32 / 43
32. 失敗したお姉様
「────それはそれは見事な涙だった」
「!」
エドゥアルト様はその時のことをそう評した。
「見事?」
「ジョエル……そうなんだよ!」
怪訝そうに聞き返したジョエル様に身振り手振りでその時の様子を語る。
「大袈裟に泣き喚くわけでもなく、スーッと一筋の涙を流し、口撃を仕掛けた側に罪悪感を抱かせるような泣き方だった」
(お姉様……!)
お姉様の泣き真似の凄いところは、その時々の状況で涙を巧みに使い分けられること。
どう泣けば周りの同情が得られるか全て計算されている。
「……涙か。そういえばよく泣いていた……気がする」
ジョエル様が腕を組みながら思い出したようにポツリと言った。
その言葉を聞いたエドゥアルト様がハハハと笑った。
「気がするって! いやいや僕の知ってる限り、ジョエルくらいだよ?」
「何がだ?」
「目の前でシクシク泣かれているのに動揺もせず、かつ彼女に慰めの言葉一つもかけずにただ黙って泣いている姿を見ていた人」
(ジョ、ジョエル様ーー!)
まさかの放置!
清々しいくらいのジョエル様だった。
「だから、ジョエルの前で泣いている時だけは、彼女の姿は滑稽だったなぁ」
「……そうだったか?」
「向こうも躍起になってたのか、かなりジョエルの前では色々な泣き方を試していたぞ?」
「?」
エドゥアルト様のその言葉にジョエル様は眉をひそめて首を捻る。
「泣き方に違いなんてあったか?」
「……あ、うん。ジョエルはそれすらも気付いてなかった、と」
なるほど……
お姉様はジョエル様に対して必死にあの手この手を使って様々なパターンでの泣き落としまで披露したのに……無反応。
(“薄情”という言葉にはこのことも含んでいたのかも……)
ジョエル様がお姉様……泣いている女性──にどう声をかけようか考えているうちに、お姉様の泣き真似がどんどんヒートアップしてしまい、どんどん泥沼状態になっていったことが容易に想像出来た。
(でも……そんな過去より今、気にすべきことは───……)
「エドゥアルト様! それで昨日のお姉様は周りの同情を買って“悲劇のヒロイン”になれたのでしょうか?」
「え? あー……」
(ん?)
何だか歯切れの悪そうな返事をするエドゥアルト様。
「えっと、セアラ嬢……僕は君の婚約者だったパターソン伯爵令息を悪者にして、彼に騙された……と、泣いている時は別にいっかと黙って聞いてたんだけど」
お姉様は、やはりマイルズ様に非を全て擦り付けるつもりらしい。
エドゥアルト様は神妙な顔で続ける。
「だんだん話の雲行きが怪しくなって、セアラ嬢……君の悪口まで始まりそうだった」
「私の……」
ピクッとジョエル様が反応する。
漂う空気が怖い……
「あることないこと───ジョエルとセアラ嬢は自分がジョエルの婚約者だった時からすでに怪しい関係だった気がする……とか言い出した」
「なっ……!」
(完全なる濡れ衣!)
「だからこそ、パターソン伯爵令息も妹との関係に思い悩んだんだと思う、私はそんな彼を放っておけなくて……とさっきまで彼を散々悪者扱いしておきながら今度は彼を持ち上げていた」
(マイルズ様のアップダウンが激しい……)
今、彼は慰謝料支払いの件で社交界どころじゃなくなったから噂は好き放題流れそう……
「で、このままの流れだと、セアラ嬢まで悪者にされそうだと感じた」
「!」
「いや、もう、シビル嬢は悪者にしていたかな」
つまり、昨日のお姉様の発言で今、社交界では……
ジョエル様と私が以前から不適切な関係で、それがお姉様たちの駆け落ちの理由とされ、私やジョエル様への非難が……?
(お姉様の目的は私たち……いえ、主に私の社交界での評判を落とすこと───……?)
「だから───そこは僕がしゃしゃり出て全て口を出させてもらい、一つ一つ訂正させておいたぞ!」
(ん…………ん? 今、なんて?)
「……え? しゃしゃ……?」
私は顔を上げる。
ハッハッハと笑うエドゥアルト様とばっちり目が合った。
「て、訂正、ですか?」
「そうさ! だってセアラ嬢は今回の件が起きるまでジョエルとは会って話したこともなかった!」
「は、はい……その通りです」
エドゥアルト様はうんうんと頷く。
「ジョエルはその不器用な性格上、社交界の噂に疎い! だから、いつだってジョエルの周りで勝手に着火しようとする火を消すのは昔から僕の役目なのさ!」
「……は? お、お役目……?」
不器用なジョエル様の火消し役ですって?
(なんですと?)
びっくりした私は、ジョエル様とエドゥアルト様の顔を交互に見比べた。
✤✤✤✤✤
「~~~ッッッ! 昨日のあれ! なっ……んだったのよーーーー!?」
私は昨夜のパーティーでのことを思い出して部屋で一人頭を抱えて叫んでいた。
(有り得ない、有り得ない、有り得ない!!)
苛立ちと悔しさでギリギリと唇を噛む。
「私の涙は完壁だった……はず、なのに……」
そう、完璧だった。
“まだ早い”
渋る両親を説得し、駆け落ちのことを嘲笑われることも分かった上で昨日の私は社交場に復帰した。
だって、こういう時が一番涙に効果があるから。
駆け落ちの失敗を逆手にとって上手くやるつもり……だった。
「マイルズ様の評判を地に落として、私……シビル・ワイアットが完全なる被害者だと印象づけるところまでは上手くいっていたのに……」
そのままの勢いで、セアラの評判も落とそうとした時だった。
────エドゥアルト・コックス公爵令息!
彼が……ジョエル様の友人だというあの公爵令息が……しゃしゃり出て来て……
『え~? ジョエルが君の妹のセアラ嬢と実はこっそり不適切な関係だった? ハッハッハ! 寝言は寝て言いたまえ!』
『だって、あのジョエルが不貞? 無理だよ、無理無理』
『そもそも、僕はセアラ嬢とジョエルが二人で話しているところを、先日まで見たことすら無かったよ? ん~誰か見たことある人いるかい?』
「全部……全部、覆しやがった!!」
彼の語りは陽気な口調なのに、妙に説得力があった。
結果、私が白けた目で見られることになってしまった……
「……うっ…………こんなの大大大失敗じゃない……! なんで? どうしてこうなったのよ……!?」
✤✤✤✤✤
「え? つ、つまり……皆、お姉様の言葉には騙されなかった……?」
「そうだよ」
エドゥアルト様はにっこり笑った。
「さっきも言ったけれど、ジョエルと令嬢が会話出来る平均は一分半。ジョエルの“この性格”は広く知れ渡っている」
「あ……!」
「そんなジョエルが婚約者でもない令嬢と親しくしていれば嫌でも目立つのさ! 噂になることは避けられない」
それはその通りだと思った。
「だが、そんな噂はこれまでどこからも出て来ていない。シビル嬢がその場で語ったのみで証拠はどこにも無かった。最初からその設定には無理があったんだよ」
ジョエル様がジョエル様すぎて、火種の種すら存在していなかった……ということね?
私は納得する。
「そして僕とジョエルが長い付き合いの友人だということも、よーーく知れ渡っている」
「……」
「結果……僕の言い分とシビル嬢の言い分───僕の圧倒的勝利だ!」
ハッハッハとエドゥアルト様は高らかに笑った。
めちゃくちゃ嬉しそう。
昨日のパーティーがどこの貴族の主催だったかは知らない。
けれど、貴族トップのコックス公爵家より上の身分は有り得ない。
そんなコックス公爵家の彼が前に出て発言したとなれば、渾身のお姉様の涙の演技は消されたも同然……
「エドゥアルト様は、ど、どうしてそこまで……?」
「え?」
私の質問にエドゥアルト様は不思議そうな表情を浮かべた。
「そんなのは簡単だ。セアラ嬢、君がジョエルの……」
「こ、婚約者だから、ですか?」
「……」
エドゥアルト様は目を瞬かせた。
「いや? さっきも言ったが、君はジョエルが大事にしている人だから、だな!」
「大事に……」
「婚約者という肩書きがあるからじゃない。ジョエルがセアラ嬢、君のことを大事に思っているかどうかが僕には重要なんだ!」
「……!」
「それに、セアラ嬢。君もジョエルとしっかり向き合ってくれているのはこの間で分かった」
「エドゥアルト様……」
私が目を見開くとエドゥアルト様は再び笑う。
「だから僕は、友人のことを大事にしてくれようとする君、セアラ嬢を守ろうと思った……それだけだ。何もおかしなことではないだろう?」
「……エドゥアルト様ってジョエル様と本当に仲良しなんですね?」
私がそう言うとエドゥアルト様はチラッとジョエル様を見る。
ジョエル様は甘いお茶を静かに飲んでいた。
「ジョエルは無口で不器用だが……真っ直ぐだろう?」
「はい……」
(たまにズレてて驚きますけど)
「ジョエルは子供の頃から変わらない」
「……」
「子供の頃の僕は、コックス公爵家の名を盾にして威張り散らすような傲慢な子供だった」
エドゥアルト様は遠い目をしながら語る。
「親の力なのに……全て僕の力なのだと思い込んでさ───そんなある日、僕はジョエルと出会った」
「……どんな出会いだったのですか?」
「……」
私のその質問にエドゥアルト様は一瞬黙り込むと、苦笑しながら言った。
「………踏まれた」
「は、い?」
「だから────踏まれたんだよ。邪魔だ! っていう冷たい一言と一緒に」
「……」
(ジョ、ジョエル様ーーーー!?)
慌ててジョエル様の方を見ると、ジョエル様は無表情のまま甘いお茶をお代わりしていた。
あなたにおすすめの小説
断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした
カレイ
恋愛
子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き……
「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」
ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。
Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。
休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。
てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。
互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。
仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。
しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった───
※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』
の、主人公達の前世の物語となります。
こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。
❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。
【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです
唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。
すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。
「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて――
一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。
今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。
いや、無理。 (3/27・0時完結)
詩海猫(9/10受賞作発売中!)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。
一旦完結にしましたが、他者視点を随時更新の間連載中に戻します。
もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、
「わかってくれるだろう?ミーナ」
と手を差し伸べた。
だから私はこう答えた。
「いや、無理」
と。
夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです
藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。
理由は単純。
愛などなくても、仕事に支障はないからだという。
──そうですか。
それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。
王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。
夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。
離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。
気づいたときにはもう遅い。
積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。
一方で私は、王妃のもとへ。
今さら引き止められても、遅いのです。
私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。
火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。
しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。
数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。