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96. 嬉しい報せ ~再び~
しおりを挟むズルズルズル……
「あうあ!」
「あら、ジョシュア。今日も連れ歩いてるの?」
「あうあ!」
ニパッ!
今日も可愛い孫は満面の笑顔を浮かべている。
その手にはしっかりクマのぬいぐるみが握られていた。
「……」
月日が流れるのは早いもので、ジョシュアも0歳から1歳となり、ハイハイからヨチヨチ歩きへと変わった。
そんなジョシュアは私の兄から贈られたクマのぬいぐるみ……通称ジョシュアベアーがお気に入りで毎日連れ歩いてばかりいる。
(一番新しい子のはずなのに、まさかの一番ボロボロに……!)
これには贈ったお兄様も驚愕よ……
「あうあ! あうあ!」
ニパッと相変わらずの笑顔で何か訴えてくるジョシュア。
私はジョシュアとジョシュアベアー両方の頭を撫でながら軽いため息を吐く。
「ジョエルと違って、無口無表情どころか満面の笑みにおしゃべりなのに使う言語は未だに“あうあ”のみって……」
「あうあ!」
ニパッ!
「泣かないところもそっくり……」
「あうあ!」
「ジョエルはよく眉をひそめていたけど、あなたはニパッと笑顔……」
「あうあ!」
「それで? ジョシュアくん……あなた、いつになったらお喋りしてくれるの?」
「あうあ!」
ニパッ! ニパッ! ニパッ!
ジョシュアは今日も絶好調だ。
(……くっ! 可愛い……)
愛する夫と息子にそっくりの顔で笑顔を向けられるのは胸にグッとくる。
「あうあ!」
ツンツン……
頭から手を離した私はそのまま、ジョシュアのぷにぷに頬っぺたをツンツンする。
「あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアは嫌がる素振りも見せずにキャッキャと楽しそうに笑う。
「そして、相変わらず何を言っているのか分からないわ」
「ふむ。ボクはおばあさまにツンツンされるの好きなんです───だそうだ」
「あら、ジョルジュ」
庭から戻って来たジョルジュが横に来て私にそう解説してくれた。
「あうあ!」
「───なんならもっと強くしてくれてもいいですよ、だと? ほう……」
「は? 強くって……」
聞き捨てならないその言葉に思わずツンツンしていた手を止める。
「あうあ!」
「ふむふむ、誰よりも美しく気高いおばあさまがボクに与えてくれる刺激はとても癖になるのです? おお! よく分かっているじゃないか、ジョシュア!」
「あうあ!」
ガバッとジョルジュがジョシュアを抱きしめた。
「お前ももっともっと成長し大きくなったらガーネットに踏まれてみるといい!」
「あうあ!」
「もっともっともっと! 癖になることを俺が保証する!」
「あうあ!」
(なっ……)
何だか気持ち悪い会話が始まった……!
「あうあ!」
「!」
ジョシュアがじっと私を見つめてくる。
「あうあ! あうあ! あうあ!」
「……っ」
そして、しきりに何かを訴えてくる。
何を言ってるかは相変わらず分からないのに、薄ら分かってしまうのが怖い。
「……ガーネット。ジョシュアは君の美しい足をご所望だ」
「あうあ!」
ジョシュアの目がキラキラ輝いている。
「どこの世界に孫の背中を嬉々として踏みつける祖母がいるのよ!」
「あうあ!」
「───他所のことはお気になさらず、ボクはボクですよ、おばあさま。だ、そうだ!」
「私が気にするの!」
なんて恐ろしい子……!
「───ジョシュア? またお義母様たちのお部屋? 声が廊下まで響いているわよ?」
「あうあ!」
そんな会話をしていたら、セアラさんが部屋にやって来た。
ジョシュアはニパッと笑ってセアラさんの元に走っていく。
「ジョエル様が呼んでるわよ?」
「あうあ!」
「えっと? “兄になるための心得”だったかしら? 本当に二人揃って毎日毎日、飽きないわね?」
「あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアは満面の笑顔をセアラさんに向ける。
「あうあ!」
「───お父様の読んでくれる本の内容は心に染みます……か。1歳児の心も揺さぶったと知ればあの本の著者も喜んでいることだろう」
ジョルジュは感慨深そうに頷いている。
「相変わらず、1歳児とは思えない発言してるわね……」
「それに、とても気の早い話なんですよね。そもそも“お兄ちゃん”になるかだって分からないのに───ん? あら?」
そこまで言いかけてセアラさんが首を傾げた。
「セアラさん? どうかしたの?」
「……」
セアラさんが急に黙り込んでしまったので顔を覗き込む。
「…………お義母様」
セアラさんがポソッと小さな声で呟いた。
「セアラさん?」
「そういえば…………月のもの……」
「え?」
その言葉に私もハッとする。
そして私たちは互いに顔を見合わせた。
「───あうあ!」
ジョシュアがじっとセアラさんを見つめてから、ニパッと笑いかける。
セアラさんもジョシュアの顔をじぃぃっと見つめ返した。
「ジョシュア……まさか、あなたこれを予見して……お兄ちゃん……」
「あうあ! あうあ!」
「…………ふふ、なんてね、さすがにいくらなんでもそこは偶然よね?」
「あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアはセアラさんに向かって満面の笑みを浮かべた。
────そして結論から言うと、セアラさんのお腹の中には第二子となる赤ちゃんがいることが判明した。
「ホ~ホッホッホッ! めでたいわ~」
グビッ
私は手に持っていたグラスの酒を一気飲みする。
「ガーネット」
「ホホホ、ジョルジュ。私たちの二人目の孫よ~、賑やかになるわ~」
グビッ、グビッ
セアラさんの第二子懐妊が判明した夜、私はジョルジュと二人で祝杯をあげていた。
グビッ、グビッ、グビッ
「ガーネット、ペース……」
「あら? ジョルジュったら全然飲んでないわね?」
「ガーネッ……」
私はグイグイとジョルジュにお酒を勧める。
「ホホホ、それにしてもジョエルの顔は面白かったわ~」
急に医者を呼んだものだから、セアラさんが病気なのかと顔を真っ青にして慌てだし、その後、懐妊の報せを聞いて喜びで顔を真っ赤にしていた。
「ジョエルったら、本当にセアラさんのことになると無表情が崩れるんだから……」
「部屋に引っ込む前にチラッと三人の様子を覗いたら、ジョエルが毛布でぐるぐる巻きにしていたぞ?」
「…………また、過保護が発動してるじゃない……」
ちなみに、青くなったり赤くなったりと忙しかったジョエルのそのすぐ横でジョシュアはジョシュアベアーを抱きしめながらずっとニコニコしていた。
「ホホホ、まさかとは思ったけれど本当にジョシュアは“お兄ちゃん”になるのねぇ……」
グビッ
「あの子……率先して赤ちゃんのお世話をしそうだわ」
「ああ。すでに予行練習してるくらいだからな」
「……」
(あのジョシュアベアーみたいな大惨事にならないように目を光らせておかないと……)
微笑ましいはずの光景が一気に地獄絵図化してしまう。
グビッ、グビッ、グビッ
グラスに注いだ酒を一気に煽ると何だかどんどんいい気分になって来た。
「───ジョルジュ」
「ん? どうした?」
「そこ!」
「そこ?」
私は床に向かってビシッと指をさす。
「そこに─────横になりなさい」
「?」
キョトンとする夫に向かって私は不敵に笑う。
「ホホホホホ! 今の私は、とっても気分がいいの」
「そう、か? 飲みすぎて目が据わっているような……」
「お黙り! 今日だけサービスよ!」
その言葉にジョルジュがハッとする。
「ガ、ガーネット……それは……」
「ホホホ、いいからさっさと横になりなさい! これを逃すと次は無いわよ?」
「ガーネット!」
「ホーホッホッホッ!!」
翌朝。
とっても幸せそうな顔で置物になっているジョルジュを見て、私は昨夜のことを懸命に思い出そうとした。
けれど、見事に記憶が飛んでいた。
ただ、私が高らかに笑っていた声はとてもよく邸内に響いていたという。
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