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第11話 “身代わり”はいらない
しおりを挟む会いたくもないし、会うべきではない。
理由は分からないけれど、殿下も取り次ぐなと言っていたなら尚更だ。
(だけど、エリザベスが見つかった……そんな話なのかもしれない)
それを思うと心が揺れる。
だって私の役目はエリザベスが見つかるまでの彼女の身代わりだから。
「エリザベス様にはお会い出来ないのでお引き取りをと申しましたところ、自分の娘に会いに来たのに会えないとは何事か! と騒いでおります」
「……」
侯爵はどこまで王家に喧嘩をふっかける気なのか。
「……応接間で会うわ。だけど部屋の前には必ず護衛をつけてもらえる?」
「エリザベス様……」
執事長が困った顔をする。
「あの人がこのまま私に会わずに大人しく引き下がるとは思えない。それから、殿下にもこの事の一報をお願い」
「は、はい」
忙しいであろう殿下を煩わせるのは嫌だけれど、この場合黙っている方が後々問題になる気がする。
そう思って殿下にも伝えてと指示を出した。
「あぁ、ようやく会えたな。全く何を渋っていたんだ!? 私がわざわざ訪ねて来てやったんだぞ? 歓迎するのが普通だろう!」
「……申し訳ございません」
私が応接間に入るとすでにそこで待っていた侯爵は、私を見るなりそう罵倒した。
何て図々しい発言なの……
そう思いながらも逆らっても良いことは無いので頭を下げる。
そして、顔を上げた時に気付いた。
「……!」
侯爵は一人では無かった。
そのもう一人の人物はローブを深く被っていて顔は見えない。
だけど、分かる。
──エリザベスだ!
「ふぅん、確かに私と似ていなくはないわねぇ。まぁ、私の方が数倍……いえ、数百倍は美しくて華があるけれど」
その人物がローブを脱ぎながら顔を現す。
「ねぇ、そうでしょう? お父様」
「そうだな、エリザベス。お前の方が何もかもが素晴らしいよ」
「まぁ、ふふ」
侯爵がエリザベスと呼んだ。やっぱり間違いなかった。
私と同じ白金の髪を靡かせながら、その女性──異母姉のエリザベスは微笑んだ。
「初めまして? えぇと、私の異母妹さん」
「……」
驚きでうまく言葉が発せない。
こんな突然に訪ねて来るのだから、エリザベスが見つかったと言う報告の覚悟はしていた。だけどこんなすぐに連れて来るとは……
「エリザベス様……無事に見つかったのですね」
「え? 私が見つかった? あなた何を言っているの?」
どうにか絞り出したその言葉にエリザベスは驚いた顔をする。
「……?」
「何を勘違いしているのかしら? 私は最初からどこにも行ってなどいないわ」
「え?」
「私はずっと領地にいたのよ? ねぇ、お父様?」
「領地に……いた?」
意味が分からない。失踪は嘘だった?
では、私は何の為に……?
「ふふ、私が失踪したと聞かされていたのね? 違うわよ、あなたは時間稼ぎの為に私の身代わりになってもらっていただけよ」
「……時間稼ぎ?」
「そうよ、私にはすぐに王宮に上がれない事情があったの」
「……」
侯爵を見るとその通りだと頷いている。
「晴れて王宮に上がれるようになったから、こうして来たのよ」
「つまり……」
「あらあら、物分りが悪いのねぇ? これだから平民は」
エリザベスのその表情は完全に私を馬鹿にしていた。
「身代わりのお役目はおしまいよ。ご苦労様。さっさと私と代わってここから出て行きなさい」
「そういう事だ」
「っ!」
こんな日が来る事は分かっていたのに。
むしろ、早くエリザベスが見つかって戻って来てくれればとすら願っていたのに。
──どうして、私は今こんなにショックを受けているの?
「そうそう、あなたに一つお礼を言っておくわ」
「……?」
何の話か分からず困惑した顔を向けると、エリザベスがにっこりと嬉しそうな笑顔を見せた。
「あの殿下に気に入られたそうじゃない? 初恋の女性だか何だか知らないけど忘れらない人がいるからと婚約話から逃げまくっていたらしいのに」
「それは……」
「私としては王太子妃になれれば満足だったから、殿下の愛なんて求めて無かったけど、やっぱり夫には愛されていた方がいいものね、ありがとう。これからは私が愛される番よ」
ふふ、とエリザベスは笑う。
「……!」
胸の中がモヤモヤする。
殿下がエリザベスを? “私”に向けてくれたあの甘い笑顔をエリザベスに……?
──ライザ
殿下の声とあの笑顔が私の頭の中に浮かぶ。
エリザベスではなく、私の名前を呼んでくれた……冷遇されるとばかり思っていたのに、いつだって優しくて温かかった。
冷たい言葉を受けたのは顔合わせのあの時だけ……あれだってきっと優しさの裏返し。
あの優しさをエリザベスに…………嫌だ、嫌だ、そんなの嫌だ。
帰って来るのを待っています──そう約束した。
私と行きたい所があってそこで大事な話があるとも言っていた。
殿下と約束したその相手はエリザベスではない。
──私、ライザだ!
「……違う」
「は?」
「違う! ……殿下は“私”に優しくしてくれた……“エリザベス”に優しくしてくれたわけではないわ……」
「はぁ? あなた何を言っているの?」
エリザベスの表情が怒りに変わる。
だってそうよ。
殿下はいつだって、私をライザと呼んで……婚約披露パーティーで仲良しアピール(?)している時でさえ、私の事を“エリザベス”とは、一言も呼ばなかった……
「エリザベス様……殿下に全てを話しましょう? こんなの駄目です」
「は? 何をふざけた事を言っているのよ」
「そうだ! 何を言っている!?」
侯爵もエリザベスも冗談じゃない、という顔を向けた。
「私達は殿下にずっと騙していた事を話して謝って罰を受けるべきなんです!」
「嫌よ! 冗談じゃないわ!」
初めから間違っていた。
どんなに脅されたとしてもこんな事を引き受けてはいけなかった!!
「罰を受けるだと!? ふざけた事をぬかすな、黙れ!」
バシッ
「……っ」
手を振りあげた侯爵の手が私の頬を叩いた。
侯爵家に連れて行かれた後の待遇は決して良いものとは言えなかったけど、叩かれた事はさすがに無かった。
──“エリザベスの身体”に傷があってはいけないから。
だけど、“エリザベス”ではなくなった私にもう容赦はしない、そういう事だと思う。
「生意気を言いおって!」
「そうよ! なぁに? 今更この生活を捨てるのが惜しくなっちゃったわけ? 卑しい女の血が流れてるからかしらね。さすがだわ!」
「っっ! お母さんの事まで馬鹿にしないで!」
叩かれた頬を押さえながら私はエリザベスを睨んでそう叫ぶ。
「卑しい女は卑しい女でしょう? どうせお父様の事もあんたの母親の方から誘惑したに決まってるわ!」
「違っ……」
侯爵とお母さんの間に何があったかは知らない。
知らないけど、それだけは絶対に違う!
侯爵の方を見ると、あからさまに私から目を逸らした。
(この男……絶対に無理やりお母さんに手を出したんだわ)
「身の程を知りなさい。あなたは、ただの私の身代わりよ。“身代わり”はもういらない。だから消えてちょうだい?」
「……っ」
叩かれた頬がジンジンと痛む。
その痛みが、この人達に話は通じない───そう言っている気がした。
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