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第21話 あなたの本当の名前は
しおりを挟む「……んっ……え? 私、寝て……?」
いつの間に眠ってしまっていたのか。
目が覚めた私はガバッと起き上がる。
「……って、ここはどこ? 私の部屋じゃ……ない?」
私は今、どこかの見知らぬ部屋の中にいて、ベッドに寝かされている。
その事はすぐに理解した。でも、ここは?
慌てて覚えている記憶を辿ってみる。
そう───なぜか、ウィル殿下の姿をお店の前で見かけた。まさか国外まで捜索していたなんて。
そうして見つかって捕まって連れ戻されるのが怖くなってしまい足が震えて動けなくなった。
そこに現れたのが───
「……レイさん」
“助けて”と願った時に目の前に現れたレイさんの姿にホッとして私は彼に縋った。
優しいレイさんは、そんな私を突き放すことをせず、更に詳しい理由を問いただす事もしないで“助けて”くれた。
(お姫様抱っこで馬車に運ばれたわ!)
思い出すだけで顔が赤くなる。
それで、レイさんは店主に話をしてくる。絶対にここから動くな、と言い残して───
その後の記憶が無い。
馬車の中でホッとしてウトウトして……そのまま眠ってしまった?
「え? つまり、ここはまさか、レイさんの……?」
家!? 彼の家なの?
私の心臓がドクンッと大きく鼓動を刻む。
と、同時にやっぱり……彼は貴族だったのねと確信する。
この私が寝かされているフカフカのベッドもそうだし、部屋の中にある数々の調度品。
それから、壁に飾られているたくさんの絵画……どれをとってみてもこの家の住人が“庶民”のはずがない。
(絵画の数が多いわ。もしかして、レイさん絵が好きなのかしら?)
なんて事を思ったその時。
───コンコン
部屋の扉がノックされる。そして、その音と共に部屋に入って来たのはレイさん。
「───リア! 目覚めていたのか!」
「は、はい……」
私が目覚めて起きていた事に気付いたレイさんがベッドの傍まで駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「……大丈夫です。あの、ありがとうございました……」
私が頭を下げるとレイさんは優しく笑った。
「気にするな。俺はリアを守る。そう約束しただろう?」
「っ! レイ……さん」
レイさんと私の目が合う。すると、また、胸がドキドキしてくる。
そして私をじっと真剣な瞳で見つめたレイさんの手がそっと私の頬に触れた。
「だから───俺はリアの為なら……」
───その時だった。
「レイノルド様、こちらに居ますか? 先程の話の警備の件ですが───」
「「!」」
再び、ノックの音ともに扉が開いて男性が入って来た。
驚いた私たちはその場で見つめ合ったまま固まってしまう。
「え? あれ? レイノルド様、何をして……って、あ! 目覚めて……?」
「……」
「レ、レイノルド……様? えっと……その顔……こ、これは静かに怒っています……?」
「……」
レイさんの無言の圧力(表情は三倍増しくらいの怖さ)に入って来た男性が顔色を変えて脅え始めた。
「わ、わざとではないのです……ま、まさか目覚めていて、しかもそんないい雰囲気になっているとは思いもせず……で、ですから、えっと、その……」
「……」
「レイノルド様! とりあえずこのビリー、命はまだ惜しいです! ご勘弁を!」
後から入ってきた男性はそう言って必死に命を守ろうと頭を下げていた。
────レイノルド様。
それが、レイさんの本当の名前なのだとこの時、私は知った。
「……コホッ。とりあえず、ビリーは一旦下がらせた。騒がしくさせて、すまなかった」
「いえ……」
レイさんが気恥ずかしそうに謝りながら私に言った。
ビリーと呼ばれた男の人はきっと、レイさん……レイノルド様の側近なのだろう。
と、いうことは、だ。
「レイさん。いえ、レイノルド様……あなたが、この街の領主……アクィナス伯爵様だったのですね?」
「リア?」
「……知らなかったとはいえ、私はあなたにたくさん甘えてしまって……」
屋敷の大きさ、側近がいる身分……私の頭の中でそこから導き出されたのは一つ。
レイさんはここの領主だ、という事だけ。
「リア!」
「!」
レイさんがガシッと私の両肩を掴む。
「俺はレイだ!」
「レ……」
「リアのゆ、友人のレイだ! それ以上でもそれ以下でもない! …………今はまだ」
レイさんの顔が五倍増しの厳つさになっていた。
それだけ気合を入れて話している、という事。
「……俺……いや、私の本当の名は、レイノルド・アクィナス。リアの言う通り、ここの領主なんてものをやっている。だ、だがっ!」
「!」
クワッ!
レイさんがお顔に更に力を込めた。
その厳つくなった顔にうっかりときめいてしまう。
「リアの前ではただの“レイ”なんだ! だから、い、今まで通り接してくれないか?」
「レイノルド様……いえ、レイ……さ、ま?」
「……人前では“レイさん”にしてくれると助かるんだが……」
「あ……」
レイさんとして動いている時の彼は、きっとお忍びのスタイルだから……
“様”と呼ぶのは迷惑ということよね。
私は無言で頷く。
(だけど、レイさんはまさかの伯爵様……だった)
「レイさん……」
「どうした?」
私が“レイさん”と呼んだからなのか、レイさんの顔が少し嬉しそうに綻んだ。
「……レイさんが伯爵様なのは……その、確かに驚きましたけど」
「ああ」
「私、レイさんについて知る事が出来て……う、嬉しいです!」
「……リア!」
レイさんがますます嬉しそうに笑ってくれたので、何だか私も嬉しかった。
そんな私をレイさんが大きな目を見開いて凝視していた。
「……?」
「……ほ、微笑んで……くれた!」
「え?」
「リア! ありがとう! そうだ! 俺は俺だーー! 何も変わらん!」
「!?!?」
そう叫んだレイさんは、ギュゥゥゥと苦しくなるくらいに私を抱きしめた。
◆◆◆◆◆◆
その頃の王子は────
「何だ! この宿は! 私にこんな陳腐な部屋に泊まれと言うのか!」
「…………お忍びなのですから、我慢してください」
アクィナス伯爵領にある宿に泊まることになったものの、こんな宿に泊まるなんて冗談ではない!
「食事はその辺の食堂でもいいとごねていたではありませんか……」
「食べ物はお腹に入ってしまえば何でも同じだ! だが、寝床は違うだろう!?」
(こっちは謎の頭痛と闘っているんだぞ!?)
今だってズキズキと警告のように痛みを訴えている。
しっかり手続きを踏んで入国していれば、領主の家に滞在となったかもしれない。
が、無断……しかも独断で入り込んだ以上、領主の屋敷に近付くことすら出来なかった。
「…………あれもこれも、全てオフィーリアのせいだ!」
あんな謎の強面の男に脅されたのも……だ。
入り口付近で騒いでいたからだろう。いくら邪魔だったとしても、あんな暗殺者のような顔をした男を差し向けるとは……とんでもない街だ!
今までのようにお城で過ごせていれば、私は王子として大切に守られ、あんな強面男に脅える必要も無かっただろうに……なんて屈辱だ!
「さっさとオフィーリアを見つけ出して連れ戻すぞ……!」
いくら能面のオフィーリアでも、この私がわざわざ追いかけて来た事を知って、
“やっと気付いたんだ、今は 後悔している……”“私にはやっぱり君が必要だった”“君じゃなきゃダメなんだ”
くらいの事を言えば、多少は顔色を変えるかもしれない。
(それで絆されてくれさえすれば……)
「待っていろ! オフィーリア!」
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