3 / 53
第3話 婚約者の浮気
しおりを挟むそれは、たまたま偶然だった。
ウィル殿下は私より、コーディリアを気に入っている事はもちろん知っていた。
だけど、私と同じでちゃんと国の為に占いの結果を受け入れてはいる……そう思っていた。
しかし……
「…………」
「……だ」
(あら? 話し声? 誰かいる?)
ちょうどその時の私は、王太子妃教育の講義のお昼の休憩時間で、昼食を終えた後に庭園を散歩していた。
すると、庭園の奥の方から人の話し声が聞こえてきた。どうやら誰かがいるらしい。
せっかく私が一人になれる場所なので残念だなと思いながら引き返そうと思った時だった。
「……ねぇ、ウィル様」
(え? ……この声ってコーディリア? ……それに今、呼びかけていた名前って……)
「なんだい? コーディリア」
(───やっぱり! ウィル殿下だわ)
立ち去ろうと思ったのについ、足を止めてしまった。
「……どうして婚約者が私じゃダメなんですか~?」
「また、それかい?」
「だって、私だってタクティケル公爵家の娘ですよ~? お告げは私を指していた可能性だってあったと思うんです~」
(コーディリア………)
「だが、お告げの時に君はまだ生まれていなかった」
「でもでも、後に私が生まれることも含めてのお告げだったかもしれないじゃないですか~!」
どうやらコーディリアはお告げに納得がいっていないらしい。
“タクティケル公爵家の令嬢”というだけでは、コーディリアも当てはまるから仕方がないと言えばそれまでだけれども……
「それに~未来の王妃は華やかで明るくて可愛い方が皆が喜ぶと思いませんか?」
「コーディリア……」
「だって、お姉様なんて、ぜーんぜん可愛くないし、あーんなにいつも無表情! 皆に能面令嬢って呼ばれているんですよ~?」
「それは、私も何度か注意はしている……だが、オフィーリアはいつまでたっても自分を変える気がないらしい」
殿下はやれやれと肩を竦める。
「本当に可愛げがなくて困っているよ。一緒にいても癒されない」
「ですよね~、そんな人が王妃になったらこの国が笑われちゃいますよ~?」
「ははは、うーん、それは困るなぁ……」
コーディリアはクスクス笑いながらそう言って、殿下も笑いながらその話に乗っていた。
「……」
一部始終を聞いてしまった私はギュッと拳を握りしめる。
コーディリアがここまで私のことを馬鹿にしていたなんて……
たまに感じていた棘のある言葉は決して私の勘違いじゃ無かったのね。
(確かに愛想笑いの一つも出来ない私は王妃に向いているかと言ったら……コーディリアの言う通りかもしれない)
それでも、その他の部分でカバー出来たらと私なりに努力を重ねて頑張って来たつもりだった。
だけどこれはまだまだ、という事ね……
もっと頑張らなくちゃ……と思って今度こそその場から立ち去ろうとした。
けれど……
「私だって、あんな可愛げのない女なんかよりコーディリアの方がいいと思っているよ?」
「ウィル様……嬉しい……!」
「もうこれまで何度も婚約者交代を父上に掛け合っている。だから、もう少し我慢していてくれ。コーディリア」
「はい……あ……ウィル、さま……」
(────え? 婚約者……交代?)
殿下のその言葉に足を止めて振り向いてしまった私は、ちょうど二人が抱き合ってキスを交わしている所を目撃してしまった。
「……!」
こ、こんな所で何を……! それに……
(陛下に……婚約者交代を掛け合っている? 殿下は本気で考えているの?)
つまり、それは唯一の私の存在価値が無くなるということ。
そう思ったら、急に自分の足元がグラリと歪んだ気がした。
「ん……ねぇ、ウィル様……やっぱり陛下の許可が無いと私は婚約者にはなれないのですか~?」
「ああ……父上が許可を出して婚約者交代が叶わなければ、正妃は……残念ながらオフィーリアとなる。でも、私が愛しているのは君だけだよ、コーディリア」
(……やっぱり殿下は、コーディリアを寵妃にと考えていたんだわ……)
二人はキスの合間にそんな言葉を囁き合っていた。
「お姉様がだなんて……そんなのぜっっったいに嫌です……!」
「コーディリア……だから私も今、必死に頼んで……」
「ウィル様! 早くして下さい! だって今、私のお腹の中にはウィル様のお子がいるかもしれないんです~」
(───はい?)
コーディリアはいったい何を言って……
ウィル殿下の子供ですって……?
コーディリアのその発言にはさすがの殿下も笑みを消して慌てだした。
「なっ!? ちょっと待ってくれ……コーディリア、そ、それは……」
「えーだって、覚え……ありますよね? あの夜の……」
(───……二人は何を言っているの?)
これって既に二人は身体の関係があるということ……?
……ズキッ
今度は頭まで痛くなってきた。
まさか、二人がそこまで深い関係だとは思わなかった。
ウィル殿下もコーディリアもなんて事を……軽率すぎる……!
「……」
私はこれ以上、二人の話を聞いていたくなくてその場から駆け出した。
今はあの二人の前に顔を出してなんて言ったら良いのか分からない。
(だけど……このままだと私、どうなるのかしら?)
その後はずっとそんな事ばかり考えていて、その日の午後は全く講義に集中出来なかった。
❋❋❋
「あ、お姉様? おかえりなさーい」
講義が終わり屋敷に帰って、自分の部屋に向かっている所でコーディリアと鉢合わせた。
どうやら、先に帰っていたらしい。
「……コーディリア」
「お姉様ったら、毎日毎日、大変そう! でもそんなに勉強してもどうせ無駄に…………あ、なんでもなーい」
コーディリアはエヘッと可愛らしく笑って誤魔化した。
───どうせ無駄になるのに
コーディリアは多分今、そう言いかけた。その意味は……
私はチラッとコーディリアのお腹を見る。
(妊娠は本当なのかしら……?)
もし、そうだとしたらとんでもない騒ぎになる事は間違いない。
「どうかしたの? お姉様」
「……」
「もう! 何か言ってよ、お姉様! 本当にいつもいつも無表情なんだから」
「……」
コーディリアがその後もグチグチと何かを言っていたけれど、私は妊娠の話が本当なのかの方が気になってほとんど聞き流していた。
そんな私の態度が許せなかったコーディリアは、ますます怒りを募らせる。
「ふんっ……お姉様、そんな大きな顔をしていられるのも、今のうちなんだから」
「大きな顔って……」
「してるじゃない! 王太子殿下……ウィル様の婚約者だからって! いっつも、いっつもお姉様ばっかりずるいわ!」
───お姉様ばかりずるい!
もう、その言葉はこれまで何度聞いてきただろう。
これはもう昔からコーディリアの口癖だ。
……ズキッ
また、頭が痛み出す。
───お姉様の持ってるソレ、私も欲しいなぁ……
コーディリアは、そう口にすればなんでも手にして来た。
あぁ、だから“王太子殿下の婚約者”という地位が欲しいのね?
でも、この地位が無くなったら私は……
「……コーディリア、殿下の婚約者は私なの」
「えー、でも、お姉様は愛されてないのに?」
「……っ!」
「そんなのウィル様も可哀想~。ね? だから、お姉様からも皆に言ってちょうだい?」
コーディリアは無邪気な笑顔を私に向けた。それが、逆になんだかとっても不気味に思える。
「何を……?」
「もちろん、ウィル様の婚約者について、よ! お姉様が辞退します! って言えばいいと思うの!」
「!」
───後に私は思う。
この時、私が頷いていれば……もしかすると違った未来があったのかもしれない、と。
132
あなたにおすすめの小説
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
傷跡の聖女~武術皆無な公爵様が、私を世界で一番美しいと言ってくれます~
紅葉山参
恋愛
長きにわたる戦乱で、私は全てを捧げてきた。帝国最強と謳われた女傑、ルイジアナ。
しかし、私の身体には、その栄光の裏側にある凄惨な傷跡が残った。特に顔に残った大きな傷は、戦線の離脱を余儀なくさせ、私の心を深く閉ざした。もう誰も、私のような傷だらけの女を愛してなどくれないだろうと。
そんな私に与えられた新たな任務は、内政と魔術に優れる一方で、武術の才能だけがまるでダメなロキサーニ公爵の護衛だった。
優雅で気品のある彼は、私を見るたび、私の傷跡を恐れるどころか、まるで星屑のように尊いものだと語る。
「あなたの傷は、あなたが世界を救った証。私にとって、これほど美しいものは他にありません」
初めは信じられなかった。偽りの愛ではないかと疑い続けた。でも、公爵様の真摯な眼差し、不器用なほどの愛情、そして彼自身の秘められた孤独に触れるにつれて、私の凍てついた心は溶け始めていく。
これは、傷だらけの彼女と、武術とは無縁のあなたが織りなす、壮大な愛の物語。
真の強さと、真実の愛を見つける、異世界ロマンス。
王宮で虐げられた令嬢は追放され、真実の愛を知る~あなた方はもう家族ではありません~
葵 すみれ
恋愛
「お姉さま、ずるい! どうしてお姉さまばっかり!」
男爵家の庶子であるセシールは、王女付きの侍女として選ばれる。
ところが、実際には王女や他の侍女たちに虐げられ、庭園の片隅で泣く毎日。
それでも家族のためだと耐えていたのに、何故か太り出して醜くなり、豚と罵られるように。
とうとう侍女の座を妹に奪われ、嘲笑われながら城を追い出されてしまう。
あんなに尽くした家族からも捨てられ、セシールは街をさまよう。
力尽きそうになったセシールの前に現れたのは、かつて一度だけ会った生意気な少年の成長した姿だった。
そして健康と美しさを取り戻したセシールのもとに、かつての家族の変わり果てた姿が……
※小説家になろうにも掲載しています
婚約者の姉を婚約者にしろと言われたので独立します!
ユウ
恋愛
辺境伯爵次男のユーリには婚約者がいた。
侯爵令嬢の次女アイリスは才女と謡われる努力家で可愛い幼馴染であり、幼少の頃に婚約する事が決まっていた。
そんなある日、長女の婚約話が破談となり、そこで婚約者の入れ替えを命じられてしまうのだったが、婚約お披露目の場で姉との婚約破棄宣言をして、実家からも勘当され国外追放の身となる。
「国外追放となってもアイリス以外は要りません」
国王両陛下がいる中で堂々と婚約破棄宣言をして、アイリスを抱き寄せる。
両家から勘当された二人はそのまま国外追放となりながらも二人は真実の愛を貫き駆け落ちした二人だったが、その背後には意外な人物がいた
【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜
水都 ミナト
恋愛
女神の祝福を受けた聖女が尊ばれるサミュリア王国で、癒しの力を失った『元』聖女のミラベル。
『現』聖女である実妹のトロメアをはじめとして、家族から冷遇されて生きてきた。
すっかり痩せ細り、空腹が常となったミラベルは、ある日とうとう国外追放されてしまう。
隣国で力尽き果て倒れた時、助けてくれたのは――フリルとハートがたくさんついたラブリーピンクなエプロンをつけた筋骨隆々の男性!?
そんな元強面騎士団長のアインスロッドは、魔物の呪い蝕まれ余命一年だという。残りの人生を大好きな可愛いものと甘いものに捧げるのだと言うアインスロッドに救われたミラベルは、彼の夢の手伝いをすることとなる。
認めとくれる人、温かい居場所を見つけたミラベルは、お腹も心も幸せに満ちていく。
そんなミラベルが飾り付けをしたお菓子を食べた常連客たちが、こぞってとあることを口にするようになる。
「『アインスロッド洋菓子店』のお菓子を食べるようになってから、すこぶる体調がいい」と。
一方その頃、ミラベルを追いやった実妹のトロメアからは、女神の力が失われつつあった。
◇全15話、5万字弱のお話です
◇他サイトにも掲載予定です
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる