19 / 39
第15話 母親の愛情と思い出の男の子
しおりを挟む「マ、マーサおばさま……?」
「そうだよ、ライザちゃん。突然、姿を消したから驚いたよ! 無事だったんだねぇ」
そう言ってマーサおばさんは私を抱き締めた。
(温かい……)
久しぶりの人の温もりに胸が熱くなる。
「おや? その格好はどこかの貴族の使用人の格好だね? 突然、仕事を辞めて姿を消してしまったけど貴族の屋敷でお勤めしていたのかい?」
「あ、これは……」
(そうだった! 早く着替えないと。街に出てからだとこの格好は逆に目立ってしまう)
「マーサおばさま! お願いがあるんです」
「ライザちゃん?」
「着替えを……着替える場所を貸してください!!」
「へ?」
私は必死に頭を下げた。
***
「……つまり、何だい? ライザちゃんは貴族の娘さんだったのかい?」
「はい、どうやら……」
マーサおばさまは、とりあえず家においでと言ってくれたのでお邪魔させてもらう事になった。
そこで私はこれまでの事を掻い摘んで話をする事にした。
もちろん、身代わりの話は伏せて話すしかないけれど。
──ある日、父親と名乗る貴族が現れ無理やり屋敷に連れて行かれたけど、生活が合わず逃げ出した。
ざっとこんな感じ。
「それはまた、大変だったんだねぇ」
「……」
「ライザちゃんが急に居なくなるから皆、寂しがってたよ」
「みんな?」
何故か分からないけれど、私は同世代の人達にはいつも遠巻きにされていた。
お母さんと関わりのあった人はマーサおばさまのように優しくしてくれたけれど。
「特に男共は結婚でも決まったのかと皆ガックリしていたねぇ……」
「えっと……何故でしょう?」
私は首を傾げて聞き返す。
「何を首を傾げてんだい? そりゃ、ライザちゃんはこの街の男共の高嶺の花だったからさ」
「高嶺の花?」
「ライザちゃんのその鈍さと男共の互いの牽制によってこの街の均衡は保たれていたんだよ」
「はぁ……」
ますます意味が分からない。
そんな私の心を読んだのか、マーサおばさまは「相変わらずな子だねぇ」と、笑った。
「それで? ライザちゃんの父親……ルイーゼの相手はお貴族様だったんだね……」
「マーサおばさまも知らなかったの?」
「知らなかったよ」
マーサおばさまは首を横に振りながら言った。
「ルイーゼと知り合った時にはもう、すでにライザちゃんがお腹の中にいた時だからね」
「そう……」
「ただあの時のルイーゼは明らかに逃げ出して来た様子で……」
何故かそこまで言ってマーサおばさまが言い淀む。
最後まで言われなくても、何となく何を言いたいかは伝わって来た。
(侯爵ね……)
「私はいつだって逃げてばかり」
「……?」
「いつだったか、ルイーゼがそう言っていたよ」
──でも、逃げたかったの。自由が欲しかったから。
お母さんは、まず初めにどこからか逃げて来て、その後も侯爵から逃げたんだと思う。
「……お母さんは幸せだったのかな?」
思わずそんな言葉が口から出た。
「ライザちゃん?」
「私、きっと望まれてなんていなくて……お母さんは……」
「ライザちゃん!!」
黒い気持ちに支配されそうになる私にマーサおばさまが怒鳴る。
そして、私の肩を掴みながら言った。
「いいかい? それは違う!」
「……?」
「ルイーゼは、ライザちゃんが産まれてくるのをとても楽しみにしていた! 日に日に大きくなるお腹を撫でながら“私の大事な家族”なのって笑ってた!」
「お母さん……」
それなら、何故?
──何故、私の名前はエリザベスの愛称なの?
私は今回、無理やり侯爵家によってエリザベスの身代わりとなった時に“ライザ”が、“エリザベス”の愛称だと知ってしまった。偶然なの? それとも、侯爵に対する嫌味なの?
「ライザちゃんの名前をつける時もね、“女の子だったらずっとつけたい名前があったの!”そう嬉しそうに話していたんだよ?」
「……っ!」
「大好きなお祖母様の名前の愛称を使ったそうだよ?」
「っ! ……お母さん……!!」
違った! あのエリザベスは関係無かったんだ!!
思わず形見の指輪を服の上から握りしめた。
(疑ってごめんなさい……お母さん)
「病気に罹ったことが分かった時、ルイーゼはひたすらライザちゃんのこれからを心配していた。面倒な運命を背負わせる事になるかもしれない、とね」
そう言いながらマーサおばさまが私の頭を撫でる。
「面倒な……運命?」
「ライザちゃんが困った時は力になってあげて欲しい……それがルイーゼの最期の願いだった。だから、ライザちゃん! 遠慮しないで私に助けられなさい!」
そう言って笑ってくれたマーサおばさまの存在が今は涙が出そうになるほどとても嬉しく有難かった。
(侯爵はきっと今も私を探している……だから迷惑はかけられない)
それでも、少しだけ少しだけその言葉に甘えさせてもらってもいいのかな?
せめて、もう少しお金が溜まるまでは……
「マーサおばさま……ありがとうございます」
***
「髪を染めたい?」
「この髪は……なんと言うか目立つ気がするんです」
侯爵はこの髪色を頼りに“私”を探すだろう。
このままでは確実にすぐ見つかってしまう。
「その髪色は綺麗で好きだったから、いつか元に戻せるとはいえ勿体ないねぇ……」
マーサおばさまは残念そうに言う。
「仕方ないとは言え、ライザちゃんも残念だろう?」
「え?」
「おや、覚えてないかい? ルイーゼが倒れて心配したライザちゃんから、どんどん笑顔が消えて落ち込んでいった頃、ある日、久しぶりに笑顔を見せながら言ったじゃないか」
その言葉で思い出す。
「……この髪をキレイだねと言ってくれた男の子に出会ったの……と?」
「そうだよ。あの時のライザちゃんは久しぶりに笑顔を見せて嬉しそうだったね」
──テッド!
それは、テッドの事だわ。
お母さんが病気だと判明してショックを受けた私は、日に日に笑顔も無くなり笑えなくなっていった。
そんなある日、お母さんを元気づけようと思ってあの場所へ花を摘みに行って偶然出会った男の子……それが、テッドだった。
「キレイ……なんて初めて言われたから嬉しかったの」
「……あぁ、この街の男共は腑抜けだったからねぇ……」
私があの頃の事を思い出しながら笑顔を浮かべると、マーサおばさまは何故か遠い目をする。
「……?」
「腑抜け共の事は置いといて、それからのライザちゃんはどんどん元気になっていったから嬉しかったよ」
「……その男の子のおかげなんです。彼が“そんな辛気臭い顔をしていたら治るものも治らないぞ! まずは笑え!”って言ってくれたから」
「そうかい」
「えぇ、そうなんです」
懐かしいテッドとの思い出を振り返り私は微笑んだ。
そんな彼がキレイだと言ってくれた髪を染めるのに抵抗がないわけでは無いけれど……今は仕方がない。
──生きていくために。
そう自分に言い聞かせた。
***
「ライザちゃん……じゃない、リリアン。これをヒューバートの家に届けたらそのまま休憩に入っていいよ!」
「はい! ありがとうございます」
侯爵家から逃げ出して約一週間。
私はマーサおばさまの厚意に甘えて、マーサおばさまの経営するお店で働かせてもらっていた。
髪を染め眼鏡をかけ、名前も念の為に“リリアン”と偽名を名乗っている。
最初の数日は、表に出ないように裏方で仕事をしていたけれど、髪を染めると雰囲気も変わるのか“ライザ”らしさは無くなったので、少しずつお届け……外での仕事もこなすようになった。
「……せっかくなので、あそこに行ってもいいかしら……」
テッドと出会ったあの場所。
“行ってみたい”何となくそんな気持ちになった。
もう長い間、足を運んでいなかったのに。
「……大丈夫、よね? この外見だし」
そう言い聞かせて私は荷物を届け終えた後、休憩がてらあの場所に向かった。
「わぁ、相変わらず綺麗だわ」
久しぶりに足を運んだそこは昔と変わっていなかった。
(テッドも何処かで元気にしているかしら?)
“もう、ここには来れない。今日が最後なんだ”
そう言われて別れた日から一度も会っていないけれど。
(今思えば、彼はどこかの貴族だったんだろうなぁ……)
ガサッ
「……?」
そんな事を考えていたら、人の気配がしたので驚く。
ここは花しか咲いていないような場所。
人がホイホイやって来るような所では無いのだけど──……
そう思って振り向く。
「!?」
そして、私は現れた人の姿を見て驚きと共に血の気が引いていく。
「───見つけた」
その人は、私を見て確かにそう言った。
59
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です
流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。
父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。
無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。
純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる