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第6話 この世界はなんなの?
しおりを挟む…………巻き込んでしまってすまなかった?
(どういう意味かしら?)
恐れ多くも、殿下と並んで歩きながら私は内心で首を傾げる。
とりあえず、私はグレイソン殿下に謝ってもらうような事は無いと思うのだけど?
どう考えても、助けてもらったのは私の方だもの。
そんな事を思いながら、横にいる殿下の顔をじっと見つめると、目が合った殿下は申し訳なさそうな表情をしていた。
「ジョバンニの事もそうだ。申し訳ない。怖かっただろう?」
「──どうして、ジョバンニ様のことまで殿下が謝るのですか?」
「それは……」
「……それは?」
「ジョバンニが私の部下だったからだ」
(え!)
グレイソン殿下はキッパリとした様子でそう言った。
「部下がやらかした……つまりは私の責任だろう? 私はジョバンニの女性癖が悪いのは知っていたんだ。だからもっと普段から私がきつく言って咎めておくべきだった」
「殿下……」
「あいつが好き勝手している裏で、悲しむ人がいるという事を失念していた」
私は驚いていた。
王太子殿下は、ジョバンニ様なんかとは真逆の性格でびっくりするくらいとても紳士的に思えたから。
(こんな人があんな公の場で婚約破棄を───?)
正直、あんな風にアビゲイル様に冤罪を突き付けて追い詰めるような事をする人には見えないわ。
この世界はなんなの?
本当にあのゲームの世界なのよね?
レイズン殿下が指摘していたように、悪役令嬢のはずのアビゲイル様は、悪役令嬢らしい行動を全くしていなかったし、皆から愛されるヒロインも思っていた子と違っていたように見えた。
ジョバンニ様に至ってはゲームそのまま……いえ、むしろ酷いくらいだけど、性格が違う人がチラホラいるせいで、物語が大きく歪んでしまった……?
(そもそも、モブの私が記憶を持っている時点でおかしい)
うーんと、悩んでいたら殿下が私に訊ねてきた。
「えっと、クロエ嬢とジョバンニの婚約期間は確か……」
「三年になります」
「…………三年も君はジョバンニの仕打ちに耐えて来た……?」
「……」
私がなんて答えたものかと思い、曖昧に微笑むと殿下は更に落ち込んだ様子で「すまなかった」と私に謝った。
❋❋❋❋
そうして私たちは話をしながら歩き続けた。
すると、一つの部屋の前で殿下は足を止める。
「───さっきジョバンニも言っていたが、私は先程のパーティーで起こした騒ぎの責任を追及されていたんだ」
「あ……」
確かにジョバンニ様はそんなような事を言っていたけれど、殿下に全て責任を押し付けた……あれも本当の話だった?
「自分がこんな状態でなければ、ちゃんと人を呼んで別の部屋を用意させ、君が落ち着くまでゆっくり休ませてあげられたのだが」
「え、えっと?」
「申し訳ないが今の私には、もうそういった権限が無くてね」
「!」
グレイソン殿下は少し寂しそうに笑いながらそう言った。
もうそういった権限がない───
その言葉にドキッとする。
ジョバンニ様は殿下のことを“元王太子”みたいな酷い言い方をしていた。
……やっぱり、グレイソン殿下は騒ぎの責任をとって廃嫡されてしまったということなの……?
「……? クロエ嬢? どうかしたか?」
「い、いえ……あ、では、つまりこの部屋は……」
そんな事を軽々しく聞けるはずがない。
私は話を変えて目の前の部屋の扉を見上げる。
「私の処分について話し合いをしていた部屋だ。ここしか案内出来る所が無く……すまない」
「っ! で、ですが、私のような者が中に入って話を聞いてしまうのは……」
私は、あくまでもついでに婚約破棄されるだけのモブ令嬢なので、そんな国を揺るがす重大事の話を聞いていいような立場では無いわ、と焦る。
「それは、大丈夫だ。もう話し合いは終わっているし、私の処分も決定した」
「え!」
「だから今、部屋の中に残っているのは、レイズンとアビゲイルくらいだろう」
────もう、処分が決定しているですって?
では、やっぱり……と思う。
(確かにあの断罪劇の首謀者は殿下なのかもしれない……)
でも、ジョバンニ様を始めとした側近たちは軽い処罰で済んで、殿下一人だけが重い責任を負わされるのだとしたらそれは何か違う気がする。
それにヒロインだって……どうなるの?
「レイズン殿下とアビゲイル様が……」
「……実は、話し合いは終わったはずなのにレイズンがちょっとしつこくてね。それで、逃げるように夜風にあたってくると言って一旦、外に向かったんだ」
(それで、私とジョバンニ様の現場に偶然行き会ったと)
「でも、まぁ……遅かれ早かれレイズンには説明しないといけない話だったから」
「?」
殿下が独り言のように呟いた言葉の意味はよく分からなかった。
「───グレイソン殿下! 休憩と称して、いったいどこまで行かれていたんですの……って、あら?」
「兄上……休憩にしては長かったですが──……ん?」
殿下に連れられた部屋に入ると、中にいたのは聞いていた通りアビゲイル様とレイズン殿下。
二人は私の姿を見て、当然だけど驚いた。
「あなた……ブレイズリ伯爵令嬢のクロエ様?」
「は、はい。お久しぶりでございます、アビゲイル様」
アビゲイル様に向かって私は頭を下げる。
「なぜ、グレイソン殿下と一緒にあなたが戻って来たんですの? それにあなたのその格好は……」
「……はっ!」
そう問われて、自分が殿下の上着を羽織ったままだった事に気付く。
慌てて返そうとしたら、殿下に「構わない、そのままで」と、言われてしまう。
そう言われてもどうしたものかと思っていたら、アビゲイル様の横にいたレイズン殿下が青ざめた顔で震え出した。
「あ、兄上……あ、あなたは夜風に当たってくると言って出て行ったはずなのに、女性をお持ち帰りしてくるなんて……! 少し髪型やドレスも乱れているし……あ、兄上……ま、まさか……ヤケになって無理やりその辺にいた方を……!」
(えぇぇ!?)
なんと、レイズン殿下が頓珍漢な勘違いを始めてしまう。
そんな極悪非道な行為をしようとしたのはジョバンニ様よーー!
「違う! レイズン! 変な誤解をするな!」
「違います! グレイソン殿下は私を助けてくれたのです!」
私とグレイソン殿下が声を上げたのは、ほぼ同時だった。
────
「えっ……つ、つまり、ブレイズリ伯爵令嬢……いえ、クロエ様はハウンド侯爵令息、ジョバンニ様に庭園で無理やり関係を迫られ……そこをグレイソン殿下が助けた……?」
「はい」
アビゲイル様が震える声で私に訊に聞き返したので、しっかり頷く。
グレイソン殿下は私を助けてくれた人なのに、有り得ない罪をきせられそうになっていた。
なので、私は慌てて事の経緯を説明した。
「ジョバンニめ! 兄上! 彼はどこですか! ボッコボコにしてやりましょう!」
「レイズン、落ち着け。クロエ嬢は怖い思いはさせてしまったが無事だから!」
今にもジョバンニ様に殴り込みに行きそうなほど、怒りをあらわにするレイズン殿下をグレイソン殿下が宥めていた。
「ですが、婚約者だからと言って嫌がる女性に関係を迫るなど……許せません!」
「……」
さきの断罪劇でもそうだったけれど、レイズン殿下は曲がった事がかなり嫌いな人なのかもしれない。
(確かにゲームでも熱血要素はあったような……)
けれど、私には今、それよりも気になってしょうがない事があった。
それは、アビゲイル様の様子。
レイズン殿下の横にいるアビゲイル様の顔色がすこぶる悪い。
「グレイソン殿下……それ……それって先程の騒動のせいだったり……する、かしら?」
「アビゲイル?」
「婚約破棄だのと騒ぎになって、結果としてジョバンニ様もお咎めを受ける事になってしまったから……その……それでヤケになって……」
アビゲイル様が、青い顔をしたままグレイソン殿下に訊ねる。
「……関係ない……とは言えないかもしれない」
「!」
殿下が気まずそうに目を伏せながら答える。
アビゲイル様はその言葉にますますショックを受けたようだった。
そして、勢いよく私の前にやって来て突然、頭を下げた。
(──!?)
「───クロエ様! ごめんなさい!」
「アビゲイル様……?」
突然の謝罪に私は首を傾げる事しか出来なかった。
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