144 / 356
144. もう遅い、ですけども
しおりを挟む❇❇❇❇❇
(は? 出直してこい?)
何としても“旦那”より自分の方がかっこいい。
目の前のこの女の口からそう言わせたかったのに。
全然思い通りにいかない!
「~~~~っ!」
(夫人……それなりに可愛い顔をしているのに全然、可愛くない!)
全然、俺の誘惑が効かないじゃないか! どんな目をしているんだよ!
俺は悔しさで唇を噛み締めた。
俺の永遠のライバル、リシャール・モンタニエ。
彼は長年、王女殿下の婚約者として過ごし、この国の王族の一員になるはずだった。
そんな男が、真実の愛とやらで王女に捨てられ婚約破棄された。
ついでに公爵家の跡取りまでも追われる始末。
(───ざまぁみろ)
王族にもなれず、公爵にもなれず落ちぶれていくリシャール・モンタニエ。
国一番の美形───あのいつだって済ました顔がショックで歪むところが見られる!
そう歓喜したのに。
突然、社交界に返り咲いた彼は、何処かの伯爵家の女の手を取ってこれまで見たことのない顔で笑っていた。
とてもとても幸せそうに。
(分かっているのか? 王女に捨てられたんだぞ? 王族になれなかったんだぞ!?)
そしてこの度、その伯爵令嬢と結婚したというリシャールは王女殿下の婚約者でいた頃よりも楽しそうで……
…………悔しい。
どうしてだ? それほどまでにその女が魅力的なのか?
大して身分も高くない伯爵家出身の女だろう?
(ポヤポヤしてるし、アプローチも届かないし……)
美しい花と言われたら、
普通は“きゃっ! それって私のこと?”ってはしゃぐ所だろう!?
なんで俺が花しか友達がいないような孤独な寂しい奴にされなくちゃいけないんだよ……
笑われたじゃないか!
只者じゃない。関われば破滅……
なんて噂も流れたがどうせ誇張されただけだろう。
陛下の退位の決定にも絡んで王家を潰した……なんて話もあったがまさか、令嬢一人の力で一国の王家が潰れるはずがないからな!
(……人妻には興味はなかったが)
どうせ、夫人もリシャール・モンタニエの顔に釣られただけに違いない。
これまで声をかけた令嬢たちも、最初はリシャールに熱を上げている様子だったが、俺が軽く微笑むだけでコロッとこっちに傾いてきた。
(ほらな? 所詮、顔だろう?)
それなら、モンタニエ夫人だってこのリシャールに負けず劣らずの顔面を持つ俺が誘いをかけてやれば心揺れるはず。
そう思ったのに───
(畜生! これでは百戦錬磨の俺の記録が……!)
「───お、俺とリシャール殿の違いは何だ!」
「え?」
さっきまで、睨んでいた夫人が今度は怪訝そうな目で俺を見てくる。
「美しい顔もキラキラしたオーラを放っているところも似ているじゃないか!」
「バカにしないでくださいませ?」
(……なっ!)
「全然! 全く似ていませんわ」
夫人はまるで害虫を見るかのような目で俺を見てくる。
「そんなはず───……」
「外見のことじゃありませんわよ? ───心ですわ。あなたと旦那様では心が全然違います」
「は?」
心の意味が分からず眉をひそめる俺に夫人は更に冷たく言い放った。
「分からない? ……ご自分の胸に聞いてみたらどうです? ───“もう遅い”ですけども」
「!?」
(もう遅いってなんだ!?)
夫人はそこでにっこり笑って話を打ち切った。
そのどさくさで、現在のターゲットの令嬢のアニエス嬢まで連れて行ってしまう。
───アニエス・パンスロン伯爵令嬢。
彼女はズバズバ言う性格が災いしているのか、決まった婚約者がいない。
そういう令嬢を自分に夢中にさせるのが何より楽しい。
そう思って選んだ。
ヤキモチを妬かせる為に他の令嬢と仲良くしている姿を見せつけてもいる。
けれど、彼女はなかなか落ちて来ない強情な令嬢だ。
(そういえば、夫人が大親友だと言っていたな……本当なのか?)
あんなポヤポヤした夫人とは性格も真逆だろうに。
不思議な関係だと思った。
────
そんなことがあったパーティーから数日後。
モンタニエ公爵家から我が家に信じられない物が届いた。
「ジュ、ジュスタン!! こ、これは何だーーーー」
「!?」
その日、父親が血相を変えて何かの紙を持って俺の部屋に駆け込んで来た。
顔が真っ青で全身にダラダラ汗をかきながら俺に突き出したのは……
「慰謝料請求? なんの慰謝料ですかね?」
「───お前がこれまで交際したり、婚約を申し込んだものの破談になったりした令嬢たちの傷ついた分の慰謝料請求と書いてある!」
「は?」
「あの、ぽやんとした公爵夫人が取り纏めたらしい! どういうことだ!」
いやいやいや。何を言っている?
俺は必死に首を横に振る。
「価値観の合う女性を探すため、多くの令嬢と交流を持つことは不思議ではありませんよね? 父上」
「まあ……それは一理ある。だが、お前は交際中に令嬢にかなり色々貢がせていた、とここに書いてあるが? これはどういう事だ?」
「!」
俺は、父親のその言葉を受けてギクッと一瞬身体を震わせた。
まさかそこまで調べたのか?
公爵家は凄腕の探偵でも雇っているのだろうか……
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでください、誤解ですよ、ははは……」
「誤解?」
俺は眉間に皺を寄せて詰め寄ってくる父親に一生懸命言い訳をする。
「令嬢たちの方から、俺の喜ぶ顔がみたい! と言い出してしてくれたんですから」
「そうは言っても……訴えてきているということは」
「誤解! 誤解ですって父上。それで、えっと慰謝料? いったい幾らなんですかね? ははは……」
色々と面倒だが、大した金額で無ければさっさと金を払って終わりにすればいい。
この顔があれば令嬢はいくらでも寄ってくる。
「ん?」
渋い顔した父上が無言で請求書を俺に突きつけた。
俺はその数字を目で追う。
「…………え?」
なんだこれは!
そこにはこれまで見たことのない数字が並んでいる。
(いやいやいや……これは書き間違いじゃないのか?)
「は、ははは……きっと公爵家は慌てていて書き間違えたんですよ! やはり、まだまだ新米の公爵───」
「そうは言うが、ご丁寧に内訳書まで同封されているんだぞ」
「……へ?」
そう言って父上は俺にもう一枚別の紙を突き付ける。
ビクッと俺の顔が引き攣った。
「……我が家の顧問弁護士に見てもらったところ、もしも、ここに書かれていることが事実ならこの金額は妥当で間違いないのでは? だそうだ」
「……」
(嘘……だろう? この金額……が?)
ヒヤリとした冷たい汗が背中を流れる。
「お前、正式な婚約する前に破談になるのは相手の心変わりだといつも説明していたが、それは本当に間違いないんだな?」
「……」
「我が家はこれを不服として、モンタニエ公爵家に徹底的に抗議して構わないんだな?」
「……」
「畜生! 新米公爵を嘲笑ってやるつもりでパーティーに呼んだのに……」
父親が悔しそうにバンッと机を叩く。
そう。
あのパーティーに犬猿の仲のモンタニエ公爵を呼んで、この若造が調子に乗るなよ! と牽制し嘲笑って優位に立つつもりだった。
しかし、そうする間もなく彼らはあのままの流れでさっさと帰ってしまった。
「くっ……ここ最近、破滅寸前に追い込まれる家が軒並み増えていたのは……やはり噂通り、あの夫人の力……だったというのか? ……だが、間近で見ても力の抜けそうなぽやんとした顔の迫力のない夫人だった……」
「……」
「いや、あれは油断させるためのわざとか? なるほどな ……きっとこれは公爵家による我が家への仕返し───でっち上げに違いない! そうだな? ジュスタン!!」
「~~~っっ」
父親の勢いが凄すぎて、俺は心当たりがありまくるのに頷くことしか出来なかった。
❇❇❇❇❇
その頃──……
「──さて。今頃、慰謝料請求書は届いている頃かしら? 反応が楽しみね──」
私は窓の外を眺めながらそう呟く。
「フルール? また、メラール化しているよ?」
「え? そうですか?」
「うん」
そう言ってクスクス笑いながらリシャール様は私の両頬に手を触れる。
「でも、そんなフルールもとっても可愛いんだけどね?」
「……っ!」
国宝旦那様に甘く微笑まれて、メラールは一気にチョロールへと変化した。
375
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる