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第6話 私の好きな物
しおりを挟む「まぁ! 確かにエリザベス様に似合いそうなドレスばかりですね!」
「そ、そう?」
部屋に戻ってから殿下に言われたように頂いた贈り物の確認をしてみたところ、侍女のキャシーが感嘆の声を上げた。
「……正直、最初にここに用意していたドレスは、エリザベス様のイメージでは無かったんですよねぇ。何と言うか……派手派手しくて」
「そうなの?」
バタバタしていた私は、まだクローゼットの中をしっかりと確認していなかった。
だけど、色々手配をしてくれたであろう侍女のキャシーがそう言うのならそうなのかもしれない。
「その……マクチュール侯爵家からエリザベス様は派手な物が好きと伺っておりましたので」
「……」
なるほど。本物のエリザベスは派手好きなのね。
だから、ドレスもエリザベスが好きそうな物を用意していた……と。
(え! ちょっと待って? ……これってバレないの? 噂と印象が違うようだね、で済ませられる範囲の話? 大丈夫なのかしら?)
一気に不安になった。
「謝らないで? 気にしていないから。ただ……」
「ただ?」
「そんなに私は噂と違う?」
私の質問にキャシーが驚いたのか目を丸くする。
「そう……ですね。噂で聞いていた印象とは……かなり違うかと思います」
「!」
(失敗したわ)
侯爵家でさせられて来た事が貴族令嬢のマナーやら教養やらを身に付ける事ばかりだったせいで、肝心の”エリザベス”になりきる事に関しては甘いままだったわ。
(もう少しどんな人なのかを聞き出しておくべきだった……)
とは思うも、あの侯爵達が素直なありのままのエリザベスの事を語るかは分からなかったけど。
(溺愛していた様子だったもの……可愛いに決まってるだろう! としか言わなそう)
それに、知った所で私が噂通りのエリザベスのように振る舞えるとは思えない。
「あ! でも私はその、エリザベス様が噂と違う方で良かったと思っています」
「キャシー……」
「エリザベス様は噂で聞いていたよりも話しやすいですし、可愛らしい方です!」
キャシーがそう力説する。
「や、やめてちょうだい……て、照れるわ!」
「赤くなりましたね。そういう所も可愛いらしいですよ」
「だ、だから……!」
「ふふ、きっと殿下も噂と違って可愛いらしいと思っているのでは?」
「!」
「だから、こんなに可愛らしいドレスをたくさん……」
「っっ!」
そんな事は無いわ──
と思いつつも、ちょっとだけ、そうだったらいいな……なんて思っている自分がいる事に驚いた。
◇◇◇
「……キャシー。気のせいかしら? 頂いた物のドレス以外の小物や普段着には花柄の物が多いのだけど」
「そうですね。エリザベス様って花柄がお好きなんですか?」
「……」
ドキッとした。
エリザベスの事は知らない。でも、私……ライザは……
“私ね、花が好きなの! いつか両手いっぱいの花束を貰うのが夢なの!”
“それでプロポーズされたら絶対幸せになれる。そんな気がするのよ!”
──そういえば昔、そんな事を口にした時もあったわね……
夢見がちだなって笑われたけど。
なんて事を思い出しながら、ポケットの中の手鏡にそっと触れる。
「テッド……」
「エリザベス様?」
キャシーの声でハッとする。
いけない、いけない。思わず過去に浸っていた……
「……いえ、何でもないわ。花は……好きよ」
「そうでしたか。でしたら殿下もわざわざ調べたのでしょうね!」
「……えっ!」
キャシーは嬉しそうに語るけれど、内心は複雑だ。
「エリザベス様?」
私が驚きの声をあげたせいで、キャシーが不思議そうな顔をこっちに向ける。
「あ、いえ。わざわざ調べただけでなく、こんなに頂いてしまって申し訳ないと思ってしまっただけよ」
ドレスに普段着に小物……
これだけでも恐れ多いのだから、万が一宝石の類なんて贈られていたら絶対に困っていたわ。
宝石の類は人前に出る時に必要な物だとは分かるけど、普段からつけたいとは思わないし……
だけど、この中にそれらしき物は無い。
(意外ね……)
「殿下はエリザベス様を大事にしようとされているのですよ」
「……大事に?」
(いや、殿下にはずっと忘れられないと言う想い人がいるらしいし、何ならエリザベスを愛さない宣言されてますから!)
「……何であれ殿下にはお礼を言わないと」
無駄遣いは良くないけど、やっぱり気持ちは嬉しい。
今すぐお礼を伝えに行きたいけど殿下はこの後は公務のはずだから、邪魔するのは良くない。
「キャシー、私が殿下に会いに行ける時間はあるのかしら?」
「どうでしょう……夕食の時……までは難しいのでは?」
「そうよね」
何だかとてももどかしく感じた。
「殿下、ありがとうございました」
「ライザ? あぁ、贈り物の事?」
「はい。ドレスだけでなく小物まで……」
殿下はニコニコしている。どうもご機嫌らしい。
「気に入ってくれたかな? 君が──ライザが好きだと思ったんだけど」
「は、はい! 気に入りました。ありがとうございます」
ドレスは(善し悪しが分からないので)ともかく、小物類は本当に本当に私の好みピッタリだった。
「なら良かった。それにライザのその顔が見れて俺も嬉しい」
殿下がそんな事を言いながら優しく微笑んだ。
「えっ……その顔、ですか?」
「あれ? 自覚ないの? 今、ライザは嬉しそうな顔をしているよ?」
「嬉しそうな……顔?」
自分ではよく分からない。
(それに、無理やり侯爵家に連れられてしまってから笑う事なんて無かった……)
「我ながら、多すぎたかな、とは思ったけど……君のライザの喜ぶ顔が見たかったんだ」
「っ!」
ちょっと! ちょっと、セオドア殿下!?
何であなたが頬染めちゃっているの??
釣られて私も赤くなる。
本当にあの最初の“愛を期待するな”発言は何だったのー!?
「……」
「……」
互いに無言になる。
恥ずかしくて顔があげられない。
「ライザ……」
「は、はい!」
「食事にしよう」
「……はい」
その日の夕食は、心の中がドキドキと混乱とが入り交じってパニックを起こしていた事と、目の前の殿下が終始甘い笑顔を見せてくるので全く味が分からなかった。
せっかくのご馳走なのに!
部屋に戻った後、ぼんやり考えた。
(私が好きだと思った物……かぁ)
まるで、その言葉が エリザベスではなく“ライザ”の好きな物を集めた……って言われているみたいに聞こえてドキドキした。
──なんてね。そんなはずないのに。
でも、そうだったらいいのに……と思う気持ちは消えてくれなかった。
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