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33. 対決の日
しおりを挟む「───よし!」
侍女達にいつもより気合いの入った化粧を施してもらった私は、鏡の前で気合を入れる。
(絶対に負けない!)
エイダン様による婚約破棄から始まったこのゴタゴタも今日で全て終わりにするのだから!
「エイダン様の正妃として、未来の王妃になれと育てられて来たのに婚約破棄された……と思ったら、やっぱり側妃となれと言われて、反発していたらシオン様と出会って……」
振り返るとあっという間だったような気がする。
「フレイヤ、支度は出来た?」
「シオン様!」
ノックの音と共にシオン様が部屋に入って来る。
そして私の姿を見て目を見張った。
「……綺麗だ」
「ええ、そうでしょう? 武装は大事ですので侍女たちに頑張ってもらいましたの」
「武装……」
「たかが、“小娘”と舐められるわけにはいきませんから」
私がそう微笑むとシオン様も、目を細めて笑った。
「もちろん、外見そのものの見た目も綺麗なのだけど、今日のフレイヤは……なんというか内から輝いてるというのかな? 雰囲気そのものから綺麗だ」
「あら、そうですか?」
何であれ褒められるのは嬉しい。それが好きな人なら尚更。
「僕も、たかが“小僧”と舐められないようにしないとね」
「ふふ、あなたを小僧などと舐める人がいたら、私がボコボコにして差し上げますわ」
「!」
私が拳を握りながらそう口にすると、シオン様は苦笑しながら「心強いね」と言ってくれた。
「陛下とエイダン様は一発でも構いませんので殴らせてもらいませんと」
「本当に君を……フレイヤを敵に回してはいけないね」
シオン様はそっと私の手を取るとそのまま手の甲にキスを落とした。
───
「……フレイヤ。全てが終わったら君に話したい事があるんだ」
「話したい事、ですか?」
王宮に向かう馬車の中。
何故か向かい側ではなく隣に腰を下ろしていたシオン様が私の肩に手を回してそっと抱き寄せながらそう言った。
「本当はもっと前から言うべきだったと思うんだけど……大事な話、聞いてくれる?」
「もちろんです! それに……」
「それに?」
「私も……お話ししたい事があります」
(好きです───と、きちんと伝えたい)
シオン様にとっての私が、同情と都合のいい利用価値のある令嬢としか思われていなくても。
私はあなたが好きだから。
エイダン様とは違う。私は私の意志であなたを選んだ。その事を伝えたい。
「フレイヤも?」
「ええ」
「──じゃ、“約束”だ」
「はい!」
私たちは互いに微笑んだ。
「そうそう! この間の帰り際に言われたのですが、今日はお兄様も王宮に来てくれるそうです」
「ギャレット殿が?」
「はい、お父様はもともと会議の参加者の一員ですけれど、お兄様はそうではないので」
──プリンダとかいう女の結婚詐欺について集めた情報を持っていく。
そう言ってくれていたけれど、本当にベリンダ嬢の情報が来るのよね? と実はヒヤヒヤしている。
(どうしましょう、どこかの見知らぬ本物のプリンダなんて美味しそうな名前の令嬢の情報だったら……)
あのお兄様に限ってそんなことは無いとは思うけれど、万が一という事もある。
「フレイヤ? どうしてそんなしかめっ面?」
「いえ。ちょっと私の脳内でベリンダ嬢が様々なものに変化しすぎていまして……」
「そう? まぁ、女狐だから変化が得意そうだからね」
「……」
シオン様もお父様もお兄様も……
(私まで呼び間違えてしまいそうよ……)
そんな思いをのせて馬車は王宮へと向かった。
────
「今日の会議はエイダン様は参加するのでしょうか?」
「どうだろう。いない方が静かでいいし、今日も引きこもってくれていた方が、エイダン派の不安は煽りやすいんだけどね」
「確かに……そうですね」
私たちは頷き合う。
だけど、本当はエイダン様よりも気になるのが───
“王妃様”
何度か接触を試みたけれど結局、今日まで王妃様と対面を果たすことは出来なかった。
息子のエイダン様がやらかした婚約破棄騒動から今日に至るまで、不気味なほど前に出て来ない王妃様。ずっと沈黙を貫いている。
私たちの敵となるのか味方となるのか。でも……
────追い出されると思って悔しいか? 今は分からずとも、この経験はいつか絶対にそなたの力になる。だから誰にも負けない“力”をつけて強くなって帰って来なさい。
幼かったシオン様に告げたというあの言葉。
もし、同じ王妃教育を受けた者として王妃様のお心が私の考える通りならば……
王妃様は───
「フレイヤ?」
「いえ、行きましょう」
◇
その日の会議の議題の一つには、エイダンの結婚についてが上げられていた。
その理由は、側妃として推していたフレイヤ・リュドヴィク公爵令嬢が継承権のない第一王子シオンとの婚約を発表したから。
「──おそらくリュドヴィク公爵令嬢は側妃が嫌だったに違いありません! 正妃になるべく教育を受けてきたのだから屈辱だったでしょうからね!」
「どうしても男爵令嬢を妃にと言うのなら、ドゥランゴ男爵令嬢は陛下のように“側妃”にしておくべきだったのでは?」
「──陛下! なぜ、エイダン殿下をもっと強く説得しなかったのです?」
会議では、あの全く向上心がなくやる気も見せない男爵令嬢を本当に王妃としていいのか?
そんな議論が交わされていた。
陛下と当時、フレイヤを側妃にすればいい! と決めた貴族たちが詰め寄られている。
「エイダン殿下にもお窺いしたい! あの令嬢のどこが未来の王妃に相応しいと思えるのです?」
「……」
本日のエイダンは無理やり部屋から連れ出され会議に参加させられていた。
だけど、何かを発言することはなくただ、そこに黙って座っているだけ。
「まさか、見た目だけで選んだ……などとは申しませんよね? 殿下!」
「……」
「我々にはさっぱり分かりませんが、どこか彼女に王妃としての素質を感じたからこそ抜擢されたのですよね!?」
「……」
何を言われてもエイダンは沈黙を続けている。
いつもなら、「あの愛らしいベリンダの良さが分からないなんてどんな目をしているんだ」くらいの事は言うのに。
「陛下! これではこの国の未来が心配です! 本当にこのままで宜しいのですか!?」
「う……」
国王陛下はそう話を振られても答えることが出来ない。
エイダンの我儘はまるでかつての自分を見ているようだった。だから、強くは咎められずにいた……
しかし、フレイヤさえ側妃になってくれれば。その発言を聞いた時、これで全て上手くいくと思った。
エイダンと男爵令嬢の間にはシオンのような魔力の弱い子供が生まれるだろうが、フレイヤとの間には最高の魔力を持った子が生まれる可能性だってある。
(───そう……歴代の王が欲してきた最強の力───治癒の力を持つ子供が!)
残念ながら、自分がその治癒の力を持った王にはなれなかったが、自分の血筋から最強の力を持った者が生まれたとなればそれだけでも国王として最高の栄誉だ。
だが……
国王陛下の脳裏に、美しく微笑みながら床と壁をボロボロにしたフレイヤの姿が浮かぶ。
アレが自分に向けられたらと思うとゾッとする。
しかし、今からでも構わない。
シオンではなくやっぱりエイダンを選んではくれぬのだろうか───
「失礼ながら陛下! エイダン殿下とあの男爵令嬢ではやはり先行きが……」
誰かの発したその言葉に多くの者がそうだそうだ、と同調の声を上げる。
陛下はハッキリ答えられずに唸るばかり。
そんな中でついに“その声”が出た。
「では陛下───側妃の子でも継承権を持たせるようにするという法律の改正を早めてはいかがかな?」
「……は、早める……だと? 何を言い出すのだ、リュドヴィク公爵!」
(それはシオンの奴が前に直談判してきた話ではないかっ! なぜ、それを蒸し返す!?)
名指しされたリュドヴィク公爵はいつものようにポヤンとした顔で言った。
「何を……? そんなにもエイダン殿下とべ、ベラ……ベリ……ベル……ベレ……ベロ……ンダ! とかいう名の男爵令嬢が未来の王と王妃になるのが不安なら、もっと適任な方に継いでもらえばいいと思うのは普通の事だと思うのですが?」
「な、に? 適任……の方?」
まさか……という顔を向ける陛下にリュドヴィク公爵はポヤンとした顔を崩さず口にする。
「そうです陛下。あなた様にはもう一人王子殿下がいらっしゃいます───“側妃の子”であるシオン殿下が」
「──なっ……」
「リュドヴィク公爵! そなた何を───」
公爵の言葉にこれまで黙りだったエイダンが顔を上げて何かを言いかけ、陛下も声を上げたその瞬間、部屋の扉がバンッと勢いよく開けられた。
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