7 / 30
7. 意味深な訪問者
「イリーナ・ケルニウスですわ。本日は訪問の許可を頂きありがとうございます」
「こちらこそ、エドワードを気にしてくれてありがとう」
伯爵家に現れたのは、ケルニウス侯爵家の令嬢、イリーナ様だった。
(そんな気はしていた……していたわ!)
私は打ちひしがれていた。
心のどこかで令息であって欲しいと願ってしまっていたから。
「いえ、エドワード様が事故にあわれたと聞いて驚きましたわ。そのお話を聞くまでずっと心配していましたのよ。だって突然手紙のお返事が途絶えてしまったんですもの」
「あぁ、手紙。どうもエドワードはあなたと手紙を何通か送りあっていたそうだね」
「まぁ、伯爵様もご存知でしたのね。そうですわ……少しご縁がありまして」
うふふ、と微笑むイリーナ様。
「ところで、そちらの方は……」
イリーナ様がチラリと私の方に視線を向け訊ねる。
「エドワードの婚約者だ」
「初めまして。アリーチェ・オプラスと申します」
伯爵様からの紹介を受けて私が挨拶に進み出る。
イリーナ様と私に面識は無いので、本当に初めまして、だ。
「オプラス……伯爵家? ……あぁ、あなたがそうでしたの!」
「……」
「聞いていましたわ。幼馴染の婚約者の事。へぇ、あなたが……ねぇ……ふふ」
「!」
イリーナ様の私に向ける視線は、まるで私の全身を舐め回すかのような視線でそれが何だかとても気持ち悪い。
それに、さっきから発している言葉からエドワード様との仲の良さをアピールして来ている気がする。
(もしかして、わざと言っている?)
「それで、どうしてここにエドワード様の婚約者のアリーチェ様がおりますの?」
「アリーチェ嬢は、我が家に通って事故にあった後のエドワードの世話を焼いてくれているんだよ」
「まぁ、そうでしたの! あぁ、婚約者ですものねぇ……ふふ…………必死なんですわね」
───ゾクッ
イリーナ様は笑顔なのに、目が……目の奥が全然笑っていない。そして伯爵様には気付かれないように私に冷たい視線を送ってくる。
完全に敵意むき出しだった。
(記憶を失くす前のエドワード様とイリーナ様の関係っていったい……)
少なくとも手紙のやり取りをしていたのは間違いない。なぜ……?
そんなモヤッとした気持ちが生まれる。
(ダメダメ! 先走らないって決めたでしょう!)
そんな葛藤をしている内に、エドワード様の部屋の前に着いた。
「……アリーチェ様も同席されるんですの?」
「エドワードたっての希望なんだが」
「え! エドワード様の……?」
一瞬だけイリーナ様が動揺した。しかし、すぐに彼女は笑顔に変わる。それも、とても意味深な笑顔に。
「あぁ、そういう事なのですね。ふふ、エドワード様ったら……分かりましたわ。アリーチェ様も同席してくださって構いませんわ。その方が話が早いですものね」
「……?」
「エドワード様、ご無沙汰しております」
「……あぁ、君にも心配をかけてしまったようで、すまない。ケルニウス侯爵令嬢」
エドワード様のその返しにイリーナ様の眉がピクリと反応する。
けれど、それも一瞬の事ですぐに彼女は微笑みを浮かべる。
(さっきからイリーナ様の表情の変化が凄い……いえ、怖い)
「まぁ、嫌ですわ。エドワード様ったら。そんな他人行儀のような呼び方やめてくださいな? ……いつもの通りイリーナとお呼びくださいませ?」
「……」
エドワード様はそれに対し答えない。
イリーナ様もそこはあまり気にしていないのか、そのまま会話を続けた。
「それよりも驚きましたわ。事故だなんて! 怖いですわね」
「あぁ……」
「怪我はもう大丈夫なんですの?」
「あぁ……」
エドワード様の返答が素っ気ない。
まるで少し前のエドワード様と自分を見ているよう。
「んもう! エドワード様ったら相変わらず素っ気ないですわね……酷いですわ」
「……そうだろうか?」
「えぇ。ですが、それがエドワード様なんですものね、うふふ」
(あれ……?)
どうやら、イリーナ様は素っ気ないエドワード様の態度が気にならないようだった。
「ほら、初めてお会いした時もー……」
イリーナ様はこれでもかって言うほど、エドワード様との話を語っていた。
エドワード様はそれを特に何の反応も示さずに聞いていた。
記憶が無いので本当か嘘かが分からないので、おそらく反応のしようが無いのだと思う。
そんなイリーナ様の語る話は、エドワード様に話していると言うよりも、私に向けて話しているように聞こえた。
「ふふ。あぁ、そうですわ。ねぇ、エドワード様…………」
「?」
そこまで言ってイリーナ様が立ち上がるとにっこり笑ってエドワード様の傍に近付き、耳元で何かを囁いた。
「っっ!」
何か言葉を囁かれたエドワード様の目が大きく見開く。
それはまるで、何かに驚いているよう。
(な、何? イリーナ様は何を言ったの?)
「君は何を言っ………………うっ」
「!」
そして、その瞬間エドワード様が頭を抱え出した。
「え? やだ、何? エドワ……」
「エドワード様!!」
「きゃっ……」
私は驚きイリーナ様を無視して慌ててエドワード様に駆け寄る。
その際、イリーナ様にぶつかった気がするけれど、それよりもエドワード様の方が大事だ。
「エドワード! 大丈夫か?」
「…………うぅっ」
伯爵様も心配して声をかけるけどエドワード様は答えない。
ただただ頭を抑えて苦しそうなので、答えられないのだと思う。
(頭痛がするって言っていたのに! もっと配慮すべきだった!!)
「エドワード様……!」
「……アリー、チェ……?」
私がエドワード様を抱き締めると、エドワード様が少しだけ微笑んだ。
「はい。アリーチェです、エドワード様」
「…………うん、アリーチェ……」
エドワード様が私にしがみつく様に抱き着いてくる。
私もギュッと抱き締め返す。
「今、お医者様を呼んでいますから」
「ありが、とう…………くっ」
相当痛そうだ。
こんな時何も出来ない自分が情けないと思う。
「エドワード様……大丈夫です、大丈夫ですから」
お医者様が来るまで私は必死にエドワード様を抱き締め続けた。
───この時。
目の前で苦しそうにしているエドワード様に夢中で、放置されたイリーナ様が私をどんな目で見ているかなんて気付きもしなかった。
「──とりあえず、頭痛は治まったようです」
お医者様のその言葉にほっとした空気が部屋中に流れる。
エドワード様は今、薬で眠っている。
「何か強いショックを受けたようでしたが……」
エドワード様の異変はイリーナ様が耳元で何かを囁いた後に起きていた。
(いったい、イリーナ様は何を言ったの?)
チラリとイリーナ様に、視線を向けるとイリーナ様は無表情で大人しく座っている。
……そう、無表情。
エドワード様が頭痛を訴えた時は動揺した顔を見せていたけれど、その後はずっとこの表情。
私には何だかそれが不気味に思えて仕方ない。
そんな事を考えていたら、イリーナ様が椅子からすっと立ち上がる。
「私、今日はこれで、失礼しますわ」
「ケルニウス侯爵令嬢……せっかく来てくれたのにすまない」
「いえ、私の方こそ、エドワード様を興奮させてしまったようで申し訳ございませんでしたわ。エドワード様の具合が早く良くなる事を心から願っております」
そう言って出口の扉へと向かうイリーナ様は、私の傍を横切る際に小さな声で私にだけ聞こえるように言った。
「“婚約者”だからって調子に乗るんじゃないわよ。あなたはエドワード様に愛されてなどいないくせに」
───と。
あなたにおすすめの小説
【完結】初恋の彼が忘れられないまま王太子妃の最有力候補になっていた私は、今日もその彼に憎まれ嫌われています
Rohdea
恋愛
───私はかつてとっても大切で一生分とも思える恋をした。
その恋は、あの日……私のせいでボロボロに砕け壊れてしまったけれど。
だけど、あなたが私を憎みどんなに嫌っていても、それでも私はあなたの事が忘れられなかった──
公爵令嬢のエリーシャは、
この国の王太子、アラン殿下の婚約者となる未来の王太子妃の最有力候補と呼ばれていた。
エリーシャが婚約者候補の1人に選ばれてから、3年。
ようやく、ようやく殿下の婚約者……つまり未来の王太子妃が決定する時がやって来た。
(やっと、この日が……!)
待ちに待った発表の時!
あの日から長かった。でも、これで私は……やっと解放される。
憎まれ嫌われてしまったけれど、
これからは“彼”への想いを胸に秘めてひっそりと生きて行こう。
…………そう思っていたのに。
とある“冤罪”を着せられたせいで、
ひっそりどころか再び“彼”との関わりが増えていく事に──
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる
椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。
その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。
──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。
全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。
だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。
「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」
その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。
裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。
婚約者が記憶喪失になりました。
ねーさん
恋愛
平凡な子爵令嬢のセシリアは、「氷の彫刻」と呼ばれる無愛想で冷徹な公爵家の嫡男シルベストと恋に落ちた。
二人が婚約してしばらく経ったある日、シルベストが馬車の事故に遭ってしまう。
「キミは誰だ?」
目を覚ましたシルベストは三年分の記憶を失っていた。
それはつまりセシリアとの出会いからの全てが無かった事になったという事だった───
注:1、2話のエピソードは時系列順ではありません
彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む
佐藤 美奈
恋愛
公爵家の広大な庭園。その奥まった一角に佇む白いガゼボで、私はひとり思い悩んでいた。
私の名はニーナ・フォン・ローゼンベルク。名門ローゼンベルク家の令嬢として、若き騎士アンドレ・フォン・ヴァルシュタインとの婚約がすでに決まっている。けれど、その婚約に心からの喜びを感じることができずにいた。
理由はただ一つ。彼の幼馴染であるキャンディ・フォン・リエーヌ子爵令嬢の存在。
アンドレは、彼女がすべてであるかのように振る舞い、いついかなる時も彼女の望みを最優先にする。婚約者である私の気持ちなど、まるで見えていないかのように。
そして、アンドレはようやく自分の至らなさに気づくこととなった。
失われたニーナの心を取り戻すため、彼は様々なイベントであらゆる方法を試みることを決意する。その思いは、ただ一つ、彼女の笑顔を再び見ることに他ならなかった。
【完結】自称“ヒロイン”の妹によると、私の婚約者は呪われているらしい ~婚約破棄される“悪役令嬢”だと言われました!~
Rohdea
恋愛
「お姉様の婚約者のアシュヴィン様は呪われているのよ。それで、その呪いを解けるのは彼と恋に落ちる私だけなの!」
ある日、妹のリオーナが突然そんな事を言い出した。
リオーナが言うには、この世界はリオーナが“ヒロイン”と呼ばれる世界。
その姉である私、ルファナは“悪役令嬢”と呼ばれる存在で、リオーナとアシュヴィン様の恋の邪魔者らしい。
そんな私はいずれ婚約破棄をされるのだと言う。
また、アシュヴィン様はとある呪い? にかかっているらしく、
その呪いを解けるのは“ヒロイン”のリオーナだけなのだとか。
───呪い? ヒロイン? 悪役令嬢?
リオーナの言っている事の半分以上は理解が出来なかったけれど、
自分がアシュヴィン様にいつか婚約破棄されるという点だけは妙に納得が出来てしまった。
なぜなら、ルファナと婚約者のアシュヴィンは──……
※主人公は、転生者ではありません