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35. 茶番はもうおしまい
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無理! 終わらない!
突然始まったジョエル様からの謝罪要求。
それが、いつまで経っても終わらない。
(も、もう一生分の謝罪をした気がする……わ)
ハァハァ……
ガクッと床に手を着く。
私と同じく、ハァハァと息を切らせて床に手をついているお父様とお母様と目が合った。
───どうすればいいのよ、お父様、お母様!
───分からん!
───もう何分経ったのかしら……
二人も真っ青な顔で首を横に振るだけ。
(この、役立たず!)
「はぁ~い、また一分経過っと! ホホホ、どんどん上乗せされていくわね?」
「あ……」
明らかにこの状況を楽しんでいそうな様子のギルモア侯爵夫人。
未来の義母の鬼畜っぷりにゾッとした。
唯一、妻と息子を窘めてこの場の混乱を収めることが出来るであろうギルモア侯爵。
彼はこんなことになっているというのに表情一つ変えずに私たちの様子をじっと見ているだけ。
むしろ、ジョエル様以上にこの場で声をまともに発していないのでは?
(その全く焦点の合っていなさそうな視線が……怖いんだけど!?)
どうすれば?
どうすればジョエル様は納得してくれるの?
私は床に這いつくばるというかなり屈辱な体勢で謝罪の言葉をつむぐ。
(今度こそ……!)
さすがに可愛い私がこんな屈辱な体勢で謝罪すれば、心も少しは動くでしょう!?
そう信じて。
「───っっ! ジョエル様、申し訳ございませんでした! ほ、本当に本当に私は、あなたという人がありながら愚かなことを……」
「────違う」
「はぁ~い、またまた一分経過~、ホホホ」
「!」
(だーかーらーー!)
何が違うの!?
何がお気に召さないの!?
“違う”以外の説明しなさいよ!
そして、慰謝料……慰謝料はどれだけ上乗せされてしまったの!?
私の苛立ちはピークを迎えギリギリと唇を噛み締める。
───ここまで、
申し訳ございません。から始まり、えへ☆ごめんなさーい……!
という馬鹿っぽいのまで、ありとあらゆる謝罪を繰り広げたというのに……
(なんでこの男は、顔色一つ変えないわけーーーー!?)
絆される様子もなければ、クスリとも笑わない。
出てくる言葉は、
「違う」「早くしろ」
鬼畜! 鬼畜なの!?
もう、どうすればいい?
何を考えているのかさっぱり分からない!
ジョエル様とは三ヶ月くらい婚約者として過ごした。
けれど……
言葉だけじゃない。
笑った顔は疎か困った顔も照れた顔も見たことがない。
(この男が表情を崩すのはどんな時なのよーーーー!?)
「あらあら、シビルさん大丈夫? そろそろ十五分経つわねぇ……だから、上乗せは十五倍?」
「ひっ……!?」
十五倍ですって!?
元々の請求金額にそれだけ上乗せなんかされたら、我が家はどうなるの!?
(セアラ……)
私は両拳をギュッと強く握り込む。
爪がくい込んで痛んだ。
でも、そんなことより、いったいあの子は私の代わりにギルモア侯爵家に入り込んで何をしでかしたの!?
セアラが侯爵家でとんでもないことをしでかしたから、私がこんなことになっているのよ!
そう思った私は顔を上げてセアラを睨みつけた。
妹想いの優しい姉───
もう、そんなものを演じている場合じゃないわ。
(そうよ! ワイアット伯爵家の中でセアラだけが謝罪していないじゃない!)
私は今になってようやくそのことに気付く。
ジョエル様の言う「違う」とは……
つまり、家族全員で謝罪をしていないじゃないか……そういう意味だったのね!?
「セアラ!」
「え? お姉、様?」
私は気力を振り絞って立ち上がって近付くと、セアラの名前を呼んで腕を掴んだ。
「何をぼんやりしているの!」
「え?」
「あなたが私たちと一緒になって謝らないから、ジョエル様はお許しになってくださらないのよ!」
「え、え?」
(本当に鈍くて鈍臭い子ね!)
「セアラ! あなたも一緒に謝るのよ!」
私の言葉にお父様とお母様もハッとし気色ばむ。
「待って、お姉様! い、痛っ……」
私は無理やりセアラの頭を下げさせようとする。
それなのに、セアラは何故か酷く抵抗して来た。
早く……早くしなくちゃ。
「その手を離せ───二倍にする」
その瞬間、とんでもない発言が降って来た。
私は目を見開いてその発言の主、ジョエル様を見つめる。
(今、なんて……に、にばい?)
あまりの衝撃に掴んでいたセアラの腕を離す。
二、二倍……二倍!?
「あらあら。ジョエルったら容赦がないわ。では、ここからは一分経過ごとに二倍とするわね? はい! スタート!」
侯爵夫人がにこやかに手を叩いた。
その軽やかな手を叩く音が私には絶望の音に聞こえた。
✤✤✤✤✤
(痛かった……)
ジョエル様のまさかの二倍にする発言に呆然としたお姉様が掴んでいた手を離してくれたので、私はそこから逃げ出す。
「セアラ……大丈夫か?」
「は、はい」
ふらついた私をジョエル様がそっと支えてくれた。
「すまない」
「ジョエル様?」
「なかなかセアラに対して謝らない……」
(……え?)
私は目をパチパチさせてジョエル様を見つめる。
「私……に謝、る?」
私が聞き返すとジョエル様は怪訝そうに首を傾げた。
「そうだが?」
「……え」
「他に何がある?」
「……えっと」
私は頑張って頭の中を整理しようと試みる。
(え、え? これは私へ謝らせるためだったの?)
もう、一生分の謝罪という謝罪の様々なパターンを見せられた気分になっていて、
ジョエル様って凄いわ、全然折れないわー……なんて思っていたけれど……
(そもそもの前提が違ーーう!)
あの人たちの中に私へ謝罪する……なんて考えがあるはずがない。
無理無理! それは、終わらないはずよ……
「しかも今、事もあろうにセアラにも謝罪をさせようとしていた……」
「ジョエル様……」
無表情ながらも声でジョエル様が怒っているのが伝わってきた。
急に上乗せ分が二倍に増えた理由はそれ……!?
もはや、跳ね上がった金額がいくらになったか想像することが恐ろしくなる。
(面白いけど、このままじゃ堂々巡り……)
「ジョエル様。全部、私のためだったんですね?」
「……」
「ありがとうございます」
「……」
ジョエル様がそっと私の手を取って握った……その時だった。
呆然としていたお姉様が覚醒した。
「セアラ! あなた、いったいジョエル様と何をコソコソ喋っているのよ!」
すごい形相でズンズンこっちに向かってくる。
もう、妹想いの優しい姉の顔は完全に剥がれていた。
(……茶番はもうおしまい)
私は顔を上げて毅然とした態度で答える。
「──自分の婚約者と話をすることの何がいけないのですか?」
「は?」
お姉様が眉をつりあげた。
「馬鹿おっしゃい! こんな無口無表情で薄情で鬼畜なジョエル様とまともに会話なんて出来るはずがないでしょう!」
(鬼畜が増えている……)
私は首を強く横に振った。
「お姉様! 訂正してください。ジョエル様は確かに無口で無表情ですが、薄情でも鬼畜でもありません!」
「はぁ?」
「ジョエル様はとっても優しい人なんです!」
「……」
一瞬、ポカンとしたお姉様。
でも直ぐにお腹を抱えて笑いだした。
「ふ、ふふ。何を言い出すかと思えば……もう、セアラったら笑わせないで?」
「───いいえ。私は本当のことを言っています」
「!」
私に睨み返されてお姉様はさらに目を吊り上げた。
「何を言っているの、セアラ。私はね、三ヶ月間、彼の婚約者をして来て優しいどころかまともに口を聞いて貰えなかったのよ? その話、何度もしたでしょう? だから、あなただって───」
「お姉様と一緒にしないでください。ジョエル様はちゃんと喋ってくれます!」
「なっ……」
「───私も最初はそう誤解しました! でも、しっかりとジョエル様と向き合ってみたら、喋ってくれるしとても誠実で優しい人なんだと分かります」
お姉様の顔がカッと赤くなる。
「な、なによ! セアラのくせに! ……まさか、この私より自分の方が愛されてる……とか思っちゃっているわけ?」
「!」
お姉様はふふふ、と私に向かって小馬鹿にしたように笑う。
「バカね、鏡をよーーく見てご覧なさい? セアラ。私とセアラのどっちが可愛いくて愛される存在なのか……そんなのは誰が見ても……」
「───セアラ」
お姉様の笑顔がピシッと引き攣った。
「ふ、ふふ、うふふふふ、やだわ。空耳かしら? だって可愛いのはどう考えても、わ……」
「セアラ」
「……」
お姉様がギギギ……と音がしそうな固まった顔で、声のした方──ジョエル様に向かって振り向く。
ジョエル様はお姉様と目が合うときっぱりと言い切った。
「何度も言わせるな。どちらが可愛い? 比べるまでもない……セアラ一択だ」
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