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第11話
しおりを挟む「……趣味? 趣味か……」
「え、ええ、そうです」
意外にも旦那様(仮)は、驚いた顔はしたけれど普通に話に乗っかってきてくれた!
(こんなおバカな質問なのに! なんてお優しいの!)
「まぁ、昔は剣を振るう事……だったが」
「……」
過去形で語る旦那様(仮)の表情は少し寂しそうだった。
(あぁ、そっか。今は剣に触れる暇すらないものね。それに、嫌でも王女様の事を思い出してしまうでしょうし……)
私が話を振ったせいで落ち込ませてしまったのだから、これは励まさないと!
そんな気持ちになった。
「旦那様(仮)!」
「?」
「……剣も使える強い男性は(一般的に)格好良いですし憧れますわ!」
「格好良くて憧れる!? アリス……本当、か?」
「ええ」
私が微笑みながらそう答えると、旦那様(仮)は、嬉しそうに「そうか、憧れ……格好良いのか……」と頷いている。
その姿は、まるでご機嫌で尻尾を振るワンコにしか見えない。
(良かったわ! 元気になったみたい)
一般論かもしれないけれど、多くの女性の憧れと聞いて嬉しく思わないはずないものね!
「そうだ。アリスは? アリスの趣味はなんだ?」
「え?」
旦那様(仮)がソワソワした様子で訊ねてくる。
「何でも好きですわ! 刺繍もお料理もお菓子作りも好きです!」
「え! ……そ、そう、か……ハハハ」
「……?」
気の所為かしら? 旦那様(仮)の顔が若干引き攣っているように見えるのだけど?
「───でも、一番好きだった事は“お仕事”にしてしまいましたの。ですから、あれは趣味とは違うかもしれませんね」
「アリス……?」
「旦那様(仮)! お仕事を続けさせてくれてありがとうございます。おかげさまで復帰第1弾がもうすぐ無事に……」
結婚申込時の約束を守って、私のお仕事に関して文句も口も出さずに見守ってくれている旦那様(仮)に、この機会を使って感謝の気持ちを述べようと思った。
興味は無いかもしれないけれど、発売後に一冊プレゼントしようかと思っているのだけど、喜んでくれるかしら?
「……はっ! 待て待て待て、待ってくれ!」
「?」
(何が待ってくれ! なのかしら??)
「アリス!」
「は、はい!」
旦那様(仮)の表情も声もとても真剣だった。
これはものすごく大事な話かもしれない! 私は飲んでいたお茶をテーブルに戻すと背筋をピンッと伸ばした。
「実は……ずっと、ずっと思っていたんだ」
「ずっとですか? な、何をでしょう……?」
(まさか、やっぱり仕事を辞めて欲しいとか言うのでは……?)
私はゴクリと唾を飲み込む。
「アリス……!!」
「……はい!」
旦那様(仮)は、そこで一つ大きな深呼吸してから叫んだ。
「アリス! …………君の仕事はいったい何なんだ!」
「………………は?」
(空耳かしら?)
「き、君は(そんなにも不器用なのに)いったい何の仕事をしているんだーー!?」
「……」
(えーーーーーー!?)
いったい、今更何を言っているんですの、旦那様(仮)ーー!?
その叫びに私の頭の中は再び大混乱に陥った。
───
「……まさか、何も知らなかっただなんて……まさか、はぁ」
旦那様(仮)とのミニお茶会を終えた私は部屋に戻る途中ずっとブツブツとこの言葉を繰り返している。
だって当然、知っているのだとばかり思っていた。
「私のお得意の妄想で、言ったつもり……に、なっていただけなのかもしれないわ」
有り得る。と、言うより多分そうだと思っている。
きっと、旦那様(仮)はずっと思っていたに違いない。
仕事を再開しました! とか言いながらコイツ屋敷の中で何してるんだ……? と。
(何だか恥ずかしい)
「しかも……また、さっきもお仕事内容を言い損ねるとか! タイミング悪過ぎでしてよ……何でなの」
先程の旦那様(仮)の衝撃発言に驚いた私は暫く固まった後、説明しなくてはと思い動いた。
しかし「実は、私……」と、言いかけた所でなんと休憩時間が終わってしまった。
(さすが、真面目な旦那様(仮)の元で働く人達ですこと……容赦なく旦那様(仮)を連れて行ってしまうんですもの)
───いや、待て待て、あと1分……いや、30秒でいい! アリスと話をさせてくれ……!
───申し訳ございません。時間がありません。奥様との話は夜にでもして下さい。
───だが、これでは生殺しだっ! お、おい!? こらっ! 引っ張るな、おい!
そうして旦那様(仮)は、私の目の前でずるずると引きずられて行ってしまった……
(これは、夜にはしっかり説明しないといけないわ……妄想ではなくて)
◇◇◇
「え! 奥様、お出かけされるのですか?」
「ええ、旦那様(仮)には許可を頂いているわ」
部屋に戻った後、私は外に出かける準備を始めた。
「何か欲しい物でもあるんですか? きっと奥様がお願いしたら、ご主人様は何でも買ってくれますよ?」
「何でも? 私の為に、さすがにそんな無駄遣いはなさらないと思うわ……」
(私は単なるお飾りの妻であって、旦那様に散財させる悪妻になる予定ではなくってよ!)
「…………ご主人様の愛、すごくすごーーく重たいじゃないですか……」
小さな声で何かを呟くメイドはなかなか納得してくれなかった。
そうして、街に出た私の行先は───……
「本屋ですか?」
「そうよ! 市場調査という方が正しいかしら。さすがに王都とは違うと分かっているけれど」
(今晩、旦那様(仮)に説明する為にもチェックはしておきたい)
伯爵領にも私の書いた本が、並んでいたんですよーって報告したいもの。
そんな事を思いながら、本屋に入ろうとした時だった。
「……きゃぁっ!」
「リエナ? どうかし……」
小さな悲鳴がしたので、振り向くと一緒に着いて来てくれたメイド……のリエナが、入口で一人の男性にぶつかってしまっていた。
「……チッ」
「すみません」
「……」
ぶつかった男はリエナが謝っているのに無言のまま歩き出す。
(態度の悪い方ね……だけど、どこか足取りが気になる……)
「あぁぁ、奥様! 大変ですっ! 財布が……財布がありません。さっきまでは確かにここにあったのに」
「!!」
何となくぶつかった男性の事を目で追っていたら、突然、リエナが半泣きで叫び出した。
その声でようやく気付く。
(さっきの男だわ!! わざとリエナにぶつかってその隙に盗んだんだわ!)
なんて卑怯な男なの!
そう思った私は男を追いかけようとした……のだけれど。
「ダ、ダメです! 奥様に危険な事はさせられません!」
「っ!」
リエナに止められる。
分かっているわ。私は伯爵夫人(仮)。無茶は許されない……
(犯人は分かっているのに! このまま易々と逃がすしかないの?)
護衛には店の中にまでぞろぞろ来て欲しくなくて、リエナも居るので馬車で待っててと言ってしまった。だから、ここまでは連れて来ていない。
それに、例え今から呼んでも間に合わない。逃げられてしまう。
悔しい……そう拳を握りしめたその時、
「今、突然走り出したあの黒い帽子の男を捕まえればいいのかな?」
「え?」
「そこで待っていて? 財布だろう? 取り返してくるよ、綺麗なお嬢さん方」
「!?」
(…………どなた!?)
後ろから見知らぬ男の人の声がしたと思ったら、その男性がリエナの財布を盗んだと思われる犯人の元へと向かって駆け出した。
「はい、これで間違いないかな?」
「そ、それです! あ、ありがとうございます……」
リエナが泣きながら、差し出された財布を受け取る。
窃盗の犯人を追いかけてくれたこの見知らぬ男性は、どうやら無事に取り返してくれたらしい。
「でも、申し訳ない。財布は取り返せたけれど犯人の男は取り逃してしまったよ」
見知らぬ男性はそう言った。
改めて向き合って私も彼にお礼を言う。
(あら? フードを被っていて顔がよく見えないわ……)
「本当にありがとうございました」
「ははは。いやいや、気にしないでくれ。美しい君達に怪我が無くて良かったよ」
そう言って見知らぬ男性は軽快に笑う。何だか軽い人という印象を受けた。
「……」
「あぁ、しまった! フード被ったままでは僕も怪しい奴だよね」
「……」
そう言って見知らぬ男性はフードを脱ぐ。
すると、フードの下からは澄んだ青い空のような色の髪が現れた。
(なんて目立つ髪色……)
そして、その見知らぬ男性はニッコリ微笑むと私達に向かってこう言った。
「僕の名前は、サティ。決して怪しい者では無いよ!」
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