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17. お姉様の嘘
しおりを挟む───どういう意味……?
私にはお姉様の言いたい事がさっぱり分からない。
「……ルチアが卑怯、だと?」
「…………はい、そうなんです……」
お姉様の謎の演技はまだ続いている。
そして、お姉様は目に浮かべていた涙を静かに流しながら言った。
「───昔から“ルチア”はとんでもない我儘ばかり言う子で……正直、手を焼いていましたの」
「……」
「それでも、私達家族にとっては可愛い可愛い娘であり妹ですから……私達はなるべくこの子のいう事を聞いてあげようとして来ましたわ」
────嘘よ!
そう言いたかったのに、お姉様のとんでもない言い分に驚いて私は逆に固まってしまった。
可愛い娘、可愛い妹……そんな嘘だらけの言葉に吐き気がする。
「そんなルチアですから、あまり良い縁談には恵まれず……すると、私にある“お願い”をするようになりましたの」
「…………あるお願いだと?」
「はい。ユリウス様……それが私があなたの前で名前を……ルチアと偽った理由ですわ」
お姉様はそう言ってごめんなさい……と、ポロポロ涙を流す。
「姉である私、リデル宛に来る縁談が羨ましかったルチアは、どうにか自分の評判を上げたかったのでしょう……初対面の方には“ルチア”と名乗るようにと私に強要を…………ええ、私もそうする事で少しでもこの子の気持ちが晴れるなら……と……うぅ、申し訳ございません……」
「……」
私の腰に回されている旦那様の手にグッと力が入ったのが分かる。
旦那様はどんな気持ちでこの話を聞いている?
「会ってしまえば人が違うというのは、すぐに分かりますから……こんな事をしても何にもならないというのに……そして遂にルチアはユリウス様からの求婚の手紙を見て“これはお姉様ではなく私に来たものでしょ”と言って……無理やりあなたの元へ……私は止めたのです! 止めたのですが……」
呆れてものも言えない、とはこういう事を言うのかしら。
お姉様はどうしてこんなに嘘を並べてまで私を陥れようとするの?
「ルチアが……ここに嫁いで来た時……あなたに何と言って取り入ったのか、私には分かりません……もしかしたら、私の方が“嘘つき”として悪者になっていたのかもしれません」
お姉様の演技は磨きがかかっていて本性さえ知らなければ、コロッと騙されて慰めたくなる“妹を思う優しい姉”だった。
「……ルチアの幸せの為なら……私が悪者になっても良いと思っておりました……ですが今、こうしてルチアなんかを“可愛い”と口にするユリウス様を見ていたらもう黙ってなどいられません! これが真実なのです。私はユリウス様がこれ以上ルチアに騙される姿など見たくありませんわ……!」
お姉様はトドメと言わんばかりに顔を覆って、わーーと泣き出した。
「…………ルチア」
「っ! は、い」
泣いている(フリをしている)お姉様の方を見ながら、ユリウス様が小声で私に声をかける。
旦那様を信じているけど、こんなお姉様の姿を見ると今までの人達を思い出して心が揺らぎそうになる。
……でも、言いたい事は言わないときっと後悔する。
旦那様は……失いたくない!
私は膝の上で握り拳を作りながら、ギュッと握りしめながら口を開く。
「だ、旦那様!」
「ルチア?」
「お…………お姉様の話は…………全てデタラメです」
「……」
「全部、私には身に覚えの無い作り話……です。騙されないで……ください」
私がそこまで口にした時、旦那様がそっと私が固く握りしめていた拳に触れると、その手を解し始めた。
「ルチア……そんなガチガチに手を握っていたら爪の痕がくい込んでしまうよ?」
「え?」
そう言って私の手をそっと解いていく旦那様の手つきはとても……優しい。
私達の間に流れるのはいつもと同じ空気だった。
「……ごめん、ルチア」
「え?」
だけど、旦那様がなぜか私に謝ってしまう。
何のごめん……?
そう思って旦那様の顔を見つめると、旦那様はとても辛そうな顔をした。
「いったいどんな嘘を吐くのかと思い、止めずに最後まで聞いてしまった。あんな作り話を……さぞかし不快だっただろう? 本当にすまない」
───どんな嘘を吐くのか。あんな作り話……
今、旦那様はそう言った。
「旦那様はお姉様の話は…………嘘、だ、と?」
「? 当たり前だろう?」
「私の方の話を……信じてくれるのですか?」
旦那様は不思議そうな顔で私を見つめる。
「当たり前だ。俺はルチアを心から信じてるし、それにどこからどう聞いても、不審な点しかない話だったじゃないか」
「……!」
「大袈裟に泣いて誤魔化しているだけの無茶苦茶な態度。どうせあの涙も計算だろう?」
「……」
こんな人、初めて。
無茶苦茶な話だと頭で思っていても、これまでの人達は皆、結局最後にはお姉様の涙にコロッと騙されてしまったのに。
そう思ったら私の方が泣きそうになった。
「ルチア?」
───好き。
私、旦那様の事がとても好き……
この時、ストンと私の中にそんな気持ちが落ちて来た。
そっか……私、旦那様に恋をしているんだわ。
何気ない事で胸がドキドキして、キュンとして……
抱きしめてくれる温もりが嬉しくて心地よくて……
望んでいた人と違う花嫁なのに大切にしようとしてくれる旦那様が……好き。
「旦那様……」
「ルチア……」
小声で静かに見つめ合う私達の前で、お姉様は下を向いたまま、まだ嘘泣きを続けていた。
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