誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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80. 息子の結婚式

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 ドターンッ
 私たちがそんな会話をしているそばから床に転がる息子。

(ジョエルーー!)

 ジョエルは転がったまま、本のページをめくる。

「……やはり、この本が駄目なのかもしれん 」

 上手くいかない理由を完全に本のせいにし始めた。
 自分に原因があるとは欠片も思わないその姿には心配よりも笑いが込み上げてきた。

「……くっ、くく……ホホホ……」
「ガーネット?」
「やっぱり面白いわぁ、ジョエル」

 私はお腹を抱えて笑う。
 面白いけど、ジョエルは至って真面目で根っこにあるのは大事な人───セアラさんのことを想う気持ち。

「とはいえ、このままじゃ明日は花嫁と花婿が両手両足を同時に出しての入場となってまうわね」
「……なに?  それは新しいな!  そうか……ジョエルはそんな新しい試みを────うぐっ」

 ジョルジュが変な方向に走り出しそうな雰囲気を感じたので、私は慌ててジョルジュの口を塞ぐ。

「違うから!  新しい試みとかじゃなくて、ジョエルのアレは純粋に緊張でおかしくなっているだけよ!」
「……そうなのか?」

 ジョルジュがじっとジョエルの姿を見つめる。

 ドターンッ
 もう一度倒れたジョエルはムクリと起き上がり試行錯誤しながら歩き出す。

「……なぁ、ガーネット」
「なにかしら?」
「何度も転んで立ち上がってはまた歩き出す…………ジョエルは人間の赤ん坊に戻ったんだな」

 グフッと私は吹き出した。

(何歳児よ!)

「あれで“う”って言ってくれたら完璧なんだが……」
「そ、そういえば……立って歩くようになった時のあの子……何故か一歩進むごとに“う”“う”って発しながら歩いていたもの、ね……」

 あれは面白くて可愛かった。
 ……常に無表情だったけど。

 そんなあの子が結婚……

(ジョエル、本当に大きくなったわね……)

 私の目に薄らと愛と笑いと感動の涙が浮かびそうになった時だった。

「う」

 聞こえてきた懐かしい言葉に思わず私とジョルジュが顔を見合わせる。

「───!(ガーネット、今の聞いたか!)」
「───!!(ええ!!)」

 目で会話したあと、慌てて揃ってジョエルに視線を向ける。

「う、う、う…………ふむ。この言葉を口にすると不思議と歩きやすくなるな……何だか不思議だ」

 ジョエルはそんなことを言いながら転ばずにズンズンと前に進んでいく。

「“う”……か、急に足取りが良くなるとは。まるで魔法の言葉のようだな」

(───ジョエル……違う、違うわ!  魔法違う!)

 それは単にあなたの手足が通常の動きに戻っているからよーー……!
 なんであの子は最後まで気付かないのよーー!

 私はその場に膝から崩れ落ちる。

「う、う、う……と、よし!  これで明日は──ん?  もう今日か……とにかくこれでバッチリだ!」

(どこがよーーーー!)

 こんなの本番でも両手両足を同時に出して盛大にセアラさんを巻き込んで転びまくるか、
 歩けてはいるけど“う”を連呼しながら入場する怪しげな花婿になっちゃう!
 ───誰もの記憶に残る爆笑結婚式!

(ここは、この私がなんとかしないと──)

 私は何とか気力と使命感だけで立ち上がってジョエルの元に向かう。

「ホーホッホッホッ!  見ていたわよ?  ジョエル!」
「母上……?  父上も?」

 ジョエルの目が少しだけ大きく開いた。
 わりと恥ずかしい姿を見られていたと分かったはずなのに、ジョエルからは全然恥じらう様子が見られない。

(相変わらず、表情が変わるのは馬車とピーマンとセアラさんを前にした時だけね) 

「全くもう!  あなたはこんな時間まで何をやっているの!」
「だが……」
「分かっているわよ!  セアラさんに最高の結婚式を、でしょ?」

 コクリと頷くジョエル。
 私はグイッとジョエルに向かって自分の顔を近付ける。

「その心意気は立派よ?  ───でもね?  ジョエル。あなたは間違っているわ!」
「!?」

 ジョエルの眉がピクピクッと大きく反応する。
 私は、オーホッホッホと高笑いしてから、ビシッとジョエルに指をさす。

「いいこと?  結婚式のお姫様はね、抱っこして運ぶものなのよ!」
「!!」

 クワッとジョエルの目が大きく見開かれた。

「だ、抱っこ……!?」
「そうよ!」
「そ、そんなこと……この本、には……」
「いい加減に学習なさい!  本はあくまで参考にしかならないのよ!」
「……!」

 半信半疑のジョエルがチラッとジョルジュに視線を向ける。
 目が合ったジョルジュは無言で頷いた。

(ふふふ。さすがジョルジュね!)

 いつものように私の意図を汲んでくれて、この適当なハッタリをいかにも本当のことのようにしてくれる。
 案の定、ジョエルはすんなり信じた。

「そ、そうだったのか……抱っこ……」
「分かったなら、さっさと寝なさい!  寝不足のフッラフラの足で大事な大事なお姫様を抱っこするつもり?」
「!!」

 更にクワッとジョエルの目が大きく見開かれる。

「分かった───」

 ジョエルは大真面目な顔で頷いた。
 そして、抱っこ……抱っこ……とブツブツ呟きながら部屋へと戻っていく。

「何だか本当にセアラさんを抱っこして入場しちゃいそうな様子ね───ま、それはそれで面白そうだし……別にいいわよね、ジョルジュ!」
「……」
「ジョルジュ?」

 ジョルジュがじっと無言で私を見ている。

「どうしたのよ?」
「───ガーネット」
「え?」

 ジョルジュが私の名前を呼んだと思ったら、そのままフワッと私の身体が持ち上がった。

(────!?!?!?)

 驚いて声を失っていると、自分がジョルジュに横抱きにされたのだと分かり、ますます頭の中が混乱する。

「ジョル、ジュ!?」
「…………お姫様はこうして運ぶのだろう?」
「え!?  い、いや、それは……」

 ときめきと混乱でアタフタしているとジョルジュは言った。

「俺のお姫様は、いつだってガーネットだからな!」
「~~~~っ!」

 私の大好きな夫はこんな時も破壊力満点だった。


─────


 そうして愉快な一夜が明けた結婚式当日───


「ジョエル様?  何だか顔色が悪くありませんか?  ……大丈夫ですか?」
「……」

 セアラさんが差し出したお水を受け取ったジョエルは、グビッと勢いよく飲み干すと無言で頷いた。
 私はそんな息子の様子に驚きが隠せない。

(……ジョエル、どうして?)

 私はチラッと毎朝恒例の置物になっているジョルジュを見る。
 相変わらず、ピクリとも動かない夫。
 それなのに……

(どうして、今朝のジョエルは置物になっていないのーー?)

 いつもなら仲良く二体並ぶはずのギルモア家名物の置物が……まさかの一体のみ。
 まさか、こんな光景が見られるなんて……
 結婚式があまりにも楽しみすぎて早々に覚醒した?
 有り得なくはない。
 ないけれど……

(まさか、寝てないんじゃ……)

 早期の覚醒より、こっちの可能性の方が高い。
 そんな状態で結婚式……大丈夫なのかしら……
  


 そして────そんな私の不安と心配は当たってしまった。



「ジョエル……!  もう!  あなたって子は……」
「……」

 思った通り、寝不足だったジョエルは式場に向かう馬車の中で酔ってしまった。
 今は控え室で横になっている。

「は、うえ……」
「なぁに?」

 幸い安静にしていれば式には臨めそうだけど、この子はどこまで私をハラハラさせる気なのかしら!

「セアラ……」
「え?  セアラさんは今頃、別室の控え室で支度を……」
「……」

 キュッとジョエルの眉間に皺が寄る。

「ジョエル?」
「……」
「……?」
「……」
「!」

(───ああ、そういうことね?)

 ジョエルが何を言いたいのか理解した私は、やれやれと肩を竦めて立ち上がる。

(この子は本当にセアラさんのことが大好きなのね?)

 ───俺のことはいいから、セアラのところに行ってくれ
 ───“控え室”でセアラを独りにしないでくれ

 ジョエルは無言で私にそう訴えている。

 一年前の結婚式でセアラさんは誰も来ない控え室で一人で待機していたという。
 あの時と同じ気持ちを味わわせたくない。
 そんなジョエルの強い意志を感じた。

「ジョエル、分かったわ」
「……」

 ジョエルは小さく頷く。
 こんな時にもジョエルの頭の中はセアラさんのことばかり。
 とってもいい子に育ったわ。
 さすが、ジョルジュと私の子ね!

 私は後ろを振り返り、ジョルジュの名前を呼んだ。

「───ジョルジュ」
「ああ。ジョエルの方は俺に任せろ」

 腕を組んで壁にもたれかかりながら頼もしく頷くジョルジュ。

「……!」

 私はフフッと笑う。
 さすが私の愛する夫。
 こちらも最後まで言わなくても分かってくれている。

「ホホホ、では私は一足お先に可愛い義娘のウェディングドレス姿をたっぷり堪能してくるわね!」

 オーホッホッホッ!  
 私は高笑いしながら本日の可愛い花嫁───セアラさんのいる控え室へと向かった。

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