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41. 理想の王妃
しおりを挟む再び、王妃様に睨まれた陛下はぐっと押し黙る。
その表情は怒りからなのか悔しさからなのか顔は真っ赤だった。
「あなたはこれでもまだ、その玉座にみっともなくしがみつくおつもりなのですか?」
「……っ」
「周りをよくご覧になってみてはいかがです?」
王妃様にそう言われた陛下の視線がキョロキョロと動く。
今、陛下に向けられているのは冷たい視線、軽蔑の視線ばかり。殴られた事に同情する視線は一つもない。
「シオンは帰国する度にきっちり力をつけていました。ですが、あなたはそれを何一つ認めようともしなかった……愚かだ。本当にあなたは愚かです!」
「ぐっ……」
「愛していたはずの女性も、政略結婚で娶った私も……そして生まれた子供たち……誰のことも幸せに出来ないあなたのような人がいつまでも王の座にいることは、決して国のためにはなりません!」
王妃様が陛下を追い詰めていく。
陛下をとっくに見限っていた王妃様は“国のため”に生きることを決めた──その姿はこの国が求めていた理想の王妃そのもの。
(理想の王妃……なのに肝心の陛下はその王妃様に追い詰められている……なんて皮肉なの)
ずっと私が“王妃教育”として学んで来たものはなんだったのかしら。
そんな気持ちにさせられた。と、同時にこうも思った。
「……もしかしたら、私も王妃様みたいになっていたのかもしれませんね」
「え?」
私の小さな呟きを拾ったシオン様の目がどういう事? と言っている。
「私がエイダン様の“妃”になっていた場合、です」
「フレイヤ……」
婚約破棄などされずにエイダン様の正妃になっていたら。
もしくは、今回身勝手に求められた側妃になれという件を反抗することなく黙って受け入れていたら……
(私もエイダン様に愛想をつかし、きっと愛より“国”を選んだだろう)
だけど思う。
私だったら今、目の前にいる王妃様のような決断が出来るかしら、と。
「……私はまだまだ未熟ですね」
「フレイヤ──」
シオン様が腕を伸ばしてそっと私を抱きしめた。
温かい温もりに安心感を覚えた。けれど、ハッと気づく。
「シオン様! み、皆の前ですよ!?」
「うん、分かってる。でも、皆、父上と王妃殿下に夢中で見てな…………」
そう言いかけたシオン様の身体がビクッと跳ねた。
「シオン様?」
「……訂正。すっっっっごく、リュドヴィク公爵と兄君からの視線が痛いや」
「え?」
そう言われて、シオン様の腕の中からチラッとお父様とお兄様に視線を向ける。
二人はこの場で唯一、陛下と王妃様の言い争いなどそっちのけで私とシオン様の方を見ていてギラギラした視線を送って来ていた。
(ひっ!? お兄様はともかく、お父様の目は開いていないのに圧がすごい……)
「ギ、ギラギラしています」
「うん……すごいよね。これは絶対に後で呼び出される。覚悟しなくては…………で、えっと、フレイヤ」
「は、はい」
とりあえず、お父様たちのことは置いておくことにしたのか、シオン様はそのまま話を続ける。
どうやら身体を離す……という選択肢は無いらしい。
「未熟だと言うならそれは僕も同じだ」
「シオン様……?」
「誰だって初めから完璧な人なんていない。フレイヤだって長年の頑張りと努力があって今の君になったのだから」
シオン様の温かい気持ちがじんわりと伝わって来る。
「若くて未熟な二人で大丈夫か? と思われてしまうのは仕方がない事だ。でもそんな僕らには後ろから支えてくれようとしてくれる人が沢山いるだろう?」
「そう、ですね」
私は頷く。
そうだ。国内外含めて、たくさんの人がシオン様に国を託そうとしている──
「だから、僕はその期待に恥じない存在になりたいと思っている。そしてその為にはフレイヤ、君が必」
シオン様がそう言いかけた時だった。
「───そ、そうは言うが! 私とシオンの何が違うと言うんだっ!」
「何ですって?」
まだ、痛そうだけどまともに喋れるようになったらしい陛下が声を荒らげていた。
「……私が王妃、そなたを選んだのは候補者の中で最も“魔力”が強かったからだ!」
「───ええ、そうでしょうね」
何となくそんな気はしていたけれど、やっぱり決め手はそこだったらしい。
ここまでのブレなさが逆にすごい。
(いったい何をそこまで……)
「私だって国のために最も優れた利用価値の高かったそなたを選んだのだ! それならば……そこのシオンだって同じ事をしているではないか!」
「同じ? ……どういう意味です?」
「ようやく分かったぞ! どうせ、シオンは私やエイダンを蹴落とすためだけに、フレイヤ嬢を無理やり婚約者にしたのだ! 愛などは無く利用価値の高い令嬢を妃に据える──私としている事は同じではないか!」
そう叫ぶ陛下の声はとても良く響いた。
(利用価値───)
そんな事は分かっている。シオン様が私を選んだ理由はそれだ。
でも、シオン様は絶対に陛下とは違う。私を蔑ろになんかしない!
何より、私はシオン様のことが好きだもの!
そう思った私はギュッと強くシオン様の背中に腕を回した。
「面識のなかったはずの二人が突然、婚約などと言うからおかしいとは思っていたのだ! それならばシオンだって、この先、いつか他の女性と……」
「───は? あなたの目は節穴ですか!? その目をかっぽじってよーーく見てご覧なさい!」
陛下の言葉を遮って王妃様が私たちに向かって指をさす。
一斉に皆の視線がちょうど抱きしめ合っていた私とシオン様に向けられた。
「あの親密さ! 明らかにわたくし達とは違うでしょう! 特にシオンの顔を見てご覧なさい! デレデレですよ? デレデレ!」
「な……! デ、デレデレだと!? そ、そんなことは有り得ん──……なっ!?」
陛下は慌てて私たちに視線を向けると固まった。
(デ、デレデレ? シオン様が?)
王妃様の発したその言葉に不思議に思って私は顔を上げる。
皆の視線が凄いけれど、気になってしまった私はつい訊ねてしまう。
「えっと……シオン様、わ、私にデレデレしているんですか?」
「……デッ!」
シオン様の頬が一気に赤くなった。
一瞬、言葉をつまらせたシオン様は少しぶっきらぼうな口調で言う。
「僕はフ、フレイヤのことをか、可愛い! と何度も言った……はずだ」
「……そ、それは……確かに、き、聞きましたけど!」
シオン様の照れた顔はこれまで何度も見て来た。
でも、それは私に……と言うよりただの照れ屋さんなのだとばかり思っていた。
(もしかして違ったの? シオン様……実は私に照れていた?)
私の胸がもしかして……と勝手に期待してしまう。
私がシオン様のことを好きなように、シオン様も少しくらいは私に特別な気持ちを抱いてくれている……と。
……これは聞いてもいいのかしら?
そう思ってしまった私はやっぱり聞かずにはいられなかった。
「シ、シオン様は……私のこと、す、少しくらいは……す、好きですか?」
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