがどこの貴族の主催だったかは知らない。
 けれど、貴族トップのコックス公爵家より上の身分は有り得ない。
 そんなコックス公爵家の彼が前に出て発言したとなれば、渾身のお姉様の涙の演技は消されたも同然……

「エドゥアルト様は、ど、どうしてそこまで……?」
「え?」

 私の質問にエドゥアルト様は不思議そうな表情を浮かべた。

「そんなのは簡単だ。セアラ嬢、君がジョエルの……」
「こ、婚約者だから、ですか?」
「……」

 エドゥアルト様は目を瞬かせた。

「いや?  さっきも言ったが、君はジョエルが大事にしている人だから、だな!」
「大事に……」
「婚約者という肩書きがあるからじゃない。ジョエルがセアラ嬢、君のことを大事に思っているかどうかが僕には重要なんだ!」
「……!」
「それに、セアラ嬢。君もジョエルとしっかり向き合ってくれているのはこの間で分かった」
「エドゥアルト様……」

 私が目を見開くとエドゥアルト様は再び笑う。

「だから僕は、友人のことを大事にしてくれようとする君、セアラ嬢を守ろうと思った……それだけだ。何もおかしなことではないだろう?」
「……エドゥアルト様ってジョエル様と本当に仲良しなんですね?」

 私がそう言うとエドゥアルト様はチラッとジョエル様を見る。
 ジョエル様は甘いお茶を静かに飲んでいた。

「ジョエルは無口で不器用だが……真っ直ぐだろう?」
「はい……」

(たまにズレてて驚きますけど)

「ジョエルは子供の頃から変わらない」 
「……」
「子供の頃の僕は、コックス公爵家の名を盾にして威張り散らすような傲慢な子供だった」

 エドゥアルト様は遠い目をしながら語る。

「親の力なのに……全て僕の力なのだと思い込んでさ───そんなある日、僕はジョエルと出会った」
「……どんな出会いだったのですか?」
「……」

 私のその質問にエドゥアルト様は一瞬黙り込むと、苦笑しながら言った。

「………踏まれた」
「は、い?」
「だから────踏まれたんだよ。邪魔だ!  っていう冷たい一言と一緒に」
「……」

(ジョ、ジョエル様ーーーー!?)

 慌ててジョエル様の方を見ると、ジョエル様は無表情のまま甘いお茶をお代わりしていた。

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