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第7話 悪役令嬢の望み
しおりを挟むそして、アビゲイル様は苦しそうに語り出す。
「……わたくし、どうしてもグレイソン殿下に婚約破棄をして欲しかったのです……」
「え!」
思わず声を上げてしまう。
悪役令嬢が婚約破棄を望んでいた?
これはゲームとは真逆の展開よ……!
「そ、それは……どうしてですか?」
「……」
アビゲイル様は悲しそうにそっと目を伏せる。
「…………わたくし、修道院に入りたかったのです」
「しゅ……!?」
これまた、悪役令嬢の行く末の定番とも言える場所が出て来たので驚いた。
ちなみにゲームでの悪役令嬢……アビゲイル様の追放先でもある。
(やっぱり悪役令嬢だから心惹かれるものがあるのかしら……)
「な、何故ですか?」
「だって、グレイソン殿下と婚約を“解消”するだけでは、すぐに別の新たな縁談の話が来てしまうでしょう?」
「あー……」
アビゲイル様は公爵令嬢。それに、とっても美人。
フリーになったら絶対に縁談が殺到するわ。
「わたくしは、それが嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で……ですから、グレイソン殿下にとあるお願いをしたのです」
嫌が多すぎない? アビゲイル様、どれだけ嫌なの……
「お、お願い……ですか? ま、まさか……」
そして、そこまで聞いてようやく分かってきた。
王太子殿下と愉快な仲間たちによるあの断罪劇は……嘘だったんだわ。
「ええ。“わたくしをとんでもない悪女に仕立てあげて断罪してくださいませ!”とお願いしましたの」
「え! アビゲイル!? 初耳なんだけど!?」
何故かそこで驚きの声を上げたのはレイズン殿下。
一方のグレイソン殿下は沈黙したまま。
「と、とんでもない悪女……ですか」
「そうです。悪女ですわ! それで、これでもかとボロボロになるまで断罪されて修道院に行ければよいな……と、思っておりましたの」
「……」
いやいやいや、アビゲイル様!? 確かにゲームのあなたはそうなりますけども……
どうして そんなにも修道院に執着してしまっているの!?
そして、レイズン殿下があなたの横で抜け殻みたいになってしまっていますよーー?
と、思った所でハッと気付いた。
(───アビゲイル様もレイズン殿下の事をお好きだったから?)
もしかして、レイズン殿下への気持ちを諦めるため?
想い人と結ばれる事は望まないけど、せめて自分は独り身でいたい……という考え?
(でも、レイズン殿下って婚約者いなかったわよね? だから、アビゲイル様に求婚したのだろうし……)
普通にグレイソン殿下と婚約解消して、はい次! ではダメだったのかしら?
私がうーんと悩んでいたら、横にいたグレイソン殿下がそっと私に耳打ちをした。
「アビゲイルの父親、セグラー公爵はずっと昔からアビゲイルに言い続けていたことがあるんだ」
「?」
「王家に嫁ぐなら王太子妃以外は認めない。王太子妃になれないのなら有力貴族の家に嫁がせるって」
「なっ!」
私はアビゲイル様を見る。
すると、彼女はコクリと小さく頷いた。
つまり、レイズン殿下は第二王子だから論外ということ!
アビゲイル様はそれで、諦める事を決めてしまった……そういう事だったのね!?
と、いうことは……
「グレイソン殿下は、アビゲイル様のお願いを聞いてあの断罪劇をする事にしたのですか?」
私がグレイソン殿下の顔を見ながらそう訊ねると、殿下は即答はせずに少し考え込む。
しばらくしてから口を開いた。
「そういう事にはなる…………でも、ジョバンニを始めとした側近達はアビゲイルの“願い”を知らなかった」
「え?」
「彼らは、ミーア嬢の訴えを本気で信じていたからね、本気でアビゲイルを断罪する機会を窺っていた」
「アビゲイル様に虐められているという話を……ですか?」
「そう」
なんと! そこだけはゲームの通りだわ!
中途半端にゲームそのままな展開とそうでない展開が混ざってしまってこの世界は迷子状態よ!
(どうしてこんな事になっているの……?)
「つまり、グレイソン殿下はそのお願いを聞くふりをして、自分のことは二の次で裏で二人をくっつけようとしたのですか?」
だって、グレイソン殿下が“婚約者に冤罪で婚約破棄を告げた馬鹿な王子”として廃嫡されれば、レイズン殿下が次の王太子になる。
そうすれば、アビゲイル様は修道院に行かずに想い人のレイズン殿下と結ばれる事が出来るわ!
「……まぁ、概ねその通りだけど、ちょっと予定外な事は起きたかな」
「よ、予定外、ですか?」
「うん……レイズンの乱入は完全に予定外の話だったよ。レイズンもこの件は何も知らされていなかったから。あの求婚はレイズンの単独行動だった」
「……」
…………えっと、つまり?
私は、抜け殻状態になったけどアビゲイル様に声をかけられて正気に戻りつつあるレイズン殿下に視線を向ける。
レイズン殿下が、あと少し……あとほんの少~しだけでもいいから“ちょっと待った”の声を我慢してくれてさえいれば、私は念願のジョバンニ様からの“婚約破棄”宣言が聞けていたのではなくて?
(私も……婚約破棄されたかったのに……)
そう思ったら目から涙が溢れそうになる。
「……!? ク、クロエ嬢、どうした!?」
「……」
突然泣き出しそうになっている私にグレイソン殿下が慌てる。
そして、その様子に気付いたアビゲイル様とレイズン殿下も同じように慌てだした。
「クロエ様……本当にごめんなさい! わたくしが……わたくしがこんな事をグレイソン殿下に頼んだから……」
「す、すまない……クロエ嬢。こんな形で君を巻き込んでしまうとは……ジョバンニが君にしようとした事は消して許されることでは無い!」
「そうです! やはり、ボコボコに……」
「…………」
ボコボコ推しのレイズン殿下! この涙の原因はあなたよ!
と思いながらも、ただ愛する人を助ける為に動いた殿下に悪気がない事も分かっているので責めることは出来ない。
(ヒーロー……レイズン殿下の行動そのものはまぎれもないヒーローなのに……)
そのヒーローの行動は悪役令嬢を幸せにしてもモブは幸せにしてくれない……
ジョバンニ様に襲われかけた事を理由にしても、きっとお父様は婚約解消を認めない。
むしろ、何でそのまま既成事実を作らなかったのか! チャンスだったのに!
と、責められて終わるのが目に見えている。
(やっぱり婚約破棄は無理なのかも……)
そう思うとまた絶望的な気持ちになった。
◆◆◆その頃◆◆◆
「おい、ミーア。こんな所に呼び出してどういうつもりだ」
「……ジョバンニ様」
クロエに逃げられたジョバンニは、いい所で止めに入ってきたグレイソン殿下と逃げたクロエに対して苛立ちながらも、仕方なく今日は屋敷に帰ろうとしていた。
しかし、そこにピンクの髪が特徴の男爵令嬢ミーアから呼び出しの手紙を貰った。
仕方なく書かれていた待ち合わせ場所に行くと、機嫌の悪そうなピンク色の髪の女が待っていた。
「すごい顔しているな」
「当たり前です! どうして私があんな……あんな……皆の前で嘘つき呼ばわりされないといけなかったんですか!? おかしいです!」
ミーアは大勢の前で嘘つき呼ばわりされた事に怒りを覚えているらしい。
可愛らしいと評判の顔は怖かった。
「それで? 僕を呼び出した理由は何?」
「ふふ」
愚痴などはどうでもいいジョバンニが先を促すと、ミーアはニヤリとした笑みを浮かべた。
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