15 / 57
15. ~第一王子 シオン・デートルド~
しおりを挟む「あれ? フレイヤ?」
「……」
「おーい、フレイヤ?」
「……」
「……えっと、もしかして寝ちゃった?」
「……」
あんなに父親から向けられた愛情に可愛らしく恥ずかしがっていたのに、急に静かになったな? と思い何度か呼びかけてみたけれど、フレイヤの反応が無くなった。
寝息が聞こえるので、これは僕の腕の中で眠ってしまったみたいだ。
「……公爵に、節度を持って清く正しい関係を! と言われた事を明かした所なのに“ここ”で君は寝てしまうのか!」
「……」
「……フレイヤ」
無防備すぎだろう! 僕に襲われるとか考えなかったのか!
と、思うし、言いたい気持ちはある……が、きっとここまでの彼女はずっと張り詰めて生きて来ていて疲れていたに違いない。
(もし、僕の腕の中で安心出来て眠くなった……と言うなら、それはそれで嬉し……)
───って! そうじゃない!
僕はなぜか胸に湧き上がってくるむず痒い気持ちを誤魔化すようにフレイヤの頭を撫でた。
フレイヤの髪はとても綺麗な金色でサラサラしていた。
(……あの人はクルクルのフワフワ髪だったな)
記憶の中ではいつも泣いていた“あの人”には本当に幸せな時があったのだろうか───
……だからこそ思う。
「こんな変な慣習は全部、無くすべきなんだよ……」
父上の代には正妃候補の公爵令嬢は姉妹含めて複数人いたと聞く。
なので、エイダンとフレイヤの関係とは違い幼い頃からの婚約者ではなく、あくまでも候補者としての扱いで辞退も可能だったらしい。そして父上が成人を迎えた時に残っていた候補者の中から一人が選ばれたと言う。
それが、自分の世代になってみれば候補になれる公爵令嬢はフレイヤ一人のみ。
これまでと違って公爵令嬢の意志が入る余地などどこにも無い。
二人を幼い頃から婚約させ縛って来たのは、きっとフレイヤを逃がさないためだ。
(幼い頃から未来の王妃として教育し、国のこと、エイダンのことを優先に考えさせる───)
「……一種の洗脳だな。まぁ、はからずもエイダンが自らその手で壊したわけだが」
しかし、こんな事を続けていれば、王位継承者もその相手もいつか誰もいなくなっている……なんて事態になる事をなぜ誰も危惧しない?
ずっと“たった一人”のプレッシャーの中で生きて来たフレイヤ。
国内外をフラフラしていた自分はいつも彼女の話は噂や人伝で聞くばかりだった。
エイダンは頼りない……が、婚約者のフレイヤ嬢がしっかり支えてくれるだろうから、きっと将来は大丈夫──
そんな周りの評価が、二人の関係にひびを入れたのではないのか───?
フレイヤは自分が頑張ってエイダンを支えなくては! とますます気合いを入れ何事にも積極的に頑張っていく。
逆にエイダンは自分が低く見られている……とプライドを傷つけられ、代わりに評価が高まっているフレイヤへ嫉妬のようなものを募らせていく……
(そんな歪な関係になった二人が上手くなんていくはずないじゃないか!)
「───フレイヤ、ごめん」
父上や大臣、そして、エイダンがフレイヤを側妃にするなんて事を決めなければ、あんな目にはあったけれど、君は“自由”になれたかもしれないのに。
フレイヤは、とてもとてもとても活発そうなので何かに縛られることなく、自由にのびのび生きる方が絶対に幸せになれるだろう。
彼女のことを助けているようで結局“王家”に縛ろうとしている自分。だから一番の卑怯者は僕だ。
僕とエイダンには、さほど大きな違いなんて無いのかもしれない。
それでも彼女を助けたかったという言葉に嘘は無い。
「だが、エイダンとあの女狐を放置するわけにはいかないんだ……」
どうしてエイダンはあの女狐の本性に気付かないのだろう?
僕は帰国して、エイダンと女狐が二人でいる所を見かけてすぐに気付いた。
あの女狐……ベリンダ・ドゥランゴ男爵令嬢は、エイダンの事を全く愛してなどいない。
(いつも同じ作り笑顔にエイダンが喜びそうな言葉……全て計算されている)
エイダンはなぜ、疑問に思わない?
本当に愛している男が、どんな形であれ別の女性も妃に迎えるとなれば、あんな常にニコニコ微笑んでいられるはずがないだろう? 王妃やフレイヤのように教育されてきた身であっても面白くないと思う気持ちはどこかにあるはずなんだ。
後の王妃にはなりたいが、面倒な事は一切したくない。
だから、自分の代わりとして働いてくれる側妃としてフレイヤが必要───そんな考えが、あのベリンダ・ドゥランゴ男爵令嬢からは透けて見える。
『シオン殿下。我が愛娘を阿呆王子から守るのは当然のことですが……アレからも守ってもらわねば困ります───』
『ア、アレ?』
『アレです、ベランダ・アリンコ男爵令嬢!』
『べ、ベラ……アリ……?』
昨日、開眼したリュドヴィク公爵に、フレイヤに手を出したら許さん! と散々脅された後、そのままの状態でそう告げられた。
一瞬、誰の事だ! と声を上げそうになったがすんでのところで理解し堪えた。
(女狐……ベリンダ・ドゥランゴ男爵令嬢の事か……)
とんだ言い間違いだな、と思いつつ……そう言えば公爵は名前を覚える価値がないと判断した者の名前は、何度教えても全く覚えられない人だと聞いたことがある。中途半端にうろ覚えになる、とか。
自分は王族の一員だから、かろうじて名前を覚えられていたのだろうが、そうでなかったらあの公爵の前で名を名乗る時は緊張するだろうなぁ、と思った。
(リュドヴィク公爵……)
『アレが阿呆王子が私の可愛いフレイヤを捨ててまで選んだ、ポンコツという噂の未来の王妃かと思って数日観察しましたが……』
『……』
そう語る渋い表情で最後まで聞かなくても言いたい事は分かった。
公爵は本能で感じ取ったのだと思う。
(見た目はとにかくポヤンポヤンしているのに、な)
その後は、ずっとフレイヤは小さな頃から努力家でいい子で可愛いくて健気で強くて……と、娘を愛する父親の話を延々と聞かされたけれど、ただの娘バカだと公爵を侮ってはいけない。
なんと言っても、公爵は国一番の闇の使い手なのだから。
(万が一、フレイヤの身に何かあったらこの国は闇に覆われるんじゃないか?)
なのに───父上や他の貴族はあの見た目と雰囲気のせいか全く危機感を感じていない。
だから、フレイヤを側妃に……なんて公爵家を侮辱するような真似が出来るのだろう。
その裏で何が待っているかも考えずに。
(側妃なんて……)
僕はグッと自分の拳を握りしめる。
「───フレイヤ。必ず君は僕が守る……守らせてくれ。そして僕は絶対に君を“側妃”になんてさせない」
「……ん」
「フレイヤ?」
起こしてしまったのか? と心配してフレイヤの顔を覗き込んだら、フレイヤはまだスヤスヤと眠っていた。
その顔はどこか幸せそうで悪い夢を見ていないなら良かったな、とホッとした。
だけど……
「……はん……」
「フレイヤ??」
「ごはん…………おかわり……」
「ごっ!?」
あまりにも公爵令嬢とは思えない寝言に僕は盛大に吹き出した。
本当にどこか変わった令嬢だ。
(ああ……本当に“約束”破ったら僕はボコボコにされるだろうな……)
…………型破りなこの子なら絶対にやる。しかも遠慮はしないだろう……
心からそう思った。
149
あなたにおすすめの小説
貴方の知る私はもういない
藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」
ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。
表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。
ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。
※ 他サイトにも投稿しています。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる