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24. 忘れていた事
しおりを挟む「……? 何かしら、今の音」
変な音を立てて馬車が止まってしまった。
まだ、街中のようなのに。
御者が説明してくれると思うけれど、先に何があったのか聞いた方がいいかしら?
(でも、曲者が馬車を襲撃して来た……とかだったらどうしよう?)
下手に動くといけない事かもしれない。
けれど、そのような騒ぎ声は聞こえて来ない。
「あの、エドワード様これって……」
とりあえず、エドワード様の意見を聞いてみようと思って彼の方に顔を向けたけれど──……
「……っっ! エドワード様!? 大丈夫ですか!?」
「…………」
エドワード様はうずくまり、真っ青な顔でガタガタと震えていた。
「どうしたんですか? 何があって……」
と、そこまで声をかけてようやく気付く。
記憶喪失のせいなのか、これまでエドワード様が全く気にする素振りを見せて来なかったから、私自身すっかり忘れていた。
──エドワード様は、馬車に乗っていて事故にあっている。
その事を。
(今の音と急な停車で事故を思い出したのかもしれない!!)
「っ! エドワード様!」
「…………」
私はエドワード様を抱き締める。
「エドワード様、大丈夫です、大丈夫ですから」
「…………」
エドワード様は何も答えない。ひたすら震えるばかり。
「……ーチェ」
「エドワード様?」
少しして弱々しい声だけれど、エドワード様の反応があった。
「アリーチェ……」
エドワード様が私の胸に縋り付くようにして抱き着いてきたので、私はそれをしっかり受け止める。
(こんな事しか出来ない自分が悲しい)
そんな事を考えていると、扉がノックされ御者が顔を出してこの状況の説明をしてくれた。
どうやら道に飛び出した子供がいて避けようとした事で脱輪したらしい。
大きな事件や事故にならずに済んで良かったと思いつつも私はエドワード様の様子が気になって仕方ない。
幸い代わりの馬車を呼ぶ程ではないとの事なので、私達は一旦馬車を降りる事になったのだけど。
「……エドワード様、大丈夫ですか? 降りられますか?」
「……」
エドワード様が私の胸の中で小さく頷く。
「大丈夫だ……ごめん」
そして、弱々しい声で謝った後、私から離れた。
まだ顔色は悪いままだ。
「私がエドワード様を抱えて降りられるくらいの力があれば良かったのに……」
「……それだと、アリーチェがムキムキになっちゃうだろ……でも、ありがとう」
「いえ、エドワード様の為なら私、ムキムキにだってなります! なってみせます!!」
「な、ならなくていい……アリーチェはアリーチェのままでいて欲しい……」
エドワード様は顔色の悪さに加えて、どこか引き攣ったような顔をしつつ私の頭を撫でながらそう言った。
その後は、先に私の屋敷に寄ってから帰るはずだった予定をやめて、先にニフラム伯爵家に行ってもらう事にした。
私の帰宅は伯爵家に着いてから家に連絡して迎えに来てもらえればいい。
(今はとにかくエドワード様を休ませたい!)
なぜなら脱輪後の馬車に乗り込むエドワード様の顔色はますます酷かった。
私に触れていると心が落ち着く……そう言ってくれたので、屋敷に着くまでの間はずっとエドワード様を抱き締め励まし続けた。
──
「エドワードに何があったんだ?」
ニフラム伯爵家にどうにか辿り着き、エドワード様を部屋まで運び寝かせた後、私は自分の迎えが来るまで伯爵様へ事情を説明をする。
ついでに王宮での出来事も報告させてもらった。
「……事故の記憶を思い出してしまったのだろうな」
「おそらくは……すみません。私がもっと気を付けていれば良かったです」
「いや、こちらもだ。エドワードがあまりにも普段と変わらないからすっかり失念していた」
「馬車にも普通に乗れていましたし……」
記憶がないから平気だったのだと今更ながら思い知った。
「これは、またしばらく外出は無理かもしれないな」
「……!」
「殿下のパーティーには出席したいだろうから、それまでは安静にさせる」
「……伯爵様! それなら……また、私はここに通ってもいいですか?」
「アリーチェ嬢?」
私は必死に頼み込む。
エドワード様は私に触れていると落ち着くと言っていた。だから、少しでもエドワード様の力になりたい!
「しかし、アリーチェ嬢だって外に出るのは危険なのでは?」
「イリーナ様は謹慎となりましたし、殿下はエドワード様が頼んで、こっそり付けてくれていた私の護衛をまだそのままにしてくれています」
「ううむ」
「せめて、エドワード様の心が落ち着くまで! お願いします!!」
*****
「アリーチェ、そっちの紙を取ってくれる?」
「はい」
私は言われた紙を手に取りエドワード様に手渡す。
エドワード様はあれから数日間はまだ、青白い顔をしていたけれど、今はだいぶ心も落ち着いたみたいで顔色も戻っていた。
(外に出ていないから馬車を前にしたらどうなるかは分からないけれど)
とりあえず元気になったエドワード様は、日々、せっせとイリーナ様を追い詰める為の情報をまとめていた。私はそんな彼の手伝いをしている。
エドワード様の元へまた通いたいとお願いした件は、無理をしない事を条件に許可を貰えた。
(でも、お父様はまた苦い顔をしていたのよね)
「エドワード様」
「どうした?」
「いえ、改めてこうしてイリーナ様の件をまとめているものを読みますと……」
「……あぁ……」
私がその先を言い淀むと、エドワード様も察したのか言葉を濁した。
イリーナ様の私にしていた行動の監視はかなり多岐にわたっており、時折、見せしめのように私に危害を与えようとしていて背筋が凍るかと思った。
(でも、護衛の人が守ってくれていたから大事にはならなかったわ)
「私、本当にエドワード様に守られていたんですね」
……何も言ってくれていなかったけれど。
「……ごめん」
「どうして謝るのです?」
だって……と、エドワード様は私の頬に手を伸ばしそっと撫でた。
「アリーチェを守りたい……だとしても、もっと賢いやり方があっただろうなと思うんだ……」
「でも、イリーナ様は少し……いえ、かなり異常だと思います」
「うん……」
思い込みが激しいのか、勘違いが凄いのか……あそこまでエドワード様が自分の事を好きだと思うなんてどうかしてる。
前に脅されていたエドワード様が口にしたイリーナ様から言われたであろう言葉……“ずっと待っていたのに”は、エドワード様からの求婚を待っていた……なんて怖すぎる。
「俺は……ずっとアリーチェの事が好きなのに……」
「エドワード様?」
「アリーチェだけだよ……」
撫でられた頬が擽ったい。
「ふふ、その言葉は記憶が戻った時に聞かせて下さいね?」
「…………うん」
エドワード様はどこか力の無い笑顔で頷いた。
「そういえば、殿下の結婚パーティーもうすぐですね?」
「あぁ……」
「エドワード様、参加大丈夫ですか?」
「んー……」
考える仕草と表情を見せたエドワード様はそっと私に近付き、
──チュッ
何故かその流れでキスをされた。
「!?!?」
「アリーチェが一緒にいてくれるなら、大丈夫」
へにゃっとした笑顔でそんな事を言う。
「~~なら! い、今の流れでキスをする必要がどこにありましたか!?」
「……したかっただけ」
「もう!」
「ははは、怒った顔も可愛いよ、アリーチェ」
「っっ!!」
こうしてしばらくは穏やかに日々は過ぎて行ったけれど、イリーナ様と再び顔を合わせる事になる日はもうすぐそこまで迫っていた。
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