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5. 選ばれないはずだったのに
しおりを挟む「殿下、説明を求めますわ!」
まさかの手紙を受け取った3日後、私は殿下の元を訪れこの通知についての真偽を問いただしていた。
手紙の中にも、なるべく早く登城するようにと書かれていたので慌てて連絡を取り、こうして今日訪ねて来たのだけれど。
「説明?」
殿下は何の事だろう? と言うような顔をして首を傾げている。
これは何一つ分かっていないらしい。
「もちろん、私があなたの婚約者に選ばれた事についてですわ!」
「……」
「どうして私だったのですか? あの日、皆様とたくさん楽しそうにお話をされていたではありませんか!」
「……」
殿下がポカンとした顔をして私を見ている。
どうしてそんな顔をされなくてはいけないの?
「リスティ嬢……君は分からないのか?」
「分かる……? 何がでしょう?」
おかしいわ。当たり前のように名前呼びになっている。
なんて事を考えていたら、殿下は突然私に向けて手を伸ばし私の髪をひと房手に取るとそこにキスを落とした。
「ひぇ!? な、な、何をしているのです!?」
「この間も思っていたんだ。サラサラした綺麗な髪だなと。銀糸のように美しい」
殿下はどこかうっとりとした瞳でそんな事を言い出した。
(髪……髪が好きなの?)
「え? いえ?? あの、本当に何の話を……」
自分の頬に熱が集まったのが分かる。こんな事をされて平常心でいられるはずが無いでしょう?
そもそも、そんな話をしていたはずでは無いのにどうしてこうなったの。
「リスティ嬢」
「っ!」
私の名前を呼んだ殿下がじっと私を見つめる。
目が合ったら何故か分からないけれどまた、私の胸がドキッとした。
(だ、だから……何故、ドキッとするの! 私の胸は……どこかおかしいのかもしれないわ)
はっ! そうよ、これは私が男性に慣れていないからよ!
そうに違いないわ。
「リスティ嬢、私は」
と、殿下がそこまで言いかけた時だった。
コンコンと扉のノックの音と共に殿下の側近が部屋に入って来る。
「失礼します、殿下。陛下とマゼランズ公爵の準備も整ったようです」
「……そうか、分かった。今、行くとしよう」
そう言って殿下が立ち上がる。
私は意味が分からず話についていけない。
(陛下? 陛下って国王陛下の事よね?? お父様まで? え?)
「……?」
「なんて顔をしているんだ? 行くぞ、リスティ嬢」
「え? いえ……なんの話でしょうか?」
私のその質問に殿下は眉をひそめた。
「なんの話って、私達の正式な婚約の手続きに決まっているだろう?」
「こっ!」
「その為にも、なるべく早く登城するようにと手紙に書いたではないか」
「そ、それは……」
て、手続きの為の呼び出し!
「君から本日訪ねたいと連絡があったので、慌てて父上に時間を作ってもらうようお願いしたんだ」
「……」
そこで、ようやく私は悟った。
理由は分からないけれど、殿下の婚約者として選ばれてしまった時点で、既に拒否など出来なかったという事を。
(手紙が来た日、お父様は大興奮していたものね……拒否なんて有り得なかったんだわ)
我が家は公爵家と言えども、王家との縁は薄い。
何代か前の昔の王女が降嫁した際に賜った家だと聞いている。
そこから、王家と我が家の子供たちの年の巡り合わせは悪かったようで、王家と婚姻関係が結ばれることも無く今日までやって来たと言う。
(だからこそ、お父様やお母様が必死になる気持ちも分かるのだけれども……)
それでも私の気持ちは複雑だった。
結局、そのまま婚約誓約書にサインをする事となり私は正式にルフェルウス殿下の婚約者として決定。
手続きを終えて部屋に戻る途中の廊下で、殿下が心配そうに私の顔を覗き込みながら言う。
「顔が赤い。緊張していたのか?」
「陛下にお会いする事になるとは夢にも思っていませんでしたもの」
まさか、社交界デビュー前の自分がこんな形で陛下と挨拶する事になるなんて思ってもみなかった。
挨拶しながら心臓が飛び出すかと思ったわ。
「その割には堂々としていたぞ?」
「それは、あ、ありがとうございます」
そう素直に褒められると照れくさいわ。
緊張で赤くなっていた顔がますます熱を持った気がした。
「あぁ、さすが私が見込んだ……」
「そうでした、殿下!」
「……」
「……」
しまった!
殿下の言葉を思いっきり遮ってしまったわ。
「あぁぁ、申し訳ございません。今、何かを言いかけていらっしゃいましたよね?」
「…………いや、……コホッ……別に構わない。大した事では……ない」
そんな事を言いながらも殿下は何故か私から目を逸らした。
少しだけ頬が赤い?
「そ、それなら良かったです……本当にすみません」
「それで、何だ?」
「え?」
「君は何を言いかけたんだ?」
「あ……」
そう。私は1番大事な事を聞いておきたかったの。
「……殿下。正直にお答えくださいませ」
「な、なんだ?」
私の顔と目付きがいつになく真剣だったからか、殿下の顔も緊張した面持ちになる。
「殿下は将来、側妃をたくさん娶ったり、愛人をたくさん侍らかしたりする予定はございますか?」
「はぁ? 侍ら!? ………………って、うわ!」
ドサッ
「きゃぁ! 殿下!!」
私のあまりにも直球すぎたその質問がいけなかったようで、驚いた殿下が足を滑らせて転んでしまい、そのまま尻もちをついた。
慌てて殿下を助け起こす。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……いてて」
「重ね重ね、申し訳ございません……」
「リスティ嬢……はぁ、君って人は……本当に」
「?」
殿下の私を見つめる目が思いの外、真剣でまた胸がドキッとした。
「リスティ嬢。私は“この人だ”と思える人を見つけたら生涯、その人だけを大切にするのだと昔から決めている」
「殿下……?」
「いいか? だからな、君が考えている事はいらぬ心配なんだ! 分かったか!?」
「は、はい……」
最後はすごい剣幕だったので、私は頷く事しか出来なかった。
こうして、結局選ばれた理由も聞けずよく分からないまま、流されるかのように私はルフェルウス殿下の婚約者となってしまった。
(もし、私が殿下の言う“この人だ”と思える人になれたら、幸せになれる?)
そんな淡い期待を抱くも、もし今後私なんかより殿下に相応しいと思える人が現れたその時は……とも思う。
そんな事を思っていた私は、
これから、殿下に翻弄される日々が始まり、更にここから1年後、ピンク色の髪をした令嬢が巻き起こすゴタゴタに巻き込まれる事になるなんて知る由もなかった───
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