【完結】男運ゼロの転生モブ令嬢、たまたま指輪を拾ったらヒロインを押しのけて花嫁に選ばれてしまいました

Rohdea

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第五話 思い出した前世の記憶

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  今、私達のいる所から少し離れた場所で微笑んで花を売っている美少女──……

  ──そうよ!  間違いない!!

  そう思った瞬間、突然たくさんの記憶が私の頭の中に流れ込んで来た。
  “アイリーン”のものでは無い記憶。

  ──これは“私”の記憶!
  あぁ、そうだったのね。
  あの時の夢も、たびたび頭に浮かんできた思考も全て前世の記憶。

  そうよ。かつての私、話をたくさん読んで来たじゃない!
  自分の身に起きていた事にようやく気付いた。

  これは転生だ。
  そして、ここはあの“私”が大好きだった小説の世界──健気な平民ヒロイン、ステラとお坊ちゃんヒーロー、ヴィンセントの恋物語───……
  その舞台に私は転生したんだわ。



  ──その小説のタイトルは、
『指輪が導く運命の花嫁』
  本当に話そのままのタイトルだった。



  そこまで思い出した私は、隣にいるヴィンセント様を見上げてその顔を見る。

  ──ヴィンセント様があのお坊ちゃんヒーローの“ヴィンセント”

「アイリーン?  立ち止まってどうしたの?  様子が変だよ?」
「……っ」

  私は言葉が出なかった。
  だって、ここが本当に本当にあの『指輪が導く運命の花嫁』の世界だというのなら……

  次に私はそっと自分の左手の薬指を見る。
  ここ数日ですっかり私に馴染んでしまった指輪は今もここにはまったまま。

  けれど、アイリーン・カドュエンヌ伯爵令嬢なんて人物は知らない!
  そんな登場人物はいなかった。
  “私”はかなりの愛読者だったから間違いない。

  ならば、どうして?
  どうして物語に登場しないはずのモブ令嬢わたしが、ヴィンセント様の指輪を手にしているの!?
  この指輪は……ヒロインのステラが手にする物なのに!

  まさか……私はヒロインの座をステラから横取りした事になるの?
  そんな事を考えた私は一気に青ざめる。




  ヴィンセント様の家、アディルティス侯爵家の花嫁選びの話は、小説の中でも現実と全く同じ。

  成人を迎えたヒーロー、ヴィンセント様は花嫁選びを開始する事になり、連日パーティーや夜会に参加するも指輪に変化は訪れない。
  ただただ「我こそは!」と鼻息荒くした令嬢達が寄ってくるだけ。

『……本当に“運命の人”なんているのだろうか?』

  どこに行っても誰と会っても何の反応も見せない指輪。
  まさか、自分はアディルティス侯爵家の跡を継ぐ者として認められていないのではないか……と焦りと疑心暗鬼の日々。
  そんなある日、ヴィンセント様は唯一の息抜きの場である街へと繰り出す。

   ──そして、その街で出会うのだ。

  まるで運命の指輪に導かれるかのように健気で心優しいヒロイン……ステラと。

『落としましたよ。あなたの指輪ですか?』

  場所は違うけれどヴィンセント様が指輪を落とすのも同じ。
  それを拾ったヒロインのステラの指にはまってしまい指輪が抜けなくなる現象も同じ。

『え?  何ですか、これ!』
『君が……』

  指輪に導かれて惹かれていく二人。
  だけど、ステラは平民。
  いくら運命の指輪に導かれたとは言っても、王家に次ぐ侯爵家のトップに君臨するアディルティス侯爵家とすんなり上手くいくはずが無い。
  そして、ライバル(悪役令嬢)の登場……

  そんな二人の恋物語──


  ──それが。
  どうしてこうなったの!?  分からない。


  私はチラッとステラがいる方を見る。
  小説の通りのビジュアルの彼女は、明るく可愛い笑顔で花を売っている。

  (声も可愛かったし、まさにヒロインそのものって感じ……)

  あの笑顔にやられないなんて男じゃない!
  そう思わせられるような笑顔だった。

  だから、ヴィンセント様もあの笑顔を見たら───……

  (嫌だな。見ないで……彼女ステラを見ないで……)

  そんな暗い気持ちが私の中に生まれた。





「アイリーン!!  大丈夫か?  アイリーン?」
「えっ?  あ……!」

  ハッと気付くとヴィンセント様が私の肩を揺さぶりながら、懸命に呼びかけていた。

「大丈夫?  さっきから何度も名前を呼んでいたのだけど」
「す、すみません……私、いえ、大丈夫……です」

  どうしよう。
  一度に色々思い出してしまったせいで、ヴィンセント様の顔が見れない。
  私はすっと視線を逸らしてしまう。

「アイリーン?  大丈夫じゃないよ。本当に様子が変だ」
「あ……」
「僕は何かしてしまった?  あ!  き、君の頬に触れたのが……嫌だった……のか?」

  ヴィンセント様の語尾が段々と弱々しくなっていく。

「そ、そんな事はありません!  それは違います!!」

  私は思わず叫んでいた。
  恥ずかしかったし、照れてしまったけれど。嫌では無かった。
  でも、私はそれ以上は何も言えずに俯いてしまう。

  (嫌では無かったから──困るの)

「……アイリーン、ちょっと失礼」
「へ?」

  ヴィンセント様が突然、そう口にするなり私を抱き上げた。

「ひゃぁ!?」
「顔色は悪いし全然大丈夫には見えないよ。今日はもう帰ろう」
「え?  あ」

  これは具合が悪いとかでは無くて私の心の問題──……

「ごめんね、僕が好き勝手に連れ回してしまったから」
「え?  違っ……」
「駄目だね、僕は本当に浮かれてしまってる」
「えっと、あのヴィンセント様……?」
「僕のずっと待ってた“運命の人”がアイリーンだった事が、夢みたいで嬉しくて。喜びすぎて君の気持ちを考えずに驚かせた挙句、倒れさせてしまったばかりだったのに」
「ですからー……ん?」

  今、何かが胸に引っかかった気がした。
  けれど、その“何か”よりも今は……今はこの体勢の方が問題!

「それで、浮かれて連れ回してまた具合を悪くさせて……ごめん、アイリーン」

  違ーーう!

「違います!  そうではありませんー!  あ、あと、そ、そこを謝る前に……こ、この体勢が恥ずかしいのですーー!!  お、降ろしてくださいーー」
「駄目だ!」
「えぇ!?  ヴィンセント様ーー?」

  思ったより頑固!!
  こうして、何故か人の話を聞かずに突っ走るヴィンセント様に抱き抱えられた私は、馬車に着くまで降ろしてもらう事は出来なかった。


  この時のヴィンセント様は、“真実のヒロイン”であるステラが近くにいるにも関わらず、一度も彼女の方を見る事は無かった。
  一方の私は抱き抱えられて運ばれている最中にステラと目が合ってしまう。

「……っ!」

  ステラの澄んだ空のような色の瞳は、
  私達を見てどこか驚いているようにも見えた……

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