50 / 57
50. お父様も最強でした
しおりを挟むお父様が闇を背負って王宮にやって来たのと“その話”を聞いたのは、ほぼ同時だった。
「───え? 元陛下とエイダン殿下が毎晩、うなされている?」
「……らしいよ。そのせいで、すごい寝不足らしい」
「それはまた……」
権力を失った二人はすっかり腑抜けになった毎日を送っている……とは聞いていたけれど。
まるで、何だかバチが当たったかのような話だわ。
「二人揃って毎晩、ごめんなさい、すまなかった……許してくれ……とずっと、うなされているらしい。まるで悪夢か何かを見ているようだ……という報告を受けた」
「悪夢ですか……」
二人揃ってだなんて出来過ぎた話では?
と、思っていたらシオン様が少し顔を引き攣らせながら言う。
「……ちなみに、仄かに闇の魔力の気配を感じるんだって」
「闇!」
「この国でそんなことを出来る闇の使い手って一人しかいないよね……」
「……」
(おーとーうーさーまーーーー!!)
「報復? フレイヤを傷つけた復讐なのかな? やっぱり公爵は怒らせてはいけないよね」
「……」
(あの場で大人しかったのはそういう事だったのね……お父様)
「ちなみに父上は母上と王妃殿下、エイダンはフレイヤの名前を呼んでいるそうだ」
「……二人とも本っ当に今更ですね!」
なんだ謝っても時間は戻って来ないのに! 特に元陛下!
私が憤慨しているとシオン様が面白くなさそうな顔をしている。
「シオン様? どうしてそんな顔を?」
「……悪夢でもエイダンがフレイヤの夢を見ていることが許せない……」
「え……」
シオン様が少し不貞腐れている。その顔が可愛くて私の胸はキュンとなる。
(や、やきもち!? これはやきもちなの?)
「自分の心が狭いことは分かっている! だが! 腹が立つ!」
「シオン様……」
シオン様のその言葉に今が二人っきりだったら思いっきり抱きつくのに、と残念に思った。
その時だった。コンコンと部屋の扉がノックされた。
「───シオン殿下、フレイヤ様、よろしいでしょうか?」
「?」
「お二人にお客様なのですが……」
何故か使いでやって来た者の顔色が悪い。
私は心配になって訊ねる。
「顔色が悪いわ! そんなに危険な訪問者なの?」
「……危険……と言いますか……その」
「どうしたの?」
使いの者はとても気まずそうに私から目を逸らした。
「───公爵の目が開いているだって!?」
「はい……使いの者によると間違いないそうです!」
話を聞いた私たちは部屋を飛び出し慌ててお父様の元に向かう。
目が開いていて闇を背負っているとか怖すぎる!
「……シオン様、お父様はもしかして」
「フレイヤも、そう思う? 確かめに来た……んだろうなぁ」
私はコクリと頷く。
(やっぱり、シオン様とキスをしたことが……バレてしまった……のかしら?)
◆
「───お父様!」
「フレイヤ!」
表情はポヤンとしているのにやっぱり目が開いてる!
「お父様、突然、どうされたのですか?」
「……実は不穏な気配を感じてな」
「ふ、不穏な気配……」
お父様は軽く咳払いをするとチラッとシオン様を見た。
その目が一瞬、ギラッとしたのを私は見逃さなかった。
────
「───なんてこと……追い出されてしまったわ」
お父様はシオン様と二人で積もる話があるから、と言われて私は追い出されてしまった。
これはもう、シオン様がボコボコにされない事を願うしかない。
いくらお父様でも、シオン様をボコボコにするのは許せない!
シオン様の美しい顔に傷一つでもついていたら、お父様とはしばらく口を聞くのはやめてやるんだから!
(シオン様、無事でいて───)
そう願いながら、仕方なく部屋の入口を見ることが出来る中庭で二人が出て来るのを待つことにした。
「───あら? 浮かない顔をしていますね?」
「おっ!?」
そこへ、ヒョコッと現れて私の顔を覗き込んだのはなんと王妃様だった。
王妃様とはあの日からゆっくり話したいと思いつつ、互いに忙しくてなかなか時間が取れずにいた。
「シオンはどうしたのです?」
王妃様がキョロキョロと辺りを見回す。
「……私の父と話をしています」
「リュドヴィク公爵と?」
「はい……男同士の絶対に譲れない話し合いがあるそうです」
私がそう口にしたら王妃様は可笑しそうに吹き出した。
「あは、ふふ……本当にあの方は娘愛に溢れていること……」
「お恥ずかしながら」
「エリヤの遺した可愛い娘だもの。仕方がないわ。それに本当にフレイヤ嬢は彼女によく似ている」
王妃様は私の隣にそっと腰をかけるとどこか懐かしそうな目で私を見た。
(エリヤ……)
王妃様が親しげにお母様の名を呼んでいるのは同世代で交流もあったからだろう。
「お母様……」
「……見た目、だけでなく中身もよく似ているとずっと以前から思っていました」
「え? 中身も、ですか?」
私が聞き返すと王妃様はちょっとイタズラ顔で微笑んだ。
「ええ、フレイヤ嬢の明るくて真っ直ぐなところなんてとてもよく似ている」
「……」
「それに、そもそも公爵とエリヤの出会いは、エリヤが公爵を変質者と間違えて殴ったことが始まりでしたから」
「え……! 殴っ……!?」
「公爵……当時はまだ公爵令息ですね、彼はあのポヤンとした顔のまま殴られていました……殴られた後もポヤンとしていたせいで、殴った方のエリヤが酷く動揺してしまって……」
(おーかーあーさーまーーーー!?)
「公爵はそんなエリヤに一目惚れしたそうです」
「ぅえ!?」
どこに一目惚れ要素が!?
まさか、間違って殴られたのに恋に落ちたのお父様!?
「ふふ、懐かしいですね。当時、公爵が名前を一度で覚え、間違えずに呼んだただ一人の令嬢はエリヤです」
「なっ!?」
ベリンダ嬢のことは一度でも正しく言えなかったのに!
本当に興味があるか無いか……なのね、お父様。
しかも王妃様、なんてことない顔をして「わたくしも、当時はおかしな名前で呼ばれておりました」とか言っている!
「そこから、公爵の猛アタックが始まりました……逃げるエリヤ、ポヤポヤしながら追う公爵……二人の恋の行く末は当時、社交界で大きく騒がれたものです」
「……社交界!」
「そして、結果はご存知……ポヤンの勝利! 気付けばエリヤはすっかりポヤンに絆されていました」
「ひえっ!」
(お父様ーーーー! あなたは何者なのーー!)
「ですから、わたくし……あなたがエイダンや元陛下を殴ったのを見た時、血は争えないと思いました」
「そ、そうでしたか……」
お父様とお母様はてっきり政略結婚か何かだと思っていたので驚いた。
そして、お父様のお母様への愛の深さを改めて知ることになった。
そんな王妃様にお父様とお母様の馴れ初めを聞いていたら、ようやく部屋から疲れ切った様子のシオン様が出て来た。
160
あなたにおすすめの小説
貴方の知る私はもういない
藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」
ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。
表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。
ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。
※ 他サイトにも投稿しています。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる