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第37話 姉王女 VS 妹王女
しおりを挟む馬車の窓から王都の街並みを眺める。
(……懐かしいわ)
そこまで長く国を離れていたわけではないのに、既に懐かしいと感じてしまう。
とても変な気分だった。
……ここを出る時は、ただ初恋の人に会いたい、それだけだったのに。
「ここがシンシアの過ごしてきた国か……」
「……はい」
ジュラールも同じように窓から外を覗き込んでいる。
まさか、こうしてその初恋の人と手を繋いで戻ってくるなんて思いもしなかった。
「特に何も無い国ですよ?」
「そうなの?」
「プロウライト国のように広くもありません……あ、海もないですね」
「だから、あんなに嬉しそうにはしゃいでいたんだ?」
「……」
「……」
わたくしたちは、顔を見合せてふふふ、と笑う。
「……コホッ、ジュラール、大好きです!」
「シンシア?」
「わたくしを選んでくださり……ありがとうございました」
わたくしはそう言って、自分から顔を近付けてジュラールの頬にチュッとキスをする。
その瞬間、ビリッとした刺激が身体に走った。
「シ、シン……シア……!」
「え? ひゃっ!?」
お返しとばかりにその後はジュラールの方からたくさんのキス攻撃が降ってきた。
─────
「……おかえり、エリシア、シンシア」
(あら?)
出迎えてくれたお父様は、わたくしの出発前よりげっそりやつれている気がした。
また、それはお兄様も同じで……連日寝不足ですと言わんばかりの顔をしていた。目の下のクマがすごい。
ジュラールにはかなり劣るけど、それなりの男前が台無しだわ。
(そして、うん……お母様は特に変わらないわね)
その中でもお母様だけは飄々とした様子で何も変わっていなかったけれど。
「あー……シンシア。そちらの方が」
「ええ、お父様。わたくしがお見合いをしておりましたプロウライト国の第一王子、ジュラール殿下です」
お父様の目線がわたくしの横のジュラール向けられたので紹介する。
「ジュラール・プロウライトです」
「あ、ああ」
お父様には、事前にわたくしから手紙でジュラールと一緒に国に戻ります、と知らせておいた。
縁談相手を連れて国に帰ってくるということで、お察しとなったわけだけど、お父様はどうやら未だに信じられないのか目が泳ぎまくっている。
「あー……え、縁談の話はあとでゆっくりするとして……エ、エリシア? シンシアとはちゃんと話せたか……い?」
「……」
次にお父様はお姉様に声をかけた。
けれど、お姉様は下を向いていて答えない。
「エリシア!」
お父様か語気を強めたけれど、お姉様は俯いたまま。なので表情は分からない。
お姉様のあまりの頑な態度にお父様も大きなため息を吐いた。
「……シンシアからの手紙に、エリシアとダラスが向こうの国で婚約破棄をすると宣言したと書いてあったぞ。どういうことなのか説明しなさい」
「……っ!?」
お父様のその言葉にお姉様が勢いよく顔を上げた。
その表情は“なんでそのことを!?”と言いたげだ。
そして、すぐにお父様には見えない角度から怖い顔でわたくしのことを睨んできた。
どうやら「余計なことを言いやがって」と、言いたいらしい。
お姉様のそんな顔を見てわたくしは思った。
(ジュラールに言われた通り……先に手紙に書いて送っておいてよかったわ)
出発前、お父様に帰国する旨の手紙を書いている時、ジュラールがわたくしに言った。
お姉様とダラスが婚約は破棄すると皆の前で宣言したと書いておいた方がいい、と。
その時はどうして? と不思議に思ったけれど、今なら分かるわ。
(お姉様……なかったことにして明らかに逃げようとしているもの)
そんなことはさせない!
わたくしは、一歩前に進み出てお父様の顔をしっかり見ながら口を開く。
「シンシア……?」
「間違いありません、お父様。お姉様とダラスはあちらの国の皆様の前で婚約を破棄するような発言をしていました!」
「……ちょ、ちょっと、シンシア!? ……もう、嫌ね。あなた何を勝手なことを言っているの?」
「……」
お姉様が慌てて止めに入ってくる。顔を引き攣らせながらもギリギリ笑顔を保っている。
口調はまだ“優しい姉”のフリ。
だけど、妹思いの姉の顔はもう通用させるもんですか!
「ふふ、シンシアったら……しょうがない子ね? ほら、よーく思い出してみて? 私はそんなことは一言も言っていないはずよ? ね?」
「……」
(ええ、そうねお姉様。確かにお姉様は口にしていない──でも)
「でもお姉様だって……あの場で聞いていたでしょう?」
「……聞いていた?」
「ええ。わたくしや皆の前ではっきりと“彼が”言っていました…………ねぇ、ダラス?」
わたくしはそこで、ダラスの名を呼ぶ。
後ろで静かに控えていたダラスの身体がビクっと跳ねた。
ダラスは帰国するまでの間もずっと顔色が悪かったけれど、今が一番酷いかもしれない。
「え、い……っや! そ、そ……れは……」
ダラスはモゴモゴ言っていてはっきり答えられず下を向いてしまった。
あらあら……大変! そんな弱腰のダラスを見て伯爵が後ろで「軟弱小僧めーーーー」と、今すぐに殴りかかりたそうな顔をしているわ。
これは、後でダラスは再びボッコボコにされるかもしれないわね? と思った。
わたくしは内心でため息を吐く。
ダラスがこの場でお姉様との婚約を破棄する発言を認めてくれることを期待したけれど、あの調子では残念ながら話が進みそうにないので、私が代わりに口を開く。
「ダラスがお姉様と別れることに決まったと……はっきりわたくしに向かってそう口にしていたでしょう? お姉様?」
(その後にわたくしに復縁を迫って殴られてもいたけれども───)
「……あの時のダラスの言い方は、すでにお姉様と二人で話し合って決めた……そんな言い方でした」
「───ちょっ……シンシア! あなたっ……」
「……エリシア? シンシアの言っていることは本当なのか?」
眉をひそめたお父様がお姉様に訊ねる。
「……くっ!」
お姉様はわたくしを黙らせることが出来なかったので悔しそうな顔をした。
「エリシア、どうなんだ? 本当にダラスとは婚約破棄するつもりなのか?」
「……」
「ダラスはシンシアと婚約していたところを、ずっと自分の方がダラスが好きだったのに! と、言って泣きついてきたのはエリシアだっただろう?」
「……」
「それに、エリシアも分かっていると思うが、我が国にはもう年頃の男性の縁談相手が残っていない。どうするつもりなんだ?」
「!」
お姉様の顔がしまった……という表情になる。
もしかしたら、すっかり忘れていたのかもしれない。
国内の身分のある年頃の男性はわたくしを当て馬にして皆、婚約済みだということを。
「そうなると、シンシアの時もそうだったが、あとは国外との話になるが……」
お父様はうーんと困った顔をした。
「我が国みたいな弱小国には、なかなか……今回のジュラール殿の申し出が不思議なくらいだったからなぁ」
つまり、国外でも望めない。お父様は暗にそう言っている。
「あら、あなた。一人いるじゃない」
そこに珍しくお母様が口を挟んできた。
「え? 誰かいるの? お母様」
「あなた。ほら、あの方よ、あの方」
「あ───あぁ、確かに……一つだけ話があるな、王子妃待遇の縁談が……」
「え? 王子妃!? お、お父様? そのお相手は?」
お姉様の顔が期待に膨らむ。
なんて分かりやすいのかしら……
「エリシア。相手は…………隣国の王子だ」
「え? り、んご、く……?」
先程までの輝いた顔が嘘のように、お姉様の顔から笑みが消える。
そんなお姉様に向けてお父様は淡々と言った。
「そうだ。前にエリシアと縁談の話が持ち上がった隣国の元王太子の彼だ。様々な問題で廃嫡こそされたが王子は王子。彼は今でも独り身のようだからな」
お姉様の顔は盛大に引き攣った。
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