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53. 相性が悪すぎる
しおりを挟むグラッと車体が揺れた。
「ジョエル!」
突然の急停車と揺れにびっくりしていたら、ボーッとしていたジョエルが座席から落ちそうになったので慌てて抱える。
「ジョエル、大丈夫?」
「……」
ジョエルの反応が薄い。
これは、寝ぼけているせいなのか、急な揺れに驚いたせいなのか。
とりあえず、落ち着かせようと私はギュッとジョエルを抱きしめる。
そして、顔を上げてジョルジュに声をかける。
「───ジョルジュ!」
「大丈夫だ」
「!」
先に窓の外を覗いて確認していてくれたジョルジュのその答えにホッとした。
私はもう一度、ジョエルをギュッと抱きしめる。
こういう時、へたに取り乱さず冷静に行動してくれるジョルジュはとても頼もしいと思う。
「だが、脱輪はしているかもしれないな。あと外が騒がしい。事故が起きているかもしれない」
もう一度、窓の外を確認しながらジョルジュは言った。
「馭者に確認してくる。ガーネットはジョエルのことを頼む」
「ええ」
外の様子を確認しに行こうとジョルジュが立ち上がる。
「……」
「ん? ジョエル?」
「……」
(……? どうしたのかしら?)
私の腕の中にいるジョエルが、無言でジョルジュのことをじっと見つめている。
どうやら、目は覚めているみたいだけど、“う”すら言葉を発しないのが無性に気になってしまう。
(ジョエル……)
そんなジョエルにじっと見つめられたジョルジュは、手を伸ばしてジョエルの頭を優しく撫でた。
「ジョエル。そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だ」
「……」
「父様の言葉を信じろ」
「……」
不安そうなジョエルに向かってジョルジュは、頭を撫でながら髪の毛をクシャッとしてから外に出ていった。
(ジョルジュ……)
こんな時なのに、ちゃんと父親の顔をして子どもを宥めていくジョルジュの姿に胸がキュンとした。
そんなジョルジュの様子を見送ったジョエルが今度はじっと私を見つめてくる。
私は優しく微笑んだ。
「お父様も言ったでしょう? 大丈夫だから、ね?」
「……」
コクッとジョエルは小さく頷いた。
けれどその瞳はやっぱり不安そうだった。
こういうちょっとしたトラブルが起きることはそう珍しいことではない。
でも……ジョエルは。
(……初めての馬車なのに。変なトラウマにならないといいのだけど……)
そうだ!
何かジョエルの気晴らしになるような話をしてあげよう! そう思った。
「ジョエル。父様……ジョルジュが戻って来るまでお話しながら待っていましょうか?」
「……」
「何のお話がいいかしら? ───そうね。父様と母様が出会った話にしましょうか?」
「……」
ジョエルがピクッと反応したので私はふふっと笑ってそのまま話を続けることにした。
「───あのね? 父様と母様の出会いはね、母様が父様のことを踏みつけたからなのよ?」
「……う?」
ジョエルが眉間に皺を寄せた。
ようやく、ジョエルが言葉を発したわ!
そのことに嬉しくなる。
「だから、ムニュッと踏みつけたのよ、この足で」
「……むにゅ」
私が自分の足を指さすと、ジョエルの視線がじっと私の足に向かった。
そうして、ジョエルのことを宥めていると、ジョルジュが戻って来た。
「───やはり、道が悪かったせいで脱輪したらしい。一旦、降りよう」
「ですって、ジョエル。大丈夫?」
「……」
コクッとまた小さく頷くジョエル。
そんなジョエルを抱きかかえたまま、私は馬車を降りる。
すると、前方がザワザワと騒がしいことに気が付いた。
その中心には横転している馬車があった。
「───あら、もしかして前方では横転事故が起きていたの?」
「らしいぞ。怪我人はもう運ばれたらしいが」
「怪我で済んだなら良かったけれど……」
「ああ、そうだな」
目の前で起きていた事故も、それほど大きな事故ではなかったし、
私たちの乗った馬車も復旧は難しくなく、これはちょっとしたトラブル───
慣れている私たちからすれば驚きもなく、そんなつもりでいたけれど、
“初めての馬車”でそんな体験をしたジョエルにとってはかなりの衝撃として心に残っていたらしい。
それと、ジョエルはこの日以降もとことん馬車との相性が悪かった。
勝手に走り回らないことを固く固く固く約束させて、
街デビューをしに行った日も……
「……まさか、ぬかるみにはまって立ち往生だなんてついてないわねぇ……ジョエル?」
「……」
そのまま何時間も車内に閉じ込められ、その日は街デビュー失敗。
気を取り直して別の日に街デビューを試みるも……
───人が馬車と接触したぞーー!
───きゃーーーー!
「……!」
ようやく辿り着いた街中で馬車と人との接触事故を目撃。
こんな感じで、気付けば誰の目から見ても分かるくらい、ジョエルの中ではすっかりと馬車は怖いものという認識が埋め込まれてしまった。
さすがに危機感を持った私たちは、夜、スヤスヤ眠るジョエルの傍で夫婦会議を開いた。
「───ねえ、ジョルジュ。完全にジョエルは馬車を怖がっているみたいなの」
「ああ……俺でも見ていて分かる」
ジョルジュも深いため息を吐いた。
「ジョルジュでも分かるなんて!! ……こんなのもう相当じゃない!」
「ああ……だろう? 今日、昼間にジョエルと外で遊んでいる時だったが、ジョエル……馬と目が合って長時間にらめっこしていた」
「は? にらめっこ?」
私が眉をひそめるとジョルジュは遠い目をして言った。
「俺も最初はこれが新しい遊びなのかと思って、大人しくジョエルと馬のにらめっこを見守っていたんだ」
「いやいやいや、待って頂戴? ……人間相手ともしたことないにらめっこを何で馬とすると思ったのよ……」
私は頭を抱えた。
その発想からしてもうジョルジュはどこかズレている。
「なかなか粘るな……さすがジョエルだ! ……と感心していたら使用人が慌ててすっ飛んで来た」
「……それで? 使用人はあなたになんて言ったの?」
「───にらめっこ? とんでもございません。ジョエル坊っちゃまはただ馬を前にして恐怖で固まっているだけです! そう、怒られた……」
ジョルジュは肩を落としながらそう言った。
「言われた通り、確かによくよく見たらジョエルの顔は真っ青だった……」
「トラウマ悪化! それ、絶対悪化してるから!!」
今は、スヤスヤ気持ちよさそうに眠っているジョエルの顔を見る。
「これはいけないと思って、少しでも馬車に良いイメージを持ってもらおうと、馬車が出てくる楽しい内容の絵本を読み聞かせようとしたんだが……」
「……」
嫌な予感がする。
私はドキドキしながら続きの場を待つ。
ジョルジュはズンッと暗い顔をしてますます肩を落とした。
「俺が選んだ絵本はどれもこれも、馬車が破壊されたり事故に遭う話ばかりだった……」
「ジョルジューー!」
こうしてジョエルは、相性の悪さとトラウマを無意識にどんどん抉られ、馬車に恐怖を抱きながら成長していくことになる。
そして、成長と共に無口無表情にはますます磨きがかかり表情筋はほぼ死滅し、この子に友人なんて出来るのかしら……?
と心配していた子供時代。
しかし、ジョエルは、かつての私と同じように人を踏みつけて運命の出会いを果たすことになる────……
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