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第8話 優しい人
しおりを挟む「ずっとジョバンニとの婚約を解消したかった?」
「はい……」
三人の前で泣きそうになった私は、事情を説明する。
婚約が決まってからも、女性と手を切ってくれず浮気三昧であること。
父親もジョバンニ様も、いくら何度訴えても絶対に首を縦に振ってくれないこと。
さすがにこの世界がゲームの世界という事は言えないし、あのパーティーで本来なら、私も婚約破棄を告げられる予定だったなんて事は言えないけれど。
それに、もうこのゲームの世界は一応エンディングを迎えてしまっているし、そもそも設定が迷子なのでもはやよく分からない。
「お父様の気持ちは分かるのです……でも、ジョバンニ様が何を考えているのかは……よく分かりません」
私の言葉に三人が困った様子で顔を見合わせる。
確かに……という表情をしている気がするのは私の気のせいではないと思う。
「私のことは好きではないのに……あんな無理やり先程のよう事をしようとするなんて……本当に何を考えているのか……」
私は唇を噛む。
思い出すと怖かった……という事だけでなく怒り、悔しさ……色んな感情が私を渦巻く。
ジョバンニ様の中での私は完全に物扱いだった。
人としてすら扱われない。
「……クロエ嬢、すまなかった」
そこで口を開いたのは、グレイソン殿下。
「王太子の側近という地位を失くすだけでも、側近たちには充分な罰になると思ったのだが……甘かったようだ……」
「グレイソン殿下……」
実際、ダメージは大きいと思う。
殿下の予定には無かったようだけど、レイズン殿下の乱入で公に恥もかかされた。
公に与えられた処罰とは別に、各家でも処分が与えられる人もいるはず。
でも……
「……ジョバンニ様はひとりっ子なので、ハウンド侯爵は廃嫡までの処分はしないと思います」
侯爵が息子になんだかんだで甘いことは有名だ。
だからこそ、ジョバンニ様はあそこまでの浮名を流せている。
「クロエ嬢……」
グレイソン殿下が悲しそうに私の名前を呼び、そっと手を伸ばそうとする。
私は顔を上げてさり気なくその手を避けると、にっこり微笑んだ。
(グレイソン殿下は私より、これから大変なことがたくさんあるでしょうに……)
それなのに、まるで自分の事のように私の心配をしてくれる様子が嬉しくもあり申し訳なくもある。
だから、これ以上この方に迷惑をかけるわけにはいかない。
「お騒がせしました。そして、ありがとうございました」
「……クロエ嬢」
殿下の行き場の無くなった手が戸惑うように宙を彷徨っていた。
その手を見ながら申し訳なかったなと思いつつ、何だったのかとも思う。
(慰めようと頭でも撫でてくれようとしたのかしら?)
「邸に帰ろうと思います。こちらもありがとうございました!」
そう言って立ち上がった私は羽織っていた殿下の上着をお返しする。
「ク、クロエ嬢……」
「あとはもう帰るだけですから。寒くもありません」
本当にありがとうございました、そう言って退出しようとした私に、グレイソン殿下が慌てたように声をかけた。
「ば、馬車まで送ろう」
「……え?」
「あーコホッ……大丈夫だとは思うが、まだジョバンニがその辺をウロウロしていたら大変だろう?」
「っ!」
その言葉に少し動揺してしまう。
ただでさえ、苛立っていたはずのジョバンニ様。私が逃げた事で更に苛立っているかもしれない。
そんな時に鉢合わせでもしたら……想像するだけでゾッとした。
「馬車まで送らせてくれ。君が無事に乗り込む姿を見るまでは安心出来ない」
「……殿下」
そこまで言われてしまったら、もう断る理由が見つからなかった。
────
「……」
「……」
(と、言っても特に話すことは無いのよねぇ……)
部屋を出て馬車までの距離を殿下と並んで歩く。
けれど、特に会話らしい会話が浮かばない。
そもそも、雲の上の存在のようなこの方とまともに顔を合わせたのが初めてなのだから当然ではあるけれど。
(やっぱり廃嫡処分なのかしら?)
チラリと横目で殿下を見ながらそんな事を思う。
ゲームでのグレイソン殿下には、もちろんこんな展開は無かった。
彼はずっと王太子のままだったし、隠しキャラのレイズン殿下との三角関係ルートだってヒロインに選ばれなくても、王太子の地位から外れることは無かった。
唯一、地位が揺らぎそうになるのは、彼のルートでヒロイン・ミーアとの結婚の話が出た時くらい?
定番だけど、男爵令嬢が王妃だなんて……という声が上がる。
(それでも、強引に押し切ってしまうし、後々、ちゃんと周りを納得させてしまうのだけどね)
「……か?」
「は、はい? えっと、ごめんなさい、聞いていなかったです……」
ゲームの事を思い出していたら、何やら話しかけられていたらしい。
「これから、どうするつもりなのか? と聞いたのだが」
「あ……」
やっぱり心配かけてるわ、と内心で苦笑した。
「変わらず、お父様とジョバンニ様には私の気持ちは伝えていくつもりですが……」
(……難しいでしょうね)
「駄目だったらそのままジョバンニと結婚するのか?」
「……そうなった時は」
「時は?」
「初夜で一発くらい殴っても許されますかね?」
私がそう訊ねると、殿下は固まった。
令嬢が殴るとか何を言っているんだ! と思われてしまったかしら?
ちなみに私だって一発で足りるとは思っていない。
「……構わない……とは思うが……そう言えば! 庭園の時もジョバンニを殴ろうとしていなかったか?」
「っ!」
どうやら、拳を握りしめていたのを見られていたらしい。
あの暗闇でそこまで見えていたのかと感心する。
令嬢失格と言われても、あの時は殴ってやりたかった!
「───クロエ嬢」
「は、はい……」
「私、個人としては……レイズンでは無いがボコボコに殴ってやっていいと思う」
「殿下……」
令嬢が何を……と咎められるかと思えば、まさかの肯定。
「だが、自分の身も大切にしてくれ」
「え?」
「殴られたジョバンニが逆上しないとも限らないだろう?」
「あ……」
そう言われて、初めてその事に思い至った。
(そうよね……あんなにも話が通じない人なんだもの……それも有り得たわ)
「もし、次にあいつを殴りたい時は私を呼ぶといい」
「……殿下を、ですか?」
「そうだ。クロエ嬢の代わりにボコボコにしてやろう」
その言い方が可笑しくて思わず笑が溢れた。
「ふふ……」
「なんで笑う?」
「だって……」
私がジョバンニ様を殴りたいと思った時に、殿下がすぐ近くにいるなんて事は有り得ないので、さすがにそんな事にはならないだろうと分かっていてもその気持ちが嬉しいわ。
「いえ、ありがとうございます…………その時はぜひ」
「ああ」
そんな話をしているうちに、馬車の前に着いたので別れの挨拶をする。
「グレイソン殿下、本当にありがとうございました」
「いや……」
「それでは、失礼させていただきます」
「……あ、クロエ嬢!」
「はい?」
私が一礼して馬車に乗り込もうとした時、殿下が引き止めるような声をあげた。
「……いや、なんでもない。それでは、また……」
「え? あ、はい……」
(また? またって何かしら?)
そう思いながら私は馬車に乗り込んだ。
その後、帰宅した私はお父様に改めてジョバンニ様のことを話したけれど……
「何でもったいぶった!?」
「どうせ結婚はもうすぐなのだから、何の問題もなかっただろう!」
と、思った通りのことを言われてしまっただけだった。
グレイソン殿下の側近の地位を失い何らかの処分を受けた件も、侯爵家の嫡男であるならなんの問題もないと笑って一蹴されて終わってしまった。
そして、パーティーから二週間経った後の事だった。
「やぁ、二週間ぶりかな、クロエ」
「……何の御用でしょうか、ジョバンニ様」
どうやら、二週間ほど謹慎していたらしいジョバンニ様が私の元を訪ねて来た。
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