5 / 37
5. 選ばれないはずだったのに
しおりを挟む「殿下、説明を求めますわ!」
まさかの手紙を受け取った3日後、私は殿下の元を訪れこの通知についての真偽を問いただしていた。
手紙の中にも、なるべく早く登城するようにと書かれていたので慌てて連絡を取り、こうして今日訪ねて来たのだけれど。
「説明?」
殿下は何の事だろう? と言うような顔をして首を傾げている。
これは何一つ分かっていないらしい。
「もちろん、私があなたの婚約者に選ばれた事についてですわ!」
「……」
「どうして私だったのですか? あの日、皆様とたくさん楽しそうにお話をされていたではありませんか!」
「……」
殿下がポカンとした顔をして私を見ている。
どうしてそんな顔をされなくてはいけないの?
「リスティ嬢……君は分からないのか?」
「分かる……? 何がでしょう?」
おかしいわ。当たり前のように名前呼びになっている。
なんて事を考えていたら、殿下は突然私に向けて手を伸ばし私の髪をひと房手に取るとそこにキスを落とした。
「ひぇ!? な、な、何をしているのです!?」
「この間も思っていたんだ。サラサラした綺麗な髪だなと。銀糸のように美しい」
殿下はどこかうっとりとした瞳でそんな事を言い出した。
(髪……髪が好きなの?)
「え? いえ?? あの、本当に何の話を……」
自分の頬に熱が集まったのが分かる。こんな事をされて平常心でいられるはずが無いでしょう?
そもそも、そんな話をしていたはずでは無いのにどうしてこうなったの。
「リスティ嬢」
「っ!」
私の名前を呼んだ殿下がじっと私を見つめる。
目が合ったら何故か分からないけれどまた、私の胸がドキッとした。
(だ、だから……何故、ドキッとするの! 私の胸は……どこかおかしいのかもしれないわ)
はっ! そうよ、これは私が男性に慣れていないからよ!
そうに違いないわ。
「リスティ嬢、私は」
と、殿下がそこまで言いかけた時だった。
コンコンと扉のノックの音と共に殿下の側近が部屋に入って来る。
「失礼します、殿下。陛下とマゼランズ公爵の準備も整ったようです」
「……そうか、分かった。今、行くとしよう」
そう言って殿下が立ち上がる。
私は意味が分からず話についていけない。
(陛下? 陛下って国王陛下の事よね?? お父様まで? え?)
「……?」
「なんて顔をしているんだ? 行くぞ、リスティ嬢」
「え? いえ……なんの話でしょうか?」
私のその質問に殿下は眉をひそめた。
「なんの話って、私達の正式な婚約の手続きに決まっているだろう?」
「こっ!」
「その為にも、なるべく早く登城するようにと手紙に書いたではないか」
「そ、それは……」
て、手続きの為の呼び出し!
「君から本日訪ねたいと連絡があったので、慌てて父上に時間を作ってもらうようお願いしたんだ」
「……」
そこで、ようやく私は悟った。
理由は分からないけれど、殿下の婚約者として選ばれてしまった時点で、既に拒否など出来なかったという事を。
(手紙が来た日、お父様は大興奮していたものね……拒否なんて有り得なかったんだわ)
我が家は公爵家と言えども、王家との縁は薄い。
何代か前の昔の王女が降嫁した際に賜った家だと聞いている。
そこから、王家と我が家の子供たちの年の巡り合わせは悪かったようで、王家と婚姻関係が結ばれることも無く今日までやって来たと言う。
(だからこそ、お父様やお母様が必死になる気持ちも分かるのだけれども……)
それでも私の気持ちは複雑だった。
結局、そのまま婚約誓約書にサインをする事となり私は正式にルフェルウス殿下の婚約者として決定。
手続きを終えて部屋に戻る途中の廊下で、殿下が心配そうに私の顔を覗き込みながら言う。
「顔が赤い。緊張していたのか?」
「陛下にお会いする事になるとは夢にも思っていませんでしたもの」
まさか、社交界デビュー前の自分がこんな形で陛下と挨拶する事になるなんて思ってもみなかった。
挨拶しながら心臓が飛び出すかと思ったわ。
「その割には堂々としていたぞ?」
「それは、あ、ありがとうございます」
そう素直に褒められると照れくさいわ。
緊張で赤くなっていた顔がますます熱を持った気がした。
「あぁ、さすが私が見込んだ……」
「そうでした、殿下!」
「……」
「……」
しまった!
殿下の言葉を思いっきり遮ってしまったわ。
「あぁぁ、申し訳ございません。今、何かを言いかけていらっしゃいましたよね?」
「…………いや、……コホッ……別に構わない。大した事では……ない」
そんな事を言いながらも殿下は何故か私から目を逸らした。
少しだけ頬が赤い?
「そ、それなら良かったです……本当にすみません」
「それで、何だ?」
「え?」
「君は何を言いかけたんだ?」
「あ……」
そう。私は1番大事な事を聞いておきたかったの。
「……殿下。正直にお答えくださいませ」
「な、なんだ?」
私の顔と目付きがいつになく真剣だったからか、殿下の顔も緊張した面持ちになる。
「殿下は将来、側妃をたくさん娶ったり、愛人をたくさん侍らかしたりする予定はございますか?」
「はぁ? 侍ら!? ………………って、うわ!」
ドサッ
「きゃぁ! 殿下!!」
私のあまりにも直球すぎたその質問がいけなかったようで、驚いた殿下が足を滑らせて転んでしまい、そのまま尻もちをついた。
慌てて殿下を助け起こす。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……いてて」
「重ね重ね、申し訳ございません……」
「リスティ嬢……はぁ、君って人は……本当に」
「?」
殿下の私を見つめる目が思いの外、真剣でまた胸がドキッとした。
「リスティ嬢。私は“この人だ”と思える人を見つけたら生涯、その人だけを大切にするのだと昔から決めている」
「殿下……?」
「いいか? だからな、君が考えている事はいらぬ心配なんだ! 分かったか!?」
「は、はい……」
最後はすごい剣幕だったので、私は頷く事しか出来なかった。
こうして、結局選ばれた理由も聞けずよく分からないまま、流されるかのように私はルフェルウス殿下の婚約者となってしまった。
(もし、私が殿下の言う“この人だ”と思える人になれたら、幸せになれる?)
そんな淡い期待を抱くも、もし今後私なんかより殿下に相応しいと思える人が現れたその時は……とも思う。
そんな事を思っていた私は、
これから、殿下に翻弄される日々が始まり、更にここから1年後、ピンク色の髪をした令嬢が巻き起こすゴタゴタに巻き込まれる事になるなんて知る由もなかった───
91
あなたにおすすめの小説
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
[異世界恋愛短編集]お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?
石河 翠
恋愛
公爵令嬢レイラは、王太子の婚約者である。しかし王太子は男爵令嬢にうつつをぬかして、彼女のことを「悪役令嬢」と敵視する。さらに妃教育という名目で離宮に幽閉されてしまった。
面倒な仕事を王太子から押し付けられたレイラは、やがて王族をはじめとする国の要人たちから誰にも言えない愚痴や秘密を打ち明けられるようになる。
そんなレイラの唯一の楽しみは、離宮の庭にある東屋でお茶をすること。ある時からお茶の時間に雨が降ると、顔馴染みの文官が雨宿りにやってくるようになって……。
どんな理不尽にも静かに耐えていたヒロインと、そんなヒロインの笑顔を見るためならどんな努力も惜しまないヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
「お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?」、その他5篇の異世界恋愛短編集です。
この作品は、他サイトにも投稿しております。表紙は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:32749945)をおかりしております。
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
【完結】イアンとオリエの恋 ずっと貴方が好きでした。
たろ
恋愛
この話は
【そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします】の主人公二人のその後です。
イアンとオリエの恋の話の続きです。
【今夜さよならをします】の番外編で書いたものを削除して編集してさらに最後、数話新しい話を書き足しました。
二人のじれったい恋。諦めるのかやり直すのか。
悩みながらもまた二人は………
今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。
【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね
さこの
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。
私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。
全17話です。
執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ ̇ )
ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+*
2021/10/04
幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!
ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。
同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。
そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。
あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。
「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」
その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。
そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。
正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる