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第4話 様子のおかしい王子様
しおりを挟む「…………」
「…………」
驚いた表情のまま固まったセオドア殿下と向かいあったまま、暫く無言の状態が続いた。
(この沈黙は、し、心臓に悪すぎる! バレたわけではないと信じたい)
「……エリザベス?」
「はい?」
殿下が小さな声で呟くように“エリザベス”と呼んだ。
「……いや、何でもない。マクチュール侯爵令嬢。部屋に案内する」
「は、はい」
とりあえずは、やり過ごせた……かしら?
謎の沈黙は気になるけれど。
(対面さえ果たせてしまえば、後はそんなに顔を合わせる事も無いでしょう)
わざわざ、あれだけ念を押してきたのだ。
殿下としても“エリザベス”と積極的に関わりたいとは思っていないはずよ!
「では行くぞ」
そう言って殿下は椅子から立ち上がる。
(……んん?)
何故、殿下が立ち上がるの? 行くぞ??
私は意味が分からず、ポカンとした顔を向けてしまった。
「…………何かな、その顔は?」
「え? い、いえ!」
おかしい。私には殿下が自ら部屋に案内しようとしているように見える。
(こういうのってお付きの人にやらせる事なのでは……?)
政略結婚のお前なんか愛さないぞ……みたいな事を言ったその口で妙に紳士的な事をするのね……
よく分からない方だわ。
そう思った。
「……」
「……」
部屋までは本当に殿下自ら案内してくれている。
だからと言って私達の会話が弾むのかと言えばそれは違う。
とりあえず互いに無言だった。
とってもとっても気まずいので、この空気は正直辛いものがある。
(余計な事は喋るな! と言われているから私から会話をふるのは駄目よね)
殿下は“エリザベス”の噂は耳にしていたようだし。下手に会話をして偽物だとバレてしまったら大変──……
「大人しいんだな」
「……え?」
会話はすべきでないと考えていた所に、突然、話しかけられたのでびっくりして顔を上げる。
「俺はその場には居なかったから知らないが……以前、君は侯爵と王宮に訪ねて来た時、随分と騒がしかったと聞いた」
「そ、それは……」
何の話ですか……そんな事知りません!
エリザベスは何をしているの……心の底から文句を言いたい。
「わ、私も成長したのです……」
「そうか」
殿下はそれだけ言うとまた黙り込んだ。
(どうか疑われていませんように!)
「ここが、今日から君の部屋だ」
「は、はい、ありがとうございます……って!」
案内された部屋はごく普通なシンプルな部屋。
(意外だわ……もっと豪華な部屋を想像していた)
一応未来の王太子妃……豪華で贅沢な部屋を与えられるとばかり思っていた。
(絶対に気後れすると思っていたから嬉しい! 助かるわ!)
「…………不満か?」
不自然に黙り込んでしまった私が不満を抱いたと思ったのか殿下が怪訝そうな表情で訊ねてくる。
確かに貴族令嬢、それも高位貴族の令嬢なら不満を抱く所なのかもしれない。
「ここは、一応婚姻するまでの間の君の部屋だ。必要な物は揃っているはずだが足りない物があれば申し付けるといい」
と、ここで殿下は一拍間を置いて視線を私に向けて言った。
「くれぐれも……常識の範囲内でな」
「……!」
この王子様、さり気なく釘を刺してきたわ。
────つまり、こう言いたいのよね?
お前なんかに使わせる無駄な金は無い! (多分)
「いえ、不満などありません。私には充分過ぎるくらいです。ありがとうございます」
「……そうか。やはり君は……」
殿下が何かもの言いたげな目で私を見る。
「あの、何か?」
「……っ、いや、何でもない。ところでマクチュール侯爵令嬢」
「はい」
「マクチュール侯爵令嬢と呼び続けるのもどうかと思うので、別の呼び方をしようと思うのだが……」
「はい」
私は内心で首を傾げる。
そりゃ、婚約者となったんだもの、マクチュール侯爵令嬢呼びではよそよそし過ぎる。
(ここでもずっと“エリザベス”と呼ばれ続けるのかぁ……)
侯爵家に無理やり連れて行かれてから、エリザベスとしか呼ばれなくなっていたので最近は頭がおかしくなりそうだった。
“ライザ”という人間なんて始めから存在していない……そう言われているようで辛い。
「では。何と呼ばれたい?」
「……は、い?」
てっきり“エリザベス”と呼ばれると思ったのでその質問に心の奥底から驚いた。
「ど、どういう意味でしょうか……?」
「意味? もちろん、そのまま“エリザベス”と呼んでも良いが……」
「……?」
「君は何と呼ばれたい?」
「えっ!!」
思わず素で聞き返してしまう。
「……エリザベスには愛称も多いだろう? ベス、ベティー、リズ…………ライザ」
ビクッ
本当の私の名前が出て来て思わず身体が跳ねた。
「どうした?」
「い、いえ。私は何と呼んでいただいても構いません……」
どうしよう。まだ、心臓がドキドキ鳴っているわ。
(驚いた。偶然よね……エリザベスの愛称をあげていただけだもの……)
「では…………ライザ」
「え!」
「なら、ライザと呼ぶ事にしよう。そう呼ばれたそうな顔をしていた」
「え? あ……」
思わず“ライザ”に反応して身体が跳ねたのを見破られていたんだわ……
「ライザ」
「は、はい!」
「大丈夫か? 嫌ではないか?」
私はコクコクと頷く。
……驚いただけです。
「なら、良かった……ライザ」
「!」
殿下が私の名前を呼びながら優しく微笑むから思わず涙が出そうになった。
「では、ライザ。俺はこれで失礼する。今日はゆっくり休むといい」
「は、はい。ありがとうございます」
それだけ言って殿下は公務に戻って行った。
やっぱり仕事はあったらしい。
なのに律儀にここまで送ってくれたようだった。
「…………名前、呼ばれた……」
───ライザ
数ヶ月ぶりに呼ばれた本当の名前。
これが単なる偶然だったとしても……
(嬉しい……)
「だけど、どうしてかしら……?」
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殿下の中でどんな心境の変化があったのかしら?
「んー、まぁ、あれよね! 愛称で呼ぶ事で周囲に仲良しアピール……が目的、とか!」
ようやく決まった(らしい)婚約者と不仲では殿下も困るもの。そうに違いない。
──だから、深い意味など無い。無いに決まっている。
涙が出そうになるくらい嬉しかったけども。
(勘違いなんてしてはダメ)
自分にそう言い聞かせてそれ以上深く考えないようにした。
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